3−11 彼女のために
爆裂がエントランスホール内で発生する。普通なら王城が崩れるはずなのだが、予め展開されていた防御魔法によって防がれた。しかし、それは完全ではなかったようで、壁などの至るところにヒビが入った。
「⋯⋯合図だけでなく、私の能力も──知っているようですね」
爆煙の中から、無傷でイシレアは歩いて来る。彼女の服にすら汚れ一つない。
そんな彼女は、レネが描いている魔法陣を見て少し焦っているようだ。
「メレカリナ、私が白の魔女を相手します。あなたは青の魔女を」
「リょ〜かイぃ〜」
メレカリナの姿が消え、レネの前に再出現し、彼女をその長い鉤爪で斬り裂こうとするが、
「サセマセンヨ?」
レイが、鎌でその鉤爪を防いだ。
彼は鎌を持っていない方の左手をメレカリナの腹部に押し当てると、赤色の魔法陣が展開される。
「〈闇氷散弾〉」
冷たさと痛みが同時にメレカリナを襲い、衝撃で吹き飛ばされる。
「⋯⋯魔法ガ効カナイ?」
しかし、メレカリナには少しの裂傷を負わせただけだった。
「ちがうヨぉ〜。君の魔法能力ジゃ〜、僕を殺すことはできないってだケぇ〜」
レイは魔法戦士だ。魔法も近接戦闘も、同格の本職には一歩及ばない──だが、それでも殺傷とまではいかなくても、大ダメージを与えることはできるはずなのだ。
「ッ!」
魔法が効きにくいのなら、近接戦をすれば良いだけ。幸いにも相手のスピードは、全くついて行けないほどではない。
金属と鉤爪が衝突し、火花が飛ぶ。鉤爪は非常に硬く、レイの鎌でさえ斬ることができなかった。
「ハア⋯⋯ハア⋯⋯ハア⋯⋯」
たしかにレイは、メレカリナのスピードにはついていけた。だが、体力面でレイは負けていた。彼は過呼吸状態にあるというのに、メレカリナはまだまだ余裕そうだ。
「⋯⋯もう終わリィ〜? 本当に君ぃ〜、僕たち大罪の魔人に匹敵する魔人なノぉ〜?」
メレカリナには能力を使っている様子がない。つまり、単純な力だけでレイを圧倒しているのだ。
「ウルサイ──デスネッ!」
レイは地面を蹴ってメレカリナとの距離を詰める。鎌を上から下へ、半円状に振ることでそれを加速させ、攻撃を繰り出す。
しかし、それをメレカリナは最小限の力で、左手の鉤爪で弾く。
「挑発に乗るかラぁ〜、そんな単純な事しかできなくなるんだヨぉ〜? 相手の次の行動を考えテぇ〜、攻撃しなくチゃ〜」
残る右手の鉤爪が、レイの脇腹を貫いた。本当は正中線上を狙われていたのだが、間一髪のところでレイはそれを避けたのだ。即死は免れた。
「ガッ⋯⋯!」
血反吐を吐き、レイの意識は一瞬飛びかける。だが無理矢理にそれを取り戻し、鎌を使って重い体を持ち上げる。
「ホぉ〜。よくあの状態から立ち上がったネぇ〜。⋯⋯あのまマぁ〜、気絶したフリしとけばよかったの二ぃ〜?」
メレカリナはゆっくりと歩き、瀕死のレイに近づく。そして、右手を大きく振り上げる。
「今度こソぉ〜、終わりだヨぉ〜」
鉤爪が迫ってくるのを、レイは目視した──そして、それはとてもゆっくりだった。
「──!?」
レイの鎌を持つ腕は、メレカリナの右手が落ちてくるスピードより速く動き、彼の鉤爪を弾いた。
「⋯⋯ソノ攻撃ハ、トテモ単純デシタネ。弾カレルコトモ考エテ、行動スルベキデハ?」
「⋯⋯。そうだネぇ〜。でモぉ〜、一度弾いたくらいで調子に乗らないことだネぇ〜」
もう一度、メレカリナは鉤爪を振る。今度はこれまでのどの攻撃より速かった。
──だが、
「⋯⋯私ノ存在理由ハ、エスト様ノ役二立ツコト。⋯⋯アナタ如キニ負ケルヨウデハ、私ハ従者失格デス」
鉤爪は、本来切り裂くべき相手ではなく、王城の床を切り裂いていた。
その本来の対象──レイの声は、メレカリナの後ろから聞こえた。
「いつの間に二っ⋯⋯!?」
レイの瀕死だった体は、どんどんと治癒していく。回復魔法を無詠唱で使っているのだろう。
彼は鎌をメレカリナに向ける。
「私ハ確カニ弱イ。デスガ、ソレハ強クナレルトイウコトデモアリマス。⋯⋯アナタニハ感謝シマスヨ、私ヲ強クシテ貰ッテ」
レイの姿が消える。いや、速すぎて、メレカリナの動体視力では追いつけなかった。
「まさカっ!」
「気ヅキマシタカ?」
メレカリナはレイの動きを見れなかったが、直感した。
「アナタノ走リ方ガ普通トハ違ッタノデ、試シニ使ッテミタノデス。ソウシタラ、コノ通リ」
メレカリナの走り方は、他の誰と比べても異色だった。
姿勢を限界まで下げて、空気抵抗を減らし、足の筋肉を全て使うようにしている。そこまでなら、それほど異色と言うほどでもないのだが、あと一つの要素がそう言わせたのだ。
──高速で、超低空だが跳びながら走っていたのだ。
「ドウモ、コノ走リ方ハ私二合ヨウデス。スピードモ普通二走ルヨリ速イ」
跳ぶことで体力を温存していた。だから、メレカリナは最初余裕だったのだ。
「⋯⋯だかラ、何? スピードで上回ったからっテ、君は僕には勝てな──」
その瞬間、メレカリナの右腕が斬り飛ばされる。レイはいつの間にかメレカリナの後ろに居て、いつの間にか鎌を振り上げていた。
「勝テナイ、デスカ? 今ノニサエ、反応デキナカッタトイウノ二?」
「──」
「アナタハ確カニ強イ。身体能力ハ私以上デスシ、魔法モ効果ガ薄イ。シカシ、アナタハ私二ソノ走リ方ヲ見セテシマイマシタ。ソレガ、アナタノ敗因デス」
どれだけ威力が高い攻撃でも、当たらなければ意味がない。
当たれば即死でも、当たらなければ死ぬことはない。
『ついていけないスピード』の前には、メレカリナはただ翻弄されるだけだ。対策方法が思いつかないなら、ただゆっくりとダメージが蓄積していくだけだ。
レイはメレカリナを翻弄する。ランダムのタイミングで攻撃を仕掛けることで、更にフェイントを加えることで、反撃を徹底的に潰しつつ立ち回る。
捕まれば即死、ということが、逆にレイを鼓舞してしまった。
メレカリナの体に傷がどんどんと増えていく。一つ一つは小さく、致命傷にはなり得ない。しかし、確実に、ゆっくりとだがメレカリナの体力を奪っていく。
視界がボヤケていく。血が少なって来ているのだ。集中力も、痛みで失われる。
現状は死んでいない。だが、死に向かっていることは全身で実感できる。
「⋯⋯ッ!」
闇雲に振った鉤爪が、奇跡的に、偶然に、計らずも、たまたま、レイの鎌に命中する。
この機を逃さない、と、メレカリナはレイのを蹴るが、
「タシカ、『相手の次の行動を考えテぇ〜、攻撃しなくチゃ〜』デシタッケ?」
レイは、それを手で受け止め、そのまま掴むと半円を描いて地面に叩きつける。衝撃でメレカリナは気絶寸前になるが、持ち前の生命力で何とか耐える。
「サア、」
脳震盪。吐き気と目眩がする。このままでは抵抗さえできない。無防備にレイの攻撃を、トドメを、まともに直撃してしまう。
気絶しなかったことを、メレカリナは後悔した。
「コレデ、終ワリデス──」
◆◆◆
「へぇ⋯⋯キミ一人で、私の相手が務まるの?」
「私の魔法能力では、無理ですね。一分が限界でしょう。⋯⋯ですが」
エストの頭の上に、巨大な岩石が出現する。彼女は重力魔法でそれをイシレアに投げつけるが、イシレアに直撃する前に岩石は消失する。
「まあこのように、私には能力があるので」
「凄い能力だよね。魔法の完全上位互換⋯⋯魔法抵抗力では、今のは防げないってわけでしょ?」
エストは今、イシレアの能力を魔法でいなした。しかし、それは同時に、魔力がなくなれば抗いようがなくなるということでもある。
「能力は実質無限に使える。私も能力持ちだから分かるよ。そりゃ、体調がよろしくなければ無限ってわけでもないけど⋯⋯少なくとも、私の魔力が尽きるのが先だろうね」
勝利するには、自身の魔力が尽きる前にイシレアを殺さなくてはならない。逆に、魔力が尽きれば敗北は必至だろう。
「──まあ、そんなことないけどね」
エストは無詠唱化された攻撃魔法を行使する。赤黒い炎がイシレアに飛んでいくが、突如現れた水の壁によって炎は消される。水蒸気が辺りに発生する。
「⋯⋯」
「あなたが私の能力を魔法で掻き消せるなら、私もあなたの魔法を能力で掻き消せる、ということですよ?」
両者の力は互角だ。だからこそ、互いの攻撃を違いに無力化できる。つまり、実質無限に使える能力を持つイシレアに、この戦いでは分がある。
「でも、俺のこの攻撃は掻き消せないぜ? 何せ、予期していないからな」
「⋯⋯!?」
マサカズはイシレアを背後から、聖剣で首を切り落とす。イシレアの体は操作部を失ったことで地面に倒れて、頭部は地面に転がる。
「仮にも剣士ともあろうお前が、背後から攻撃するなんてな」
「ナオト、それは普通の剣士の話だ。俺は剣を持った卑怯者だからな。勝てりゃいい、そうだろ?」
マサカズは蘇ったイシレアを再度殺す。
「⋯⋯わーお。本当に、生き返るんだね」
「ああ。⋯⋯あっちで戦ってるレイに、早く援護に行ってやれよ。俺たちがコイツを殺し続けとくから」
「りょーかい」
エストは従者がピンチだというのに、呑気に歩いて向かう。その姿に呆れるも、咎めはしないのは、勝利を確信したからだろう。
「さて、と。あとはレネの封印魔法の発動を待つだ──あれ? そういやドメイはどこだ?」
「マサカズさん! 避けてください!」
「っ!」
──マサカズが居たそこに、次の瞬間、鋭く尖った木のようなものが、物凄い勢いで生えた。あんなのに直撃すれば、確実に死亡していただろう。
「イシレア、さっさとエストを弱らせにいけ」
「⋯⋯はいはい、感謝しますよ」
イシレアは、フラフラと立ち上がる。首の切断面もピッタリと、まるで時間でも巻き戻ったかのように接着していた。
──復活してしまった。
「⋯⋯ドメイ。俺たち三人に、勝てると思うのか?」
「勝てないな。だが、時間稼ぎはできると思うぜ」
「⋯⋯そうかよ」
マサカズは剣を、より強く握りしめる。そして、覚悟を決める。
「⋯⋯エストは、お前のことが嫌いらしいな」
「⋯⋯そう、だな」
「でも、裏切られたことに怒っていたぞ。⋯⋯お前は、彼女の信用を捨てた。お前がやったことは、彼女を殺そうとしたも同然なことだ」
「⋯⋯」
ドメイは目を細くして、マサカズを睨みつける。
「マサカズ、お前は⋯⋯何も分かっていない」
「は?」
「俺はたしかにエスト、アイツを裏切ったかもしれない。でも⋯⋯痛めつけたいなんて、思っていない!」
ドメイの顔には、怒りと悲しみの、真逆の感情が浮かんでいた。思わず、マサカズは後ずさる。
「俺はここにアイツを呼びたくなかった! せめてアイツだけでも、危険に巻き込みたくなかった! 俺があのとき、レネの屋敷に行ったとき、どんな気持ちだったか分かるか!?」
情緒不安定だ。マサカズには、ドメイが理解できなかった。目的が分からない。
「何で⋯⋯こんなことに⋯⋯俺は⋯⋯彼女を⋯⋯」
「⋯⋯何言ってるんだよ。『巻き込みたくなかった』? でも、実際には巻き込んでるじゃないか。それで、その機会を作ったのはお前だ。お前たちだ。気持ちなんか関係ない。⋯⋯お前がどれだけ苦しくても、辛くても、お前は許されないことをしたことに変わりはない」
「そうです。本当にエストさんの気持ちを考えるなら、こんなことをしようとは思わないはずです。⋯⋯エストさんと話しているとき、たまにあなたの話題もあったんですよ。言葉では嫌いだとは言っていましたが、本当に、心の底から嫌いってわけでもなさそうでした。なのに、あなたは⋯⋯」
ドメイはマサカズとユナの言葉を聞いて、俯く。
──理解は、していた。自分が悪いことくらい。とんでもない罪を犯したくらい。だが、感情がそれを否定した。
「黙れ! お前ら全員、殺してやる!」
「⋯⋯チっ。説得なんて意味なかったな」
ナオトは、二人にそう言ってドメイに向かって走り出す。
「ま──」
マサカズが静止する頃には、既にナオトは先にドメイと交戦していた。転移者とはいえ異世界人の動きに、ドメイは必死についていけていたのだが、素人目からでも時間が経てばドメイが負けるなんてことは分かった。
──その後、マサカズとユナが参戦してドメイは一矢報いることもなく敗北することに、疑う余地はなかった。
「⋯⋯」
壁に、ドメイはボロボロの状態で倒れかかっている。殺せなかったのではなく、わざと殺さなかった。それは事件の真相を彼から聞き出すためでもあり、また、エストに、彼を殺すか殺さないかの判断を委ねるためでもあった。
「⋯⋯へへ。ははは。はははははっ!」
突然、ドメイは笑いだした。
「良かった! これでアイツを殺さずに済む! これで彼女を!」
「いきなり何を⋯⋯?」
嫌な予感がする。いや、確実に何か、後ろであった。
マサカズは振り返ると、そこには──