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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第八章 終止符を打つ魔女
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8−4 戦いの楽しさ

 黒髪黒目の男。その容姿は珍しく、一見すると同郷人かと思うだろう。だが顔付きは日本人らしくなく、つまりナオト、ユナにとっての異世界人というわけだ。

 黒の薄手のコート、灰色のネックウォーマー。全身真っ黒の服装に、眼鏡を掛けた男。そしてその普段着にまるで似合わないレイピア。

 服装こそ前回と異なるが、ナオト、ユナの二人は彼の名前を知っている。


「私は黒の教団、幹部、十の珠(セフィラ)が一人⋯⋯知恵(コクマー)。どうぞお見知り置きを」


 数々の公国軍、王国軍人を切り払い、汚れたレイピアを一振り。元の銀色を取り戻した。


「丁寧な挨拶だ」


「初対面、少しばかり付き合う相手となれば挨拶は常識でしょう」


 無論、コクマーだって一瞬で殺せるような相手に同じことはしない。ナオトとユナだからこんなことをしているのだ。


「⋯⋯ナオトさん、早く」


 ユナは心優しい人物だ。だからこそ、厳しさを手に入れた。

 連合国での経験によって、彼女はただ優しいだけではいけないのだと理解した。そして目の前の黒の教団員たちはどう頑張っても変わらないのだとも。


「分かっている」


 二人は武器を構える。


「その年齢であるというのに、まるで殺しに躊躇が⋯⋯いや、あるようですけど、そうですか。覚悟がついているんですね」


 コクマーは感心したかのような表情を浮かべ、その後、同じくレイピアを構えた。


「⋯⋯そうそう、一つ聞きたいことがあります」


 しかしそんなことはお構いなしにナオトは影を移動し、コクマーに斬りかかる。が、弾かれた。パワー負けしそうになったものの、力を受け流すことで何とか耐えられた。


「不意打ち、大いに結構。ですが質問には答えてください」


 ユナの射った矢を避ける。


「私の友、ティファレト、マルクト、ホド、ネツァクは死にました。貴方方はその内の誰かを殺しましたか?」


 思っていた通りの質問が来た。ナオトはこれを()()()()()


「──全員、僕たちの誰かが殺しただろうさ。そして()()()()()()()()()()()()()。奴のしたことに報いを与えるために、可能な限り苦痛を与えてな」


「──そうですか」


 マサカズからインストールされた記憶。そこで、コクマーはマサカズにティファレトを殺したのは誰かと聞いていた。

 コクマーは仲間想いなのだ。他の教団員もそうなのだろうが、彼は中でも特に想いが強いのかもしれない。

 ならばそれを利用する。わざと挑発し、激情させ、行動の単純化を図るのだ。


「⋯⋯私たちが殺されるのは無理もない。しかし、だからといってそれを何事もなく受け止められるほど、私は化物でもない」


 コクマーは小声でそんなことを言った。

 彼らは彼らが悪であることを知っている。

 彼らは彼らが殺されてもおかしくない存在であることを知っている。

 彼らは彼らの目的のためには善人になることはできなくて、悪人になることを受け入れなくてはならない。

 何せ世界を滅ぼすという目的。それに反対意見の方が多いのは自明の理だ。

 だけれども、全部仕方ないと思うつもりはなかった。できなかった。家族のような彼らの死を、到底、受け入れて、殺した相手に復讐しないなんて考えられなかった。


「⋯⋯⋯⋯せめてもの彼らの救いとして、私が貴方達を殺す」


「身勝手⋯⋯とは言えないな。ああ、そうだ。これは結局戦争だ」


「⋯⋯⋯⋯」


 善も悪も、大多数の意思によって決められるものでしかない。だから例え悪だからと言って、それを非難する気に離れない。これがナオトの本心だ。

 英雄はいつだって殺戮者。平和主義者では平和を作れない。

 そして人を殺すとなれば、同じ穴の(むじな)だ。結局の所、己の願望のために他者を傷つけるという点では同じなのだから。目的が多数派であるか、少数派であるかの違いでしかない。


「来なさい、人間」


 瞬間、ユナが空に跳ぶ。凄まじい跳躍力だ。しかし弓使いが空中で弦を引き、何になるというのか。まともに狙うことができないはずだ。それはどんな技術者でも同じこと。ましてや人間が、それも転移者がやるのだ。


「──いや」


 頂点から三射。その全てが的確にコクマーに飛んでくる。このままの軌道であれば全矢命中だ。


「はああああっ!」


 同時、ナオトもコクマーに斬りかかった。

 ユナが持っていた弓は魔法武器の一種だ。魔法陣が刻まれていた。何が起こるか分からない。だから矢を避けつつナオトの剣戟を受け流す。

 弱い。だが侮れない。やけに戦い慣れている。コクマーの癖を見抜き、行動を読み、的確に対処してくる。

 二本の短剣による斬撃をただひたすら弾くも隙らしい隙はない。

 そして後ろから射られる弓。アイコンタクトでも取っているのか、もしくは反応しているのか、ナオトに矢が当たることはなかった。できるだけ狙いにくくなるように動き回るが、それでも、


「チッ⋯⋯」


 避けきれない。背後からだから弾くこともできない。かと言ってユナを狙おうにもナオトがそれを阻止してくるし、何より彼女はその跳躍力を生かしてすぐにポジションを変更している。

 走り回り、剣戟を繰り返す。が、これではいつか削り殺されるだけだろう。


「せめて背後からの攻撃をどうにかしなければ」


 と、考えたコクマーは家屋に背を預けるように動き出した。勿論ナオトはそうならないように追撃をして来たが、スピードではコクマーのほうが上。

 呆気なく背後に死角を作られ、ユナの姿が消える。その事をおかしく思ったコクマーであるが、目の前のナオトの対応に忙しい。

 何の躊躇もなく家屋に短剣をぶっ刺し、斬りつける。それで刃こぼれ一つしないのは、彼の武器が魔法武器だからだ。


「ッ!」


 ようやく見えたナオトの隙に、コクマーはレイピアを一薙ぎ。

 だが⋯⋯捉えられなかった。


(⋯⋯下!)


 懐に潜られた。このまま連撃を叩き込まれる。しかしコクマーの耐久力は人外だ。ナオトの連撃をまともに受けきったとしても死にはしない。

 正しい判断は、これを受け止め確実にナオトを殺すことだ。避けようとしてはどちらにせよカウンターを叩き込まれる。


「居ない!?」


 しかし、来ると思っていた連撃は来なかった。影に潜り込む真っ黒な液体が、一瞬だけ見えた。

 予想外の出来事に頭がフリーズする。何がしたかったのか。それともコクマーの行動を予測したのか。いやだとすればなぜ懐に入ったのか。


「しまっ──」


 全てに合点がいく答えが理解できた時には遅い。

 ──気がつけば、コクマーの胴体には大きな穴が開いていた。それと同じ大きさの穴が家屋にも開いており、先にはユナが立っていた。

 ユナに渡された魔法弓の力は二つ。一つは命中補助。多少の誤差であれば自動で修正、軌道を変化させ、対象に命中する。

 そしてもう一つは、エネルギー弾の発射。〈魔法矢〉に似たものだが、弓を用いることで火力、範囲、多種多様な効果が生み出せるようになった。

 ユナのポーチの一つの魔力石から魔力が喪失する。最大威力を引き出せばこうもなるだろう。しかしあと十九個ある。威力を制限すれば六十発弱、最大火力でも十九発は撃てる。


「⋯⋯⋯⋯」


 胴体に大穴を開けられたというのにコクマーは息絶えていない。

 しかしそれでも、致傷を遥かに超える出血をしているし、内臓も無くなっている。人外であっても、ここまでの損傷を受ければ死は免れない。


「⋯⋯くくく。なるほど、最初から想定済みでしたか」


 ゲホッ、と吐血しながらコクマーは喋る。

 ああそうだ。最初からこの作戦は考えていた。壁を死角に使うことなど想定済みだ。だから最初からユナの最大火力を使わずに隠し、避けることが難しいタイミングでその切り札を切った。


「⋯⋯何か言い残すことは?」


「そうですね⋯⋯ありません。必要ないですから」


 ◆◆◆


「何ともおかしな旅になったよ」


 『大雪原』で出会ったマサカズに付いていっていたら、いつの間にか成り行きで世界を救う戦いに参加していた。

 グレイにとって戦いとは面白くないものだ。彼は確かに強い。剣を握ってから一ヶ月で、もう負けなしの剣士になったほどだ。

 ではつまらないと思う理由が、強すぎるからなのか。答えは否だ。


「だって今こうして、君たちと対峙している。僕、戦いが嫌いなのに。どうしてあんなにも面白くないものをしなくてはいけないんだろうって。そう思ってたんだよ?」


 グレイが退治するのは二人の男だ。

 目が隠れそうなほどに長い青髪に、宝石のような碧眼。白のコートが特徴的な、幼さが残る青年。もう一人は、後ろでまとめている紫色の長い髪に、紫陽花の色をした目。黒のスーツに紫のネクタイを着用した、女性のように美しい美青年だ。

 名前はそれぞれ慈悲(ケセド)基礎(イェソド)。彼らはグレイの威圧感で動けないでいた。圧倒的⋯⋯とまでは行かずとも、下手をすれば即死するような実力差。それを直感で理解していたのだ。


「でもね、分かったことがある。僕が戦いをつまらないと思った理由は、戦い自体が原因ではなかったんだ。故郷は強さを重んじる所だった。僕にはそれがつまらなかった。僕は、戦いに意味が欲しかった。あそこでは意味がなかったから、戦いがつまらなかったんだ」


 グレイは剣先を教団員二人に向ける。


「僕は世界を救うっていう最高の意味を手に入れた。そして君たちも戦いをする意味を持つでしょ? 世界を滅ぼすっていうね」


 戦いは手段だ。目的ではない。グレイはそのことを知らなかった。戦いを目的として生きてきたから、戦いが嫌いになったのだ。それしかなかったから、グレイは飽きてしまったのだ。


「僕は最高の気分だよ。さあ、思う存分、殺し合おう。互いの意味のために」


 狂っている。戦うことに意味を見出したから、グレイはハイになっているのだ。彼が生まれて十九年。今まで与えられなかったものを、ようやく与えられたのだからそうなるのも仕方がない。


「そうかい。死ね」


 ケセドは太腿の辺りにあるホルスターから、人間には到底使えない拳銃──対物ライフル弾を発射するもの──を取り出し、片手で射撃する。

 見たこともない武器だが、感覚がそれは下手に触れられないと叫んだ。だからグレイは銃弾を避ける。


「なにそれ凄い。射線を予測しないと反応もできないね」


 背後にあった家屋の壁に大穴が開いた。

 間髪入れずにイェソドが接近。剣による刺突をグレイは刀で受け流した。そして蹴りを入れる。


「ゴハっ⋯⋯」


 怯んだところに一太刀。イェソドの反応は間に合い、剣で受け止めた。しかし耐えきることはできず、大きく吹き飛ばされる。

 それを見ながら、グレイは刀を鞘に収める。


「〈桜花瞬光〉」


 一瞬にして距離を詰め、見きれない速度で刀を振るう。居合の要領による戦技だ。

 イェソドが両断されなかったのは、彼らにはある防護措置があったからだ。もしそれがなければ、今ので死んでいた。

 そして実際は死んでいなくても、その傷は非常に深い。


「うん? 今の、殺したと思ったんだけど」


 すぐさまケセドによる銃撃が放たれる。もう一つの拳銃を取り出し、二丁拳銃の乱射。察知したグレイは何の焦りもせず、容易に弾丸を躱した。

 躱した先に射撃。これを繰り返し、ケセドはグレイを離そうとする。グレイもこのことに気がつくも、攻めるに攻められなかった。


(片方の武器の弾は斬れるけど、あのでかい方は無理そう。⋯⋯どっちにしても撃ってる間は混ざって、どちらも斬れないなぁ)

  

 弾丸を斬り捨てながら接近することは不可能。かと言って回避しながら詰めるには遠いし、それを許してくれるほど間抜けなわけでもなさそうだ。


(とすると、一旦リセットが最適か)


 グレイは近くの家屋に侵入する。そこから姿を眩ませようという目論見だ。幸いなことに、入った家には裏口があった。壁を壊す必要はなかった。

 裏口から外に出て、屋根に登り、黒の教団の背後に回ろうとする。

 その時だ。


「っ⋯⋯」


 的確に、グレイの居る場所に拳銃の弾丸が着弾した。

 姿は表していない。足音もない。透視でもされていたみたいに、的確に狙われた。


「隠れても無駄」


 弾丸の嵐が、グレイの隠れている場所を抉り取った。

 グレイは屋根を走りながら銃弾を躱していく。見れば、イェソドも回復していた。スクロールが燃え尽きるのを見た。


「さっさと終わらせないとこっちが不利になるね」


 グレイは再び姿を隠す。


「無駄だって言ってるじゃん」


 気配を探知し、的確にグレイの位置を把握するケセド。彼はこのまま、最短距離の家屋の正面扉から出てくる。位置が筒抜けの状態であるなら当然の選択だ。


「でも、タイミングまでわかるからただの的。蜂の巣にしたげる」


 飛び出してきた所にトリガーを引く。射撃音と共に着弾音がし、明確に破壊する音が鳴り響いた。

 だが、その音はあまりにも無機質だった。少なくとも生き物を撃ち抜き、破裂させた音ではない。


「──椅子?」


 そう、ケセドが撃ち抜いたのはグレイが投げた椅子(デコイ)だ。グレイは家から出る直前で止まり、それを投げたのである。そして一瞬の隙で肉薄し、


「先ずは一人」


 今度こそ確実に殺すために、首を一刀両断する。

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