3−6 理由
最近、プロセカにハマりました。推しはまふゆです。ニーゴのストーリー重いけど面白かったなぁ⋯⋯。
破戒魔獣、モートルの襲撃理由や、そもそも、なぜ、四百年前に討伐された怪物が復活したのかなど、分からないことだらけだが、とりあえず、目の前の脅威は去った。そういうことは後から考えよう、ということになった。今は何より、戦いの疲れを癒やし、エルフの国の復興が先である。
「⋯⋯脅威は去った。でも、エルフの国の被害は甚大、か」
宿屋の一室にて。マサカズは天井をじっと眺めていた。
──調査隊の壊滅。モートルのビームによる大樹の森の大火災。自然動物の減少。そして何より、ローゼルク王国の現国王、ドメイ・シェルニフ・ヴェル・ローゼルクの消息は今も不明だ。
「乗りかかった船。復興まで手を貸すべき、なんだろう」
大樹の森の大火災は今も続いている。なんとかエルフの魔法使いたちが水魔法で消火活動をしているが、火災を食い止めることしかできていないようだった。
「俺たちは魔法が使えないからな⋯⋯ドメイの捜索に回って⋯⋯」
大樹の森には、彼の死体はなかった。当然、エルフの国でも発見されていない。
死体が消滅したということも考えられない。モートルが彼を捕食したという線も考えられるが、モートルは捕食活動を優先で行う怪物ではなかった。ドメイ程度であれば、あのビームで即死だろう。
「⋯⋯うん? 調査隊はどこで壊滅したんだ?」
マサカズは違和感に気づいた、調査隊の壊滅は、モートルによるものなのだろうか、と。
「──いや、エルフたちは森の中で死亡していた。ということは⋯⋯」
モートルのあの巨体では、大樹の森とはいえ、入ろうものなら大樹が進行の邪魔をする。わざわざ何とかして大樹を退かして侵入するわけがない。
「別の襲撃者がいる。エルフたちはソイツによって壊滅させられた。そして、その襲撃者がモートルを引き連れてきた⋯⋯?」
どうやら、この騒動はまだまだ終わりを迎えていないようだ。
「問題はなぜ、襲撃したのかだが⋯⋯ただの殺戮が趣味の異常者なら、モートルをエルフの国にけしかけるだけで済む話だ。でも、モートルは大樹の森の外で待機していた」
襲撃者の真の目的は一体何なのか。
「⋯⋯モートルをけしかけることができなかった。つまり、目的は殺戮ではない、としたら⋯⋯。力を誇示して、支配することが目的。その可能性が高い。けど⋯⋯」
こう考えれば、色々と辻褄が合う。勿論、ドメイの行方にも。
「もしそうなら、一刻も早くドメイを救出しなくてはならなくなる、な」
襲撃者の目的は、ドメイの誘拐。死体がないのも、それで説明ができる。調査隊を襲ったのも、ドメイが調査隊に所属していることを知っていたからだろう。
彼を誘拐し、人質とすることでローゼルク王国の支配権を要求する。そうすれば実質的に支配者と成れる。この世界のことだ。そんな目的を持っている輩が居てもおかしくない。
「⋯⋯支配権を要求するなら、何らかの方法で接触してくるはずだ。規模にもよるが、相手はモートルを使役できる存在⋯⋯一筋縄ではいかないだろうが、俺にはこの力がある」
『死に戻り』の力。死を受け入れ、ゲームのコンテニューのように軽く扱えるようになれば、まさに最強の能力。
「死ぬのは辛いが⋯⋯やってやる」
死は漠然とした不快感である。しかし、逆に言えばそれだけしかない。即死である前提だが、マサカズは幸か不幸か弱者だ。普通なら強い方が良いが、下手に即死できない分、この『死に戻り』の力を持っていると弱者の方が良い。
「⋯⋯さて、寝るか。明日は朝から忙しくなるだろうし」
既にマサカズの眠気は限界に達している。目を閉じれば、一、二分後には眠っていることだろう。
「朝イチには、皆にこのことを伝えないと⋯⋯な⋯⋯」
マサカズの体の力が抜けていき、そして意識が遠のいていく。気絶するように寝てしまうのは、彼がそれだけ疲れていたということだ。
完全に、彼の意識が途切れた。
◆◆◆
白髪の彼女は、宿の部屋に備え付けられていた椅子に座り、机に置いている本をパラパラと捲って読んでいた。
「『破戒魔獣には十体存在し、そのどれもが世界を終焉に導く力を持つ。四百年前に五人の英雄によって討伐された』⋯⋯」
彼女にしては珍しく、本をしっかりと読んでいた。それも声に出して、だ。
「⋯⋯やっばり、詳しいことは載っていないね。まあ、それもそうか、討伐は四百年前の出来事だし、詳しく書く必要もないからね」
四百年前のエストは、ある魔法の研究をしていたか、もしくは寝ていたかの二通りしかなかった。そのある魔法の研究は失敗に終わったし、寝ている間に一年過ぎていたということもあり、結局、時間をとても無駄にしただけだったのだが。
「あのときもっと世界情勢に触れていたら、歴史について学ぶ必要もなくて、かつ正確な情報だけ覚えていられたんだろうね⋯⋯魔法以外の知識も、大切だというのに」
過去の自分に対して呆れて、やり直したいと思うが、逆行させられる時間の範囲にない。魔法も、エスト自身も万能ではない。彼女は少し普通より魔法が使えて、身体能力も高いだけの少女だ。そんな神みたいな力──時間を幾らでも巻き戻せるような力は有しない。
「⋯⋯『破戒魔獣の誕生理由の考察』?」
いくつかの歴史書、魔獣図鑑を読んでいたが、そのどれも大体同じようなこと、例えば、その強さであったり、その外見であったりをただ綴っているばかりだった。だが、ある一冊だけ、唯一それだけ、破戒魔獣の誕生について触れていた。
「『魔獣は生態系の一部であり、たしかに強力であるがそれを破壊するほどの力は持たない。しかし、破戒魔獣はどうして生態系、いや世界を滅ぼせる力を有しているのか。それの理由は単純で、創造された存在であるからではないだろうか?』⋯⋯」
──創造された存在。創られた怪物。人工魔獣。破戒魔獣は、自然の魔獣ではない。
「⋯⋯なるほどね。たしかに、筋は通っている。⋯⋯でも、問題は一体誰があんな怪物を創り出したか、ということだけど⋯⋯」
エストは調査隊の生存者の記憶を思い出す。そこには、不気味な長身の男が映っていた。
「モートルとほぼ同時に現れて、エルフたちを虐殺した。無関係、なんてことは無いはずだね」
モートルの創造主はあの長身の男である、もしそうでなくても、彼が本当の創造主と知り合いである可能性は高いだろう。
「創造できるなら、復活させることもできる⋯⋯だとすると、相当な魔法使いだね。最大限、警戒しよう」
魔法であんな怪物を創造できるということは、それだけでエストを超える魔法使いであることは確実になる。まず間違いなく普通の人間ではない。
「──創った⋯⋯創れる⋯⋯何度でも⋯⋯? ⋯⋯いや、そんな、まさか⋯⋯」
破戒魔獣は、合計十体存在する。であれば、モートル以外の九体は今、どうなっているのだろうか。
「⋯⋯楽観視はできないね」
もし、魔力以外のコストなく破戒魔獣を創造できるなら。
もし、本当に何度でも破戒魔獣を創造できるなら。
──モートル以外の破戒魔獣が復活していてもおかしくないのではないか。
「破戒魔獣たちはほぼ同時期に、突然、出現した。それはつまり創造には然程時間は必要としないということ⋯⋯」
魔力量には上限がある。一定以上には増えることがない。そして魔力はポーション、または自然に回復させることができるが、魔力を回復させるポーションは使い方を間違えると死ぬ危険なものだ。生物は、魔力保有限界量を少しでも超えてしまうと死亡してしまうからだ。エストが知っている例外と言えば、無限の魔力を有するロアくらいなものである。
「あの怪物を創造するんだ。魔力をほぼ使い果たして創るはずだから、一日に一回が限度だと考えると⋯⋯」
モートルを討伐したのは今日の昼頃。魔力はぴったり消費から二十四時間後に回復が完了するようになっている。つまり、討伐後即復活させた場合、翌日の朝まで、創造主は魔力が枯渇寸前で、完全に回復するのは昼頃のはずだ。
「⋯⋯今すぐにでも、あの長身男を殺す必要があるね。⋯⋯でも、問題はどこに居るか」
大樹の森全域を探すのはとてもじゃないが、厳しい。一日あれば可能だが、そんな時間は今はない。
「⋯⋯分からない。時間が足りない⋯⋯早くしないと、モートルが復活して、エルフの国を襲──うの?」
大前提を、エストたちがエルフの国を訪れた時点で破戒魔獣が全て復活しているとして、考えるといくつか不自然な点がある。
「⋯⋯いや、襲うなら最初からしているはず。国の崩壊は目的でない? ⋯⋯ああ、そういうこと。なら、きっと現れるはずだ。──そのときに、仕留める」
自分から探していることが相手側に伝わったなら、待ち伏せされる可能性が高まる。相手は破戒魔獣を創造できる魔法の力を持っている。待ち伏せされれば、即死は免れない。
現段階で取れる最も安全な手段は、相手の出方に合わせて、適切な対応を取るということ。後手に回ることになるが、そうせざるを得ない。
「⋯⋯私は、ドメイ、お前が嫌いだったよ。今も、その気持ちには変わりない。でも⋯⋯お前はお義母さんの知り合いだった。お義母さんを愛していたし、愛されていた。⋯⋯それだけで、助ける理由にはなる」
亡き母の愛人。見捨てれば、母──ルトアに顔向けできない。エストは、彼女の娘は、それが嫌なのだ。
「死んでいたら、もう一度殺す。でも、死なせない」
銀髪の魔女とエルフの国王と一緒にピクニックに行ったときの思い出が、彼女の記憶にフラッシュバックする。数少ない、能力を使わずに覚えている人間時代の記憶だ。
「──」
エストは、魔女であるからしばらくなら睡眠をする必要がない。だから、彼女は夜中も起き続けたが、結局その夜には何事も起こらなかった。
◆◆◆
翌日の早朝。宿屋の食堂にて。
「──まだ事件は終わっていない、ということですか?」
エストとマサカズは皆に、そう警告する。
「そういうことだね。⋯⋯とりあえず、今は待つことしかできない」
「⋯⋯エスト、レネ、二人ならこの国のエルフたちを全員ウェレール王国に転移させられるか?」
「全員は無理だね。魔力も、時間も、何もかもが足りないね」
「⋯⋯。でしたら、王族だけでも逃がすべきでは?」
「ボクもそれに賛成だ」
ユナの提案に従い、エストたちは王城へと向かう。
王城内はやはりというか、騒然としていた。現国王が行方不明となったのだ。仕方ない。
護衛兵に話をすると、フェリシア王女との面会が許されて、一室に通される。
「おはようございます、王女様。要件を先に言わせてもらうと──」
フェリシアの表情は暗かった。聞いているかすら怪しかった。だが、そんなことを気にせず、レネは彼女に要件を話す。
「──私達王族を、逃がすつもりですよね?」
「⋯⋯ええ」
彼女は、最初から知っていたようだった。いや、予想がついたのだろう。面会がしたいと言われた時点で。
「⋯⋯私が、私たち王族だけが、守るべき国を放棄して、逃げることなんてできません。私はこの国一の魔法使いです。戦力にはなるはずです!」
「あなたが国一番の魔法使いであっても、私たちからしてみれば弱い。自衛する力もないのに、この国に残ることは自殺をするようなものです」
「それでも──」
「まだ分からないのですか? 今回の敵は私たちでさえ勝てるとは断言できないような存在です。能力もはっきりしておらず、対抗策も取れない。⋯⋯はっきり言いましょう。あなたは弱くて足手まといです。守っていられるほどの余裕はありません。ですが、あなたは生き残らなくてはならない。あなたさえ生き残っていれば、エルフは存続されるのですから」
「⋯⋯」
普段のレネからは想像もできない態度だ。言葉は綺麗なままだが、感情は明らかに変わっている。むしろその綺麗な言葉遣いが、その恐怖を助長している。
「⋯⋯でも」
「──キミは、お兄さんから『何かあったら、逃げて生き残ってくれ』と言われているね」
「っ! なぜ、それを⋯⋯」
「フェリシア、キミには私の能力を言ったことがあるけど、忘れちゃったかな?」
フェリシアは六百年前の記憶を思い出す。エストが魔女になってから一ヶ月もたっていない頃に、彼女から教えてもらった能力だ。
「⋯⋯記憶、操作」
あのときは、ジャンケンで勝つためという下らない理由で使っていた能力だ。
「そう。私の前では嘘は通用しない。同時に、キミの無力さも証明できる。私のこの能力は同格には使えないからね」
「⋯⋯私の思考を操作しないのは、どうしてですか?」
「そうだね。キミの記憶を改竄すれば、簡単に逃がすことができる。でも、それは最後の手段だ」
最初から、フェリシアに拒否権はなかった。エストが居る限り、あらゆる手段を用いても彼女にはただ一つの選択肢、逃亡しか許されない。
「分かりましたか?」
「⋯⋯はい。私は⋯⋯逃げます。ですが、お願いがあります」
フェリシアは、レネとエストに説得──というより、言いくるめられた。
「エルフの国と、兄、ドメイを救ってください!」
「⋯⋯可能な限り、善処します」
レネは『必ず救う』とは言わなかった。確証が得られないからだ。嘘はつけなかったからだ。
フェリシアの転移先をウェレール王国の王城に設定する。そして、転移魔法を行使する──
「──は?」
しかし、転移魔法は発動しなかった。代わりに、血と肉と臓物が周囲に撒き散らされて、七人の服を、部屋を赤く汚す。
「⋯⋯ちょっと待ってよ。たしかに、レネは、転移魔法を⋯⋯」
エストは、たしかに、レネが転移魔法を行使したのを見た。詠唱文も、間違っていない。当然、攻撃魔法であるはずがない。
「⋯⋯嘘、だろ? バカな⋯⋯どうして⋯⋯フェリシア王女様は死んだんだ!?」
レネの転移魔法の効果が発動された瞬間、フェリシアの体は、溶けた高温の塩でも入れられたスイカのように爆散した。
死体はないに等しい。床を探せば眼球くらいはあるかもしれないが、どう考えても七割以上の死体はない。
「⋯⋯皆! 転移魔法、転移系の戦技も使っちゃ駄目だよ!」
エストの予想では、フェリシアの死亡原因は転移したことによるもの。おそらく、エルフの国全域に転移魔法を阻害する結界のようなものが貼られているのだろう。問題は、転移者を殺害するような結界魔法を、エストは知らないということだ。だが、今のところそれしか原因は考えつかない。
「チっ⋯⋯魔法じゃないとしたら、加護? それとも⋯⋯私の『記憶操作』みたいな特別な能力?」
魔法ではないとしたら、加護か能力だけになる。いや、そのどちらか以外には考えられない。
だが、どちらにせよ、現実離れした力には変わりない。
「⋯⋯とんだ化物を、私たちは敵に回したってことね」