3−15 幸せな日々
炎の球が近くの露出した岩盤に飛ばされる。岩盤の表面は削れて、熱で少しだけ溶ける。
それを行った白髪の少女は、目の前の光景は自分が行ったことだというのに、驚愕と感動の思いで心が奪われていた。
「す、凄い!」
エストは、赤魔法第三階級の〈火球〉を行使した。才能さえあれば容易に使えるものだが、なければ使うことはできないとされる階級の魔法を、知っただけで使えるようになった。つまり、やはり彼女には魔法の才能があるということだ。
「素晴らしいね」
そして、彼女の魔法は第三階級にしては破壊力が大きい。
魔法は、それ本来の攻撃力と術者の魔法攻撃力で、総合的な威力が決定される。同じ魔法でも術者が違えば威力が増減するのだ。
このことから、ルトアはエストの魔法能力が非常に高いと推測した。
彼女は魔法に愛された少女、と言うべきだろう。
「ねぇ、ルトア! 白魔法を教えて!」
「キミでも使えそうなものね⋯⋯〈転移〉はどうかな?」
第五階級の白魔法だ。階級の割には使い勝手が良い魔法で知られている。
「ああ、でもちょっと注意がひつよ──」
「〈転移〉!」
エストの姿がその場から消えて、上空に出現する。この高さから落ちれば、ただでは済まないだろう。
「きゃぁぁぁっ!」
「──全く」
するとエストの体が白く光って、地面に激突する寸前で空中に浮かぶ。そしてそのまま安全に着地した。
「あ、ありがとう」
「今はキミの魔法抵抗力が弱いからできたことだよ。もしキミが中途半端に強ければ、今頃大怪我を負っていたはずだ。魔法を行使するときは、十分に気をつけるように」
「は、はい。⋯⋯ところで、さっき使った魔法は何?」
「⋯⋯。第十階級白魔法の〈重力操作〉だよ」
「〈重力操作〉!」
エストは魔法を詠唱すると、なんと、それは効果を発揮した。
「⋯⋯凄い」
彼女の体が宙に浮く。自分の思い通りに空中を泳ぎ回れる。
「⋯⋯天才だとは思ったけど、まさかそこまでなんて」
魔法能力は九割が才能で決定する。そして、残り一割が努力だ。しかし、それは同時に、一割の努力は上位に到達できるかどうかのボーダーラインだということでもある。
どれだけ才能を持っていても、努力しなくては最高峰の魔法使いにはたどり着けない。だが才能がなくてはその挑戦権さえ得られない。
そのはずだったのだが、どうやらエストは違うらしい。
「⋯⋯才能だけで第十階級を使えるなんて、アイツ以外にはいないと思っていたんだけどね」
「⋯⋯? ルトア、どうしたの?」
「いや、独り言だよ。旧友⋯⋯というより、腐れ縁の奴のことを思い出しただけさ」
「ふーん⋯⋯。ねぇ、それよりさ、魔法戦しようよ!」
「⋯⋯キミも物好きだね。わざわざ私に負けたいのかい?」
「ちーがーう! ルトアに勝つためにしたいの! それに、実戦をすると強くなっていく気がするから」
「なるほどね。まあ、いいよ」
エストとルトアが互いに距離を取る。
「キミから始めていいよ」
「わかった。⋯⋯〈朱色の炎〉っ!」
朱色の炎がルトアの周りに展開され、閉鎖空間を作り出す。そこの酸素が瞬時にして薄くなるが、魔女であるルトアにはさして問題ではなかった。
「〈炎雨〉!」
無数の炎が、雨のようにその閉鎖空間に降り注ぐ。炎の勢いが増して、ルトアが隠れてしまう。
「⋯⋯やっぱり、そんな簡単には終わらないね!」
炎が次の瞬間消え去り、そこから無傷のルトアが現れる。魔法を使った様子もないため、エストの魔法は彼女の魔法抵抗力によって相殺されたようだ。
「じゃあ、今度は私の番だね」
ルトアは無詠唱で三つの魔法を魔法を行使すると、彼女の背後に無数の武器が創造される。
「⋯⋯え?」
そして、それらの武器は電磁波を纏っていた。
武器は空中に静止していたが、
「ぼさっとしないの。防御魔法を使わないと、死ぬかもよ?」
運動エネルギーがそれにかかって、超加速し、放たれる。
エストはほぼ反射で防御魔法を行使し、それは間一髪のところで間に合ったようだ。なんとかルトアの攻撃を、エストは防ぎきった。
「本当に、流石だよ。手加減したとはいえ、私の魔法を防ぐなんて。⋯⋯重症くらいにはなると思ったんだけどね」
凄まじい衝撃と熱が発生して、地面は抉れ、木々は焼け焦げた。
「重症で、す、む⋯⋯?」
エストの目測では、あの破壊力であれば直撃すればまず間違いなく即死は免れなかっただろう。一応、死体は残るが。
「どうしたの? もう終わり?」
「⋯⋯ルトア、今度は、私が使える最強の魔法を使うよ。いい?」
「⋯⋯勿論」
エストはその魔法の名前を思い出す。
「ルトアがその気なら、私もその気で行く!」
「⋯⋯ん?」
急に、エストからとんでもない魔力の反応をルトアは感じた。魔力が体内を回って、一つの純粋で、強大なエネルギーの塊へと変化していく。
彼女の手のひらの先に赤色の魔法陣が展開され、それを確認したルトアは久しぶりに焦りを感じた。
魔法陣は、その魔法によって形や配置が異なる。色はその魔法の種類によるため判断が付きやすいが、形や配置までわざわざ覚えている者は少ない。
しかし、その魔法は破壊力においては全魔法トップクラスのため、ルトアはたまたま覚えていたのだ。
「待って、待って!? いやそれは本当に不味いから!」
ルトアは必死にエストを静止する。しかし、彼女は既に声は聞こえなくなっているようだ。自身の膨大な魔力の制御するのに必死なのだろう。
エストから感じられる魔力反応がピークに達したことが分かると、ルトアは自身の身を守るしかないと判断し、多重化された防御魔法を行使して、来るだろう衝撃に備える。
「〈爆裂〉っ!」
ルトアを中心とし、とんでもない量のエネルギーが暴走する。それは熱と衝撃へと変換されて、結果として爆裂を引き起こした。
◆◆◆
「⋯⋯いい? 爆裂魔法は、キミには早すぎるから使っちゃ駄目だよ?」
──辺り一面を一瞬で焼け野原にしたのは紛れもない、エストであった。
「ごめんなさい⋯⋯」
幸いにもそれの対象になったのが白の魔女、ルトアであったから死者が出なかった。
「まあ、もう二度としないって言うなら今回は許すよ。⋯⋯でも、これだけは分かっておいて。無理な魔法の行使は結果としてキミ自身を傷つける」
エストは自身の魔力をコントロールしきれずに、一度全ての魔力を放出してしまった──つまり、一度死亡した。たまたまルトアという蘇生魔法が使える人物が居たから彼女は一命を取り留めたが、非常に危険なことをやったことには変わりない。
「はい⋯⋯」
「反省しているなら、まあいいよ。⋯⋯そろそろ夕食にしよう」
ルトアはいつものように魔法を行使して料理を行う。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、エストはここに来てからの一週間を思い出す。
主に行っていたのは魔法の勉強だった。魔法は六種類に分けられて、さらにそこから十の階級があるということ。しかし、エストであれば全ての魔法が使えるため、また魔力量もすぐに増えたため、優先的に、実用的な第十から第七階級の魔法を覚えるようにしていた。一部例外としては、〈転移〉や〈爆裂〉などだ。
「やっぱり美味しい。魔法による料理って、そんなに味は良くならないはずでしょ?」
「それは普通の人間なら、だよ。私なら店に出せるくらいにはなるさ」
「へぇ〜」
エストとルトアは食事を終える。これからは魔法の勉強ではなく、文字や計算、歴史などについての勉強だ。エストは四年前──つまり彼女が七歳の頃から幽閉されていたため、碌な教育を受けていなかった。文字も読めないことはないが、完璧ではなかったし、将来のことを考えての勉強である。
とは言っても、エストは非常に頭が良い。飲み込みの速度はとても早く、理解力も高いため、ルトアには特に苦労はなかった。
「⋯⋯始祖の魔女って、何?」
歴史について学んでいるときだった。
「始祖って言葉の意味は分かる?」
「うん。始まりのことだよね」
「そう。そのままだよ。彼女は始まりの魔女なんだ」
始祖の魔女、イザベリア。魔女化の儀式を創り出した張本人である。
始祖の魔女以外の二つ名も複数あり、挙げるとキリがないのだが、その中でも有名なのは、最強の魔法使い、だろう。
一つの魔法で国を一つ地図から無くしただとか、炎魔法を使えば海が蒸発し、氷魔法を使えば溶岩が凍るだとか、時間を無制限に巻き戻せるだとか⋯⋯数々の伝説、言い伝えがあるが、どれも真偽は不明である。
「本当に居たのかな?」
「死亡したとも文書には記録されていない。⋯⋯実体はないかもしれないけど、生きてはいるよ」
「⋯⋯どうして分かるの?」
「私は魔女化の儀式を行った際に、彼女に会ったからさ」
「──え?」
ルトアはその時の詳細を話し出す。
「魔女化の儀式を終えた瞬間、私は体の中に『何か』が入ってくるような感覚を覚えたんだ。⋯⋯その『何か』は、当時の私には理解できなかった」
彼女は自身の両手を見る。
エストは彼女の話を黙って聞いている。
「⋯⋯でも、今なら理解できる。あれは⋯⋯力だった」
「力⋯⋯?」
「私たち魔女は能力を得る。その能力は『欲望』を叶えるに相応しいものなんだけど⋯⋯それを手にしたとき、私は感じたんだ。──始祖の魔女、イザベリアの存在を」
「⋯⋯それって」
「そう。彼女は死んでいない。力として、彼女は生きている。⋯⋯彼女の力を継承することが、魔女化の儀式なんだと思うよ」
魔女は、イザベリアの力を継承した存在のことである。というのが、ルトアの予想だ。
「⋯⋯変な話をしたね。さあ、勉強に戻ろう」
「うん」
◆◆◆
翌朝。
いつものように外で魔法の練習を行おうとしたときだった。
家の扉が、ノックされる。
「誰だろう?」
「⋯⋯ああ、多分私の知り合いだよ。頼んでいたものが出来上がったのかな?」
ルトアが扉を開けると、そこには一人の女性が立っていた。身長は165cmほどで、長くて綺麗な青髪が太陽に照らされている。深い青色のガウン・ワンピースを着たとても美しい人だ。
「お久しぶりです、ルトア。⋯⋯それで、そこの子が⋯⋯」
「エスト。私の弟子さ」
「初めまして、エストちゃん。私はレネと言います」
「あ、は、初めまして⋯⋯レネさん」
優しそうな瞳。大人の魅力を持つ彼女からは、母性のようなものを感じる。
「⋯⋯にしても、ルトア。あなたが人を攫ってくるなんて、最初聞いたときは本当にびっくりしましたよ」
「失敬だね。私はエストを保護しただけさ」
「⋯⋯。エストちゃん、この人に何か変なことされてないですか?」
「え、あ、いや⋯⋯大丈夫⋯⋯です?」
レネに見惚れていたエストは、突然話しかけられたことに反応が遅れてしまった。
「⋯⋯ルトア?」
その事をどうやらレネは間違った方法で解釈してしまったようで、ルトアのことを睨む。
「待って? 何もしてないよ? 本当だって。だから魔法を使おうとしないで!?」
「⋯⋯はいはい。っと、もう少しでここに来た本来の目的を忘れてしまうところでした」
レネはそう言うと、何もないはずの空間に穴があいて、そこからあるものを取り出す。
「はい、どうぞ。エストちゃん、大切に使ってくださいね?」
「これって⋯⋯ありがとうございます、レネさん!」
レネがエストに渡したのは、白を基調としたゴシックドレスだった。少しエストには大きいものであったが、彼女がそれを手にした瞬間、彼女の体型にあったサイズに変化する。
「魔法がかかった服なんてね。私へのプレゼントは普通のものなのに⋯⋯」
「あなたは別に体型なんて変わらないでしょう? でもエストちゃんは子供ですから、できるだけ長く使ってほしいな、と思ってですね。少し奮発しました」
エストはゴシックドレスを広げて、眺める。世界に唯一の服である。一から作られたこともあり、それには手作り特有の丁寧さがある。
「エストちゃん、着てくれますか?」
「はい!」
エストは家の奥にゴシックドレスを持って、着替えに行った。すぐに、着替えてくるだろう。
「⋯⋯ルトア。いくら保護とはいえ、どうして彼女を? 『飽きる』なんてあれば、私はあなたを⋯⋯」
「ならないさ。たしかに私は奪った物を大切に扱ったことはない。けど、今度は⋯⋯物じゃない。人だ。それくらいの違いなんて、承知している」
「⋯⋯あの子を泣かせることはしないでくださいよ」
「分かってるよ。私はあの子を捨てたりは───」
「──違います」
レネの声色が変わる。いつもの穏やかなものではなく、思わずルトアは息を呑む。
「勿論、捨てるなんて言語道断です。ですが、先に死なれるというのも、それと同じくらいしてはならないことです」
「⋯⋯ああ、そうだったね」
ルトアはレネの過去を思い出す。彼女はおそらく、昔の自分とエストとを重ねているのだろう。
「見て! どう?」
二人の重苦しい空気を、着替えてきたエストが吹き飛ばす。
「ええ。とても綺麗ですよ」
白のゴシックドレスに身を包んだことで、エストの美貌は更に引き立てられる。その姿はまさにお嬢様だ。
「えへへ。⋯⋯ねえ、ルトアはどう思う?」
「⋯⋯うん。可愛いよ」
ルトアは初めて、奪ったモノを大切にした。それに驚いたのは誰でもない、彼女自身だった。
「⋯⋯ああ、私は⋯⋯」
ルトアは、エストを保護した理由が、彼女の魔法の才能に気づき、それを伸ばしたいという、ただの好奇心であると思っていた。しかし、今、彼女はようやくその真意に気づいたのだ。
「⋯⋯キミに、私を救ってほしかったんだね」
エストの笑顔が、ルトアの荒んだ心を癒やしていた。彼女は少女に、悪夢から救ってほしいと願っていたのだ。
「⋯⋯ルトア? どうしたの?」
「何でもないよ。⋯⋯そうだ。レネは青の魔女なんだ。今日は、青魔法を学ぼうか」
「うん! よろしくお願いします、レネさん!」
「⋯⋯まあ今日は特に予定もありませんし、いいですよ」
幸せな日々。それは平和な日々のことだ。
しかし──そんな日々は、永遠には続かない。