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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第八章 終止符を打つ魔女
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8−6 奮闘

 殺せないのなら氷漬けにすれば良い。どうやらその考えは間違っていなさそうだ。

 というのも、ダートはあからさまに『死氷霧』を警戒していたからだ。消費の激しい防御魔法を常時全面に展開している。


(だが所詮は魔法使い。魔女でもなければそんな芸当は続けられない)


 可笑しいのは魔女であり、ダートのような魔法使いは後方で真価を発揮する。だから正しい行動は前衛を召喚し、戦闘すること。ダートは大地系魔法を得意としていて、勿論ゴーレムを召喚する魔法も修めていた。

 しかしジュンのような相手に下手な召喚魔法は無意味だ。一瞬にして氷漬け。魔力は無駄となるだろう。広範囲攻撃持ちには魔法使いは一気に劣勢となりやすい。


(質量攻撃を連発し、魔力切れを狙う。⋯⋯『死氷霧』、いけそうか?)


 愛刀からの返答は快いものだった。彼女の魔力量は、おそらく目の前のダートという司教より多い。総魔力量という意味では魔女に匹敵する魔法使いなのだから。


「⋯⋯今日の天候は知っている?」


「いきなり何を言い出すかと思えば。何のつもりです?」


「まあいいから答えてよ」


 ダートは空をちらりと見た。曇天だ。鉛色の雲が空を一面覆っており、時期もあって湿った空気が漂っている。風にも水分が多く含まれているのか、汗も相まって気持ち悪い。


「曇りですね」


「そう。曇り。⋯⋯今にも雨が降りそうなくらい」


 ダートの足元に一粒の水滴が落ちた。それを皮切りに、雨が降りだす。

 ただの雨ではなかった。勢いは時間を追うごとに増している。しかしひとつだけ、気になることがあった。


「あなた、天候操作の魔法が使えたのですか」


「いや。僕に魔法の素養はない。『死氷霧』も使える魔法は氷系統のみ。でも、魔女のバックアップがある」


 この戦いが始まる前、ジュンはスクロールを使っていた。その魔法は〈雨乞い〉。天候操作系魔法の一種であり、階級は第五階級。効果は見てわかるように雨を降らすこと。

 そしてその雨は超局所的。範囲は最大半径一キロメートルから、最小範囲で五百メートル。


「氷系魔法が使えるのなら、雨は追い風も同然だ。僕にとって有利な条件ではあるけど、相手も同じなら意味がない」


 雨に濡れる黒のローブ。対して魔法的な操作により、乾いたままの服。


「教えていなかったね。僕の『死氷霧』の氷魔法の原理。それは熱操作じゃなくて、水自体を操作しているんだ」


「なっ⋯⋯それは⋯⋯」


 昔の魔法学では、氷魔法は厳密には氷属性に定義されていなかった。ならば氷魔法は何の属性に定義されていたのかというと、火属性だ。

 火属性の魔法理論から生み出されたのが氷魔法。火は熱を上げることで生み出しているからだ。

 現代魔法学では別属性として定義されているものの、その原理からこれらを同一視する者は多い。現に火属性魔法が得意な者は必ずと言って良いほど氷魔法も得意──同じ練度ではないにせよ──であり、また、その逆も同じことが言える。

 しかし中には例外も居た。氷属性の魔法を、また別の方法によって使う者だ。


「氷の元は水だ。なら、水に魔法的に干渉すれば、氷を生み出せる。熱による影響がない状態変化⋯⋯まさしく魔法だ」


 どちらのほうが優れているか、となれば難しい問題だ。結局は同じだし、使い手によって向き不向きがある。

 しかし、ある条件下では断言される。水を操作することによる氷魔法の発現の方が優れていると。


「ちぃっ!」


 ダートは逃げることに専念した。

 水操作式も熱操作式も、最初は水を作り出すかもしくは水を利用するという点では同じだ。が、もし水を利用する場合、熱操作式には欠点が生じる。それは作り出した氷を操作することができないという点。氷に魔力を込めるという作業がどうしても必要となるのだ。

 対して水操作式は、氷にする過程で既に魔力を十分なだけ込めている。

 だから、こうした水を利用できる環境であれば、水操作式の方がクイックな魔法行使が行えるのである。


「避けられるものなら避けてみろ。防げるものなら防いでみろ」


 『死氷霧』は雨を氷へと変化させ、それを飛ばした。ただ単純な動作であったが、だからこそ凶悪。無数の氷の弾丸が発射されたのだ。

 ダートは防御魔法を展開する。氷はそれに着弾し粉砕。氷の粉(アイス・ダスト)が巻き散らかされる。

 一見無力。しかし有効。防御魔法への有効打として、二つ挙げられる。貫通特化もしくは質量攻撃。この氷の弾丸は後者に当たる。


「くっ⋯⋯」


 防御魔法が割れれば、また新たな防御魔法を展開する。しかし常時展開の消費魔力量は凄まじく、軽い頭痛がする。これが続けば頭痛は悪化し、最悪の場合、気絶まで追い込まれるだろう。


「人の身に魔法は大きすぎる力だよ。人間に魔法使いが少ない理由」


 少数のみが持つ才能。実戦ともなれば、更に限られる技術が魔法。それは何故か。人間に魔法というものはあまりにも強大すぎるからだ。


「私は十の球(セフィラ)です!」


「それでも人外(モンスター)じゃない。君は僕と同じ()()()()()()でしょ?」


 刀による連撃、連撃、連撃。重く、鋭く、速く、凶悪な一撃が何度も続く。氷の魔法と相まって防御魔法は一瞬で崩壊する。最早薄氷の如き防壁だ。


「我々を⋯⋯舐めるなっ!」


 地面が揺らめく。すると割れた。文字通り〈地割れ〉という名称だ。割れた地面に対象を飲み込み、そのまま閉じて圧し潰すという魔法である。

 ジュンは地面に飲み込まれ、すぐさま閉じられる。これに飲み込まれて生き延びた人間は過去に類を見ない。

 しかしダートは殺したと思わなかった。殺したと、確信できなかった。


「⋯⋯っ!」


 ダートの足元から氷が立つ。彼はそれに気がついて躱していたが、あまりの常識外れ具合に顔を歪めた。


「剣で⋯⋯地面を掘った⋯⋯?」


 ジュンは刀についた土を振り払う。


「今までにない高揚感。何ていうのかな、場に当てられる? そんな感じがする」


 『死氷霧』は雨を氷とし、刃に纏う。魔力をより流し、軽く、加速するように、そして鋭利となった。更に極冷にも。


「楽しい。戦いが。こうして全力で戦って、圧倒することも、圧倒されることもなく、そして何より、悪を滅ぼすという正義感が刺激されてる」


 雨がジュンを濡らすことはない。雨に濡れる前に、水は気化している。しかしそこに熱は生じない。何も、なくなるだけだった。


「最高」


 目を見開き、両手を広げ、笑う。


「⋯⋯ハイになっている。⋯⋯まるで、吹っ切れたように」


 ──事実、そうだ。ジュン・カブラギは現在陶酔状態(ハイ)になっている。と言うのも、このリフルカ王国王都『イエフサルム』を襲撃したあたりから罪悪感がなくなり、人間同然の相手を鏖にし、正気度が削れていた。彼が相手にしたのには、嫌な意味で人間味のある相手だったからだ。

 そうなれば、もう吹っ切れるしかない。人殺しへの躊躇というリミッターは外された。

 ついでに言うと、エストの記憶が流されたことで、少なからず精神への影響があった。あれはあくまでもエスト(化物)の記憶だ。


「──来るっ!」


 技もへったくれもない、ただの剛腕に任せた薙ぎ払い。ただ、スピードとパワーがイカれた一撃は、テクニックの尽くを凌駕する。

 つまり、純粋に防ぐことが不可能な攻撃には小手先の細工は必要がないということだ。

 空気を斬り、一瞬、真空を作る。ゴワンッ、という刀を振ったとは思えない音が聞こえた。


「まだまだまだ!」


 その重く速い連撃を、ダートは躱し続ける。感情に支配された剣筋はあまりに読み易い。しかしそれでも避けるのが精一杯。


「はあ⋯⋯はあ⋯⋯はあ⋯⋯!」


 老体には堪える。全盛期は疾うの昔に過ぎている。今の若者についていけるはずがない。

 しかし、だ。しかし、負けられるはずがない。


「〈大地の拘束(アース・バインド)〉!」


 地面から触手のようなものが現れ、それらがジュンの四肢に巻き付く。そして締め付ける。

 拘束した相手に〈岩回転弾〉を撃ち込むというコンボを狙った。


「無駄だね」


 大地の触手が凍りつき、ジュンは腕力でそれを破壊する。そして魔法が放たれるより先にダートに接近し、その脳天に刃を叩き込む。


「ま、だ」


「もう終わり。ご老体にはもう、ね」


 刃から魔力を流され、ダートの全身が瞬時にして氷漬けとなった。

 その際、ジュンの背後に迫る大地の刃も凍り付き、そこで止まった。


「⋯⋯最期まで油断ならないなぁ」


 執念深さ、老獪さに驚きつつも、警戒済みだったから問題なく対処できた。

 自分のヒートアップした頭をクールにしながら、ジュンは刀を鞘に納める。


「よし、撃破。皆が相手にしているのも氷漬けにしないと」


 どうやらこの再生能力は氷漬けにされると無力になるらしい。そうしなければ戦いが終わることはないだろうし、殺し続けるということをしなければいけなくなる。

 そういうことで、ジュンは仲間の元に走って向かうことにした。


 ◆◆◆


(どうやって殺すか⋯⋯)


 相手は二人。バスターソードを持った男と、雷系の魔法使いのエルフ女。コンビネーションは完璧で、両者ともに高い水準の技量、能力を持っている。


(どっちかを⋯⋯戦士の方を崩さないと、魔法使いは殺せないな)


 しばらく戦ってみた感じ、テルムはそういう作戦でいかなければならないと判断したし、間違っていない。

 場所は王都の住宅が多く立ち並ぶ場所。隠れることは容易で、つまり遮蔽物が多くある。

 数の優位性はこの住宅街を用いた立ち回りによってカバーする必要がありそうだ。


「逃げた⋯⋯?」


 テルムは適当な家屋に入った。


「⋯⋯いや、誘っているのか」


 バスターソードは見ての通り屋内戦では立ち回りが難しい。少し斬りあっただけで分かる実力差はほぼなく、むしろテルムに分があるくらいだ。

 これに乗る必要はない。自ら不利に陥るようなものだ。しかし、


「もし追わなければ、逃げられる、か」


 ケブラーが相手にしているのは正々堂々としたような者ではない。真反対の暗殺者であり、敵前逃亡は立派な手段の一つだ。

 例えばこのまま追撃しなければ、テルムは他の所に加勢しに行くだろう。現状、ケブラーたちが追い詰められる側だ。味方戦力の減少は可能な限り避けるべきである。

 少なくとも、彼らの主が敵の最大戦力を討ち滅ぼすまでは時間を稼がねばならない。


「そしてこれを俺が思いつくのも、想定済み。⋯⋯だがその予測通りに動いてやるさ」


 ケブラーも続いてテルムの入った家屋に侵入した。


「屋内の魔法戦は不得意なのよね。ま、いいか」


 ビナーも続く。

 侵入直後、死角からの一突き。警戒していたケブラーは問題なく躱し、反撃を加える。だがテルムは姿勢を低くして反撃をいなす。

 そこに雷魔法が走る。テルムは身軽に躱し、代わりに机を焼き尽くした。

 互いに睨み合う。そして次の一瞬で動き出す。テルムがケブラーに直進したかと思えば、跳躍。


「ほう」


 屋内の壁を蹴り、立体的な動きを見せた。左斜め上からの襲撃。予想外の動き、そしてスピード。ケブラーは回避ではなく防御を取らされた。

 パートナーの隙を埋めるための雷撃。しかし当たらない。影の中に入られたのだ。

 家屋はほぼ全面が影だ。影の中を移動できるテルムにとって、ここは最高の立地。

 影に波紋が浮かび上がる。反応し、ビナーは雷撃を放つ。しかし、


「雷撃をナイフで!?」


 そしてケブラーの背中を蹴りつける。ふっ飛ばすような脚力はなかったが、鋭く、速かった。無視できない痛みだ。


「ぐっ⋯⋯!」


 それでもバスターソードを振り下ろす。


「凄まじい胆力だが⋯⋯」


 軽い体は素早く動く。立体的な動きも相まって、全く捉えられない。家中を走り回り、ケブラーとビナーはテルムを追って攻撃をするが一回も当たらない。

 しばらくそれを続け、二人の体力も削れてきた頃だ。


「そろそろこの追いかけっこにも飽きて頃なんじゃないか?」


「全く威勢が良いが、決定打がないのはお前の方だろ」


「そうね。さっきから魔法撃ち続けてるけど、まだまだ余裕があるのは私のほうよ」


 アンデッドに疲労はない。その面ではテルムは優位に立てるが、おそらくケブラーとビナーが疲労するより先に彼に一撃与えるほうが早いだろう。そろそろ、二人はテルムの動きに慣れてくるはずだ。


(翻弄がやっと。仕留めるには火力がない⋯⋯はは、そう思うのも無理はない)


 テルムは決して優れた存在ではない。能力こそあれど、大したものじゃない。今の彼の能力は平凡で、特筆すべき点はない能力だ。意表を突けるようなものではない。

 身体能力も特別ではない。彼に匹敵し、上回る者は今この場には多く居る。

 そんな彼が他より優れている点。それは、


「また追いかけっこか?」


 遂にテルムの癖を、動きを読めるようになった。ケブラーはここぞという所に、行動を読み切った故の渾身の一撃を叩き込む。

 クリーンヒット。それはテルムの行動を先読みし、見事命中させた。脆い骨の体は一撃で粉砕できる。

 そう、骨の体ならば。


「──へへ」


 ケブラーが叩き込んだ一撃は、テルムの()()()()()()()()()()によって防がれていた。

 判断を誤ったと思う暇もなく、ケブラーにはカウンターとして赤いナイフが投げられた。顔面を、胴体を滅多刺しにされ、即死だ。


「ケブラー? ──っ!?」


 滅多刺しのケブラーを見てビナーはテルムの能力の情報を更新した。彼の能力は一本のナイフを生み出すのではない。幾つもの──


「もう、遅い」


 背後に展開された無数の赤いナイフに串刺しにされ、ビナーも死んだ。

 酷く呆気なく即死した両者。二つの死体を見て、テルムは呟く。


「ここぞって時こそ最大の隙になる。それまで相手がまだとっておきを使っていないと思っておけ」


 そう、テルムはアンデッドだ。疲労がなく、痛みにも強い。だからこそ無理ができる。能力の力を、リミッター以上に引き出す。常人では一瞬でも厳しい能力の解放を、テルムはある程度できるのだ。


「ぐふっ⋯⋯しっかし、その代償がこれか。⋯⋯いてぇ」


 無いはずの心臓が痛い。こんな力を長時間使い続けていれば、能力の行使に影響が出そうだ。それこそ、使えなくなるかもしれない。


「まあ良い。勝てたんだしな。⋯⋯他の奴らも、順調に勝ってると良いが⋯⋯」


 テルムは展開したナイフを消去し、椅子に座る。


「⋯⋯ちょっとだけ休憩しよう」


 一先ず自分の仕事は終わった。少しくらいヒートアップした頭を休めても咎められないのだから。

 その後、ケブラーとビナーが突然再生を始めたことに対処しつつ待っていると、ジュンが来て凍らせた。それで再生は止まった。

 これで本当にテルムはひと仕事を終えたのだった。

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