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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第二章 魔女殺しの神父
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2−7 強者達の激突

 三度目の大通りをじっくりと堪能(たんのう)する暇はない。


「二人とも、説明は走っている最中にするから付いてきてくれ」


 マサカズは『死に戻り』をした直後に走り出して、やや反応に遅れたナオトとユナが彼を追いかける。

 時間は押している。ここから神人部隊を引き止め、レイを助け、結界のコアを破壊しないといけない。


(レイの居場所も、結界のコアも覚えている。だから、あとは俺の足の速さと手際がレネ救出作戦の成否を決定する)


 制限時間はおよそ三十分。遅くても三十五分以内には終わらせなくてはならない。

 

「ナオトは神人部隊を、ユナはレイを頼む。俺は結界のコアの破壊に回る」


「話だとコアには見張りがいる可能性が高いんだろ? 一人で大丈夫なのか?」


「ああ。大丈夫だ」


 正面切っての戦闘であれば、普通の信者なんて敵にもならない──この非常事態では、そう信じるしかない。普通の信者しか居ないと。シスター・リムに匹敵する実力者が他に居ないと。


「⋯⋯わかった。他二つはボクたちに任せてくれ」


「頼りにしてるぜ、二人とも」


 三人は別れる。

 マサカズは更に走る速度を上げると、記憶の引き出しにしまったコアの位置を思い出す。今は明確にそれを覚えているも、時間が経てば経つほど忘れていきそうだ。そういう意味でも、急がなくてはならない。何度も頭の中でコアの位置を思い出して、忘れない努力をしつつ走る。


「まず一つ目⋯⋯!」


 結界のコアの位置から最短時間で破壊して回れるルートを脳内で考える。そのルートの始まりのコアに到着したのは『死に戻り』を発動してから十分後。


「⋯⋯!?」


 しかし、そこで予想外の事が起きる。見張りが居ないのだ。たしかに、見張りが居るとは確証していなかったが、まさか本当に居ないとは思えなかった。

 ──透明化。


「⋯⋯油断大敵。これは罠だ。〈飛斬〉!」


 遠隔攻撃をコアに行うと、突如現れた信者達がそれを防ぐ。流石に転移者の攻撃は完全には防げなかったようで、それを行った信者は重症を負う。

 コアを守る信者は合計三人。そして得物は彼らの服にはあまりにも似合わないダガー。


「悪いな。俺を人殺しもできないガキだとは思わないほうがいい。俺は⋯⋯薄汚れた殺人鬼になれるクソガキだ」


 マサカズの剣撃に、信者達は無抵抗──反応すらできず、その命を容易く奪われる。彼の手に流れるのは人間の血液で、モンスターのものではない。

 初めての殺人は、思っていたよりも苦しくなかった。しかし、かといって清々しいものであるかと聞かれればそうでもない。確実に、普通の、真っ当な人の道から外れた感覚がマサカズの心を一時的に支配した。


「⋯⋯。仕方ないなんて言わない。俺の弱さが、こんな結果を導いたんだ」


 コアを破壊して、次へと向かう。

 13個あるコアを破壊し尽くしたのはそれからさらに三十分後──つまり、タイムアップ。


「⋯⋯リトライ、か」


 彼は自らの喉仏に剣をつきたてて、思いっきり刺しこむ。そこに、既に躊躇いなどない。ゲームのリセットボタンを押すように自殺を行う。


「──ああ。やっぱりな」


 ()()()()()のは最初のコア破壊の直前の時間軸。

 二度目のリトライ。明確にコアの位置を覚え直したことで、前回よりもスムーズにコアを破壊して回れた。


「時間は⋯⋯ちょっと怪しい、か」


 合流した神人部隊とエスト達から少し離れた位置で、マサカズは小さく呟く。しかし一度時間を進めてみるかと考えたマサカズは自殺せずに、彼らと一緒にレネが囚われているであろう地下牢獄へ向かったが、時既に遅し。マサカズの予想通り、レネの死体を見たエストは半狂乱状態となり、敵味方無差別に魔法の乱発を開始した。アレオスとの決着よりも先に流れ弾ならぬ流れ魔法が直撃したためマサカズは死亡して、『死に戻り』を発動することになった。


「──」


 自殺に躊躇がなくなる。しかし、死への耐性はいつまでも出来上がらなかった。嘔吐(えず)きそうになって、胃の内容物が口の中まで戻ってくるも、何とかそれを飲み込む。気持ち悪くなって水が飲みたくなるが、生憎ここにそんなものはなくて最悪な気分になる。


「⋯⋯さて、今のままじゃ絶対に間に合わないな。⋯⋯そうだ」


 マサカズが次に思いついた方法はパルクールを用いて、更に周回速度を上げるということ。一時期バカみたいにパルクール動画を見ていたマサカズは、実際にはできなかったが脳内妄想では何百としていたものだ。

 脳内イメージを現実に落とし込み、その超人じみた身体能力でパルクールを行う。一度目の結果はむしろ遅くなったが、パルクールができるようになると速くなりそうだと確信したマサカズは死んでリセットし、反復練習を行うようになる。

 それから12回『死に戻り』を繰り返して、パルクール技術を身につけると、最速でコア破壊を行えるようになった。信者達の殺し方も最速パターンを研究することで最初よりもスムーズに行って、結果は約二十五分だ。


「よし。これでようやく⋯⋯先に進める」


 ──路地裏の影で吐き終わると、マサカズは少しだけ楽になった。連続的な死。それも殆どが自殺で、痛みを伴う。精神は普通に殺されるよりも大きく擦り減っており、彼は(うつ)になってもおかしくない状態にある。

 だが弱音は許されない。泣くことも発狂することもしてはならない。脆弱(ぜいじゃく)な精神を崩壊させてはならないのだ。

 何とか理性を保って、生きている彼らの元に歩く。


「だ、大丈夫なの?」


 あまりマサカズと関わりのない赤の魔女、ロアですら彼の豹変(ひょうへん)ぶりには驚き、あまつさえ心配するほどだ。


「大丈夫、ではないが⋯⋯気にしなくていい。はやくレネを助けに行こうぜ?」


 また吐きそうになるも、ぐっと堪える。精神状態は既に限界にある。また死ぬことになると、嘔吐(おうと)じゃ済まないことになりそうだとマサカズは直感する。


(⋯⋯今回で終わってくれよ)


 もうマサカズができることは終わった。あとはエストに託された。アレオスとの戦いに、マサカズ達は参入できないのだから。


 ◆◆◆


 ガールム帝国は他の国々よりもあらゆる点において技術が優れていた。その理由はこの国の思想である魔族淘汰、人尊主義である。人間は他の殆どの種族よりも劣っていると自覚することが、新たな技術開発の意欲に拍車(はくしゃ)をかけていて、そしてそれは見事に帝国の大国化を成功させた。

 しかし、その代償は大きかった。元より他種族への競争心でこの国は出来上がったと言っても過言ではないため、国民の九分九厘は他種族を卑下(ひげ)するようになっており、人間世界における一般的考え方である、様々な種族と手を取り合い生きていくことに反対であった。特に王国は人間国家で初めて亜人種──エルフとの交流を始めたこともあり、それが帝国と王国の仲の悪さの原因であった。

 そしておよそ百年前、王国にある魔族が現れた。彼女の名はレネ。六色の魔女のうち青を司り、王国の大飢饉(だいききん)及びその原因となった魔獣の殲滅を行ったことで女神として(あが)められるようになった。

 魔女は強大な力を持つ存在だ。ただの人間が幾億集まろうが、その一人にすら傷一つ与えられない。

 だが今から丁度十年前、ある男が聖教会を創設した。その男の名はアレオス・サンデリス。人間とは到底思えない身体能力を有し、普通よりも色濃い人尊主義者である。彼のその人間愛と愛国心からすぐに帝国政府は聖教会を評価。政治においても高い地位を獲得することとなった。それが、聖教会と帝国政府の繋がりである。

 アレオスが王国の魔女を襲撃しようと計画したのは教会創設から三年後だった。だがそこには大きな障害があった。それは、白の魔女、エストの存在。

 最初アレオスがレネを殺害しに行ったとき、運悪くエストの存在を知る事となった。彼女達の間には確実な信頼関係──家族にも匹敵するものがあり、またエストは当初、不確定要素の塊であったためにアレオスは一時期退却を決意。そしてそこからレネとエスト、二人の魔女への対策を講じざるおえなくなった。

 結果、導き出した対策法とは、結界魔法である。その存在と使い方を調べて、コアを創り出して街中に設置するのに五年の月日を必要とし、更にエストがレネの元に訪れるのを待ったため、当初の予定よりも七年遅れで計画は実行されることになったのだ。


「遂に、私の長年の計画が終わりを迎える」


 二十七歳の頃に教会を創設してから十年が経過した。戦士としての能力も全盛期であったあの頃よりも少しだけ落ちているとはいえ、それでも結界がある限りは魔女二人──今回も予想外の出来事で一人増えて三人となったが、相手取れるだろう。何より一人は現在拘束している。用済みとなったからには、危険は予め排除しなくてはならない。

 下水道からのみ行ける教会の牢獄。その存在を知る者は一般人には殆ど居らず、教会関係者ですらアレオスとリムを除けば片手で数えられるくらいだ。

 牢獄施設の重厚な扉を、小さな鍵で開け、魔女を閉じ込めた場所へ向かう。

 厚さにして5cmの金属の壁によって作られた魔女専用の牢獄。結界の弱体化効果と彼女を縛り付けている鎖にかけられた魔法効果が重複し、その力を弱めている。だが、そこまでしてなお一般人とは比較にもならないくらいの能力を発揮して、警戒せずに彼女に近づくのは愚行である。


「⋯⋯」


 口内に布を詰められていては、彼女は発声する事ができない。無詠唱化された魔法の行使は可能であるも、アレオスが相手では無意味である。

 アレオスはレネの口に詰められた布を取る。


「言い残した事はありますか? これから来るであろうお前の仲間、友達、狂信者にそれを伝えてあげましょう」


 強者の余裕。それに対するレネの表情は絶望でも何でもなく、それと同等の余裕であった。


「──(わたくし)には生憎、手のかかる義妹が居るのですよ。彼女はあなたと同等以上の力を持っていて、もう一人の魔女と合わせて戦えば確実に負けるでしょう」


「⋯⋯何を今更。結界がある限り、私が負けることはない。それは魔女であるならば分かるはずでは?」


「⋯⋯そうですね。魔女だからこそ、分かるのです。あなたは、確実に、負けると」


 レネは微笑む。彼女が魔女だと知らなければ、女神そのものだ。しかし、アレオスからしてみれば、それは虫唾が走る表情だった。


「──っ!」


 次の瞬間、アレオスの体は反対側の壁に叩きつけられていた。無警戒状態であったから、本来抵抗(レジスト)できる魔法の効果をモロに受けてしまったのだ。


「なぜ⋯⋯いやまさか!」


 しかし、弱体化状態にあるレネの魔法であったならば、例え詠唱ありでもアレオスは無意識下で抵抗(レジスト)できた。なのに、どうして今は、無詠唱化された魔法を抵抗(レジスト)できなかったのか。そんなのは一瞬で理解できる。


「結界が消滅した!?」


「正解です。あなたは人間だったから、この変化に気づけなかったのです」


「チッ⋯⋯。いや、それでも未だ私のほうが優勢であることには変わらないですね。今さっき、即死魔法を唱えていれば私を殺せたかもしれなかったのに──」


「──その十字架、即死魔法などの黒魔法を完全に無効化する効果がありますよね?」


「⋯⋯」


 黒魔法は凶悪な魔法だ。アレオスは剣に施せるあらゆる魔法耐性を黒魔法耐性に振っていた。その黒魔法一つで、長年の計画が頓挫(とんざ)することを恐れたからだ。


「そしてあなたが優勢であることも、間違っています。たしかに魔力をこの鎖から吸い取られていて、殆ど魔力がなかった状態だったので、今の魔法行使で既に(わたくし)の魔力は空です。戦うことすらできないでしょう。しかし──」


 アレオスは後ろを振り返る。


「──戦うのは(わたくし)ではありません。彼女達ですから」


 そこには、金髪と赤髪の少女二人と、その他十名が居た。


「降参するなら今のうちだよ? 白と赤の魔女を相手にして、キミは勝てる見込みがあるの?」


「ロアは一人を多数で虐めることが嫌いだ。だから、降参して欲しい」


 一人は侮蔑、一人は慈悲の目でアレオスを見ていた。


「──ない」


「え?」


「私は、降参などしない」


 魔女二人を相手取りながらも、未だアレオスの目には闘争心(とうそうしん)宿(やど)っていた。


「⋯⋯ロア、キミの戦闘美学に反する戦いを、これからすることになるけど、大丈夫?」


「⋯⋯うん。ロアは友達を見捨ててまで、自分の美学に従う気はない」


 ロアの戦闘美学は公平な戦闘。不意打ち、数の暴力、逃亡、命乞い──それらはあってはならない。しかし、その上で正々堂々と戦うのであれば相手が人間であろうと尊重するのが彼女の生き方で、美学だ。

 だが今の状況はその美学に反する。それを破っているのは紛れもない自分であることに、彼女は心の中で葛藤(かっとう)を抱いていた。しかし、例えそうでも、友達を攫われたのは許せない。相手に忠告はした。それを聞き入れなかったのだから、二人がかりで殺しに行っても仕方のないことだ。


「ウラァァァァッ!」


 アレオスは人間があげるものとは到底思えない、獣のような雄叫びをあげて二人の魔女に剣を振るため、走り出す。鉄でできているはずの床を大きく(へこ)ませるその脚力は転生者の身体能力と比較しても異常だと言える。

 ──世界における最強の存在達の戦いの火蓋(ひぶた)が切られた。

 第二章は短くなりそうです。

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