8−22 最終決戦Ⅰ 〜創造と破滅〜
開幕の狼煙としては、あまりにも派手で、普通ならばこれで終わっていてもおかしくないほどの魔法だった。
しかし、彼女らにとっては、魔法の応酬の一つに過ぎない。
即座にエストはメーデアとの距離を詰め、拳を突き出す。その際に虚無を拳に生み出し、擬似的に加速する。
空間を丸ごと消されたため、予測していなければ回避は不能。メーデアの顔面が凹むほどの衝撃が生じた。
が、影の反撃がエストを襲う。前方、側方、後方、上からも影が伸ばされている。全方位の即死攻撃だ。
転移──反転移魔法が発動。エストは回避できず、影に囚われる。
「ですが、これでは終わりませんね」
エストは防御壁を展開した。通常、メーデアの影は防御できない。
だが、レネの能力だけはそれを防げた。理由は単純明快。それが物理的な防御ではなく、概念的防御であったから。
「レネの能力を魔法で模倣するとは。魔法の天才なだけはありますね。しかし、その燃費、非常に悪いでしょう?」
だから一瞬だけしか展開できない。無詠唱行使がしたい防御は第十一階級にしないよう、無理矢理消費魔力量を増加させることと、調整を完全マニュアルにすることでなんとか発動している。
その消費速度は、エストの〈無量創造〉による魔力の生成速度を超える。おまけに脳のリソースもかなり使う。
「だから防御を展開し、作った隙で脱出する。そう例えば⋯⋯」
メーデアが影を収束させるが、そこには何もなかった。潰れているなら血肉の欠片でもあるはずだ。
「──上などに」
「──〈仮想質量殴撃〉」
真上からの最強物理魔法。メーデアは跳ぶことで回避した。
衝撃音と共に地上に半円状の穴が出来上がった。砕けたのではない。範囲内は等しく消滅したからだ。それに巻き込まれて、防御しなければ、死は免れない。
「圧倒的な魔法能力。加えて瞬時の状況判断。⋯⋯他にも恵まれた才能の数々」
無数の影の間を通り抜け、エストはメーデアとの距離を詰める。
「そうまるで、神に作られたように、精巧な存在。しかしこの私があなたを気に入っている。そんなことはない。つまり、あなたは私と同じです」
エストは魔法を行使する。〈虚空支配〉と唱え、そこに彼女の世界を展開した。
メーデアはその世界に閉じ込められたが、全く動じていない。
仮想空間を展開する魔法に対する、最も有効的な方法は、こちらも仮想空間を展開すること。メーデアはエストの〈虚空支配〉に〈影の世界〉を返すことで互いの空間を中和した。
白と黒の世界が鬩ぎ合い、互いに割れ、そして消滅する。
空間支配魔法の練度ではエストが勝っているが、メーデアのそれは、能力を重ねたものだ。よって、総合力では同等となっていた。
「私がオマエと同じ? 吐き気がするね」
「残念。フラれてしまいましたか。が、それは真実です。ならば分かるでしょう? 私の『欲望』が」
メーデアは胸に手を当て、エストに聞いた。笑顔を見せて、普段は隠れている目で彼女を見て。
「だったら何? つまり何が言いたいの? それが分かったところで、私に何が?」
「理解者が欲しいのですよ。私は完璧でない。だから一人では生きていけない。私は似た者同士であるあなたに、共感してもらいたいのです」
唯一無二の存在であれば、対等な存在は居ない。いくら自分を崇める者を増やそうと、心のどこかでは常に孤独を感じることになる。
メーデアは良く知っている。あの時はなんてなかったが、今では堪えられない。
「あ、っそ。オマエは嫌いだ。私から母さんを奪った。だから死ね。理解も共感もするわけない。死ね。死んでしまえよ、メーデア」
「おや、名前の呪いは? まだ発動するはずですが」
「解除した。お前が名前を呪いにするってことは、それが嫌なんでしょ? だからだよ」
メーデアの告白は予定通りに断られた。エストはそんなことしないのだ。
エストは自分を殺す。エストは自分を貶す。それはつまり、エストは自分の下ではない。少なくとも対等。あるいは上位。
「本当に、あなたは面白い。それでこそ白の魔女です」
メーデアは黒の魔法陣を展開する。彼女の得意な黒魔法。世界を滅ぼす為に、黒の要素を使ったことはあっても、こうして戦闘で利用したことは思っていたより少なかったかもしれない。
「〈魂魄掌握〉」
メーデアの手の平に、半透明で、白いハートが浮かび上がった。彼女はそれを掴んだ。
激痛ではない。形容し難い不快感がエストを襲った。死んだときに感じるものと全く同じだった。あるいは、それさえ超えるもの。
何にせよ、エストは本能的に死を感じた瞬間だった。それもそのはず、この魔法の効果は魂への即死攻撃であるからだ。
「互いが肉体の死を超越しているのであれば、次にすることは魂の殺害。魂の蘇生など⋯⋯私たちの専門外でしょう」
メーデアはエストの魂魄を握り潰した。即死はしなかった。が、エストは口の端から血を流し、段々の目の光が失われていく。
二人は緑魔法を高レベルで行使可能だ。だが、それだけで魔女となれるほど、ましてや『逸脱者』となれるほどではない。
おそらく、この世で魂の蘇生ができる可能性を持つのはミカロナくらいだ。そして唯一の彼女は、ここには居なくなった。
「⋯⋯く、ははは。だろうね。だろうさ。だろうって?」
エストは、メーデアが魂を殺してくることを予期していた。その蘇生が不可能であることも分かっていた。しかし、そんな外道な方法で死ぬはずがないと確信していた。
「ふむ。これは予想外、です」
エストが流していた血は無くなっている。失われた命の光は、眩さを取り戻している。
蘇生? 否。緑魔法ではない。それはエストが一番得意とする魔法。
「時間対策はきっちりしていたはずですがね。その魔法には、私自身の抵抗力が付与されています。それに第十一階級魔法を、第十階級以下の魔法で防ぐことはほぼ不可能のはずです」
「なら答えはこうだよ。私の魔法が、オマエの抵抗力を貫通した。そして私が使ったのは無詠唱の第十一階級魔法ってこと」
エストが使った魔法は、〈世界逆行〉。〈時間逆行〉の上位互換魔法である。差異といえば、〈時間逆行〉より対象の範囲が広く、かつ、より過去に戻すことが可能。これにより、魂の時間も逆行できるようになった。
また、〈世界停止〉と同じく、魔法抵抗の貫通力が上昇している。
「『死に戻り』ほど強力な時間逆行能力は持ち合わせてないけど、戦闘中に使うなら十二分。オマエが私に勝てる道理はないんだよ」
「まあ、何のデメリットもなく便利なら、そうかもしれませんね。あなた、とても顔色が悪いですよ?」
マサカズが時間逆行に耐えられたのは、その精神力もあるが、それ以上に魂は時間逆行の影響外にあったからだ。イザベリアも同じく、魂までは逆行させていない。
なぜか。単純な話、記憶などの保持をするためだ。
対してエストは、魂ごと自分の体の時間を逆行させている。本来であれば記憶も戻るはずだが、彼女はこれを魔法の効果にて対策している。記憶のみを受け継ぐように設定してあるのだ。
しかし、記憶とは非常に精密なものだ。そのコントロールの難しさは、脳移植をするようなものである。
「魔法の操作。加えて尋常ではない魔力消費。一つでもミスを犯せば、自分の記憶に異常を来す、危険な魔法の行使。能力の補助があっても、行使難易度は第十一階級でも頭一つ抜けているでしょうね」
エストの魔法のセンスと無尽蔵の魔力、記憶に関する能力、そして度胸があって、まともに運用できる魔法。どれか一つでもなければ使えやしなかった。
「饒舌だね。くたばれ、クズ」
脳への治癒魔法行使により、焼き切れかけた回路を無理矢理治す。魔法行使の負荷を受けるのは何も魂だけではない。可能な限り脳への負担を増やし、魂への負担を減らす。
これらの技術は、イザベリアやメーデアが無意識に行っていることだった。エストは未だ、意識的にする必要があった。
ただそれによって、エストが第十一階級魔法を使える回数は格段に増えた。
「〈神器創造〉」
神器級の武具を無数に創り出す。重力を操作し、そして放つ。単純な攻撃。故に強い。
一つ一つが第十一階級魔法並の出力だった。それが無数に襲ってくる。擬似的な同時展開と言っても良い。
質と量を両立した魔法の組み合わせ。多彩を押し出せばこうもなるだろう。
「〈神殺〉」
光の一切を許さない黒色が、内側から弾けるように広がった。
大質量のエネルギー放出系魔法。世界さえ砕きかねない魔法に、神器は耐えられなかった。
それは相殺のための魔法ではない。エストを殺すための魔法だ。神器を滅ぼし、黒はエストに迫る。
「〈世界停止〉」
カウンターに対するカウンターをエストは発動する。
世界の創造者、マサカズより高い精度で魔法操作することにより、エストはこの魔法の欠点の殆どを無くした。
数少ない欠点は、時間制限を付けなければ対象への干渉が行えないこと。そして制限時間は五秒であることだ。
「でも、五秒あれば十分」
第十一階級白魔法──〈虚化〉が発動した。
世界が再始動した時、メーデアの〈神殺〉は消失していた。彼女が微かに覚えたこの違和感は、消滅系魔法を受けた時に似たものだ。
つまり、エストはメーデアに通じる消滅系魔法を行使したということ。その間に、あの魔法を消したということ。
「勝てないよ、オマエは、私に。今ので証明できた」
「私の魔法が無力化され、しかしあなたの魔法は私に通じる⋯⋯それで殺せずとも、あなたにはまだ隠し玉があるのでしょう? この私を確実に殺せる手段が」
メーデアの再生能力は、それを超える手数で無力化される。不死能力は魂を殺すことで無力化される。魂の防御は圧倒的な魔力量で無力化される。
あとは時間が解決するだろう。メーデアを殺す算段を、エストは立てていて、その術中に嵌っているのが現在だ。
その上、エストには第二のプランも存在する。
メーデアは連戦に次ぐ連戦で疲労が溜まっている。エストの強みが最大限度生かされる戦法もあり、彼女の限界は着実に近づいている。
正に逆境。このままいけばメーデアは敗北する。彼女の予想は、そう言っている。逃げることも考えた。が、エストの追跡を逃れる手段はない。
「なればこその徹底抗戦。限界を超えてこその変化と言うもの。予想は常に裏切るもの。そうでしょう? エスト。白の魔女、エスト!」
能力は、基本的に変化しない。あるとすればそれは運用方法が変わっただけであったり、解釈を広げたりするだけだ。
そう、基本的には。可能性としては無いのと同じだが、完全にあり得ないということは、あり得ないのである⋯⋯能力の、成長は。
「私が『創造』で創れなかった能力はいくつかあります。例えば無敵。例えば無限。例えば完全な不死身。例えば神。私の能力には限度がありました」
エストが魔法陣をいくつも展開している。これから行われるは、大質量の波乱魔法攻撃。
メーデアの体力は無限ではない。エストの脳に、魂に、限界が来るまで、耐えられるはずがない。
「⋯⋯そのうちの一つに、こんなものがあったのです」
エストを倒したとしても、まだイザベリアが控えている。そのために手札や余裕は残しておかないといけなかった。が、エストに殺されそうな今、それらの切り札を使わないわけにはいかない。
死んでしまえば、負けてしまえば無意味だ。最早、温存して勝てる相手ではないのだ。
メーデアの目が光る。光を吸い込む色の光だ。
「能力──『破滅』」
メーデアの手が、地面に触れる。すると──そこが真っ黒な塵と成り果てた。それは地面を伝播し、瞬時にしてエストに到達する。
何か不味いものを感じたエストは跳躍して回避した。伝播はそこで止まった。
「創れなかった理由は、おそらくこの能力は『創造』の真反対の極地にあるからでしょう。今もそうです。創れません」
エストは口を開こうとする。が、それより早くメーデアが喋る。
「『ならどうして使えるか』。考えてみれば分かることですよ。創れないのに使えるということは、それが私の原点であるから。私の能力は進化したということです」
メーデアの能力、『創造』。それは進化している。つい先程は生命の創造が可能となったこと。そして今は、新たな権能の獲得。
これにより、能力の効果は変化した。
「名付けるならば、『創滅』。創造の真反対にある破滅ですが、真反対にあるからこそ、ある意味で最も近かったのです」
新たに破滅の能力を、メーデアは獲得した。
「ははは。それじゃあまるで、神様みたいだね。オマエが嫌っている奴らに似ているよ」
「なんとでも言えばいいですよ。私は神ではないですから」
そんな能力を持っても、神ではない。神とは全てが既知だ。知らないフリはできても、その結末がどうであるかは知っている。だからこそ、神はその過程を楽しむことが多い。
いくらでも創れて、いくらでも壊せても、結末は分からない。だからメーデアは神ではない。完璧ではない。だって、未だエストを殺せる未来が見えないのだから。
「っそ。ま、どうでもいいか。オマエが何であれ、ただの化物であれ、私が殺すことには変わりないもんね」
「ええ、そうです。私が何者であれ、あなたと対立することには変わりありません」
両者、構える。
「私の憎悪はまだ絶えない。存分に甚振れそうでなにより」
「自分が絶対者だとでも? 私たちがやっているのは殺し合いですよ」
瞬間、魔法と魔法とが衝突し、凄まじい風圧が生じる。それは彼女らを中心に、王都を更地に、更地をクレーターにしていく。戦いの規模は時間を追うごとに、被害は時間を重ねるごとに大きくなっていく。
この戦いは、正に、未曾有の大災害だ。
白と黒の彼女らの衝突は、まだ終わることはない。




