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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第二章 魔女殺しの神父
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2−2 鉄臭い教会

 帝国には冒険者組合は存在しない。というのは、帝国には聖教会があるからだ。

 聖教会は魔族の淘汰を目的していることはよく知られているが、モンスターの討伐も行っている。あくまで教会の理念は人々を守ることであり、モンスターと魔族は一部を除き異なるとはいえ、滅ぼす対象にある。また兵士が対モンスター訓練を行っており、モンスター専門の兵士部隊というのもある。依頼があってモンスターを狩るのではなく、帝国の政府は積極的にモンスターの討伐を行っているのだ。そのおかげで、帝国周辺はモンスターの数は非常に少なく、さらに街道(かいどう)は兵士による見回りが多いため、他国と比べてモンスターによる被害は少ない。そのため、帝国は、他国ではかかるはずの冒険者組合関係の費用がなく、その費用を国に回せる。


「帝国の街並みは綺麗だな」


 『神人部隊』とは別行動で、マサカズ達三人は帝国を歩いていた。その美しさは本来の任務を忘れそうになるほどで、ここだけ中世ではなく、近世のように思える。最も、ビルなどはないが。

 そしてもう一つ目につくのが、


「⋯⋯やっぱり、人間しか居ない」


 王都では異種族は珍しくなかった。流石に人間の方が多かったが、十人に一人が異種族の割合だったのだ。しかし、この帝国では十人いれば十人、それどころか百人いても百人が人間だろう。この様々な種族が存在する世界では、珍しい国と言える。


「すみません」


「何でしょうか?」


 マサカズは適当に、道行く人に声をかける。紳士(しんし)服、スーツのようなものを着ている初老(しょろう)の男性は、初対面であるというのにとても優しい口調でマサカズに接する。

 人尊(じんそん)主義。そんな、この世界特有の言葉がある。人間が尊重され、他の種族は卑下するという言葉そのままの意味だ。それが色濃いこの国では、人間であれば肌の色、顔つきなんて関係ないのだろう。ある意味で元の世界の人間より同族意識は高いと言える。


「聖教会ってどこですか? 最近この国に訪れた旅人でして⋯⋯」


「聖教会ですか? それならあそこの丘上ですよ、旅人さん」


 紳士服の男が指差す方には少し高い丘があり、よく見るとそこには立派な教会が建っていた。


「ありがとうございます」


 マサカズは礼だけ言うとその場を立ち去る。そして部隊との合流を目指すが、いくら探しても見当たらない。


「いませんね⋯⋯もしかして先に行ったのではないでしょうか?」


「そうかもな。⋯⋯じゃ、いくぞ」


 相手は魔女を攫える存在だ。接敵(せってき)してしまえば死は免れない。だがそうはならないように、マサカズの加護はある。今回の敵──例の神父ならば、マサカズは苦しむことはなく死ねるだろう。それは救いであるが、また、


(皮肉なもんだな。俺の弱さが、苦しみを取り除いてくれるなんて)


 丘上の教会に到着すると、マサカズ達は足跡に気付く。その数は六つ。おそらく『神人部隊』のものだろう。その足跡を辿り、教会内に入る。


「──っ!?」


 気付いてしまった。

 太陽の光は教会内を照らし、特に奥の方にある神を()した石像の神々しさを強調していた。そして、神の石像に続く、真っ直ぐな道には──六人の死体があった。裂傷(れっしょう)打撲(だぼく)窒息(ちっそく)⋯⋯死因は様々であり、魔法によるものもある。

 鉄臭さは三人を恐怖に(おちい)らせ、パニックを誘発させる。


「どうして⋯⋯」


 『神人部隊』は異世界人、転移者と同等の実力を持つ。実戦経験も豊富であるため、戦闘力ではマサカズ達以上かもしれない。そんな彼らが、こんなにも無残(むざん)に殺害される。


「⋯⋯まだ新しい! 警戒し──」


 死体を調べていたナオトの胸に、剣が生える。後ろから剣で刺されたのだ。誰がどう見ても、彼は即死した。


「ナオト!」


 ナオトを殺した犯人は男だった。服装はスカプラリオによく似たもので、おそらくこの教会の信者だろう。男は無言で、これから襲いかかろうとするマサカズとユナに対して、一切の戦闘準備をしなかった。それが意味するのは、


「⋯⋯なっ」


 いつの間にか──いや最初から、三人は包囲されていた。不可視化か、あるいはその他の魔法か。何はともあれ三人からは感知できないように、信者達はこの教会で待ち伏せをしていた。

 

(クソッ、嵌められた。⋯⋯だが、姿を現したのは間抜けだったな)


 ナオトは不意打ち。『神人部隊』も同様だろう。しかし正面からの戦闘なら、今更その辺の現地人に負けるほどマサカズとユナは弱くないし、それは事実だ。もしここの信者達だけであれば、二人を殺すことはできないだろう。

 そう、()()()()()()()()()()()()


「私達は、私達の目的を邪魔するならば、人殺しを躊躇(ためら)うことはないのです」


「誰だ!?」


 教会の入り口から何者かが入ってくる。透き通り、聞く者全てを癒やすような、心地よい声の持ち主は、おそらく女性。逆光(ぎゃっこう)で詳しい外見は分からないが、シスター服を着ていることは分かる。


「誰だ、とは。まずはあなた達から名乗るべきでは? 私達の美しき教会に土足で踏み入り、更にはそのような常識のない態度を取るとは⋯⋯流石は魔女を女神として崇める狂信者ですね」


「誰だ、と聞いている!」


 マサカズは死に戻りができる。⋯⋯既に手遅れな事態だろう。今優先すべきは、少しでも情報を集めること。


「⋯⋯いいでしょう。無知で無識で無学なあなた達愚か者のその一つの願い事を、せめて死ぬ前に叶えてあげましょう」


 彼女は足音を立て、二人に近づく。逆光は消え、彼女の姿が完全に見えると、マサカズは思わず息を呑む。人としては最上の美女。モデルのような白い体と、清楚感のある顔つきに、シスター服はよく似合っていた。先程の丁寧な暴言も、彼女が言うとまるで正論のように聞こえる。それどころか、救済のようにも思えてしまう。


「私はシスター・リム。⋯⋯さあ、そのままお逝きなさい」


 リムに見惚れていて、マサカズは彼女が目の前までゆっくりと近づいてくることに気がつけなかった。気づく頃には既に手遅れで、その長く細く美しい指がマサカズの顔を撫でていた。


「⋯⋯」


 体が動かない。声すら出ない。呼吸さえもできない。なのに、苦しさは一切ない。それどころか安心感さえ覚える。

 怖いのに、死を目前にしているのに、それに抵抗することができない。洗脳にも似た現象を、この身で体験しているような気がする。

 ──やめろ。やめてくれ。殺さないでくれ。死にたくない。その手を退けてくれ。

 そんな願いが、そんな言葉が、一切口にできない。

 不安と安心がマサカズの心の中をぐちゃぐちゃに掻き乱し、精神が崩壊していくのをゆっくりと脳で、いや全身で味わう。ゆっくりと緩やかに徐々にじわじわと少しずつ次第次第に、マサカズは死を迎えていく。漠然(ばくぜん)とした死の感覚。それは肉体的ではなく、精神的な死。経験したことの無い死だ。

 正確な時間はわからない。ただ(なが)いということしか理解できずにいた。永劫(えいごう)にも思えたその時間は、マサカズの精神を殺すには十分過ぎた。

 精神の死亡は脳を殺すことに繋がる。外傷はないにせよ、これは脳死と同義。体は生きているものの、あくまでそれは無意識下での生存。それは人と呼ぶにはあまりにも非生物的であった。つまるところ、今のマサカズの状態は脳死。もっといえば植物人間だ。

 シスター・リムに触れられたマサカズは一秒もせずにその場に倒れた。


「マサカズさん!?」


 ──だが、時間は逆行しなかった。その事についてユナは考える余地もなかった。


「あなたもこの子の後を追いなさい。〈聖火(セイクリッドフレイム)〉」


 神々しき火がユナを焼く。普通の火のような苦しさはないことに恐怖を覚えるも、火は火。ユナの体はやがて燃えて、重度の火傷によって死亡する。


「さてと、死体は土にでも()めましょうか」


 シスター・リムは信者達にそう言って、教会の近くの墓地(ぼち)にここにある全ての死体と植物人間状態となったマサカズを埋める。やがて時間が経ち、マサカズの身体も死亡すると、ようやくその加護であり呪いの力は発揮された。


「──あああああああああっ!」


 過呼吸状態、冷や汗が彼の全身から止めどなく流れつづけ、立ってもいられなくなるほどに足は、全身は震えていた。言いようもない絶望的な死亡が、あの体がゆっくりと腐敗していく感覚が、あの終わりのない暗闇が、脳死状態で味わった全ての感覚が一気に彼の記憶として保管される。その膨大すぎる記憶に彼の生きた脳はシャットダウン──気絶という形で負荷を耐えようとするも、彼はそれを心で拒否し、無理矢理その意識を保つ。


「はあ、はあ、はあ⋯⋯。も、もう大丈夫だ」


 街中で急に絶叫(ぜっきょう)し、大量の涙を流して自身の首を彼は爪で()(むし)る。首からは少量ながらも出血し、手当をすべきだろう傷ができているのは誰が見たって気づく。彼は口では「大丈夫」だと言っているが、第三者から見れば大丈夫な(はず)がない。

 紳士淑女(しんししゅくじょ)が多いこの辺りで、怪我人が現れればすぐさま医者に連れていかれる。当然、自分で自分の首を掻き毟ったとはいえ彼も例外でない。


「お兄さんはやく医者へ。診てもらわないと」


 近くにいた、()()()()()()()紳士はマサカズに手を差し伸べる。しかし、マサカズは強く彼の手を退けてしまう。


「すっ、すみません! 俺は大丈夫です!」


 それは思わずの行動だ。マサカズは自身の行動に驚きながらも紳士に謝罪し、その場を立ち去る。紳士はマサカズに怒りを覚えることはなく、


「⋯⋯何かあったのだろうか?」


 それどころか心配さえしていた。


 ◆◆◆


「マサカズさん、何があったか話してください」


 『死に戻り』を知っているナオトとユナはマサカズに何があったかを問いただす。これまで、マサカズはその理由を述べることには何の支障も無かったのだが、


「⋯⋯教会で待ち伏せされていた。『神人部隊』は全滅だ」


 マサカズはその記憶を引き出しから出す度に、あの絶望を思い出す。その恐怖に彼は今も涙を流していた。それでもマサカズの知る全てを、なんとか二人に話した。


「⋯⋯だとすると、もう⋯⋯」


 前回はこの時間には教会に辿り着いた頃で、また今から三人の殺害が始まる頃でもある。


「ああ。もう手遅れだ」


 もしかすると、マサカズが『死に戻り』を発動した瞬間に向かえば、まだ間に合うかもしれない。しかし、今回は絶対に間に合わないことは容易に予想できる。


「⋯⋯それで、どうする?」


「どうするも、エスト達に合流するしかないだろ」


 あのシスター・リムはマサカズ達よりも強い。能力だけなら少なくともテルム⋯⋯もしかするとレイにも匹敵するかもしれない。そんな化物相手に、何の策もないマサカズ達は何も出来ないに決まっている。せめて弱点があれば、まだ何とかなりそうだというのに。


「⋯⋯ん?」


 そんな時だった。突如として爆発音が響く。それは街の中央付近で、ここからなら五分もあれば行ける距離だ。

 ──何か嫌な予感がする。そう思った三人は、すぐさまそこへ向かう。


「⋯⋯そんな⋯⋯バカな」


 爆発音がしたところに向かうと、そこに居たのは金髪ロングの美少女と短い金髪で蒼い目の男だった。そして、地面には赤髪の少女二人が倒れていた。


「おや。仲間ですか?」


「キミ達!? 早く逃げるんだ!」


 金髪ロングの美少女──エストは明らかに焦っていた。


「エスト! ロアとメリッサに何があったんだ!?」


「──死んだ! コイツに殺されたんだよ!」


 その事実に、マサカズ達は絶句する。

 ロアは魔女で、近接戦闘が得意だ。メリッサはマサカズ達にも及ばないが、この世界では強者の部類だ。そのうえ、エストという魔女の中でも最強クラスの存在がいて──二人はたった一人の、()()()()に殺された。


「〈重力操作コントロールグラビティ〉!」


「無駄ですねぇ⋯⋯。今のお前の魔法は私には通じません」


 男はエストの魔法に抵抗(レジスト)し、十字架の剣を構える。


「魔女は死ぬべきなんです。なので、さっさと殺されてください」


 再戦時のケテルよりも、男の身体能力は高いように思えた。十字架の剣はどうやら神聖属性を纏っているようで、エストに付けられた傷からは蒸気のようなものが発せられていた。


「くっ⋯⋯」


 ──エストの体の動きが、妙に鈍いような気がした。


「〈次元断ディメンショナルスラッシュ〉!」


「だから⋯⋯無駄だと言っているでしょう?」


 男はエストの魔法攻撃を簡単に弾く。


「どうして⋯⋯?」


 エストは自分の体の異変に気がつく。


「ようやく気が付きましたか」


 そして彼女は苦虫を噛み潰したような顔をして男を睨む。そこにはとんでもない怒りがあった。


「結界⋯⋯!」


「正解。⋯⋯魔族の力を著しく低下させる結界。結界内にいる時間に比例して、力はどんどんと弱くなっていく⋯⋯ここへ来た時点で、魔女であるお前は負けが確定していたんですよ」


 男は十字架の剣を大きく振り上げる。当然対象は白の魔女、エストだ。それをマサカズ達はただ見ることだけしかできなかった。

 振り上げられた剣がエストに当たるよりも先に、マサカズの意識は飛んでいた。それはおそらく記憶喪失。エストでさえも殺されてしまったという、絶望から来るものだろう。


「っ!」


 ()()()は痛みはなかった。気絶したあとにあの男に殺されたからだろう。だから今回は発狂せずに済んだ。


「⋯⋯ナオト、ユナ、話は走っている最中にする。今は教会に向かうぞ」


「え? わ、わかった」


 『神人部隊』を見捨てて、エスト達と合流するとエスト達はあの男に殺される。


(バタフライ・エフェクト。もしそれがあるならば⋯⋯)


 小さな事が、後の事に大きく干渉(かんしょう)する用語。本来の意味とは違う使い方かもしれないが、比喩(ひゆ)のようなものだ。


(できることは全てやる)


 三人は、オリンピック選手よりも早いスピードで、これから教会へ行こうとする『神人部隊』の所へ向かった。その現象が、エスト達の生存に繋がると信じて。

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