2−13 戦争準備
やはり即死とは痛みがない。あるのはもう何度も味わった死の不快感だが、それにはいつまで経っても慣れないものだ。
「──殺された」
マサカズが戻ってきたのはナオトとユナの二人と別れた後だ。
「犯人の目的はローファーさんの殺害で、俺はそれを見たから口封じに殺されたのか? ⋯⋯いや、そうだとしたらおかしい」
もしそうなら、どうしてこんな場所で待ち伏せをしていたのか。ハンスはいつもは王城に居るのだからそっちで待ち伏せをするはずだ。
「⋯⋯となると、目的は俺の命?」
マサカズを殺害しようとしていて、彼をずっと尾行していたとする。そして彼を殺そうとした瞬間にハンスに見つかり、口封じにハンスを殺害した。筋が通るが、いくつか不自然な点がある。
「それで犯人の正体は⋯⋯まあこのタイミングだ。帝国の者だろう」
もし魔人だとかの強者なら、わざわざこんな回りくどいことはせずに真っ昼間から直接、マサカズを襲撃すれば良い。しないということは、超人的存在ではないことが分かる。
「問題は、どうして俺を殺すか」
たしかに異世界人は脅威だが、それならば優先すべきは冒険者組合長だ。わざわざマサカズを狙う理由はない。
「⋯⋯待てよ⋯⋯まさか『死に戻り』の力が知られた? ⋯⋯いや、ありえないはずだ。普通、そんなことを想像できるはずがない。ということは⋯⋯」
マサカズの働きは、他人からすれば未来を知っているかのようなものだ。もしそれを危険視したのならば、彼を殺す判断にも納得がいく。
「⋯⋯それで最後、どうしてローファーさんは俺を追いかけてきたか、だが⋯⋯」
マサカズは思い当たる節を探し出すが、見つからない。しかし、その理由を知ったところで今はないだろうと直感する。
マサカズは振り返るが、やはりそこには誰も居ない。しかし、彼は知っている。
「出てこいよ殺人鬼。そこに居るのは分かっているんだぜ?」
マサカズの声が暗闇に吸い込まれる。そして反応はない。これも予想通りと言えばそうだ。
「はぁ⋯⋯。出てこないか。じゃあ、仕方ない」
この通路は一本道だ。そしてハンスはおそらく後方から来たはず。なら、マサカズも引き返せばいいだけのこと。
暗くて路面状況は分かりづらいが、マサカズは全力で走る。殺人鬼から逃げつつ、ハンスの姿を探すのだ。そして人通りの多いところへ、死者を出さずに行けばミッションコンプリート、というわけだ。
しかし、それを殺人鬼が許すはずがない。もう少しで人通りの多いところに着くはずだったが、遂に殺人鬼は姿を表した。
「その紋章⋯⋯帝国軍人か」
男の軽鎧には帝国の紋章があった。見間違うはずがない。なにせ、今日の昼頃にそれを見たからだ。
男の体格はマサカズより一周りも大きく、その筋肉はオーガかと思うほど。いかにも大男というに相応しい。軽装の鎧の光沢は普通の鉄ではなく、上質な物。また、それは魔法がかけられている物の特徴を持っている。帝国軍人と言っても、ただの軍人ではないようだ。
「⋯⋯四肢を捥ぐ程度にしよう。だから、降参しろ」
男は答えない。当たり前だ。外見だけなら、マサカズは少し鍛えただけの坊ちゃんであるからだ。客観的に見れば、男の方が強そうだ。
「⋯⋯そうか」
マサカズは居合の構えをする。それは見様見真似のものであり、達人からすれば不出来にも程がある。しかし、そんな見様見真似でも実用できないことはない。
マサカズの初撃を、男は何とか生還できた。しかし、ファイティングナイフの刀身は折れて、もう使い物にならなくなった。そして二撃目、三撃目が来て、
「俺は不器用だからな。殺さずに済んで良かったよ」
マサカズは男の口に剣を刺し込む。それは男の口内を切り裂き、激痛が生まれる。剣からは血が滴り、地面に零れて赤く汚す。
「さあ降参するか? しないのか? もししないのなら、お前の首を剣が貫通することになるぜ」
「ヴヴーッ!」
男は恐怖で涙し、両手を上げて降参の意を示す。
これまでマサカズが出会ってきた者達は皆、降参を許してくれなかったなと思いながら、彼は剣を引き抜く。
「ハァ、ハァ、ハァ⋯⋯」
「さっさと話せ。誰の命令で、なぜ俺を殺しに来た?」
「──」
「⋯⋯答えない、か。なら覚悟はできているんだろうな?」
「は、話す! だから殺さないでくれ!」
「⋯⋯いや、駄目だ。考えてみれば、もっと楽な方法があった」
エストの記憶操作の能力で吐かせれば、それが嘘か真かを判断する必要もない。なら、わざわざ脅さずことはしなくて良かった。
「俺について来い。⋯⋯口の血をハンカチとかで拭き取れ。目立つだろ」
「⋯⋯すみません。ないです」
「⋯⋯。なら俺のハンカチを──」
ここで、マサカズは自分のポケットにハンカチがないことに気がつく。
「⋯⋯これで拭け」
マサカズは男に自分の服の上着を貸し、その上着の裏側で血を拭かせた。勿論、血がついた上着を着る気はないので、上着は男に持たせたままだ。
二人はマサカズの泊まっている宿屋に行く。
◆◆◆
「帝国の騎士団長で、目的はマサカズ、キミを殺すこと。それで⋯⋯ああ、理由は知らされていないみたいだね」
エストの能力によって男──ケアルから情報を引き出す。彼は魔法によって昏睡状態にあり、自発的に目覚めることはあと数年はないだろう。
「それでどうするんですか?」
「そう、だな。⋯⋯殺すか?」
情報は引き出せたのだし、このまま殺したって問題はないはずだが、
「──いや、それは止めておいたほうがいいだろうね」
エストはそれに反対する。
「どうしてだ?」
「皇帝は頭が切れるらしい。だから、殺してしまえばキミの『死に戻り』の能力を匂わせてしまうだろうね」
「⋯⋯なるほどな」
現に、マサカズは一度死んでいる。『死に戻り』をしたからこそ、彼はケアルの襲撃を今回は回避できたのだ。
皇帝が何らかの理由でマサカズの『死に戻り』を疑って、彼を殺せるケアルに暗殺を行わせた。ケアルが死亡した場合、マサカズの『死に戻り』の能力は殆ど確定的になると言っても過言ではない。
「じゃあどうするんだ?」
「簡単さ。彼を支配して、帝国に送り返す。──爆弾として、ね」
「爆弾⋯⋯? それに支配魔法はリスクがあるんじゃないか?」
魔女の魔法だ。その人物が支配されているかどうかなんて、普通の人間には分からない。しかし、アレオスの様な例があるため、そうだとは一概に言えない。
「何、支配は魔法では行わない。私への忠誠の記憶を植え付けるからね。爆弾と言ったのは⋯⋯開戦時に、戦場に出てくるであろう皇帝を殺させるからだね」
騎士団長であるならば、皇帝の近くに居る可能性は高い。仮に居なくても大して問題にはならない、やるだけ得な策である。
「ボクでもその考えは思いつかなかった⋯⋯流石だ」
「褒め言葉として受け取るよ」
別にナオトはそれを、皮肉のつもりで言ったわけではなく、本心からの賞賛であったのだが、エストはそれを皮肉と受け取ったようだった。
「⋯⋯ん?」
そんな時、宿屋の扉が叩かれる。マサカズは扉を開けると、そこには生きているハンスが居た。
「ローファーさん? どうしましたか?」
「俺の部屋にこんなものがあってな。お前らのうちの誰かの物じゃないか、とな」
ハンスは無地の黒いハンカチをマサカズに見せる。マサカズはそのハンカチに見覚えがあった。
「あ、それ俺のです。ありがとうございます」
「いやいや。次からは忘れるなよ?」
「はい」
ハンスは用事を終えると、王城の自室に帰る。
「──最初にローファーさんがケアルによって殺された理由はこれか」
ハンスはマサカズに忘れ物を届けるため、王都で彼を探した。そこでマサカズを尾行するケアルを見つけたは良いものの、口封じに殺されたというわけだ。
「⋯⋯って、ローファーさんの死亡原因作ったの俺かよ」
元はと言えば、マサカズがハンカチを忘れなければハンスは死ななかった、が、ハンスが死ななければマサカズは寝込みを襲われて数回『死に戻り』するハメになっていただろう。
「マサカズ、早く食べないとご飯無くなるよー?」
「はいはい」
隣に昏睡状態の男がいる中での夕食という中々に奇怪な絵面であったが、三人はエストの手料理を食べる。
「⋯⋯いっつも思うんだけど、なんでお前こんなに料理上手いの?」
高級料理店に出ていてもおかしくないほどに美味しい。この世界のご飯の美味しさ基準では、まさに絶品と言える。
「才能と努力の結果さ。独り暮らしで自炊をするのは、何らおかしなことではないでしょ?」
「でも魔女って食事必要ないじゃん」
「百年も食事をとらなかったら、意外と恋しくなるものだよ。私も四六時中、魔法の研究、知識の収集ばかりに熱中しているわけではないからね」
エストにとっての食事は、例えるならゲームなどの娯楽のようなものだ。
「エストさんに料理を見たらわかりますが、早いんですよね、手際が」
ユナはかなりの頻度でエストに料理を教わっている。この一ヶ月ほどで、彼女の腕はかなり上がった。こちらも、店に出せるほどだ。
「才能と努力ねぇ⋯⋯割合は?」
エストの得意なことは、大抵生まれ持っての才能によるもの。彼女が努力することなんて殆どないし、する必要もない。
「8:2。8が才能」
「努力してるか、それ?」
◆◆◆
「超広範囲即死魔法?」
翌朝。記憶を弄くり回して、エストへの絶対的忠誠を誓ったケアルを帝国に送り返すと、マサカズは彼女にある提案をした。
それは、開戦と同時に、帝国軍に超広範囲の即死魔法を放つ、というものだ。
「そうだ。昨日、戦争を手っ取り早く終わらせる方法はないかなと考えていたんだが、俺が読んだことがあるラノベにそんなシーンがあったんだ」
ラノベから引っ張ってきた戦略をそのまま現実に落とし込むという発想自体が馬鹿らしいが、『馬鹿と天才は紙一重』という言葉があるように、マサカズのその発想はこの戦争において奇策だろう。
「そんな魔法ないんだけど。今の私の力だと、同時百人程度かな⋯⋯」
「やっぱり?」
しかし、エスト曰く不可能とのこと。マサカズのこの発想元──もといパクリ元も、普通の魔法ではない魔法の効果だった。
「七万人を一撃で殺しちゃうとかできないのか?」
「『七万人を一撃』は、それは最早神話の魔法だよ。存在するかどうか怪しいね。⋯⋯独自魔法で創れないこともないけど一年くらいは絶対にかかるし、発動には今の私なら、魔力全て、本当に全部を消費することになるだろうね」
理論上は可能であるが、あまりにも実用的でない、ということだ。魔力=命であるこの世界において、魔力を完全に消費する必要がある魔法とは欠陥品以外の何物でもない。
「でもまあ面白いアイデアだね。それに、なぜか現実味がある」
「あるスケルトンがその魔法を戦争で行使したんだ。あれは当時、ビビったぜ」
「そんなスケルトンが居たら驚くよ。是非魔法を教わりたいものだね」
エストは本心からマサカズの言葉を信用しているわけではない。それが空想上のものであると理解した上で、このような冗談を言っているに過ぎない。
「⋯⋯にしても、初撃に大きいのを叩き込むことで、士気の低下を狙う、か」
彼女は何かを考える素振りを見せる。そして次の瞬間には何かを思いついたようだ。
「爆裂魔法でも撃てばいいか。よし、そうしよう」
「俺が言うのもアレなんだが、アレオス戦に備えて魔力の温存はしなくていいのか?」
爆裂魔法は、エストの魔力の一割を消費する。前回のアレオス戦では魔力をそれこそ枯渇寸前まで消費した。今回は最初から激戦となるだろう。魔力の温存はしておくべきである。
「知ってる? 魔力は魔法を使えば使うほど増えるって。筋トレと同じさ」
筋トレは筋肉を損傷させ、その修復時に前よりもより強固に、強く修復されることを利用したものだ。魔力も魔法を使うことで魔力源に負荷がかかり、それに耐えようと魔力源はより多くの魔力を生産するようになる。原理的には同じだ。
もっとも、エストの場合、枯渇寸前まで魔力を消費したからこの短期間で魔力源がとても強くなったのだが、これは魔女であるからこそできることであり、普通の人間ならむしろ魔力源の魔力生産力は一生落ちてしまうだろう。
「生死の境を経験すると、私は強くなるらしいね。できればしたくないけど」
「俺の『死に戻り』が、肉体的な経験値も引き継げるなら良いんだがな」
『死に戻り』の時間逆行効果が影響しないのは本人の記憶だけ。肉体の動かし方を学べ、多少は強くなれるが本質的には、肉体は何も変わらない。
「だとしたら皆より早く寿命死することになるね」
「そうだな」
しかし、どれだけ『死に戻り』をしても肉体は老化しないとも言える。この加護の数少ない良心である。
「エスト、アレオスに勝てよ? じゃないと俺はしたくもない『死に戻り』をすることになる」
「勿論。負ける気なんてサラサラないね」
・設定紹介
この世界における『戦技』、『魔法』、『加護』、『能力』には力の差がある。
戦技と魔法とは同レベルである(なお、戦技には階級がない)。
第九階級以下の魔法は全て加護には勝てず、第十階級でやっと互角である。
能力は戦技、魔法、加護よりも強い力である。
つまり、力関係は 戦技=魔法≦加護<能力 となる。