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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第二章 魔女殺しの神父
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2−14 蹂躙

 今回は少しだけ閲覧注意。人によっては不快になるかもしれません。

 ウェレール王国がガールム帝国に宣戦布告を出してから三週間後の日の朝。今日はいつもと比べて気温が高く、早朝だというのに動いていると汗をかくくらいだ。

 現在時刻から二時間後に、戦争は始まる。そのためか、兵士たちの顔には緊張の色が見えた。

 戦争の舞台は王国と帝国の(さかい)にあるレレグア平野。その近くにある王国軍の駐屯地は騒がしくなっていた。

 彼女の白いロングヘアはサラサラとしており、瞳は灰色。白を基調としたゴシックドレスは彼女の優美さを強調しており、豊満な体つきとその美貌も相まって、ここに居る殆ど全員の目を引く──いや、一部はそれとは違った理由で目を引かれただろう。


「まさか、あの人が⋯⋯」「魔女⋯⋯」「あれが⋯⋯」


 美貌に惹かれた者、魔女であるという情報を事前に知っていた者、その力の片鱗を感じた者、違いがあるとはいえ、絶句する結果には違いなかった。


「──まあ流石に、斬りかかってくる人間は居ないね」


 名を出すだけで、彼女に斬りかかって来る者も少ない。その場合、大抵は相手を殺すことになる。

 この場で人を殺してしまうことにならずに済みそうだ。


「冒険者には僕が言っておいた。王国軍人はその辺弁えてる。徴兵はそもそも、そんな勇気ある行動はしないだろう。⋯⋯お前に敵対しようものなら──帝国みたいになる、そうだろう?」


 白の魔女、エストに近づくのは冒険者組合長、ジュン・カブラギだけだった。それ以外の全員は、近づくどころか距離を取っていた。


「そうだね。⋯⋯で、帝国軍の様子は?」


「絶好調だ。何せ、警戒すべきは僕たち二人だけと考えてるからね」


 駐屯地にある見張り台から、ジュンは帝国の駐屯地の様子をずっと見ていた。その限り、あちらの士気はかなり高いように思えた。


「⋯⋯じゃあ、その余裕を砕いてあげよう」


 エストは嗜虐的(しぎゃくてい)な笑みを浮かべる。


「⋯⋯。それで、例の神父はお前とレネさんが対応するのか?」


「そうだね。キミは雑魚(帝国兵)狩りでもするといい」


「⋯⋯それが分からない。どうしてだ? 僕がそこに加わわれば、勝率は上がると思うんだが」


 ジュンの疑問は最もだ。エスト、レネとアレオスの戦いに、彼は十分介入できる実力を持つ。無論、それを知らないエストではない。


「うん。実力だけなら、キミは役に立つ。⋯⋯でも、私たちの作戦に、キミは必要ない。むしろ邪魔なんだ」


「──は?」


 邪魔だと言われ、ジュンは少し不機嫌になる。


「アレオスの実力をキミは知ってるの?」


「⋯⋯化物、としか」


「なら尚更だね。⋯⋯作戦は、私の能力でレネとの完璧なコンビネーションを取って、人数差を活かして奴を仕留めるというものだ。でも、私の能力は、自分を除けば単体にしか使えないんだよ」


 エストの能力である『記憶操作』は、同時に複数の他者に使うことはできない。記憶の共有──思考の共有は、一人としかできないというわけだ。


「そして、アレオスの実力は私よりもほんの少しだけとはいえ高い。近接戦闘は当然、ちょっとやそっとじゃ魔法も意味をなさない」


「⋯⋯なんだと?」


 彼女の実力をよく知るジュンだからこそ、その事実には驚きを隠せない。最強の魔女と言われる彼女でさえ、勝てると確信できない相手であるからだ。


「──もっとも、周りを気にしなければ、まだ手段はあるんだけど」


 エストにとっての最大の切り札は、敵味方関係なく即死させるような魔法だ。それを使ってしまえば、レネごと全てを、彼女自身以外を殺してしまう。とは言っても、それがアレオスを殺せるとは限らない。博打(ばくち)みたいなものだ。


「⋯⋯つまり、コンビネーションを取らなければ例の神父に負ける可能性が高いが、それができるのは一人とだけ。⋯⋯僕とお前の関係なら、特別僕を選ぶ理由はない、ってわけだ」


「そう」


 家族同然のレネか、殺し合いに発展しそうなくらい仲が悪いジュンか。エストが選ぶのは当然、前者だ。

 三人でコンビネーションなしでアレオスと戦うのも悪くない選択だが、それは一人潰されれば終わる諸刃(もろは)の剣だ。それならば、思考共有ができて、カバーし合える二人組の方が良いし、戦力的にもそれで十分である。


「そういえば、あの三人はどこなんだ?」


「多分、もうそろそろここに着く頃だろうね」


 噂をすれば影が射す。主に冒険者たちの騒ぎ声がする。


「来たみたいだね」


「⋯⋯あれからしばらく会ってないし、久しぶりに顔を見せるべきかな」


 ジュンはその騒ぎ声がした方に向かう。エストただ一人だけがそこに取り残された。


「──私も私で、準備をしようか」


 エストは自分の記憶の奥底にある、古い技術を思い出す。彼女がそれを最後に使ったのは、たしか約600年前だ。今では人間ですら、その技術を使うのは珍しい。


 ◆◆◆


 二時間後。

 右翼、左翼にそれぞれ五万ずつ。そして王がいる中央部分には二十万の兵が居るのが王国軍だ。それに対して、帝国軍は十万と少なく、素人目からすれば王国軍の圧勝となるのがこの戦争の結末だろう。しかし、現実はそうではなく、徴兵が殆どを占める王国軍と精鋭のみで構成された帝国軍では、この人数差があってようやく互角と言える。

 だがしかし、それもまた、間違いであった。なぜならば、この戦争において互いの兵力など、彼らの前では(あり)同然の存在だったからだ。


「何をするつもりだ?」


 帝国の兵の一人が、そんなことを言い出したのは、開戦の合図の直後だった。

 王国軍の最前に、一人の少女が立っている。その少女が何者であるかを知らない者は、この場には居なかった。

 ──突如、少女は左腕を天に向かって上げる。


「っ!?」


 そこからの光景は、王国、帝国に関わらず、殆どの人間が信じられなかったものだった。

 彼女の左手の先に、地面と平行の巨大な四重ほどの赤色の魔法陣が現れる。

 溢れんばかりの魔力が辺りの空間に漂い、光を屈折させることで蜃気楼(しんきろう)のような現象が発生する。魔法使いにはそれの原因が、とんでもない密度の魔力であると分かる。

 魔法陣は眩い光を発しながら、常に形を変えつつ動いていた。それは一種の芸術品のように美しかった。

 少女は久しぶりに、その魔法本来の詠唱を全文声にした。普通ならば必要のないそれをわざわざしたのには理由がある。


「儀式魔法⋯⋯用途は行使できない高位の魔法を使うために、多人数で行う特殊な魔法の詠唱方法。本来、私達魔女には必要のない技術だ。でも、もしそれを魔女が行ったのなら?」


 一般常識での魔法の詠唱とは、本来の詠唱を短縮したものに過ぎない。だがそれで十分であったから、短縮されたその詠唱が一般化されたのだ。


「答えは簡単。そのリソースが魔法行使の安定化ではなく、代わりにその効果に割かれるようになる。普通なら、こんな長ったらしい詠唱を戦闘中にできるはずないけど、戦争前には時間がたっぷりとあった。──三十分くらいの詠唱とその効力の保持は、結構集中力を使うよ。けど、その威力はどうなるだろうね?」


 エストが展開した魔法陣の魔力反応が強くなる。同時に、魔法の発光が強くなり、近くを赤く照らす。


「あと必要な詠唱文は一言だけだ。⋯⋯さあ、始めようか⋯⋯戦争(蹂躙)を」



 〈爆裂(エクスプロージョン)



「⋯⋯てっ、撤退っ!」


 遅すぎる撤退命令。それは本来、この戦場に立った時点で行うべきものだった。

 ──瞬間、この戦場全体に渡るほどの光が発せられる。

 帝国軍の中央陣を丸々飲み込むほどの大爆裂が引き起こされる。凄まじい熱が、凄まじい衝撃が、人間をドロドロの肉塊に、細々とした肉塊に、哀れな姿へと変えていく。所詮鉄の鎧など氷のように一瞬にして溶けて、役目を果たさずに消滅する。防御魔法だって刹那さえ持たずに破壊される。

 平民貴族、善人悪人、老若男女(ろうにゃくなんにょ)、立場が低い者から高い者、それらは一切問われず、万人は等しく虐殺される。

 死への絶望。戦への後悔。人への思い。それらは犠牲者たちが、一瞬だけ、死ぬ直前に思ったことだ。

 この一連が終了した頃には、中央に居たはずの兵士は誰人一人として生きていなかった。辛うじて原型が残った死体でさえ、見当たらない。両翼の一部人間も被害を受けて、生きたまま体の一部がドロドロになった人間、風圧によって空中に飛ばされ、そのまま落下死した人間も多い。

 ──中央の全兵約四万人と、その他死者、重傷者数は約一万人。計五万人の兵士は、たった一撃の魔法によって、その命を失うこととなった。


「⋯⋯これで普通の〈爆裂(エクスプロージョン)〉と同じ消費魔力量だから、詠唱がいかに大きな力を持っているか分かるよね。まあ実用的でないんだけど。⋯⋯でも、詠唱文が長ければ長いほど、威力は上がるのかな? オリジナルの詠唱文を考えるのも良さそうだ」


 そんな惨劇(さんげき)を起こした張本人であるエストは、その手で人間を大量に殺したというのに、全く悪びれる気も、反省する気も、謝る気も、後悔する気も、ましてや興味すら示さない。彼女が唯一、興味を示したのは魔法についてであり、今行ったこれだって、彼女にとっては魔法研究の、魔法についての知識を深めるための一環に過ぎなかったのかもしれない。


「まあいいや。それは後でじっくりと考えよう」


 エストは後ろに居る王国軍に振り返る。その姿はとても可憐で、そして──。


「こんなの⋯⋯戦争じゃない」


 恐怖した王国軍の誰かが言った。それを確かに聞いたエストは、答えた。


「そうだよ。これは──私による帝国の蹂躙。そして、私達だけの戦い。戦争なんて、名目上のものだよ。⋯⋯でも、キミたちが思う戦争もできる。だって、まだまだ敵はいるでしょ?」


 エストは生き残っている帝国軍を指差す。半狂乱状態にあり、どう見ても戦意を喪失しているが、生きている。

 半数の約五万人は殺害、無力化されたことで、本来の戦争ならば既に終了している。普通ならば撤退戦の開始だし、王国の兵士たちは帝国への同情心もあるため、王国は彼らを見逃す選択を取っただろう──エストが居なければ。


「今度はキミたちの手番だ。私達には殺さないといけない敵が居るからね。レネ、早く行こう」


「⋯⋯エスト、あなたには後で、説教しなくてはいけませんね」


「⋯⋯えっ。なんで」


「なんででも、です。⋯⋯心配しなくても彼女は皆さんに被害など与えません。(わたくし)が保証しますので」


 後ろから歩いてきた青の魔女、レネとエストは、転移魔法によって次の瞬間消える。どこへ行ったか、なんて考える気にもなれない。


「レネ様──あなた様を信じてもよろしいのですか?」


 王国の英雄にして女神。彼女への信頼は、信仰に至るほどだ。だから、王国兵は、辛うじて正気を保てたのかもしれない。

 王国軍人たちは、槍を構えて、突撃する。

 雄叫びにはどのような感情が込められていたのだろうか? 帝国軍が半壊したことで、勝ち戦が決定したことによる喜びか? 生きて帰られる可能性が高くなったことによる感動か? それとも──これをいとも簡単に行った少女への恐怖か?

 いやおそらく、恐怖だろう。敵であるはずの帝国軍に「逃げてくれ」と心の底から懇願(こんがん)するほどに同情している。あるいは、今度は自分たちが帝国軍と同じ目に遭わされるのではないかという心配をしている。


 ──これは戦争という名の蹂躙、大虐殺だ。

 前書きではああ言いましたが、言うほどグロくはなかったと思います。

 絶望感がある描写をしたいけど、私にはどうやらその語彙力が足りないようです。⋯⋯生々しい描写ができるようにならないとですね。

 

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