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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第二章 魔女殺しの神父
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2−12 対人戦のプロ

「やっぱりな」


 マサカズは宿屋の自室にて、新聞を読んでいた。それには大きい見出しで『ウェレール王国とガールム帝国、ついに戦争開始か!?』と、あった。


「冒険者もおそらく戦争に駆り出されるんだろう。⋯⋯嫌だな」


 マサカズの実力であれば、数十人に囲まれたくらいで死ぬことはないし、なんなら全員殺すことも容易だ。しかし、できるからと言ってしたいわけではない。


「⋯⋯正直、面倒だ。それに人殺しはしばらくやりたくない──って言っても、どうしようもないんだろうな」


 もう十分に人は殺した。なのにまた手を汚さなければならないのだ。マサカズの精神は既に摩耗(まもう)しきっている。


「仕事⋯⋯そもそもなんで対モンスター兵士とも言われてる冒険者が、戦争(人殺し)業なんてしなくちゃならないんだよ」


 亜人や異形種との戦争ならともかく、人間同士での戦争は専門外だということだ。しかし、それは言い訳でしかない。たしかに冒険者は、人間は専門外ではあるが殺せないわけではない。そこらの新兵よりも十分に対人戦をこなせるはずだ。だから、国が冒険者を徴兵するのもおかしな話ではない。


「マサカズさん、組合から招集ですよ」


「赤紙の間違いじゃないか? ⋯⋯今行く」


 そんなこんなで何度目かになる冒険者組合からの招集。そして理由も分かりきっている。

 組合に行くと、やはりというか、戦争への参加を強制される。形式上はクエストであるらしく、中々の報酬が出る。


「殺害数ではなく、戦場に参加するだけの固定報酬。進んで殺すことはないにせよ⋯⋯か」


 当然だが、人と人との殺し合いの場に、マサカズ達は投入されたことがあまりない。今回のような大戦となれば尚の事である。

 死ぬことの恐怖というより、殺すことの恐怖を感じる。人を殺すたびに自分の手は赤く染まっていく。

 昼頃ということもあり、彼らは近くの飲食店に行っていた。日本と比べると多少、味は落ちるが、十分な品質である。

 マサカズは食事に一切手を付けず、ただじっと眺めていた⋯⋯というより、そんなことはそっちのけで考え事をしていた。


「──なあ、俺達は⋯⋯つい一ヶ月ちょっとまで『普通の人間』だったよな? ⋯⋯それがどうして、こんな事に」


 考えてみれば、いや考えるまでもなく、異常。

 異世界? そんなの非現実的すぎる。未だに信じきることができない現象だ。


「⋯⋯こんな事、か。責任者を挙げるなら、あの王様になるな」


「⋯⋯」


 マサカズは知っている、王様を責めるなんて、お門違(かどちが)いだということが。誰だって目の前の危険(黒の魔女)から逃れられる可能性(転移者)があるなら、それに(すが)るだろうし、彼だって例外ではない。いや、彼こそがその一例だろう。


「⋯⋯そう、だよな。⋯⋯ああ、そうだ。運が悪かった、絶望的に」


 本で見る異世界転移、もしくは転生は、とても面白く見えた。マサカズと同じ『死に戻り』の能力を持つ者が主人公のあの作品だって、過程は無視して結果だけを見れば美少女に囲まれていた。彼はそれが相応しい偉業を成し遂げだのだが、結果はいつも素晴らしい。GoodEndというものだ。

 だが、マサカズはどうだろうか? 彼の結果は、いつも生存だ。たしかに美少女は居るが、彼女には最初殺されたし、その後も何度か暴走されて殺されている。


「⋯⋯俺は、不運なんだ」


 不運なのだ。『死に戻り』を授かったのも、そうなのかもしれない。

 加護は世界の寵愛(ちょうあい)。マサカズは全く自覚がないが、この加護は世界から愛された証。

 歪んだ寵愛、呪縛ではないか。


「早く食べないとご飯が冷えますよ」


 ユナの言葉でマサカズは現実に戻る。

 ようやく食欲が戻った彼は、その空腹感を満たすべくパンを口にする。

 ──食事とは、嫌なことを忘れさせてくれる。そして、気持ちを楽にしてくれる。


「中々食えるだろ?」


「⋯⋯ああ。暴食に走りそうなくらいだ」


 食事を終えて、三人は来たるべき戦に備えて休養を取るべきだと判断し、すぐさま帰宅しようとするが、


「帰るのもいいが、俺に提案がある。多数に無勢。今の俺達の能力なら戦争で死ぬことはないにしても、痛い思いをするかもしれない。痛みに弱い俺は、そんなのは御免だ。そこで、だ。ここは対人のプロに教えを乞わないか?」


「対人の──」


「プロ、ですか?」


 二人は首を(かし)げる。どうやら恩師(おんし)だと言うのに、彼を忘れてしまっているようだ。


「王国戦士長、ハンス・ローファーさんだ。⋯⋯ユナはともかく、なんでナオトまで忘れてんだ?」


 名前をマサカズが出したことで、ようやく二人は思い出した。


「最近はドタバタしていたから⋯⋯言っちゃ悪いけど、ローファーさんはボクの印象に残らなかったからな」


「そうですよね。⋯⋯ってそれより、『ユナはともかく』ってどういう意味ですか? マ・サ・カ・ズ・さ・ん?」


「──。お前ら酷いな⋯⋯」


「あなたの方が酷いですよね? というか聞いてますか? 聞こえないフリしてませんか?」


 ユナの声を防ぐシャッターを、マサカズは自分の耳に下ろす。が、彼女の声はなくなるどころか激しさを増した。

 意地悪──真意を話したことをマサカズは、態度だけは一丁前に謝罪するのだが、それは火に油を注ぐだけの結果となった。


 ◆◆◆


 ユナにマサカズが本当に謝りだして十分後。ようやく彼女の機嫌が治ると、三人は王城へ向かう。


「貴族?」


 すると王城から馬車が去って行った。マサカズがそれらを貴族だと認識したのは、それらが明らかに他とは違う豪華な装飾が施されていたからだ。


「いや、違う。あれは帝国のものだ。四日前に王国は帝国に宣戦布告しただろ? 多分、これはその返しだ」


「なるほどな」


 相変わらずこの世界について勉強を続けているナオトは、様々な国の国旗や場所、歴史についても学び始めているらしい。まだそれでも一般常識レベルではあるらしいが、故郷である日本の都道府県の殆どの場所や名前すらも覚えていないマサカズからしてみれば凄いことだ。


「ここで後をつけていって、私達で帝国に強襲したりしません?」


「⋯⋯馬鹿かお前。いや、できないことはないが。やって良いことと悪いことがあるだろ」


 帝国は突然、レネを攫った。これは王国からすれば無宣告攻撃にも匹敵することであり、本来許されることのない行動である。だがそこをあえて、王国は帝国に無宣告のやり返しをせずに、わざわざ宣戦布告をした。そうすることで勝利したとき、帝国にはかなり無茶な要求でも通せるということだ。例えば多額の賠償金(ばいしょうきん)であったり、従属国化であったり⋯⋯本当に人徳に反した事、例えば国民の無差別大虐殺でもなければ、大抵は無理矢理にでも通せるし、他の国は帝国を守れないだろう。

 そんなメリットを捨ててまで、単独強襲は良策とは言えない。


「冗談なのに、そこまで言われるとは思わなかったです⋯⋯」


「冗談だったのか。てっきり本当の事かなと思ってた」


「マサカズさんの中での私って、どんな人物なんですか!?」


「⋯⋯馬鹿で何を考えているか分からなくて、いつも何かやらかしそうで怖い人」


 マサカズは『天然』というある種、褒め言葉であるそれを言わずに、悪い印象を受ける言葉を羅列(られつ)する。

 彼が言っている『馬鹿』とは知識的な意味ではなく、常識的な意味である。一般的な『馬鹿』だと彼の方が馬鹿である。


「⋯⋯私ってそんな風に見えるんですか、ナオトさん?」


「ボクに振らないでくれる? ⋯⋯まあ、あのダンジョンのこととか。最近のだと、料理中のアレとか」


 この前、ユナは足を滑らせて小麦粉を部屋に撒き散らし、その上で火をつけて料理しようとした。その調理器具が間力で動作するタイプの、いわゆる魔具であったために、ユナの手をその魔具から離れさせることでそれを阻止できたが、一歩間違っていれば粉塵爆発の危険性もあった。


「いや⋯⋯あれは⋯⋯その⋯⋯別に大丈夫だと思ったので⋯⋯」


「たしかに小麦による粉塵爆発はよっぽどのことじゃない限り起こらない。でもな、可能性はないことはないんだ。ユナの悪い所はそういう危険性を考えない、『大丈夫だろう』と勝手に考えるところだ。マサカズはそれを指摘したんだ。そうだろ?」


「⋯⋯はい。すみません」


 マサカズとしては悪ノリのつもりだったが、ナオトは違ったようだ。たしかに、ユナにはそのような悪い所がある。このまま放っておけばあとで大惨事につながるかもしれない。ナオトの性格を考えれば、それを憂う気持ちも分かるというもの。


「そ、そうだ。ユナ、俺達が言いたいこと分かったか?」


「⋯⋯これからは気をつけます」


 マサカズは内心ユナに謝りながらも、ナオトに話を合わせる。


「──男二人が女の子一人を虐めるなんて、感心しないな」


 そんなときだった。成人男性の声が三人の後ろからする。その声は聞いたことがある。


「ローファーさん!」


 傷だらけの、しかし脆くなったわけではない鉄の鎧を着た屈強な中年男性がそこに居た。


「久しぶりだな、お前ら。あれから一ヶ月とちょっとしか経っていないというのに、見違えるように成長しているな」


 黒の教団幹部最強、ケテル。マッチポンプであったとはいえ、冷笑の魔人、レイ。スケルトンの暗殺者、テルム。黒の教団幹部の魔獣使い、ティファレト。そして、教会勢。エストはさらに黒の魔女と魔王に出会っている。

 この短期間で、これだけの強者たちと戦闘を繰り広げたのが、振り返ってみれば信じられない。


「⋯⋯特にマサカズ、お前は⋯⋯何度死地を切り抜けたんだ?」


「⋯⋯さあ。どれくらいでしょうか。十を超えたあたりで、もう数えることすらできなくなってました」


 『死に戻り』による、世界のやり直し。死地を切り抜けたというより、死地に飛び込んだ回数は最早数える気にもなれない。死の記憶は今も、そしてこれからも鮮明であり続けるだろうから、数えようとすればできなくはないが、すれば精神衛生上よろしくないだろうため、少なくとも今はしない。


「そうか。⋯⋯まあ頑張れ」


「⋯⋯はい!」


 最初から三人はハンスよりも圧倒的に強かった。だが、最初に技術を教えてくれたのは他でもなく彼だった。今やその技術も彼より強くなっただろうが、それでも彼が師であったことには変わりない。

 三人とって、この世界で最初の、本当の意味で尊敬できる大人はハンス・ローファー、彼であったかもしれない。


「⋯⋯ところで、なぜ王城に? 招集もなかったはずだろ?」


「はい。ありません。俺たちはあなたに会いに来たんです」


「そうだったのか。その様子だと、さっきのが目的ではないようだな。⋯⋯となると──なるほどな。ついて来い。俺の部屋で話そう」


「あ、ありがとうございます」


 マサカズたちが冒険者をやっている。最近、王国と帝国で戦争が始まる。この二つの情報があれば、彼らの目的などすぐに分かる。

 彼は自宅を別に持っているが、王城で住み込みの方が色々と楽なので、彼は王城に部屋を持っていた。


「ここに人を入れるのは珍しいんだ」


 中は思っていたよりも清潔感があり、良い匂いがする。おそらく香水の(たぐ)いだろう。ベッド、机と椅子、クローゼット、そして剣の保管と整備ができる最低限の設備がある。装飾などはなく、質素ではあるものの気品に満ちている。


「で、戦争について聞きたいんだな?」


「はい」


「⋯⋯わかった。まあこれは大前提だが、お前たちならまず死なない。自殺するってんなら話は違うがな。⋯⋯お前たちが聞きたいのはいかに殺人を犯さないようにするか、だろ? それなら話は早い。何人か最初に殺せ」


「──え?」


 三人は同時に、予想外の答えに驚く。


「言っておく。戦争で、人殺しをしないってのは矛盾していることだ。戦争に(おもむ)く以上、その覚悟はしなくちゃならない。割り切るしかないんだ」


 考えてみれば誰でも思うこと。人を絶対に殺さないなんて夢のまた夢。実現不可能な戯言でしかない。


「⋯⋯それで、何人かを殺すことで自分の力を誇示しろ。そうすれば、物好き以外は近寄って来なくなるはずだ」


「⋯⋯わかりました」


 それからは戦争における陣形や作戦のことなどを学んでいた。

 気づいた頃には辺りは真っ暗になっていた。そろそろ帰るべきだろう。でなければ、おそらく部屋で夜食を作っている彼女を怒らせることになるだろう。


「今日はありがとうございました!」


 三人は声を揃えてハンスに感謝して、そして帰路(きろ)に着く。夜の王都はいつ見ても美しく、夜になったことでここは騒がしくなっている。


「⋯⋯酒飲みたいから、買ってくるわ」


 マサカズはこれから起こるだろう戦争が頭から離れなくなっていた。それを一時的にも忘れたいと思った彼は、お酒を飲むという解決法が思い浮かんだ。日本では勿論飲んではいけないのだが、この世界では成人は十六歳からだ。


「ボクの分も頼む」


「分かった。ユナは?」


 以前、彼女は飲酒を拒んだ。しかし、


「⋯⋯度数が低いものを」


 彼女も二人と同じ気分であったらしい。


「じゃあ、先帰っといてくれ」


 帰路から外れ、近くのお酒屋さんにマサカズは一人で向かう。そしてそこで強めのお酒を二つ、弱めのお酒を一つ購入する。


「エスト⋯⋯は駄目だな。たしか酒に弱かったはずだ」


 しかし、何も買わないのでは可愛そうだ、ということでこの世界では高級なチョコレートを購入して、帰る。


「酒を飲みたくなる理由が分かった気がするぜ、親父(おやじ)


 今はもう会えない人の顔を思い浮かべることで、忘れていた寂しさを思い出した。


「──家族は、皆は、俺が居なくなったことをどう思っているんだろうな⋯⋯」


 夜空に浮かぶ満月を眺めながら、彼は一人感傷に浸る。


「⋯⋯何だ、今の音?」


 それを邪魔したのは、ある音だった。

 マサカズが今先程通ってきた道は暗く、そして見る限り人は居なかった。


「金属同士が強い力でぶつかり合うような音⋯⋯」


 普通ならありえない音だ。まさかこんな王都で、人通りは少ないとはいえど殺し合いを始めるなんておかしい。しかし、事実は事実。現にそのような音が鳴っているのだ。

 事件の可能性も考えて、マサカズはその場所へ向かう。


「血の匂い⋯⋯!」


 いよいよ事件であることは確実になった。

 魔王、魔獣、と来たら次は本当に敵対的な魔人だろうか? もしそうなら今のマサカズでは危険だ。しかし、それが行かない理由にはならない。


「──ッ!?」


 マサカズが音と血の発生源に向かうと、そこには、


「ローファーさんっ!」


 ハンス・ローファーの死体があった。腹部と喉笛に大きめのナイフによる刺し傷があり、今もそこからは血が流れていた。


「クソッ⋯⋯死んでる⋯⋯。おい、近くにいることは分かってるんだぞ! 姿を現せ殺人鬼っ!」


 血は乾いていない。そしてハンスの死体は未だ温かい。

 マサカズは全方位を警戒する。

 もし彼がナオトのような敵知覚の戦技を使えるなら。もし彼がユナのように人の感情が少しでも読めるなら。もし彼がエストのように人外じみた察知能力を持つなら。あるいは、彼は死ななかったかもしれない。だが、彼にそのような力はなかった。

 次の瞬間、マサカズの意識は途切れ、同時に世界の時間は逆行する。

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