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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−127 人間vs死神Ⅰ 〜奇襲開戦〜

 ノーワによって集められた人たち──アベラド、ルーク、クルーゾ、ヴェルム、アリサ、ウーテマ、モーリッツ──他の人物も合わせ、二十数名。彼らはエストの屋敷の会議室に居た。

 集められた理由は彼らが代表者であり、また、たった一つのシンプルな目的のため。


「──これから、『最終攻防作戦』を考案します」


 三日前、『死神』によって宣言された『ホルース』への襲撃に対応するための会議が始まる。

 時刻にして午前九時。予定終了時刻は未定である。それほど切羽詰まっているのだ。


「手元の資料をご覧下さい」


 皆の目の前の机の上には資料が幾枚か重ねられている。一番上には敵戦力の報告のまとめが綴られている。

 内容は信じ難く、また信じたくないものばかりだ。創作物の方がまだ現実を見ていると言っても過言ではない。


「相変わらず考えたくないものばかりだ」


 アベラドがそう弱音を吐いた。公国随一の天才が匙を投げたくなる報告である。


「でもやらなくてはならないです。あなた様はそんなこと言ってはなりません」


 そんなアベラドに一喝するようにノーワが言った。


「お主、仮にも大公である我によくそんな口きけたな」


 二人のやりとりで場の緊張は少し和らいだ気がした。


「⋯⋯だが正論だ」


 アベラドは小さく呟いた。それから少し考えるような素振りを見せる。勿論、他のメンバーも報告を睨みながら頭を必死になって回転させ、突破方法を考えた。が、やはり一番早く重くなった口を開いたのはアベラドだった。


「⋯⋯例の魔女は」「──エスト様です」


 素早い指摘にアベラドは「こほん」とわざとらしく咳をしてから続ける。


「エスト殿は『死神』の五体と交戦した。うち三体は殺害済だが、残り二体には逃走された」


 初遭遇かつ多大な被害を齎した一体。前戦士長並びにノトーリス家の生き残りを殺したもう一体の『死神』だ。そこに現れたエストと戦闘を広げるも逃げることに成功した。

 戦闘跡の復旧に回せる人材はないため、そこは更地のままである。


「是非ともそんなに強い『死神』は二体だけだと考えたいが⋯⋯」


 支配者、頂点に立つ者に必要な技能は数多くある。中でも重要なものの一つを挙げるとするならば、それは最悪を想定することだ。

 ルークの口癖の『最悪は想定できないから最悪だ』を真正面から否定し、その上で最悪を想定できる能力を持つのがアベラドという男である。


「そんなことはない。断言できるな。根拠も勿論ある」


 そう言ってアベラドは自分の考えを説明し始めた。


「まず、奴らの首魁はその二体より強い可能性は高い。聞いたところによればエスト殿と殺し合いができたそうだ」


 ヴェルムとの戦闘後の話だ。本当に少しの間だったが、それを見ていた彼は正に次元が違うと感じた。


「次。奴らの目的だが、二つある。一つは人の魂を刈り取ること。もう一つは『殃戮魔剣』を奪う事だ」


 前者はまだ理解できた。死神とは種族名のことだ。種族としての死神は人の魂を刈り取り、力を得る。魂喰らい(ソウルイーター)と違う点は肉体まで消化することだ。端的に言ってしまえば、死神(グリムリーパー)は生命の全てをを喰らう化物である。⋯⋯と、文献には記されている。

 ただ問題は二つ目だ。


「魔剣を奪う? ⋯⋯それが使えるのはヴァレンタイン陛下だけでは?」


 クルーゾは即座にアベラドに聞いた。魔剣の詳細も知っているからこその質問だ。


「ああそうだ。真の意味で使えるのは我だけだ。少なくとも我が知る範囲ではな。⋯⋯だが」


 アベラドは『殃戮魔剣』の柄に手を掛け、目を細めた。それも一瞬で、すぐにクルーゾの方を向いて質問への回答の続きを答えた。


「⋯⋯人も同じだろう? 脅されれば従わざるを得ない。『殃戮魔剣』も一緒だ。自分より遥かに上の魔力を持つものには逆らえない。そうだな⋯⋯あのエスト殿のような魔法使いであれば完璧に支配されるらしい」


 魔力差が小さければそれだけ反抗──気を抜いた瞬間を見計らって崩壊の力を発動させるなどはできるものの、普段は抑圧される。


「なんであれ、そのエスト殿を上回るとは言わずとも匹敵、対抗し得る戦力が『死神』たちには居る。ならば『殃戮魔剣』を制御できる者がいてもおかしくない」


「だから『死神』たちはこの公国を襲った⋯⋯ということか」


 グーラから直接この話を聞いていたウーテマは、ようやく納得できた。

 そして同時に恐ろしい事実が露呈したことも察した。


「⋯⋯それって、もし魔剣が渡ったら」


「ああ。この魔剣は容易に国を滅ぼす。『殃戮魔剣』はその性格上、そういった使い方をさせてくれない。我の言うことを全部聞くわけではないからな。まあそれを本当に願っていればまた違うんだろうが⋯⋯ともかく、従わせられてしまえば、国滅ぼしなど朝飯前だ」


 死神が生きるためにすることは生命を消化することだ。それは殺しさえすれば達成される簡単なもの。崩壊の力によって国一つを滅ぼしてしまえば、当然そこでは大量の生命が終わりを迎える。死神からすれば食べ放題の店となるわけだ。


「そこで、だ。前置きが長くなったな」


 アベラドは悪巧みをしている表情になった。しかし今は何よりも頼もしい顔だ。


「利用してやるんだ。『殃戮魔剣』が狙いなら、それを餌にする。そして逆に殺してやるんだ」


 それからアベラドは彼の作戦を事細かに説明した。全部聞き終わった時、ノーワは思ったことがある。


「バカと天才は紙一重⋯⋯ですね」


 その作戦はあまりにも上記を逸していた。まず、誰もが考えなかったことだ。なぜならば実現性が限りなく低いから。しかし、アベラドは違った。凡人と違った。

 彼のような天才と凡人の決定的な差の全てが発想や考察力ではない。最も異なるのは行動力だろう。


「⋯⋯では、その作戦で行きましょう」


 その後も細かく作戦や、どう動くかを決めていた。全てが終わる頃には日は完全に落ちていることだろう。

 だが彼らの目に絶望はない。上手く行けば全て終わる作戦に、希望を持っているからだ。


 ◆◆◆


 昼頃。朝から続く会議もしばらくは休憩だ。熱の篭ったモノは正常な働きをしない。頭ともなれば顕著にパフォーマンスの低下が見られる。

 クールダウンと食事の為に皆が席を立ち、その場から一時退室しようとした時だった。


「なんだっ!?」


 誰かが、いやその場に居た全員が叫んだのかもしれない。

 突然、地面が揺れた。揺れは一瞬にして最大となり、立つことさえままならない。机や椅子などの家具類はカタカタと音を鳴らし、ものによっては横転している始末だ。

 地震であればしばらくすれば収まる。この地震も二十秒ほど続いたばかりだ。

 しかし、そこに安心していられるわけではなかった。これはただの自然災害ではなかったのだ。


「⋯⋯来た」


 いち早く、誰よりも先に窓の外を見ていたアベラドは呟いた。彼の瞳には真っ赤な炎が──『ホルース』を囲むように立ち上がる炎の壁が反射していた。

 そうだ。『死神』たちが襲来した。やはり奴らには時間を守るという概念が存在しなかった。予定より遥かに早い襲撃だ。

 が、アベラドたちは『死神』の言うことを信じる愚か者ではなかった。いつ何時であろうと、万全の体制を整えるべく兵士たちを動員させている。

 アベラドは懐からスクロールを取り出した。それは燃え消えて、代わりに魔法陣を展開させる。緊急用の連絡魔法だ。


「我、ヴァレンタイン大公の名の元、貴殿らに命ずる。──今より作戦開始っ! 皆の者、死力を尽くし我らが祖国を守り給えっ!」


 多くの声による返答が、魔法を通じてアベラドに届いた。それにて通話は終了した。


「陛下」


 アベラドにヴェルムが話しかける。要件は口にしなかった。それでも、その態度が言っていた。

 彼は目を瞑る。そして少しだけ目を開け、口を開いた。


「ああ。⋯⋯全て、完璧に用意できたわけではない。まだまだ考えて、策を練るべき段階だ。が⋯⋯」


 皆の注目を集めるアベラド。彼こそこの国の統治者にして、この最悪の事態に巻き込まれた公国を救う一人の名だ。


「やらねばならない時がある。それが今だ」


 彼は目を見開いた。活力と、気力と、怒りと、そして決意が感じられる。


「これからの戦いにエルティア公国の命運が掛かっている! 全てがこの戦いによって決まる! 負けることは断じて許されない。降伏など以ての外だ。我らエルティア公国民有るうちは、『死神』が我らの祖国を滅ぼすことはさせないっ! 我々が『死神』たちの死を与えてやろうではないかッ!」


 アベラドは『殃戮魔剣』を鞘から抜き取り、それを掲げる。


「皆の者! 我に続け! そして我らが怨敵、『死神』を討ち滅ぼすのだッ!」


 その場に居た皆が己が武器を強く握った。今この瞬間から、公国史上最大で、命運を決める大戦が始まるのだ。

 

 ◆◆◆


「うわああああ!」


 『ホルース』は現在、酷い混乱状態にあった。

 都市内部に避難していた人たちは、突然の『死神』の襲撃によって逃げ惑う羽目になったのだ。既に兵士の幾らかが対応に出兵した。しかし焼け石に水だ。『死神』にとっては雑兵どころか一般人にも等しかった。


「⋯⋯弱い者いじめがこんなにも面白くなくなったのは、いつからだったか」


 空中に数多の武器を創造する。そして操り、逃げて逃げて逃げる人間たちの背中を突き刺す。稀に立ち向かって来た者──兵士、一般人に関わらず──でも正面から撃ち抜くだけだ。

 おそらく昔の彼──サンタナならばこれを愉しんだだろう。だがツェリスカと出会ってからはそんな事なくなった。


「退屈だ。⋯⋯そう思っていたのだがな」


 今はイーラと名乗っている彼は目の前に現れた男を見てそう言った。


「お前がヴェルム・エインシスか」


「そうだ」


 ヴェルムは剣を握ってイーラと対峙した。


「その心意気やよろしい」


 ヴェルムの持つ剣によく似たものをイーラは創造した。それは模造品である。しかしその模倣品は本物より硬く、そして斬れ味も良い。


「だが⋯⋯一人で俺と戦うつもりか?」


「⋯⋯⋯⋯」


「だとすればとんだ大馬鹿者だ。勇敢ではなく、蛮勇というものになるだろう。つまり」


 イーラは周りを確認する。が、死体やまだ殺していない人間以外見当たらない。

 そう。見当たらないだけだ。


「──バレた」


 イーラが剣を飛ばした先から一人の少女が出てきた。彼女は武器も何も持っていない。かと言って魔法杖も持っていない。勿論、拳闘士というわけでもないようだ。


「となれば、例の魔法使いか」


 カルテナ、ベルゴールが言っていたアリサと言う魔法使いだ。人間で第十階級魔法を使えるのは、現代には彼女を除き居ない。


『第十階級魔法は、私も人間の時に使えた。でもそれが普通だとは思わないね。だから⋯⋯』


 イーラはエストの言葉を思い出す。


「──お前は危険な存在だ」


「⋯⋯そう」


 『死神』ではなく、魔王軍の一員、世界を救う一員としてアリサの力は非常に有用だ。ここで殺すには惜し過ぎる。

 殺さないようにしなくてはならない。


「なら、あなたを殺すことができるってことですね」


 アリサは右手の平をイーラに向けた。そこに赤い魔法陣が展開される。すると魔法の矢が射られた。

 〈魔法矢〉は魔力消費が少なく、確定命中の性能を持つが低階級の魔法だ。その階級としては十分な火力を持つし、魔法使い本人の魔法攻撃力に応じて上昇する。

 しかし、イーラのような上位者には致命傷を与えられない。何百発と叩き込んで、ようやく動き辛くなるぐらいだろう。

 ではアリサの魔法能力は低いのか? 


「否。小癪な」


 〈魔法矢〉の数は当然のように複数本。必要以上に煌めき、一つに束なって飛来している。まるで前が見えない。視界を妨害しているのだ。


「横」


 ヴェルムがイーラの右脇に突っ込んてきた。剣を構え、振り払おうとする直前。予備動作は終了していた。

 普通ならば反応できない。だがイーラは違う。寧ろ遅いとさえ感じたほどだ。


「何度やっても無意味だ」


 やけに弱く、やけに遅い剣をイーラは抓んで受け止めた。直後、ヴェルムは手から剣を離した。そして拳をイーラの顔面に叩き込む。

 速かった。しかし予測できていたことだった。問題なく拳を受け止め、対処した。


「しかし悪くない。だからこそ正面から来ると良いぞ」


 背後にアリサが居るのだろう。気配を感じる。イーラに魔力感知能力はない。が、勘のようなものが働いて魔法行使のタイミングを掴めるのだ。これは高位の戦士に限らず、魔法使いにも共通している特徴だ。


「〈剛風拡散弾ストーム・スプレッド・ショット〉」


 高圧射出された風の拡散弾がイーラを後方から撃ち抜いた。

 しかしそれはイーラの肉を穿つことなく、爆ぜる。反射的に展開される防御魔法によって防がれたのである。


「魔法⋯⋯」


「お前のような存在、そして魔女が居ると分かっているのだ。魔法対策を疎かにするわけがない。徹底的に装備を整えるものだろう?」


 イーラはヴェルムをあしらいながら会話を続ける。それだけ余裕があるということだ。

 全く、彼我の実力差には大きな開きがあるようだ。


「さて、どうする? お前たち人間は、この状況をどう打開する?」


 少なくともこのまま戦えば負ける未来が見える。どうにかする方法は既に一つに絞られていた。いや、元から分かっていたことだ。

 最初から提示されていた決断を、今するだけ。後のことを考える余裕はヴェルムにはなかったのだ。


「⋯⋯そんなに見たいのなら見せてやる」


 ヴェルムは自らの奥義たる戦技を詠唱する。そしてそれを見たアリサも、自分のリソースを全てこの戦いに注ぎ込むことにした。例えこの後、動けなくなったとしても。


「〈天地葬灼刃〉っ!」「〈暴風雨(テンペスト)〉っ!」

 新生活が始まり、ドタバタしていると気付けば夜。慣れない生活に執筆する余裕がありませんでした。

 しかし一週間が経過し、少しずつ新しい環境に慣れつつあります。今まで以上に忙しくなるので、もしかすれば投稿頻度はより遅くなるかもしれませんが失踪する気はありませんのでご安心ください。

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