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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−117 魔法の天才

 まだ太陽が地平線から現れていない早朝。『ホルース』を囲む──とは言ってもまだ半分も作られていない──簡易防壁の外側に、馬に乗って出ていく男女四人が居た。

 急遽作戦は変更。ノーワはある三人とチームを組み、作戦を決行することになった。 

 チームメンバーは四人。

 リーダーのウーテマ・ニコライツェ。金色の長髪に黄色の瞳を持った女性だ。黒色のコートを纏っていて、腰には二本の短剣が差されている。

 戦士のノーワ・スレイン。紫色のポニーテールに、赤の瞳の少女。エストから貰った黒いナイフを始めとした、様々なマジックアイテムを着用している。

 神官のモーリッツ・アルダム・ハイゲン。赤色の短髪、青色の瞳の男性だ。神官の制服ではなく、隠密に適した黒を基調とした服を着ている。

 魔法使いのアリサ・エインシス。黒い長髪に金色の瞳の少女。白のシャツに黒のスカートを穿いている。姓名から分かる通り、彼女はあのヴェルムの娘にして、公国でも有数の国家魔法試験を突破した魔法の天才だ。噂では第八階級魔法を使えるらしい。


「⋯⋯⋯⋯」


 おそらく、『ホルース』で集められる人間の最高戦力。下手な部隊であれば返り討ちにできるであろう少数精鋭だ。


「⋯⋯えっと⋯⋯あの、皆さん、何か話しませんか?」


 そんな各分野の最高峰とも言える人物たちが集まっていたが、会話の一つもなかった。この空気を変えようとしたのは最年少、十代中盤のアリサだった。


「そうね⋯⋯あなたは確かあの魔法試験を合格した人よね? 本当に凄いなぁ。いつから魔法を?」


 アリサに話しかけたのはノーワだ。年が近いということもあり、関わりやすかった。


「物心つく頃には、もう。幼少期から勉強させてくれていたから、今の私があるんです」


 魔法の才能をいち早く見抜いたのはアリサの母親だった。なんでも産んだ子を見た瞬間、凄まじい魔力を感じたのだとか。それから魔力測定器によって計測したところ、結果は測定不能。

 下限という意味では生命維持が困難なレベルまで測ることができる。だから必然的に上限値を超えた、ということになる。

 これは当時の公国最高の魔法使い、公国魔導学校の主席ですらあり得なかった結果だ。


「へぇ。良い親御さんね。ところで、噂によると第八階級魔法まで使えるとか聞いたことがあるのだけれど、本当なの?」


 その話をした瞬間、神官のモーリッツが興味ありげにアリサたちの方を見た。神官も一種の魔法使いだ。魔法界隈で、人間が使える魔法の最高階級は第六階級とされる。極々一部の魔法関連の加護を授かった人物が第八階級まで使える。

 もしアリサの噂が本当なら、彼女は人類の上位一パーセントの魔法使いということだ。


「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯はい。本当です」


 アリサは少し明後日の方向を見てから、もう一度ノーワたちと目線を合わせてから言った。


「おお」


「それはすごいですな」


「⋯⋯⋯⋯」


 思わず感嘆の声が漏れた。噂は本当だったのだ。


「魔法と言えば、スレインさんが従っている人の魔法。見たことあるのですか?」


 神官が居るから、あえてアリサは魔女と言わなかった。だがモーリッツは察している。その上で何も言わなかった。彼は自分の好き嫌いだけを理由に騒ぎ立てるような子供ではない。状況くらい弁えている。


「⋯⋯エスト様のこと?」


「はい」


 何だか雰囲気が変わった気がした。まるで、その人の性格を変えるスイッチを押したみたいに。


「見たよ」


「⋯⋯やはり、あの御伽噺にしか登場しないとされる、第十階級魔法を?」


「私には魔法の学がないから分からなかった。でも、言えることはひとつだけある。⋯⋯あれは、神々の領域。私では到底、辿り着くことのできない至高だった」


 ノーワが見たエストのことを全てアリサに話した。特に『ホルース』を襲撃した亜人たちを一方的に掃討する話は、アリサだけでなくモーリッツやウーテマにも興味を抱かせたようだ。


「是非ともお話したいです。魔法使いにとっての到達点について」


「エスト様は非常にお優しい方よ。色々終わった後ならばきっとお話してくれるはず」


 と、このような会話をしているとき、突然、先頭を走っていたウーテマが叫んだ。


「百メートル先、魔獣の群れだ!」


 狼、蛙、蛇などによく似た魔獣たちが群がっている。

 数は三十ほど。ノーワたちを確認したらしく、広がるように動き始めた。普通の冒険者パーティなら撤退を選択する相手だろう。だが、


「〈魔法範囲拡大エクスペンション・マジック・レンジ風刃(ウィンド・スラッシュ)〉」


 アリサの魔法が十体ほどの魔獣を一瞬で屠った。続いてウーテマとノーワが走り出す。百メートルを数秒で走破し、流れるように刃を振るう。

 ウーテマは双剣を巧みに使い、適確に獲物の命を絶つ。ノーワはナイフで首を両断する。断面から血飛沫が飛び散って、少なからずそれらを浴びた。


「〈聖なる光矢セイクリッド・ライト・アロー〉」


 残りの魔獣を光の矢の雨が襲い、絶命させる。魔獣に神聖魔法は有効的なこともあり、一発でも致命傷なのに、そんなものを何発も喰らえば即死は当然だ。


「魔獣は⋯⋯もう居ないようだな」


 殲滅が終われば辺りの安全の確保だ。それを終えると、さっさと前へ進む。


「何だったんだろう、あれ」


 ノーワは魔獣の生態にはあまり詳しくない。だから唯一詳しそうなモーリッツにその事を聞いた。


「普通ではありませんね。魔獣は本来、群れないことが多いです。大抵、こういう時は魔獣使いがいるか、もしくは⋯⋯」


「もしくは?」


「前者で間違っていない。『デレナード』。私たちがこれから行く場所がなぜ旧城壁都市と呼ばれるようになったか。知っているか?」


 口を挟んだのはウーテマだ。彼女は牢獄から駆り出されるまでの三日間で、できるだけの情報収集は終えていた。

 元罪人とはいえ罪が罪。そして魔女と会って、ある意味偏見をしなくなったノーワは彼女に対して恐れを抱いていなかった。


「五十年前、魔獣の襲撃によって滅ぼされたからよ」


「ああ、その時に魔獣たちの(ねぐら)となった。⋯⋯そして、今そこには黒の教団が居ると情報が入った」


「でも、それだと魔獣たちは塒を追い出されただけなんじゃないですか?」


 アリサがウーテマの言葉に矛盾を感じた。だが、その理由は彼女の解釈は少し違っていたからだ。


「黒の教団が魔獣を操っていても可笑しくない、と考えていた。が、今ので確信した」


「『本来、魔獣は群れない』⋯⋯例外はいくつもありますが、あれは統制が取れすぎていた。裏に魔獣使いやそれに準ずる者が居るでしょう」


 急に訳のわからないことをウーテマとモーリッツは言い始めた。統制が取れていた、とは言うがどこを見てそんな判断をしたのか、とアリサとノーワは思ったのだ。


「最初、私達と接敵した時、魔獣たちは展開しました」


「⋯⋯それが何か? 知性のある魔獣なら、独断でできてもおかしくない行動だと思いますけど」


「まず前提として、魔獣は全員賢いわけではありません。確かに動物よりかは平均値は高いですが、戦術的な動きができるとは限りません。そしてあの場に居たのは比較的知性が低い種ばかり」


 普通、取れないはずの行動が取れた。魔獣本来の習性から離れた状態。ここまで来ると魔獣使いが居るのは確定的に明らか。

 そして何より危惧すべきことにノーワはようやく気が付いた。


「⋯⋯あれ、だとしたらこの辺りには魔獣使いが居るってことに──」


「──そこ、人たち」


 ◆◆◆


 セレディナからカルテナに指示した事は、都市『デレナード』を襲撃し『殃戮魔剣』を奪って来いというものだった。

 その為ならば無制限の殺戮、そして能力の行使を認められてもいた。

 そんなカルテナ、もといラックスリアは現在、魔獣を引き連れて平原の上空を飛んでいた。乗っているのはスカイ・ハンターというラックスリアのお気に入りだ。他の三体は地上を走っている。

 勿論、ここに居る四体がラックスリアの全戦力ではない。先行させている魔獣、殿を務めている魔獣、左右に展開している魔獣、全部合わせれば都市を落とすどころか国家規模での大災害を引き起こせるだろう。

 そこまでの戦力を用意したのには当然、理由がある。


「相手、黒の教団、気、引き締めないと」


 何でも亜人の集団を壊滅させた相手だ。十分に警戒して挑まなければならないだろう。


「⋯⋯あ」


 目的地に向かっている最中、ラックスリアの先行させていた魔獣たちが突然全滅した。一分もかからず、ものの数十秒で全員死亡。

 弱い部類で、死んでも特に問題はないが、しかし躾はきちんとしたはずだ。こんな簡単に壊滅するようなら、相手は相当な手練だろう。

 すぐさまラックスリアは先行部隊が壊滅した場所に向かった。

 そこには四人の男女がいた。一目見ただけで、人間の中では上位だと理解できた相手だ。特に紫のポニーテールの女と魔法使いの少女は強い。優先的に殺さなければならない。


「あなたたち、誰? 目的、何?」


 ラックスリアは四人の背後に立ったが、話しかけた。不意打ちすれば全滅させられただろう。いや、違う。金髪の女は気づいていた。強そうに見えなかったのは隠していたからだ。


「⋯⋯お前こそ何者だ」


 警戒心が強い。ラックスリアの外見はただの人間だ。それも小さな子ども。

 何者だ、と聞いてはいるが、おそらく気づいているのだろう。そう思ったラックスリアは正体を隠すこともない。


「ボク、『死神』、ラックスリア」


 四人に緊張が生まれたことを確認する。


「ボク、答えた。次、そっち、答える」


「⋯⋯答える義理はない」


 金髪の女──ウーテマはラックスリアに斬りかかってきた。

 ラックスリアは大罪魔人では弱い方だが、それでも普通の人間よりは圧倒的だ。なのにウーテマのスピードには驚いた。

 双剣による振り下ろし。しかしラックスリアに刃は届かなかった。何故なら、二人の間にはある魔獣が挟まったからだ。

 その名を剣刀蜥蜴。尻尾が剣のように固く鋭く、また全身も鉄のような蜥蜴の魔獣だ。

  

死喰大蛇(スカベンジ・スネイク)


 ラックスリアが呼びかけると、地面は急に揺れ始めた。やがて地面に亀裂が入り、そこから一匹の大蛇が現れた。

 白色の美しき蛇。それがラックスリアを囲み、守る。


「魔獣使い⋯⋯こんなの規格外だ⋯⋯!」


 モーリッツの知るところの魔獣使いは、精々両手の指の数で足りるくらいの魔獣しか支配できていなかった。それも弱小のものばかり。だからあの約三十体の魔獣でさえ従えているのが可笑しかったのに、加えて大蛇のような強力な魔獣まで従えているなど信じ難い。


三頭狼(ケルベロス)


 四人の後ろに三つの頭を持つ狼が現れた。


(挟み撃ちの形になった⋯⋯! 不味い、何とか抜け出さないと)


 ノーワは必死になって考える。

 相手は化物クラスの魔獣使い。前と後ろを挟み込まれており、走って逃げ出すことは困難だろう。


(なら⋯⋯魔獣使い本体を叩く!)


 魔獣に命令を下しているのは魔獣使いだ。それが倒れれば魔獣たちの戦闘力は一気に下がる。

 また、魔獣使いを狙えばそれだけ防御に転じて、逃げる隙を生み出すことができるかもしれない。

 上手く行けば魔獣たちは戦意を喪失することも狙える。魔獣使いの多くは魔獣を支配していて、無理に従えているようなものだからだ。だがこちらはあまり考えない方が良い。ノーワの勘だが、ラックスリアに魔獣たちは懐いているような気がしたからだ。


「アリサちゃん!」


 大蛇に囲まれているラックスリアを狙うのは、剣士のノーワにとって至難の業だ。なら遠隔攻撃ができるアリサに頼むしかない。

 名前だけを呼んで伝わるかが怪しいところだったが、流石は公国最高の魔法使いになれるほどの天才だ。伝わる、伝わらない以前にアリサはノーワと同じ結論に達しており、言うまでもなく行動に移していた。


「〈暴風雨(テンペスト)〉」


 ラックスリアどころか大蛇さえも吹き飛ばしかねない暴風雨が発生した。その辺り一帯の天候が変化し、超局地的な竜巻にもよく似た風が吹き荒れる。

 アリサが得意とするのは風系魔法。無論、他の系統も使えるものの、それだけで十分であった。

 隠密において、風系魔法は非常に優秀だ。殆ど無音で敵を切り刻むことだってできる。

 だが、それだけには留まらない。アリサの風系魔法は、天候さえ操作する域にまで達していた。


「っ!?」


 自分の観察眼の精度は悪いと、ラックスリアは強く確信した。こんなにも優れた魔法使いだったとは見抜けなかったのだから。

 ラックスリアの体は空中を舞う。が、大蛇は彼あるいは彼女を咥えて自分の影に隠した。

 しばらくして強風は収まる。だが天候は依然として多荒れだ。


「アリサちゃん⋯⋯あなた、一体⋯⋯」


 人類には不可能とまで言われた領域の魔法を行使した少女を、戦闘中だと言うのにノーワは余所見してまで見てしまった。

 それだけ、予想外だったのだ。


「⋯⋯すみません。黙ってて。あと、ここまで騒ぎを立ててまであの『死神』を倒せなくて」


 ──この一部始終を、ノーワに渡した魔具を通じて観察していたエストは驚きを隠せなかった。


「⋯⋯凄。いくら公国の魔法試験を最年少で突破した天才って言っても⋯⋯」


 エストはこの魔法を行使することができる。同じ効果だし、天候操作もお手の物だ。それでも驚くのは、


「〈暴風雨(テンペスト)〉⋯⋯これって──第十階級の魔法だよ?」

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