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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−118 旧城壁都市

 アリサ・エインシス。彼女はあのヴェルム・エインシスの娘にして、公国の魔法試験を最年少で突破した歴代最高峰の魔法の天才である。

 そんなアリサは巷では第八階級の魔法を使えるとされているが、その噂は間違いだった。

 本当は第八階級なんかではすまない。通常の魔法に定められた上限である、第十階級まで行使できるというのが真実だ。

 しかしそれを知るのは本人だけだ。周りはもちろん、両親にさえそのことを言っていなかった。なぜなら、隠さなければいけない理由があったから。

 アリサが第十階級魔法を使えるのは、彼女の魔法の才能だけが理由ではなかった。そもそも、魔法とは才能があって当たり前。その上で知識がなければ使えないもの。第十階級魔法など書物には殆ど記されていないのに、なぜ、彼女はそれを知っているのか。答えは、彼女の能力にある。

 アリサ・エインシスの能力──『叡智』。その力はこの世にあるありとあらゆるものに関しての知識を得ることができる。

 ただし、本みたいに開いて読むだけで良いわけではない。勝手にあらゆる知識がインストールされ、アップデートされるわけでもない。

 例えばそこらの石がなんの石なのかを知りたいと思わなければ、その情報は開示されないのだ。だから能力を使うには疑うことから始まる。そして何よりも厄介なのは、実物を見ないといけないこと。写真や絵などを見て、それが何なのかを知ることはできない。知ることができるのはその写真を撮った写真機は何か、誰がいつ撮ったのかくらいだ。

 逆に言えば知りたいと思えば何でも知ることができる能力。その危険性と希少性を幼い頃のアリサは察していて、今まで黙っていた。下手をすればまともな人間生活が送れなくなるかもしれないのだから。自分の能力が他人に知られてしまえば、命を狙われる可能性だってあった。


「第十階級魔法⋯⋯!」


 そんなアリサが、自身の能力の発覚させるかもしれない危険まで冒して魔法を行使したのは、やはりラックスリアがそれだけ恐ろしかったからだ。

 出し惜しみをして死ぬくらいなら、そっちのほうがマシ。が、結果はどうだ。ラックスリアを殺し切ることはできず、逆に警戒心を強められた。

 慢心の無くなった怪物は何よりも強い。油断も隙もない格上となる。


「なぜ、使える! 人間、なのに!」


 ラックスリアは見るからに動揺している。ラックスリアでも第十階級は使えない。彼あるいは彼女が使えるのは第八階級魔法。少なくとも魔法使いとしてはアリサの方が上だ。

 加えて、ウーテマ、ノーワ、モーリッツという人類の中でも指折りの実力者たち。

 強い。厳しい戦いになるだろう。だが──まだ、負けは決まっていない。違う。勝てる勝てないではない。ここで奴らを殺さなければ、いよいよ手を付けられなくなる気がした。

 今の状況──ラックスリアが従えている全ての魔獣がノーワたちを完全に包囲しているという状態は早々作れるものではない。

 第十階級魔法が使えるとなれば、実力的には大罪ではない魔人よりは強く、大罪魔人以下。フィルならばカルテナを一撃で殺せる。できなかったことからその推測で間違ってはいないだろう──


「〈大嵐狂奔(ストーム・ラッシュ)〉」


 大蛇がラックスリアを咥えて放り投げる。すると次の瞬間、大蛇は細切れの肉片へと変貌した。残った嵐が血肉を巻き上げ、辺りにぶち撒けた。

 血の臭がする。そう、たった一撃の魔法で、あの魔獣は即死したのだ。あんなもの喰らえば、ラックスリアの魔法抵抗能力でも耐えきれるはずがない。


「⋯⋯強く、なってる。まさか、天気、理由っ!」


 魔法とは、組み合わせによっては相乗効果により、本来以上のスペックを発揮することがある。

 そして魔法は制御することで、効果を少しだけ変えることも可能。アロー系の魔法なんかは特に顕著で、矢の数、速度、飛び方なんかは魔法使い自身が決めて効果を変えている。

 ──天候を変化させ、破壊力のある竜巻によって対象を吹き飛ばす魔法、〈暴風雨〉。行使後、変化した天候は正常となり、魔法的な理からは外れて普通の理によって処理される。だから魔法を維持する必要はない。

 だが、継続することは可能。継続し、魔法効果を変化させることも可能。

 アリサはその効果を天候変化に絞った。そして嵐は無から発生させず、既にある嵐を活用し、巻き込み、より大きな嵐を作り出した。これが魔法の相乗効果だ。


「〈竜巻(トルネード)〉」


 放り投げられ、空中を漂うラックスリアにアリサは追撃の魔法を行使した。

 斬撃を伴うトルネードを、ラックスリアを中心に発生させる。それに飲み込まれれば全身をズタズタに引き裂かれながら打ち上げられる。当然その時には死んでいるだろう。

 だが、ラックスリアはそこに居なかった。


「⋯⋯危なかった」


 ラックスリアはスクロールを燃やした。一か八か、この土壇場で発動までに時間のかかるスクロールを燃やし転移したのだ。


「不味い⋯⋯」


 圧倒的な力量差はない。ラックスリア──カルテナとして、セーブしていた力を解放すれば互角にはならずとも勝機は見出だせるだろう。だがそれは危険な賭けになる。エストとは違って本気で殺しにかかってくるのだから。


「逃げる。蒼翼竜(スカイ・ハンター)


 ラックスリアが名を呼べば、魔獣は必ず現れる。天空から降り立つその姿は種族としての竜を思わせた。この威圧感は相対する者を警戒させる。


「逃がすな! アリ──」


「っう!?」


 アリサは頭を抱え、しゃがみこんだ。何らかの異常を起こしている、とノーワは判断するや否やナイフを構える。

 ノーワは飛び始めたラックスリアたちに追撃しようと走り出した。


「〈空躍〉!」


 空気を蹴り、更に高くへ。一瞬で翼竜と同じ高度に達して、ラックスリアたちの前に現れる。

 まさかここまで跳んでくるとは考えもしなかったから、ラックスリアは驚きの表情を隠せなかった。


「〈重撃乱舞〉」


「〈酸性水壁(アシッド・ウォール)〉」


 近接アタッカーにとって、酸性魔法は最悪な相性だ。

 ノーワは戦技を中断し、〈空躍〉で後ろに跳んだ。その間にラックスリアは飛び去ってしまった。


「⋯⋯⋯⋯」


 もう既にケルベロスは居なかった。そこにあるのは大蛇の死骸くらいだ。

 ノーワが遠ざかるドラゴンを見ている間、座り込むアリサにモーリッツとウーテマが近寄る。


「〈治癒(ヒール)〉。アリサさん、大丈夫ですか?」


 緑色の魔法陣が展開され、そしてアリサの体が淡く緑に光る。外傷はないから分かりづらかった。しかしどうやら気分が楽になったらしい。


「あ、ありがとうございます。⋯⋯すみません、やりきれませんでした」


「いえ、そんなことは⋯⋯私なんか動くこともできませんでした」


 『死神』と自称され、怯えて動けなかった。そんな中、真っ先に動いてそれを撤退まで追い込んだアリサを攻めることができる人は居ない。

 だが、それを踏まえてアリサには聞かなくてはいけないことが多かった。


「アリサ・エインシス⋯⋯お前、あの魔法は何だ?」


 ウーテマの疑問は当然だった。魔法に知識があるとは言えない彼女でも、あれが第八階級では済まない魔法だと理解できた。ましてやモーリッツとなれば、ほぼ確信と言って構わない。


「⋯⋯第十階級魔法、です」


「第十階級魔法⋯⋯そんなものが⋯⋯」


 なぜ黙っていた、とは聞く必要がなかった。そんなこと言われずとも分かっていた。

 だからもっと建設的な話をすべきだ。


「とにかく、『死神』に襲撃されたこと。そして私たちでは対処が困難なこと。⋯⋯奴の目的も何もかもが不明な今、作戦の続行は危険だろう。私は撤退を進言するぞ」


 チームリーダーのウーテマは一度帰還することを提案した。あくまでも命令でなく、提案にしたのには理由がある。


「⋯⋯いや、作戦は続行すべきね」


 周りの安全確認を終えてきたノーワが言った。


「奴の狙いが私たちと同じ可能性は高い。今から戻れば大公陛下に何かあった時、間に合わない」


 ウーテマはそれも考慮に入れてたから、こうして相談の形を取ったのである。


「アリサさんの消耗は見過ごせません。この作戦において、魔法使いの彼女は必要不可欠です」


 侵入と脱出の飛行及び不可視化魔法。そして侵入中の接敵における戦闘。どちらでもアリサの魔法は非常に有効だ。そのアリサが消耗しているのは厳しいだろう。


「大丈夫です、私は。さっきは慣れない魔法を連発したから頭痛いですけど、少し休めば、まだいけます」


 意見が割れた。どちらも間違ったことは言っていなくて、どちらを選択しても同じくらいの後悔があるだろう。

 しかし、今すぐにでも決めなくてはならない。


「⋯⋯どうする」


 決めるのはリーダーだ。ウーテマが提案したのは撤退だが、彼女には続行の考えもあった。だから迷った。

 まず、『死神』の目的。ここに居るということは大公の存在を掴んだのか、黒の教団を壊滅させるか、もしくはその両方か。あるいは何かまた別の目的かあるのか。それとも全部か。

 撤退しても悪くは言われないだろう。『死神』との遭遇はそれだけの理由になる。だがノーワの言う通り、大公の命が危険だ。『死神』の目的が何であれ。

 続行した場合、アリサの消耗が致命的になる可能性がある。また、最悪の場合『死神』と黒の教団を同時に相手するかもしれないことになる。そんなことになれば全滅に直行するだろう。


「⋯⋯⋯⋯」


 ウーテマには自らの命を投げ捨てるほどの愛国心はない。彼女は自分さえ生きていれば良いと考えていた。だから犯罪をして、捕まったのだ。

 しかし、ならば脱獄はいつでもできたのに、しなかったのは何故か。それは、


「⋯⋯私は馬鹿だな」


 ウーテマはアリサを見ながら、笑いながらそう言った。


「え?」


「何でもない。⋯⋯作戦を続行する。アリサ、侵入開始までに回復させろ」


「はい! 分かりました!」


 四人は馬に乗り、再び走り始めた。


 ◆◆◆


 目的地、旧城壁都市『デレナード』。

 約五十年前に大量の魔獣によって襲撃され、壊滅。都市を放棄し、別の都市に多くの避難民が溢れた。

 しかし城壁都市と呼ばれるだけあってその防御は硬い。今回の救出作戦で最も困難な事は侵入及び脱出だっただろう。


「⋯⋯よし、ここなら見張りは居ないな。もう不可視化を解いても良さそうだ」


 ウーテマの合図でアリサは〈不可視化〉を解除する。傍から見れば、壁際に四人の男女が突然現れたように見えるだろう。


「アリサさん、これを使ってください」


「ありがとうございます」


 モーリッツがポーチから取り出したのは魔力石だ。純度も大きさもそれなりのもので、高い価値がある。その分、アリサの莫大な魔力を十分なだけ回復させた。これで〈飛行〉と〈不可視化〉の魔力消費量はプラスマイナスゼロだ。


「とりあえず最初の鬼門は突破できましたね⋯⋯」


 それでもまだ都市内部に侵入できただけだ。この広い都市から大公を見つけて助けなくてはならない。無論、あたりはついている。が、それでもそこまでの道中、敵に発見されずに移動しなくてはならない。


「目的地は⋯⋯中央の城。さっさと行こう」


 時刻は敢えて夜にした。幸いなことに今日は曇だったから、月明かりもない。もしも相手が亜人や暗視能力を持つ者ならこれほどまでに不利な状況はないが、相手は人間だ。昼間の調査でそれは判明していた。


「────」


 都市内部を進む。両脇には家屋が並んでいる大通りに出た。

 作戦開始前、『デレナード』の地図を確認し、事前にルートを作った。五十年も経っているから地形も変わっているかもしれないと考えていたが、どうやらその心配はしなくて良さそうだった。

 そのルートで、どうしても通りに出ないといけない所があった。それが今だ。

 裏道は徹底的に潰されており、城へと続く道はこの大通りに限られる。

 城は最外から壁、濠、そして第二の壁に囲まれている。そして城自体が高い所にあり、もしも正面以外から侵入するなら飛行と不可視化の魔法が必須だ。

 だが地面ならいさ知らず、この壁の周りを飛び回ることは避けたい。不可視化魔法はあくまでも姿を隠すだけ。影や痕跡などまでは隠せない。

 いくら月が雲に隠れていると言っても、地上の見回りの為に光はある。目立つ所であればこの夜でも発見されるだろう。

 つまるところ、正面突破しか可能性のない城への侵入法と言うわけだ。

 勿論、強引なドンパチを仕掛けるわけではない。不可視化して素通りするだけだ。


「⋯⋯人間?」


 アリサの不可視化魔法を見破れる人間が居ないから、思っていたより簡単にノーワたちは見張りを素通りできた。

 その際にノーワは気付いたことがある。真っ黒なローブを来ている彼らだが、どうも人間味を感じなかった。まるで人形のような、そんな感じだった。


「⋯⋯まあいいや。進もう」


 四人は城の中に侵入した。

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