3−4 殺戮
今から約四百年前。ある十体の大魔獣がこの世界に存在していた。勿論、様々な国が協力し、人類最高戦力とも言える討伐隊を結成したのだが、それら一体一体が世界を終焉に導くほどの力を有していたため、一体も討伐できずに壊滅することになった。
それら十体の大魔獣はまとめて、人々にこう呼ばれていた、『破戒魔獣』と。
だが、突然この世界に五人の人間が現れた。彼らはとんでもない力を持っており、破戒魔獣は全て討伐された。人々は彼らに感謝したのだが、ある日を境に彼ら五人全員との連絡が途絶えた。その原因は、今でも分からない。ただ一つ言えるのは、それ以降、破戒魔獣は現れなかったということだけだ。
──そう、破戒魔獣は四百年前に全滅したはずだったのだ。
「⋯⋯あれは、私が知る破戒魔獣なら、たしか名前は⋯⋯『殺戮』のモートルだったはず⋯⋯」
全長はおよそ100mほどで、全身が真っ黒な鱗で覆われている。それぞれ二つずつ、その巨体に見合うだけの手足があり、それらには大きな鉤爪があった。そして何より目を引くのは、その頭部だろう。そこには角も、目も、鼻もなく、あるのは頭部全部を占める巨大な口だけ。その口は縦に、横に、花弁のように開く五つの外側の口があり、さらに中には八目鰻のような口がある。歯はなく、代わりにそこには大量の釣り針の返しのような棘があり、飲み込まれたが最後、口の中から抜け出すことはできないだろう。
不気味で、気色悪い。神話のおとぎ話にでも出てきそうなクリーチャーが、空を漂っている。
モートルには、目もなければ鼻もない。しかし、どういう方法かは不明だがエストたちを察知したようだ。頭部──口を四人に向ける。
「やば⋯⋯」
「避けろっ!」
超人じみた跳躍力でマサカズたちはその場から離れる。すると、直後、彼らが居た地面は融解していた。
モートルの口部の先で微小な光が発せられたのをマサカズは確認した。
キーンと、モスキートーンのように甲高い音がまたもう一度響くが、今度のモートルの攻撃はエストの防御魔法によって防がれる。
「何この火力っ⋯⋯規格外にも程があるね⋯⋯!」
モートルの攻撃はなんとか防がれたが、彼女はそれを完全には打ち消せなかったようだ。見ると、彼女の左腕が消失していた。断面は焼け焦げており、出血はしていないようだ。
「〈時間逆行〉」
その部分だけ時間を逆行させることで、失われたはずの腕と、ついでに衣類も復活する。
「⋯⋯さてどうする。アイツ──モートルって言ったか? 空中に飛んでいるが、どう対応する?」
モートルは50m上空に居るため、剣は勿論届かない。エストの魔法、ユナの弓であれば届きはするだろうがダメージを与えられるとは思えない。
「そんなの簡単だよ⋯⋯届かないなら、届くようにすればいいだけでしょ?」
エストの姿が消え、モートルの真正面に出現する。
「空を飛んで遊ぶより、地上で私たちに殺されない? さあ、ここから堕ちて。〈魔法三重強化・爆裂〉」
エストの左手の先に、三重の赤色の魔法陣が展開される。それらは赤く光り輝き、聴覚が一時的に麻痺するほどの爆音が発生する。
モートルの上部で爆裂魔法が効果を発揮し、魔獣の体を下方向に堕とす。
地面にその巨体が打ち付けられたことで地震にも匹敵する振動が引き起こされる。
「キミたち、そこから離れたほうがいいよ?」
「⋯⋯は?」
エストは更なる追撃を加えるべく、また別の赤色の巨大な魔法陣を展開する。それからは明らかに禍々しいオーラが漂っていた。
『明らかにヤバイ』。そう直感した三人は急いでその場から離れる。
「あれくらい離れればいいかな。⋯⋯〈隕石〉っ!」
直後、上空から超巨大な石が降って来る。表面は空気摩擦による熱で赤くなっており、またスピードも、遠目からでも分かるくらいには速い。あんなのが直撃すれば、ただでは済まないどころかミンチになるだろう。
「──」
グロテスクな口が開かれ、大地を揺らすような咆哮が響く。そこには、光のようなエネルギーが収束しており、
「⋯⋯嘘でしょ?」
そのエネルギーの塊から、極太の光線が隕石に向かって放たれた。それは隕石に命中すると、内部で爆発を引き起こし、隕石を粉々にする。欠片はそれでも大きいものだが、モートルの巨体を考えれば小石のようなものだ。
勿論、マサカズたちは隕石の欠片に命中すれば即死するため、さらにそれを細かくする。
「飛び上がるぞ!」
モートルは自身の体を両手足で支え、飛ぶような動作を取った。それを阻止すべく、三人は攻撃を仕掛ける。
「俺は手を狙う! 二人は足を狙ってくれ!」
マサカズは地面に体重を乗せて、跳躍する。7mほどの高さでステップを刻み、モートルに接近すると、聖剣を振る。
『神聖之加護』は当然、魔獣にも効果を発揮するようだ。
「硬い⋯⋯でも、これなら!」
マサカズは剣を何度も振り、その太い手を切り落とす。ほぼ同時にナオトとユナも、モートルの片足を切断したようだ。魔獣は痛みに、口を大きく開き喘ぐも、
「っ!?」
その切断した手足が、一瞬で再生する。見ると、先程、エストの魔法が直撃した背中部分も、剥がれていた鱗が再生していた。
危機を直感し、マサカズは後方に跳ぶと、モートルの腕がその場を抉っていた。
「クソッ、再生能力持ちかよ⋯⋯!」
「──」
手足が一度切断されたことで、モートルは激昂したようだ。再び咆哮が響く。
モートルの首がマサカズたちの方に向き、口を開くと、そこにはエネルギーが収束していた。
エストのメテオを破壊したものと同様のビームが、横薙ぎに放たれるが、そこに目標は居なかった。
「危なかったね。もうちょっとで跡形もなく消し飛んでいたよ」
「サンキュー、エスト」
エストの転移魔法によって、三人は安全な位置に転移していた。
「にしても⋯⋯不味いね」
「⋯⋯うん」
エストとナオトが、モートルを見て呟く。
「⋯⋯何が? いや、たしかに即死クラスのビーム、とんでも再生能力にあの巨体。不味い所しかないけど」
「──魔力が、微塵も減っていない」
二人は同時にそう言った。
「魔力が減っていないって⋯⋯そんなことありえるんですか?」
「私だって信じたくないよ。あのビームからはたしかに魔力が感じられたのに」
「⋯⋯それと、あの再生能力、おそらく魔法の類じゃなくて、アイツ自身の力だ」
「え? それって、つまり⋯⋯再生は無限ってことか?」
「流石にそれはない。有限だろうが⋯⋯まあ、あの巨体だ。体力も膨大にあるだろう。だから、確実に言えるのは、ボクたちだけではヤツを殺す手段がない」
モートルの殺意ある攻撃は全て、一撃でマサカズたちを殺すし、エストだって何発も耐えられるわけではない。現に、彼女はモートルのビームに防御魔法を行使しても無傷では済まなかったからだ。
鱗も固く、それを破っても内蔵までは届かないし、傷はすぐに、しかもほぼ無限に再生する。
よって、モートルを殺す方法はその再生能力が発揮される前に殺す──たった一撃で即死させることだけである。
だが、現状の最高火力であるエストでさえ、それは不可能。帝国軍に放ったあの儀式魔法であればあるいは可能であるかもしれないが、呑気に三十分も詠唱をする暇なんてない。
「大樹の森に逃げる手もあるけど⋯⋯モートルがエルフの国に侵入することになるだろうね」
四人はモートルを中途半端に攻撃してしまい、怒らせた。『殺戮』という二つ名があるように、殺すために追ってくることはほぼ確実だろう。
「⋯⋯そりゃ、五人の転生者でようやく倒せるわけだよね」
エスト並みの実力者が五人居て、ようやく破戒魔獣を一体撃破できる。改めて考えてみると、どれだけ彼等が異常な存在であるかがよく分かる。
「おっと⋯⋯あちらも準備が完了したようだよ?」
四人が話している間、モートルは身動き一つせずにじっと彼らを見ていた。それは自分たちを警戒してのことだと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。
モートルは両手足を地面に突き刺しており、開いた口には今までの何より大きなエネルギーが収束していた。その色も白色ではなく、赤と黒の入り混じった色へと変化していた。
「俺でも分かる。あれは、直撃は当然、近くに居るだけでも、確実に死ぬな」
その赤黒いエネルギーが外気に触れた瞬間、四人は、モートルとは100m以上離れているというのに熱を感じた。
瞬間、魔力反応がこれまで以上に強くなり──
「エストっ!」
「わかってるよ!」
──直径5mほどの赤黒いビームが発射された。それは通過した真下の地面を溶かして、大樹の森まで届くと、森の木々を焼く。
それは十秒ほど続いた。
攻撃が終了したところで、モートルは、自身の後側に複数の魔力反応を検知したため、そこにビームを撃つ。だが、
「⋯⋯何て破壊力。私の防御魔法でようやく打ち消せるとは」
青髪の魔女が、そのビームを無効化していた。
「突然『助けて』なんて〈通話〉で言ってくるものですから、びっくりしましたよ。⋯⋯にしても、この化物は⋯⋯?」
「破戒魔獣。四百年前に全滅したはずの一体だよ」
「破戒魔獣⋯⋯。ああ、これまた厄介事に巻き込まれた、というわけですか」
モートルはまた、レネに向かってビームを撃つ。だが、結果は同じだった。
「私の防御魔法の前には、あなたの攻撃なんて無駄。通用しません」
モートルはレネの言葉を理解したのか、はたまたしていないのか。ともかく、魔獣はビームによる攻撃を辞めて、その大きな口を開くと、
「⋯⋯そう来ましたか」
五人を、地面ごと捕食する。レネの防御魔法によって今は噛み砕かれないが、防壁にはヒビが入りつつある。割れるのも、時間の問題だろう。
「いや。いやいやいや、このままじゃ死ぬぞ!? なんで二人は冷静なんだよ!?」
一刻を争う事態だというのに、エストとレネの二人はやけに冷静だった。焦っているのはマサカズとナオトとユナの三人だけだ。
「そりゃね。まだ、私達は助かるから、冷静なのさ」
その瞬間、暗闇だったモートルの口の中に外界の光が差すと同時に、防壁に血が付着する。そこには、執事服の高身長の男居た。手に持つ赤紫色の大鎌で、彼がモートルの口を斬り裂いたのだろう。
「エスト様! 皆様! ご無事でしょうか?」
「うん。ありがと、レイ」
斬り裂かれた部分から全員が脱出する。
「ミントはどうしましたか?」
「エルフの国に待機しているように伝えておきました、レネ様」
ミントはメリッサと違い、戦闘ができない。この場に連れてくることは危険である。
「⋯⋯さて、と。現状の最高戦力はこれだけど⋯⋯正直、キツイね」
レネだって、モートルのビームは無力化できてもそれはノーチャージのものだけだ。もし、先程の赤黒いビームであれば、成す術なく即死するだろう。火力も多少増えたが、それでも未だ火力不足は否めない。
「⋯⋯ん? なんで?」
そこで、エストは気がついた。モートルの裂かれた口の再生が妙に遅いことに。
──妖赤色鋼で作られたレイの鎌は、いかなる存在であろうとも傷を付ける。どれだけ硬い鎧、鱗を持っていようが、物理攻撃が効かない存在であろうが、バターのように斬って、その命を奪える、という能力が備わっている。
「もしかして、その効果には再生阻害もあるということ?」
あくまで阻害であり、無効ではない。時間が経てば完全に再生することには変わりないが、猶予ができるというわけだ。
これならば、まだ勝機はある。
「問題は、モートルが首を斬られた程度で死ぬかどうかってことね⋯⋯」
多くの生物にとって、首、もとい頭部とは重要な部位だ。体を動かす脳と体の接続を斬ってしまえば、生命活動は停止する。しかし、その多くの生物にとっての常識が、魔獣という例外に通用するのだろうか。エストは、何体かの、首を切断しても死亡しない魔獣を知っている。
「⋯⋯いや、やってみないと分からないね。やってから、後は考えよう。レイ! キミにしかヤツは殺せない。私達がヤツの気を引くから、隙を狙ってヤツの首をその鎌で斬って。皆もそれでいいよね?」
エスト以外の五人が、彼女の案に賛成する。
「さあ、始めようか!」