3−5 破戒魔獣討伐戦
「〈次元断〉!」
エストの魔法はモートルの口の傷口に外れることなく命中するが、それによる傷は瞬時にして治癒する。やはり、レイの鎌でしかモートルに傷を付けることはできないようだ。
「複製ができれば楽なんだけど、神器級の武器は複製不可だしね⋯⋯」
魔法では、レイの鎌を再現できない。再現できたとしても外見だけだ。
「──」
モートルの咆哮が響き、レイに向かってビームを放つが、
「させませんよ」
防壁によって、それは遮られた。何度ビームを撃っても、結果は同じだ。痺れを切らしたのか、モートルは標的をレネへと移し、再び彼女を飲み込もうと口を開くが、
「俺たちを忘れて貰ったら困るぜ? 〈十光斬〉っ!」
「〈神速〉!」
「〈真紅眼〉」
マサカズは剣撃を、ナオトは目にも止まらぬ速さで短剣撃を、ユナはその圧倒的な力で矢撃を、モートルの口部に加える。転移者とはいえ、三人による同時攻撃。一瞬だけモートルは怯んでしまい、口を開いた状態で隙を作ってしまった。
「砂粒でさえ、高速で飛ばせばとんでもない破壊力を発揮する。⋯⋯なら、砂岩だとどうなるだろうね?」
〈砂創造〉により、エストは拳より一周りほど大きな砂岩を数十個、空中に創り出す。
「〈電磁加速砲〉」
ショットガンのように砂岩は飛び、モートルの口内部の肉を抉る。傷は深く、夥しい量の血が流れる。だが当然、そんな傷も再生するが、
「──再生は速い。一瞬だ。でも、僅かに、完治までにはタイムラグがある」
ナオトはモートルの再生を観察していて、それに気づいた。そして、この気づきによってある作戦を思いついたのだ。
「どんな傷でも、再生時間は一緒なんて、そんなわけないはずだ。小さな傷と大きな傷では、コンマ一秒にも満たないかもしれないが、再生時間に違いがあるとしたら?」
モートルの再生は、ノータイムで即完了するものではない。
「⋯⋯大きな傷を作ってやって、再生までの猶予を伸ばす。そして、その刹那より速く新たな傷を増やしてやれば──再生力のリソースを削れる」
全てはレイの一撃による即死確率を上げるため。鎌で首を切っている最中に再生されてはならない。少しでも、不確定要素を潰さなくてはならない。
「──ッ!」
鎌の鋭利さを魔法で極限まで高めて、彼は自分が使える自己強化の魔法を全て唱え終わった。
一歩目と二歩目で速度をつけ、三歩目で跳躍する。モートルの首と思われる部分を狙って、鎌を振る。
「なっ!?」
そのとき、モートルの背中から六本の触手が生えて、レイの体を掴む。力は強く、彼でさえ身動き一つ取れない。
触手の力はどんどんと強くなり、骨の軋む音がする。
「〈一閃〉!」
マサカズはレイを助けるため、触手を斬ろうとするが、
「弾かれた!?」
カキンッ、という音が響き、触手には傷一つ付いていなかった。
それどころか、触手は更に増えて、マサカズの首を締め付ける。とんでもない力で締め付けられて、意識が遠くなり、そして折れてしまう。
「──っ」
戦技を行使する直前に戻ってくる。
このままレイを放置していれば、彼は死ぬ。だが助けに行っても、触手は硬く切断することができない。
「〈転移──」
レネはレイを転移させようと魔法を行使するも、それは効果を発揮できないことを瞬時に理解する。
〈転移魔法不能空間〉のようなものが展開されたのだ。
この短時間で、モートルは魔法を学習し、更には魔法を創った。たまたま、その創造された魔法は既存の魔法の効果に似ていたというだけだ。
「⋯⋯ああ、こんなことってあるの?」
エストは、モートルが触手という本来ないはずの器官を作り出し、魔法を学習して使えるようになった時点で嫌な予感はしていた。そして、それは見事に的中していたのだ。
「再生能力が強力になってる⋯⋯!」
先程までは、再生しては傷を付け、再生しては傷を付け、を繰り返すことができていた。だが、モートルの再生力は、エストの攻撃力を上回りつつある。
「チっ⋯⋯」
これ以上は魔力の無駄だと判断したエストは、魔法の行使を中断する。
残存魔力量はおよそ六割。まだまだ戦えるが、決定打を思いつけないと負けは確実だ。
「〈次元断〉」
エストはレイを拘束する触手を斬り落とす。一瞬だけ力が緩む隙を狙い、レイは脱出し、そのままモートルを斬ろうとするが、斬れない。
「すみません!」
「謝らなくていい。⋯⋯どうすればいいの?」
魔力、体力、再生力、適応力、学習力、その全てが非常に高く、後出しで対抗策は潰される。
唯一の対抗策であったレイの鎌だが、
「⋯⋯自慢の適応力で、普通の攻撃の方がマシになったね」
レイは鎌を異空間に収納し、骨の鎌を創り出す。
「──エストさん、モートルの体は削ることはできますか?」
ユナは何かに気づいたようで、エストに話しかける。
「⋯⋯え? ⋯⋯まあ、まだ、できない事はないけど」
モートルの体を削ることはできる。あくまで、継続して再生不可能なくらいの火力を出し続けることができないだけだ。一瞬だけならば、まだ可能である。
「なら、体の中心部を削ってください。砂粒くらいに細かく」
なぜ、とは言わない。だが、彼女はふざけているようにも見えない。そこには確かに真剣さがある。
「わ、わかったよ」
エストは上空に転移して、無数の魔法を同時に行使する。それらはモートルの体を細かな肉片へと変えていくが、瞬時に再生する。
「⋯⋯皆さん、モートルの倒し方、分かりました」
「──は?」
全員が、ユナの言葉にそう言った
今の一連の行動で彼女は何に気づいたというのか。
「モートルの再生力が強くなったとき、体の中心部で⋯⋯何と言うか、何かが変わったように見えたんです」
ユナの加護、『慧眼之加護』はありとあらゆるモノが見える。勿論、透過してモノを見ることも可能だ。
「先程エストさんがモートルの体の中心部を粉々にしたとき、拳ほどの大きさの肉片が一つありました」
「⋯⋯もしかして」
加護による視力で、無数の肉片をユナは正確に見分けた。そして、違和感の正体を看破したということだ。
「そして、再生はその唯一の拳ほどの大きさの肉片を中心に始まりました」
それが弱点──このインチキとも言える再生能力を発揮するにおいて、最も重要なものだとしたら。可能性は十分ある。試す価値はある。
「なら、それを破壊すれば⋯⋯!」
「ええ。モートルを倒せる、ということです」
モートルの再生能力の要の可能性が高いそれ──コアを破壊することができるのは、それを判別できるユナだけ。だが、硬い鱗と肉に覆われたコアを破壊するには、まずはモートルを細々にしなくてはならない。
ユナは皆に作戦を伝える。
「りょーかい」
「お願いします。⋯⋯よし」
ユナは弓を構えて、集中力を高める。
数百m離れた拳ほどの大きさの目標を、一瞬で射抜かなくてはならない。
モートルはエストたちに弱点が見抜かれたのを察したのか、あるいはまた体を粉々にされたくないのか、エストの魔法が発動するより先にビームを撃つも、レネがそれを防御する。
しかし、モートルはレネの防御魔法を学習していた。
「フェイント!?」
モートルはエストから逃れるわけでもなく、なんと逆に突っ込んで来る。その巨体から繰り出される体当たりに直撃しようものなら、ただでは済まない。
ビームを防ごうと防御壁を展開すれば、エストの魔法も同時に行使できなくなる。連続的に撃つことでエストを無力化しつつ、あとはレネと一緒に物理攻撃で仕留めれば良いだけだ。
時間さえあれば、モートルはエストとレネを無力化できただろう。だが、現実はそうは行かなかった。
「──〈裂風〉」
斬撃を伴う風が、モートルを襲う。無数の裂傷がモートルの体に出来、そして肉を細々にする。
「っ!」
ユナはその刹那で、他よりも少し大きな肉片を確認して、矢を放つ。弾丸よりも速くそれは発射された。風による軌道の変化も当然、計算済みで、外れることなくその肉片に矢が刺さると同時に、体の再生が終わる。
「──」
だが、再生は完璧でなかった。傷は無理矢理にでも繋げたように歪で、血も流れている。少しの衝撃でも加えれば、今にも千切れそうなくらいだ。いや、今この瞬間にも、千切れている。
モートルは痛みに喘ぐよりも、咆哮を響かせると、その口を大きく開く。
「皆、伏せてっ!」
赤黒いエネルギーがそこには収束していた。
口部から赤黒いビームを、モートルは自身を死に追いやった張本人に向かって放つ。
「〈影化〉!」
それを確認して、ナオトはユナに飛びかかって、そのまま抱いて彼女を救う。
ナオトはビームの余波によって吹き飛ばされるも、何とか直撃は免れた。その代わり背中に大火傷を負ってしまうが、死亡することはなかった。
大火傷を治すために、レネはナオトがに治癒魔法を行使する。痛みが段々と引いていき、優しい暖かさが彼の背中に広がる。
「⋯⋯?」
モートルの死体を見ていたマサカズは、何か違和感を覚える。
「体積が小さくなっているような⋯⋯」
──モートルの死体がある地面に、真っ黒でドロドロの液体が溢れ始めている。それと同じくらいの割合で、モートルの体も減っている。
「待て、待て待て待て⋯⋯!」
そう、モートルの体が液状化しているのだ。そして、それは今も続き、速度も指数関数的に増加している。もし、モートルの体が全て黒い液体になるのなら、どうなるか。
「エスト! 早く俺たち全員をエルフの国に転移させろ!」
「は? いきなりど──っ!?」
真っ黒いドロドロとした液体が、エストたち六人を飲み込もうとして来る。それはさながら津波のようであった。
「早く!」
「〈転移陣〉っ!」
六人全員を対象とする魔法陣が出現し、黒い水に飲み込まれるギリギリで転移させる。
◆◆◆
「⋯⋯私のモートルが死亡した⋯⋯?」
冷気が漂う洞窟の中。ここに居るだけで熱が奪われていく。だが、それは普通の人間だったらの話だ。彼と彼女であれば、さして問題はない。
「まさカぁ。たしか二ぃ? モートルくんはす〜ぐ生き物を殺しに行ってしまうけドぉ〜、彼が殺されるなんて信じられないヨぉ〜?」
「食事中に喋ってはならないと、言いましたよね?」
「⋯⋯ハぁ〜い。今度かラぁ、気をつけまスぅ〜」
彼の口周りは血肉で汚れていた。それは仕方のないことなので彼女は見逃しているが、それ以外の食事のマナーには厳しい。
もっとも、そんなことをする必要は、本来はないのだが。
「⋯⋯まあいいでしょう。いえ、私がモートルの死亡を誤認することなんてないはずですが⋯⋯。魔女でさえ、それは不可能だというのに⋯⋯」
『殺戮』を司る破戒魔獣、モートル。魔女さえ凌ぐ魔力を持ち、破壊能力も桁違いだ。
「⋯⋯警戒するべき、ですね。さっさと──」
銀髪の少女は、その可憐な顔には似合わない、不気味な笑顔を浮かべる。
「──殺しましょう」