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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第二章 魔女殺しの神父
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2−1 事の発端

 花粉症持ちの私には辛い時期になってきました。

 ──滅ぼさなくてはならない。

 こと人類において、魔族というのは有害な存在である。通常の動物よりも多くの魔力量を有する魔獣がその一例と言えるだろう。

 人間は弱小な存在だ。亜人や異形種のように特筆すべき能力もなければ、知能もさしてない。だがそんな彼らが今日(こんにち)まで絶滅せずにいられたのは、その弱者ゆえの知恵があったからだ。しかしながら、それでも人間はやはり弱い存在だった。

 そんな中、ある日突然とんでもない力を持つ人間達が現れた。それが何故なのか。理由を知るものは少ないが、人々はそんな彼らのことをこう呼んだ──『神人』と。


「必要以上に近づかないように。いくら拘束していても、相手は魔女です。あなた達では対処できないでしょうから」


 短めの金髪に(あお)い瞳の、三十代後半の神父服を着た男は、部下にそう忠告する。

 地下の牢獄(ろうごく)には、一人の青髪の美しい女性がいた。両手を魔法がかけられた鎖で壁に拘束(こうそく)され、布で魔法の詠唱が出来ないようになっている。なのに神父服の男以外は全員、彼女──青の魔女、レネに恐怖を覚えていた。

 それもそのはずだ。一人のチャラけた男がレネに近寄った瞬間、その男は反対側の壁に叩きつけられた。無詠唱化された魔法によるものだ。しかし、魔法の鎖とある影響が重複(ちょうふく)し、さらに無詠唱による魔法の行使であるため、その魔法の効果は非常に弱くなっているので、叩きつけられた男は気絶していたが、なんとか生きていた。


「⋯⋯魔女、私達はお前を殺したい。しかし、お前には、今は生きていて貰わなくてはいけないのです。⋯⋯自殺なんて考えないでくださいよ?」


 そう言われなくても、レネは自殺なんてする気はなかった。おそらく生きていて貰いたい理由はエストとロアを(おび)き寄せるため。


(⋯⋯(わたくし)が自殺をすれば、彼女達──いや彼女は何をしでかすか、わかったものではありませんしね)


 彼女が自身をどう思っているかを、レネはよく知っている。母親を失った彼女が、姉のような存在のレネまで失ったらどうなるか。


(今度も大丈夫とは限りませんし⋯⋯)


 ()()は何とかなったが、今回もそうであるとは限らない。レネが恐れているのはこれである。

 硬い扉が閉まり、部屋は真っ暗闇になる。


 ◆◆◆


「〈重力操作コントロールグラビティ〉」


 白髪の彼女を中心とした半径100mの範囲の重力が大きくなり、空間に(ゆが)みが発生する。術者である彼女には一切の影響が出ないようになっているが、範囲内に存在していた赤髪の少女はその効果をモロに受ける。


抵抗(レジスト)が出来ない!?」


 同格であるはずなのに、魔法が抵抗(レジスト)できない事にロアは驚愕(きょうがく)する。


「いや、できているよ。だって潰れていないでしょ?」


「動けないし痛いんだけど!?」


 範囲内の重力は普通の約1000倍。やろうとすればもっと倍率を高くできるのだが、魔力消費量が多くなるだけだし、ロアを殺してしまうことになるだろう。

 地面がゆっくりと沈没(ちんぼつ)して行くのを確認すると、エストは魔法の効果を終了する。


「少し久しぶりで、(たかぶ)ってしまっただけだよ。謝るね」


 まるで反省する気のない顔で謝られるのがここまで頭にくるのだと体験したロアは、エストに向かって回し蹴りを繰り出す。それは腕によってガードされたが、ダメージは入った。


「⋯⋯それで、ロアに渾身(こんしん)の魔法をブツけてストレスは発散できたのか?」


「⋯⋯まあ⋯⋯少しは」


 エストはロアの優しさに漬け込み、思うがままに魔法を行使した。口ではこうだが、実際はかなりマシになっただろう。しかし、それでも未だ(はらわた)は煮えくり返っている。


「⋯⋯終わったか?」


 そこで王より招集されたマサカズ、ナオト、ユナの三人が戻ってくる。目の前の惨状(さんじょう)から事を理解し、そう問いかけた。


「ええ」


 二人の魔女の背後にあったはずの丘が無くなっていることに驚くには、三人の感覚はあまりにも麻痺していた。


「⋯⋯じゃあ、手短に何があったかを話す」


 マサカズはなぜ王に招集されたか、そしてそこで何と言われたかを二人に共有する。ある程度は察しがついていたのでスムーズに話は進んだ。


「敵は帝国の教会ね。⋯⋯納得がいくよ」


 王国の隣国、ガールム帝国の有名な聖教会。王国と帝国の仲はいつ戦争が勃発(ぼっぱつ)してもおかしくないくらいには悪く、王国に敵対行動を取ったって何も不自然はない。


「だとすると、あの男は神父サンデリス?」


 ロアの言葉に、エストとナオトは頷く。


「多分ね。魔族淘汰(とうた)を掲げている教会の神父⋯⋯只者じゃないと思っていたけど、まさかここまでとは」


 さてどうやって殺すか。エストはそれについて思考を巡らせ、残虐な処刑方法を一秒以内に何百も思いつく。それと同時にマサカズらの話の危険な存在についても色々と考える。


(神人。⋯⋯ただの噂ではなかったわけね)


 王国軍の秘密部隊『神人部隊』。力は計り知れないが、少なくともマサカズ達と同等以上であるらしい。


「⋯⋯あの、話し合うならここじゃなくて、屋敷でしませんか?」


「⋯⋯そうだね」


 そろそろ冬も終わる頃であるとはいえ、日が沈めばまだ寒い。五人は主の居ない屋敷に向かう。

 いつもの如く赤髪のメイドは紅茶を出す。彼女はまたいつもの如く、この部屋から無言で退室するかと思いきや、珍しくエストに声をかけた。


「⋯⋯エスト様」


 要件を話すのは、相手が返事をしてから。赤髪のメイド──メリッサはレネの従者であると同時にエストの従者でもある。


「何?」


 勿論、これを無視したりする理由はない。レネを攫われたことへの恨みではないかとエストは思いつつ、彼女の話を聞く。しかし、メリッサが言ったことはエストの想像とは全く異なる事であった。


「私をレネ様の救出に同行させて頂けませんか?」


「⋯⋯それは」


 正直、許せない。もしメリッサを死なせてしまえば、レネにどういう顔を見せれば良いか、分からないからだ。


「⋯⋯危険は承知です。しかし、私は主の身すら守れなく、そのうえ主の救出もエスト様や他の方々に任せるのは、レネ様の従者として失格です!」


 今のメリッサは、感情の起伏(きふく)が殆ど無く、常に無表情であった普段の彼女からは想像もできないほど感情的だ。

 メリッサにとってレネとは仕えるべき存在であり、また──創造主である。


「⋯⋯」


 戦力としては、人造人間(ホムンクルス)であるメリッサは非常に優秀だ。マサカズらより多少劣るとはいえ、十分である。

 ただ、問題なのはエストはメリッサを昔から──それこそ人間時代から知っていて、小さいとき、レネが忙しいときはよく遊んでくれたことがある。


「⋯⋯わかった。でも、一つ条件があるよ」


「なんでしょうか?」


「それは──死なないこと。蘇生魔法はあくまでも肉体が七割残っていて、かつ損傷が激しくないときにしか使えないからね。今回の敵だと⋯⋯おそらく蘇生魔法が使えないぐらいにはやってくるだろうから」


「かしこまりました!」


 ◆◆◆


 数日後の午前中。

 グラグラと、僅かにだが馬車は揺れる。魔法がかけられているとはいえ完全には静止させられないのが、人間の限界なのだろう。

 馬車は一つに六人が入れる。『神人部隊』の全員と、マサカズら三人、王国の優秀な戦士、魔法使い数人と、あとは帝国までの道のりで必要な物資を積むための馬車を含めて、計五車で移動していた。

 王都からガール厶帝国までは、馬車なら二日はかかるため、長い道のりだ。


「やっぱこの服嫌だな。なんかゴワゴワする」


 王国と帝国は非常に仲が悪い。お互いに入国規制を設けるくらいだ。つまり、今から行うのは密入国である。この世界にも当然ながらパスポートのようなものがあり、それが無ければ入国審査で弾かれる。そのため偽造されたパスポートが全員支給された。

 服が異世界での一般的なものになっているのは、自分達の素性(すじょう)を隠すため。マサカズ達が着ていた日本の服ではかなり目立つのだ。


「⋯⋯モンスターの群れだ」


「了解」


 ナオトのその言葉の少しあとに、他の馬車からモンスターの群れの報告が来た。

 前方150m先に、3mほどの体長で、筋肉隆々(きんにくりゅうりゅう)の、鬼のような顔を持つ人形モンスター、鬼人(オーガ)の群れが居た。数はおよそ30体で、並の冒険者であれば撤退(てったい)が当たり前の戦力だ。しかし、ここに居るのは並の冒険者レベルではない。


「〈爆矢〉」


 ユナはオーガの群れの中央に矢を放ち、それはオーガ本体には命中しなかった。しかし、彼女は別に最初から当てる気は無かったのだ。

 地面に刺さった矢は、その直後に爆発を引き起こした。それはオーガの殆どにダメージを与え、中央付近に居たオーガに至っては跡形も無くなっているだろう。

 その攻撃をきっかけに、次々と戦闘員がオーガに突撃する。基礎身体能力も技術もオーガより上で、負けているのは数だけ。だが優位に立てるくらいの数の差はそこには存在しない。五分もかからずに三十体のオーガは殲滅(せんめつ)された。

 それから十時間経過し、日が沈む。夜中に馬車で移動するのは厳しいため、平原のど真ん中で野宿することになった。火はモンスターを寄せるものであるため、すぐに食事を終えて、まだ夜も始まったばかりの時間帯には既に就寝(しゅうしん)していた。見張りは一時間交代で、二人組だ。


「ふぁ〜。なんか異常は無かったか?」


「あっ、マサカズさん。はい、大丈夫です」


 マサカズ・クロイは初対面の相手にも基本、タメ語を使うタイプの人間だ。それは彼が、初対面特有のあの話のしづらさが苦手なのもあるし、何よりタメ語を使うことで打ち解けやすいと考えているからだ。


「たしかアキラ・アルファ・サイトウとかいったよな?」


「はい」


 ──彼がどんな人間か、名前からわかるのは、マサカズが異世界人、もっと言うと日本人であるからだ。


「⋯⋯もしかして、異世界人?」


 アキラ、サイトウ。ミドルネームのアルファはよく分からないが、そのファーストネームとファミリーネームはどう考えても日本人のものだ。


「いえ、違います。この名前は私の家系が原因です」


 アキラは、彼が何者なのかを話し始めた。

 『神人』とは異世界人のこと、あるいはその子孫で異世界人並の力を発現した現地人のことを指す。つまりアキラは異世界人の子孫であるということだ。


「なるほど。⋯⋯で、アルファってのは?」


「それは『神人部隊』のメンバーであることを示している名前です。普段はこの名前を隠しているんですよ」


(⋯⋯だとするとゼータまであるわけか。⋯⋯危険、だな)


 エストが最初、マサカズ達を殺そうとした理由は黒の魔女に支配されることを恐れたため。そしてもし支配されるとどうなるかは、テルムの事があるからよく知っている。彼は支配されると魔女クラスの実力を得ていた。多少テルムより劣る程度のマサカズ達が精神支配を受けても、絶大な力を得ることには変わりないだろう。そしてそれはマサカズ達に匹敵する能力をもつ『神人部隊』にも同じことが言える。


(俺達三人だけでもエストにはかなり面倒だろうに。それがプラス六人ともなれば⋯⋯)


 殺害すべきか。エストとロアの両方、なんなら片方だけでも簡単にここは制圧はできる。だが、そうすれば、


(王には何て言うべきか。もしバレれば良くて国外追放。最悪処刑だ)


 力で王国を滅ぼすこともできるが、それを黙ってみてるほど周辺諸国は馬鹿ではない。エストとロアが手を貸してくれるならばあるいは可能ではあるが、彼女達がマサカズ達三人を守るために、そんな危険を(おか)すとは思えない。


(現状ではデメリットの方が大きすぎる。あれこれ考えるのはレネを助けてからだな)


「⋯⋯マサカズさん、さっきから考え事ですか?」


「ん、ああ」


 それから一時間後まで、マサカズとアキラの間では、特に他愛のない会話が続いた。

 翌日の夕方に、馬車は帝国に到着した。偽造パスポートは上手く使えて、特に何の支障もなく帝国内に侵入できた。


「こんなあっさりと行くもんなのか」


「成功するときは大抵あっさりなものだ、マサカズ。⋯⋯それより」


「⋯⋯ああ、そうだな。ユナ、行くぞ」


 寝ていたユナを起こし、三人は馬車から降りる。これからは情報収集で、部隊とは別行動になるのだ。

 三人はそそくさと部隊から離れると、すぐに裏路地へと身を隠す。そこで待っている人達に会うためだ。


「やっときたね。待ちくたびれたよ」


 白髪の美少女が──ではなく、長い金髪の、14歳ほどの美少女がそこに居た。だが声だけは彼女のままであった。


「エストさん、その格好はどうしたんですか?」


「ここではエミー。この格好をしているのはキミ達と同じだよ。⋯⋯ああ大丈夫、これは幻術じゃなくて、本物だから」


 エストは自身の身体の年齢を自由に変えられる。そして金髪は染めた。服もいつものゴシックドレスではなく、魔法使いらしい白を基調としたローブだ。


「ロアとメリッサは?」


 相変わらず本名からあまり離れていないエミーという名の少女と一緒に来たはずの二人が近くには居ないことにマサカズは気づいた。


「二人なら近くで情報収集中だろうね。私もすぐにそうするつもりさ。あと二人はロースと⋯⋯メリーだ」


「わかった」


「メリー」と言うときに少しエストは間をあけたことが気になるが、マサカズ達はすぐさま彼女と離れた。


「⋯⋯さて、と。教会の場所はすぐに分かるだろうが⋯⋯」


 レネの居場所がどこか。それを調べなくてはならない。

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