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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第三章 エルフの国
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3−8 虚飾と憂鬱

 例のエルフを拘束してから数十分後。あれから特に何もなく、ただ立っているだけの時間だけが刻一刻と過ぎていく。


「殺されかけたってのに、なんで普通に寝れてるんだ?」


 マサカズはエストの寝顔を見る。

 普段の彼女を知らなければ、大変可愛らしくて、また美しい。眼福、というものに成り得ただろう光景だ。

 しかし、彼は彼女に一度故意的に殺害され、あと数度、間接的なものも含めると殺されているため、そんな気には一切なれなかった。


「⋯⋯まあ、疲れてるんだろうな」


 一週間、朝も昼も夜もずっと起きっぱなしで周りの警戒をし続ける。魔女からしたら、それがどれだけ負担になるものかはわからないが、少なくとも気絶するように寝てしまうほどではあるようだ。


「⋯⋯ん?」


 例のエルフは、マサカズたちが居る王城のエントランスホールの端の柱に拘束されている。ロープでグルグル巻にされているのだ。

 マサカズはそのエルフにある違和感を覚えた。腕を斬り落とし、気絶させたのだから、身動き一つ取らないのは全くもって何らおかしくない。しかし、そう言えるのは気絶してから十分程度の間だけだ。彼もそこまで強くエルフの頭部を叩いたわけではない。すぐに回復するはずなのに、数十分経った今でもエルフは気絶したままのように見える。

 マサカズはエルフに近寄る。


「──っ!?」


 エルフの首は、360度回転したのだろう。よく見ると首の肉には不自然なほどに皺があり、骨が折れたのか、首は頭を支えることができていなかった。また、血も流れていた。

 ここが影になっており、気づくのに遅れたのだ。


「皆! コイツ、自殺したぞ!」


 魔女の殺害未遂に続き、まさかの自殺。いやもしかしたら操られたことによる自殺に見せかけた他殺の可能性もある。


「⋯⋯死んだ? ⋯⋯待てよ、もし証拠隠滅が目的だとしても、これじゃあ自ら『コイツを殺さないと不味い』って言っているようなものだ。それに自殺と言っても蘇生魔法が行使できる状態だ。⋯⋯色々と、お粗末だ」


 深読みかもしれない。単に相手が馬鹿なだけかもしれない。でも、こちらができる事は相手にもできると考えて良いはずだ。

 ここまでマサカズたちを追い詰めた相手だし、裏切り者のドメイからの情報もあるはず。こちらが蘇生魔法を行使できるなんてことは百も承知のはずだ。

 なのに、敵はエルフを蘇生可能状態で自殺させた。それはつまり、目的が証拠隠滅ではないということ。


「⋯⋯ならなんだ? 目的は、わざわざ自殺させる理由は?」


 分からない。例えば体内の魔力を暴走させ、大爆発を引き起こすなんていうテロ紛いなことをするなら今頃、マサカズは『死に戻り』しているはずだ。

 本当に、ただ、死んだだけ。


「死んだことには特に意味はない、としたら⋯⋯」


「レイさん、蘇生魔法を頼みます」


「あ、はい。分かりました」


 近衛兵団団長は、この場で今起きていて、蘇生魔法が使えるレイを呼ぶ。


「蘇生魔法⋯⋯」


 死者を蘇らせる魔法。条件は対象の体が七割以上存在していること。


「──。待て、レイ!」


 マサカズは、レイの蘇生魔法の行使を止めさせる。


「え? 何かありましたか?」


「いや何もない。だけど、嫌な予感がするんだ。だから、蘇生魔法はソイツに使うな」


 敵はどのような方法を取ったのか分からないが、転移魔法を使うと即死させる結界を展開できるような力を持っている。ならば、それの蘇生魔法バージョンもあるのではないか。

 蘇生可能な状態で殺し、それの行使を誘導することが目的ではなかったのか。その後にどうなるかは分かったものでも、試そうとも思わないが、何にせよ最悪なことには変わりないだろう。


「嫌な予感がする、って言われても⋯⋯」


「ああ、予感だ。理由なんて仮定に仮定を織り交ぜた妄想に近いものだ。でも、駄目なんだ。⋯⋯俺の悪い方の予想はよく当たるからな」


「⋯⋯はぁ。⋯⋯わかりました。マサカズさんに従います」


「ああ、ありがとう」


 ただの嫌な予感。説得力の欠片もなく、普通なら例のエルフの蘇生の方を優先すべきだろう。

 しかし、マサカズには信用と信頼がある。レイたちからしてみれば、彼の行動はいつも最善だった。


「深読み⋯⋯深読みか。そうだよな。ちょっと前までただの高校生だったガキが、能ある怪物の手なんて先読みできるはずがない。当たったとしたら、それはまぐれだ」


 蘇生魔法を使わせることが目的。いやもしかしたら、そう思わせることが目的だ、という可能性もある。

 そもそも、この自殺は本当に他殺なのか。単にエルフが自分の過ちに耐えきれずにやったことではないのか。

 分からない。分からない。分からない。

 考えれば考えるほど、様々な理由が思い浮かぶ。この少ない情報では、どれが正しいかなんて判断できないのだ、天才でも、秀才でも、経験豊富でもない、素人に毛が生えた程度の実力者であるマサカズには。


「俺みたいな奴には『考える』より『勘に頼る』方が良いのかもな。それか、死に戻り(カンニング)でもすべきか」


 馬鹿は馬鹿なりに、背伸びなんてせずに実力に見合った行動をするべきなのかもしれない。


「⋯⋯いや、俺には、このやり方が似合ってるのかもしれない。足掻いて、足掻いて、全力を尽して危機を脱する⋯⋯茨の道に突っ込むのが、俺ができること、か」


 とりあえず、今は敵の出方を伺うしかない。マサカズたちは再び警戒に戻る。

 彼らが警戒していたのは、言ってしまえば全方向だ。しかし、その注意力の配分は異なる。例えば、入り口や窓などは自然に視界に入りやすいため、無意識にそこを注視してしまうだろう。そして逆に──床や天井は、注意が疎かになりやすい。

 突然、エントランスホールの天井を突き抜けて、巨大な鼠色の岩石が降ってくる。それはピンポイントで、ある地点を狙っていた。


「エスト!」


「レネ様!」


 眠っている二人を目掛けて、岩石は降ってきたのだ。

 グチャっと肉が潰れるような音が鳴ると、岩石から血が流れてくる。

 直接見なくても分かる。岩石を退けなくても分かる。下敷きになった二人が今どんな状況かなんて。

 ──蘇生魔法が使えるかどうかは、まずこれを行った奴らを殺してから判断するしかない。


「着弾確認〜。流石、イシレアだネぇ〜」


 いつの間にか、男はそこに居た。

 身長は186cm。顔立ちは良いが、痩せ気味である。耳が隠れるくらいに長い青黒い髪と青色の目を持っており、黒の全身タイツの上に黒と青のチェック柄のロングケープを羽織っている不気味な男である。

 見逃すはずないほどに彼の殺気や威圧感は凄まじいというのに、接近を許してしまった。


「ありがとう。⋯⋯メレカリナ、あとはあなたに差し上げますよ」


「やっタぁ〜!」


 またもやいつの間にか、彼女は現れていた。

 身長は144cmほどと小柄で、華奢な体つきだ。腰くらいまである癖一つないサラサラな銀髪、水色の瞳、可愛らしい白を基調としたゴシックドレスを着ている美少女だ。


「来るぞ!」


 メレカリナ、そう呼ばれた長身の男の姿は次の瞬間消える──いや、マサカズの動体視力では捉えられないスピードで動き、彼の心臓を貫こうと腕を槍のように突き刺す。

 だが、メレカリナの腕は赤紫色の鎌によって切断される。


「痛いナぁ〜?」


 口ではそう言うが、表情や声には一切の変化がない。


「〈上位回復(グレーター・ヒール)〉⋯⋯全く。ヘマしないでくださいよ」


「ごめんっテぇ〜」


 銀髪の少女は魔法使いだ。だが、エストやレネほどの魔法使いではなさそうである。威圧感というものがないのだ。

 しかし、そう直感すると同時に、不気味さも感じる。その正体が何なのかは分からない。ただの、マサカズの思い込みなのかもしれない。


「〈一閃〉!」


 以前よりもスピード、パワーが増した。制御も完璧となり、それが外れることはない。

 弱者には反応すらできない。反応できたとしても、回避は難しい。少なくとも、余裕綽々と会話している少女には、反応はできても回避はできず、防御という選択肢しかないだろう。


(俺の攻撃をガードさせ、レイがその隙を狙う⋯⋯!)


 レイも戦闘のプロフェッショナルだ。マサカズのやりたいことを瞬時に理解する。

 マサカズの聖剣の先がイシレアの腹部を狙う。少女はそれに反応するが、もう遅い。剣先は少女の腹部を貫き、そこから斜め横に振ることで胴体を斬り裂き、殺す。

 予想外の出来事であった。だが、良い意味のものだ。レイはターゲットをイシレアからメレカリナに移し、鎌を振る。しかし、今度は難なく避けられてしまった。


「〈剛射〉」


 回避行動を一度取ったメレカリナには、ユナの攻撃を避けることは難しかった。頭部を狙ったそれを彼は何とか回避できたが、


「!?」


 それを受け止めるために前に出した左拳が消し飛んだ。

 メレカリナも流石にこれには驚いたようで、更なる追撃を与えられないようにマサカズたちから距離を取る。


「少し油断していたネぇ〜。魔女二人を殺せたことに喜びすぎていたヨぉ〜」


 相方は死亡し、自身の左拳も消し飛んだ。余裕はなくなったようだが、焦ってはいないようだ。まるで、ここからが本番だ、とでも言いたげである。

 何か、隠し玉がある。ならば、それを表に出す前に殺してしまえばいい。

 マサカズはメレカリナに向かってダッシュして、聖剣を大きく振りかぶる。隙だらけで、反撃し放題。こんな簡単に殺せそうな相手を殺さない者が、居るだろうか。居たとしたら、ソイツは素人か、あるいは頭の切れる奴だろう。


「遅くて、隙だらケぇ〜!」


 メレカリナは爪を立てて、マサカズを切り裂こうとする。特に何もなければマサカズは死亡していただろうが、勿論、そんなことは分かっていた。

 これは陽動。マサカズに注意を向けて、また別の者にメレカリナを殺させる。

 それはレイではない。レイはおそらく、メレカリナに注意されているだろうからだ。

 メレカリナの影から、真っ黒い液体のようなものが人形になりつつ無音で現れる。彼の両腕には短剣が握られており、マサカズと同様に大きく振りかぶっている。違うのは、彼がメレカリナには察知されていないということだろう。

 ナオトの短剣が、メレカリナの首を斬り落とすべく迫る。


「死ねっ!」


 勝利。それが見えた。手に届くところに来た──はずだった。

 突如、そこに現れた岩石は猛スピードでナオトに激突し、彼の全身は潰れる。


「──馬鹿な」


 ナオトを殺したのは、メレカリナではない。勿論、また別の操られていたエルフの魔法でもない。行ったのは──銀髪の少女だ。


「さっき殺したはずじゃ!?」


 先程、たしかにマサカズはイシレアを殺害した。その殺しの感触は、今も彼の手に残っている。確実に、殺したはずだ。


「まさか、蘇生魔法を自分に⋯⋯?」


 エスト&ロアvsアレオスの時に、エストは発動が遅延化された蘇生魔法を自分に行使することで死んだと見せかけて注意を逸し、奇襲するといった戦法を行っていた。同じようなことがエスト以外にできてもおかしくはない。


「いえいえ。そんなことができるほどの魔力なんて私にはありません」


「──」


 ならば、どうやって蘇生したのか。だが、それを考える暇はなかった。

 ()()()()()()、無数の細かな岩石がイシレアの周りに浮遊していた。それらは一気に加速し、マサカズたちに向かって飛ぶ。

 剣で岩石を受け流そうとするが、岩石はその速度を保ったままマサカズたちの後方に転移し、彼らの体の大半を抉り取る。血と肉に汚れた岩石が空中で停止し、そして消滅すると血肉だけが地面に落ちる。

 ──マサカズだけは、何とかその攻撃を死亡せずに耐え切れた。もっとも、両足が吹き飛び、満身創痍もいいところなのだが。


「あああああっ!」


 咄嗟に、反射的に、マサカズは〈十光斬〉によってイシレアの生み出した岩石を受け流すことに成功したのだ。しかし、マサカズは死んだ方がましなほどの激痛を味わうことになったし、どちらにせよ死亡は確定していた。


「可哀想だネぇ〜。本当に可哀想ダぁ〜」


 長身の男はそう言いながら激痛に苦しみ悶えるマサカズの顔を笑顔で、嗜虐的な笑みで、楽しそうに覗き込む。


「あははハぁ〜!」


 メレカリナはマサカズの足の傷口に手を突っ込み、グチャグチャと音を立てながら抉る。


「──」


 声にならない絶叫をマサカズは発して、涙を溢して、意味のない抵抗をする。

 それを鬱陶しく思ったのか、メレカリナはマサカズの両腕を爪で雑に切断する。

 再び悲鳴が響く。


「⋯⋯感心しませんね。甚振るのはそれくらいにして、さっさと殺しなさい」


「エぇ〜。楽しいの二ぃ⋯⋯。でも、イシレアがそう言うなら、そうするヨぉ〜」


 足の傷口から手が抜かれるも、痛みはまだ残っている。マサカズは叫ぶ体力すら、その意識すら殆どなく、ぼんやりと涙を流しながら、死んだ目で虚無を見つめていた。


「君の叫び声は本当に気持ち良かったヨぉ〜」


 メレカリナは細いその片腕でマサカズの頭を握って持ち上げる。


「じゃあネぇ〜。生まれ変わったら、また僕に殺されに来てネぇ〜?」


 マサカズの頭にかかる圧力がどんどんと増していく。その増加スピードは激痛をしっかりと脳にインプットできるほどの速さだ。

 頭蓋骨がミシミシと割れようとしている音がマサカズの頭に文字通り響く。

 ──グシャっ。

 最期に、そんな骨が割れる音が聞こえて、感覚が麻痺しかけるほどの痛みを味わう。

 そして、彼の頭部は砕ける。グチャグチャになった脳味噌と脳髄液が床にぶちまけられた。

 

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