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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−122 ウーテマ・ニコライツェ

 城から飛び降り、地面とキスをする直前、そこに風が発生してウーテマたちの体は少しだけ滞空した。お陰で衝撃は殆どなく済んだ。


「よ、よかった⋯⋯」


 落下を軽減する風魔法の行使などしたことがなかったから、無事成功してアリサはほっと胸を撫で下ろした。

 他三人もこの高さから落ちて無傷でいられていることが信じられない。安心した、といった顔を浮かべている。しかし、


「まだ安堵するには早いぞ。見ろ」


 アベラドが指を差した方向──彼がぶち開けた穴から、下を覗く黒の教団員が居た。そして、飛び降りる。


「分かってはいたが⋯⋯本当にやるとは」


 最初に降りた教団員はものの見事に潰れた。足が曲がってはいけない方向に曲がり、血が四方八方に飛び散った。高さが高さだから死んではいないが、おそらく死んだ方がマシな激痛を感じていることだろう。

 だが、何より怖いのはこれからだった。


「狂ってる⋯⋯!」


 アリサは言う。いくらなんでも、これほど自分の命を軽視し、投げ捨てるなんて人のすることではない。


「早く逃げますよ!」


 衝撃的な光景を見せつけられて唖然としているアリサを、モーリッツが叫んで現実に引き戻す。


「はい! 〈風吹きウィンド・ブロウイング〉」


 五人の体が風に乗せられて空に飛ばされる。上昇は続けられるが、そのまま落ちてしまうだろう。が、そこで〈集団標的・飛行〉を行使した。


「このまま逃げ切れば⋯⋯」


 ノーワは現状況下がかなりの幸運の元にあると考えていた。特にあの灰色のジャケットを着た男が追いかけてきていないのは幸いだ。いや、不自然とも言える。

 先回りされていることを考えておくべきかもしれない。だが空中に居るのなら滅多な事では追い付かれないだろう。

 それこそ、撃墜されない限り──


「⋯⋯え」


 先頭を飛行するアリサはあり得ないものを見た。なぜなら、目の前に人間が突然現れたのだから。しかも魔法も何も使っていない様子だった。

 高度はあの二階より高い。飛行スピードも全速力の馬並だ。追いつくだけで困難なのに、ただの跳躍でこの高さまで来るなんて信じられない。

 教団員とは違う黒のローブに身を包んだ男。感じる威圧は他を凌駕する。明らかな強者だ。

 跳躍の風圧によって靡いたフードから、少しだけ見えた真っ赤な目に黒の瞳。その目はアリサの目と合った。

 ──殺される。そう確信した。


「アリサっ!」


 男が右手をアリサに向けた瞬間、二人の間にウーテマが入り込んだ。アリサを庇うように。短剣で男の首を刈り取ろうと振りかぶるが、


「──っ!?」


 その時、ウーテマの右腕が消し飛んだ。ズタズタに──噛み千切られたような腕の断面から血が吹き出る。

 魔法陣がないから魔法ではない。詠唱していないから戦技でもない。ウーテマの右腕を消し飛ばしたのは、生まれ持っての異能、能力と呼ばれる力。

 ノーワは確信した、この男は⋯⋯『死神』の一人であると。

 自由落下を始めた『死神』は、ウーテマの足を掴んだ。そして恐ろしいことに腕力だけで彼女を投げた。

 アリサの魔法効果範囲は広いが、それでも百メートルを超えれば途端に弱くなり、二百メートルにもなれば完全に消失する。

 流石に『死神』でも二百メートル投げることはできなかったが、それでもアリサの魔法効果が著しく弱くなった。

 いや、それは些細な問題だ。問題は別にある。


「ウーテマさんっ!」


 腕を引き千切られ、百メートル先に一瞬で突っ込む程速く投げ飛ばされたウーテマに意識を保つことは不可能だった。

 彼女はこうなることを予想したはずだ。否、だからこそこの選択を取った。

 魔法使いであるアリサが死ぬことは最も避けるべきことだ。そしてあの場でアリサを庇えるのはウーテマだけだった。

 合理的な判断と言わざるを得ないだろう。彼女の選択は間違っていなかった。


「⋯⋯どうしたものか」


 着地した『死神』──暴食(グーラ)は呟く。飛行魔法を使っていたアリサを殺すべきだったが、ウーテマに防がれたことによってこのままでは逃げられるだろう。

 より高度を上げられれば、そこまで跳躍することは難しい。スピードも無理してでも上げれば、追いつくことはほぼ不可能となるだろう。

 先の攻撃は不意打ちだから成り立ったのだ。警戒されてしまえば通用しない。


「仕方ない。とりあえずあの女にトドメを刺すか。あれは⋯⋯危険だ」


 刹那で状況を判断し、自らの命を以て最善を尽くす。そんな敵を生かしておく道理はない。

 グーラは歩いてウーテマの所に向かった。そして地面に仰向けになって、意識を取り戻した彼女の元に辿り着いた。


「⋯⋯『死神』に殺されるとは。私に相応しいな」


 ウーテマは吐き捨てるように言った。そして目を閉じた。


「抗わないのか?」


 無言で殺されると思っていたが、思わぬ言葉にウーテマは少しだけ目を開け、そして返した。


「はっ。この体を見て言え。利き腕を無くし、全身ボロボロ。小指一つ動きやしない。抗うも何も、動けないんだ」


「そうか」


 グーラは右掌にある獣の口をウーテマの方に向ける。これで後は意識するだけで、ウーテマの頭を喰らい、彼女を即死させられる。


「なあ。最期に聞きたいことがある」


 ウーテマは駄目元で質問した。答えることなく、殺されるものだと思っていたが『死神』は優しいらしい。


「なんだ」


「お前たちの目的は何だ? 何で、この国を襲った?」


 グーラは黙った。それは答えないという意志の表れではなく、ただ単に答え方に迷ったようだった。しかし、しばらくして彼は答えた。


「『殃戮魔剣』を手に入れるためだ」


 フードに隠れてよく見えない顔だった。しかしその瞬間だけ赤い二つの光が灯った。


 ◆◆◆


 ウーテマ・ニコライツェという名前には由来があった。

 この名前は彼女が好きな物語の主人公、女騎士の名前が元になっている。そのままではないが、彼女がそれに影響を受けたことは確かだ。

 彼女は元々貴族出身だった。物語に影響されて、女ながら冒険者顔負けの剣技こそ身につけていたが、他は年齢相応の女の子だった。

 十六歳の頃、ある大貴族の息子と結婚することになった。政略結婚ではあったが、相手とは順風満帆な新婚生活を送った。

 十七歳の時、第一子を授かってからは夫婦の仲はより良くなった。しかし同時に彼女の父親の体調が悪くなっていった。

 父親の体調悪化を皮切りに、彼女の兄弟もそうなった。唯一、彼女だけは健康そのものであった。

 最初は何もおかしいと思わなかった。でも母や兄たちまで体調が悪化したとなれば、流石に疑わなければならなかった。

 彼女は嫌な予感を覚えて一人だけで調べた。すると、家族に出されていた食べ物に毒が混入されていることが分かった。その頃から彼女も、自分に出された食事は食べないようにした。食べたとしてもすぐに吐き出すようにした。体調悪化を偽って。

 もっと調べれば、毒を混入したのが結婚相手の家族だとわかった。しかも家族ぐるみだ。結婚相手もそうだった。

 その後はよく覚えていない。ただ、気がつけばそこには死体がいくつもあったことだけだ。

 血塗れの腕で子供を抱え、雨が降る中、孤児院の玄関前に置いていった。自分に育てる権利はないと思ったからだ。

 彼女はそれから生きるために貴族専門、より言えば汚職疑惑のある貴族や有力者専門の盗賊を始めた。最初の盗賊行為は思っていたより上手く行ったことを覚えている。その成功体験が彼女を成長させた。

 時には人を殺すことだってあった。それでも生きるために日々、人の物を持ち去った。自分に扱いきれない分は貧困者に与えた。

 精一杯の罪滅ぼしのつもりだった。彼女は自分の生き方が正しいとは思っていなかったからだ。

 しかし、そんな生活は長くは続かなかった。ある日、嫌になったのだ。こんな生き方は嫌だ、と。もうこのまま死んだ方がマシだ、と。

 だからいつもは絶対にやらない痕跡残しをしたり、足音を鳴らしたり、さっさと逃げなかったりしてわざと捕まった。

 その時に何人か、兵士を殺した。そこまですれば死刑になると考えたからだ。

 だが、死刑にはならなかった。殺したと思っていた兵士は重傷にこそなったが、命までは奪われていなかったのだ。無意識のうちに手加減してしまっていたのだ。

 重い刑罰こそ課せられたが、やってきた犯罪にしては軽かった。

 それからは何も考えずに日々を刑務所の中で過ごして来た。あの、近衛兵団の副団長がやってくるまでは。

 そこで彼女はもう一度、やり直したいと思った。今度は自分のためだけではなく、誰かの為、人の為に生きたいと願った。


 ──その結果、死ぬとしても。


(⋯⋯死ぬの、早いな。もっと人の為に何かしたかったが⋯⋯)


 死の間際。やけに時間が遅く流れている。でも体は動かない。ここから生きながらえる術はない。


(それでも、構わない。これで少しでも国の為に命を使えたのなら⋯⋯)


 もう覚悟はできていた。あの場で協力を断っていたとしたら、後悔して死んでいただろう。だが今は違う。

 自分の意志、自分の信念に従って彼女は今ここに居る。なら死ぬことは怖くない。


(でも⋯⋯。⋯⋯ああ、会いたかったな、レオ)


 六年前、孤児院に置いてきた子供の名前だ。名札も子供と一緒に置いていったはずだ。

 ウーテマの唯一の心残りは、息子のレオにもう一度会いたいことだ。しかし、今更会ったところで覚えているわけがないし、犯罪者が親だと知られるわけにもいかない。

 会わないことが良いのかもしれない。それでも会いたかった。

 どちらにせよ、もう会えないが。


(⋯⋯エルティア公国に)


 死が迫って来ていることを感じる。直前、ウーテマ・ニコライツェは祈祷する。


「勝利があらん事を──」


 ──魔法陣の起動音がした。


「──〈剛風欧撃(ゲイル・ストライク)〉ッ!」


 グーラの体が吹き飛んだ。そのまま森に突っ込む。どうやら木に当たったようで、グラリと木々が揺れる。

 現れたのは一人の少女だ。そして彼女だけではない、逃げたはずの四人全員、そこに戻った。


「なっ⋯⋯何で⋯⋯!」


 自分が命を懸けてまで稼いだ時間だと言うのに、それを無駄にしてここに居る。

 どうして、という疑問が絶えない。自分なんか見捨てて、逃げればよかった。そう思った。


「誰かが死ぬを見過ごせないからです! それが私を、私たちを助けてくれた人ともなれば、見捨てることなんてできませんよ!」


「⋯⋯っ。馬鹿⋯⋯」


 モーリッツがウーテマに近寄る。


「⋯⋯なぜ許した。お前なら正しい方が分かるだろう」


 年長者であるモーリッツならば、アリサに現実を教えることができたはずだ。この選択が希望に縋ったものであると。


「私たちは命の手綱に逆らえませんよ。⋯⋯まあ、逆らう気もなかったのですが」


 モーリッツが治癒魔法を行使する。同時、アリサが吹き飛ばしたグーラが森の中から歩いて来る。

 治癒魔法は即効性のあるものとないものがある。当然、後者の方が治癒力は高いがその分時間がかかる。モーリッツの腕でも、その効果が表れるには一分程度かかるだろう。それまでウーテマは動けない。

 危機的状況には変わりない。その上、ウーテマを守りながら戦うことは困難を極める。


「⋯⋯治癒魔法。それが終わるまで待ってやる。この俺に一撃食らわせたことに免じて、な」


 グーラは彼らの強さに感心した。ラックスリアから聞いていた「第十階級魔法を扱える少女」は勿論、その他のメンバーも人間としては最高峰だ。


「⋯⋯それはどうも」


 グーラは腕を組み、仁王立ちした。その間、モーリッツは治癒魔法に励む。

 一方、ノーワ、アリサ、アベラドは作戦会議に時間を充てていた。


「で、助けたはいいけどどうやって逃げるの?」


「陛下以外のメンバーでアレの動きを止めて、魔剣で殺しましょう」


「逃げる方法聞いたのに殺す方法が返ってくるとは思わなかった。⋯⋯でも逃げるよりは潰した方が確実、ね」


「陛下はどうですか?」


 アリサよりアベラドの方が賢いだろう。戦術面に関してもそれが言えて、彼女はこの作戦に不備がないかを聞いたつもりだった。


「仮にも国のトップを戦闘に参加させ、重要かつ危険な役目を与えるとは」


「ご、ごめんなさい」


「──全く、面白い。そういう気の強い所はヴェルムと言うよりは母親に似たな」


「⋯⋯え?」


「その役目、このアベラド・マテュー・ハイゼンベルク・ヴァレンタインの名に誓って引き受けよう。⋯⋯だが、その作戦だと、アリサ・エインシス。お主の働きが最も重要であると知れ」


「だね。ま、その分私たちがサポートするから、安心して詠唱して、確実に成功させてね」


「⋯⋯はいっ!」


 作戦会議も終了だ。ウーテマ、モーリッツにもこの事を伝えて、後はウーテマの治癒が終わるのを待つだけとなった。

 そして時が来た。治癒魔法陣が緑色の光を残し、消え去った。


「⋯⋯お前たちから来ると良い。俺を倒せるものなら倒してみせろ」


 ノーワ、ウーテマ、アリサ、モーリッツ、アベラドとグーラの戦いが始まった。

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