7−100 代表会議
──時は『カプラス』襲撃の一日前に戻る。
『ウィンズ』奪還作戦が開始、終了した日から二日後の昼頃のことだ。現存する都市、もしくは生存していた有力な貴族たちは『ウィンズ』に招集された。そこで会議が執り行われ、これからについて話し合うことになっていた。
会議を開いたのはルークである。手紙なんて送れるものじゃないため、彼は魔法的な連絡手段を取り、四十名余りに連絡した。そして出席ができた貴族は、彼を含めて合計十六名。半数以上が連絡不通、もしくは出席不可能な状態となっていた。
勿論、現公たるヴァレンタイン公にも連絡したが、不通であった。おそらく殺されたのだろう。ならば、ある任務でエルティア公国最強の戦士、ヴェルム・エインシスが首都から離れたことが原因の一つかもしれない。
「皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます」
よく晴れた日だ。窓から見た空には雲一つ浮かんでおらず、太陽の光がカーテン越しでも心地よい。こんな日こそ、外でお茶でも飲みたいものだ。
しかし、場の雰囲気は外とはまるで違っていた。真逆と言って構わない。
青年から高年までの人物が、円形の白いテーブルを囲んで座っている。腕や足を組んでいる者が多いように見受けられる。彼らの面持ちは暗く、これから会議をするとは思えない。誰かの葬式でもするようだった。
「今回、こうして会議を開くことになっ──」
「早うせい。こんな所作は必要なかろうて」
会議を丁寧に進めるルークだったが、ある老人が催促した。
会議の議題も、なぜ集められたのかも、この場に居る全員が分かりきっている。さっさと会議を始めるべき。悠長にマナーを守っているような暇は、余裕は彼らにはなかった。
「⋯⋯失礼。では始めさせて頂きましょう」
老人が「早くしろ」と言えば、若い貴族のルークは心置きなく会議を進行できる。彼はきっとそれを期待して、先の発言をしたのだ。そんな彼に心の中で感謝しつつ、ルークは始まりの合図を行った。
「まずは各都市の状況の確認です。順番に報告していきましょう」
最初に報告したのは『ウィンズ』。ルークだった。それから──十六の貴族たち全員が別個の都市出身ではないため──五つの都市の状況が報告された。それぞれの被害は極端で、全くの無被害。もしくは壊滅的被害だった。当たり前だが、壊滅的被害の都市の出身は他の都市に避難済みである。尤も、生存者は数百名程度であるらしいのだが。
状況把握が済んだのなら、今度は作戦会議のターンである。しかし、ルークはここで契約した相手を紹介することにした。何かをするのなら、自分たちの手札を確認するところから始めなければならないだろう。
「次に⋯⋯皆様に是非紹介したい方がいます」
唐突にそう言ったルークに、出席した貴族たちは驚いた。こんな状況で、何が人を紹介したい、だ。だが同時に期待感も抱いた。十中八九、それは助っ人であるからだ。
「その名も──白の魔女、エスト様です」
場が凍りついた、とはこのことを言うのだろうか。この瞬間、貴族たちは自分の耳を、脳までもを疑った。あるいはルークの言葉を。確かに彼らの中には齢七十を超えた者もいるが、聞き間違いはない。そのはずだ。
しかし、なら事実を突きつけられれば、信じ難くとも信じざるを得なくなる。
「やあ、紹介されたエストだよ、貴族様方」
会議室の両開きの扉が開かれる。そしてそこから少女が姿を現した。地面を擦りそうなくらい長い白髪。今までに見たことのない美貌。そして人ならざるもののオーラ。彼女は人を簡単に虜にする微笑を浮かべている。
「白の⋯⋯」「⋯⋯魔女」
驚嘆し、まともに言葉も発せない。疑問よりも先にくるのは死の恐怖。ルークは魔女に洗脳でもされ、全員ここで殺される。彼女がそうするメリットは思いつかず、つまり根拠もない。強いて言うのであれば、魔女であるから。
「どうしたの? そんなに怖がってさ。私は無害だよ?」
そんなことを言われても、人の誰が「はいそうですか」と答えられるだろうか。
しばらくエストは無言を貫き、議会の方も絶句が続いた。そして遂に、声が響く。
「どういうことだ⋯⋯サザン侯!」
誰かが言った。発言者は誰であっても問題はない。全員そう思っているのだから。その相手であるルークも困り顔をしつつ、答えた。
「私が壊滅した『ウィンズ』に部隊を派遣したところ、この部隊を危機的な事態から救ってくれました。そして、彼女は我々と協力してくれると」
「⋯⋯できすぎた話だ。魔女、目的は何だ?」
若い金髪の貴族が、誰にも怯えず言う。否。彼は内心では怖がっている。それが悟られないように堪えているが、エストには無意味な振る舞いだった。
「ペルシャス卿、そこまで怯えなくても、私は何も酷いことはしないよ。だから安心してね」
白の光が部屋に、一瞬だけ煌めいた。それに気がつけたのは貴族にはいなかった。
「なっ⋯⋯なぜ」
「魔女は全てお見通しなのさ。でもキミたちは何も分かっていない。この場において、一番発言力があるのは誰なのかな?」
立場的、という意味であれば会議の主催者でもあるルークだ。しかし、権力など所詮はまやかし。最も決めやすい基準とは力だ。
「まあ、私だって脅したいわけじゃない。あくまで決めるのはキミたちだ」
エストは選択権を放棄している。相手に選択肢を与えるだけだ。決めるのは、この国の住民である。
「⋯⋯そういうわけです」
──それから、ルークは貴族たちに、現状分かっているだけの情報を伝えた。敵の正体。強さ。『死神』なるものの存在。絶望を突きつけられるようなものであった。
確かに、エストは貴族たちに選択肢を与えている。が、実態は選択肢などない。彼らが通れるのは、ただ一つの道。
「⋯⋯エストと言ったか」
老人の貴族が言った。エストは答えるわけでもなく、目線をそちらに向けた。これまでの経験があるのか、老人は彼女を恐れるわけでもない態度を見せていた。先の若人とは違うし、普通の人間でもなかった。
「儂は、お前の力が必要だと考える」
「っ! ロザリック卿! 貴様何を考えておる!?」
遂にペルシャス伯は声を荒らげた。
果たして可笑しいのはどちらか。魔女の手を取るのが正解か。断るのが正解か。──そんなの、意地悪な質問でしかなかった。どちらが正解かなんて誰にも判断できない。
ただ分かることが一つだけあった。それは、
「それは、公国を救えるのは魔女だけだからだ。儂ら人間には、もうどうにもならん。できるとしても一人だけ。だがそやつは儂らの国には居ない。違うか? 儂は何か、可笑しなことを口走っておるか?」
感情が否定し、理性が肯定する。受け入れたらどうなるか、分からない。が、断ればどうなるか。
「よく分かっているね。⋯⋯確定された終わりか、どうなるかわからない選択か。そりゃそうだよ」
老人──グルムア・アイソトフ・ドル・ロザリック侯は目を細めて、自らの選択肢に覚悟した。結果として公国が滅んだとしても、何もせずに全滅するよりは遥かに良い。せめて抗い、やれることはやり、覚悟する。後は天命を待つのみだ。
「さあさあ皆さん、どうする? この私、白の魔女、エストと契約する? それとも断る? キミたちが決めるんだ。キミたち自身の運命を。選択はキミたち次第なのさ」
考える時間はよくあるようで、あまりない。この瞬間にも人は死んでいる。だから早く決めなければいけない──選択ではなく、決意を。
「魔女、あなたにひとつだけ、聞いておきたいことがある」
ロザリックはエストと目を合わせ、しっかりと声を出す。それがどんなに根性のある行動であるか、この場にいる人間で理解できないものは居なかった。
「何かな?」
「⋯⋯あなたは儂らに何を求める? 貴族位か? それとも⋯⋯公か?」
さしものロザリックでも、それだけは知っておきたい。自分たちが出す代償。彼でも、何も知らずに覚悟はしたくなかったらしい。
彼の強さに敬意を表し、エストは包み隠さず言うことにした。
「私がキミたちに求めるのは力だよ。私は世界に終わってほしくないからね。一つの国の力⋯⋯それは私でも他に代用できない」
エストはエルティア公国を支配したいわけではない。彼女はエルティア公国を味方につけたいのだ。
純粋な兵力では、エストにとって国は無価値だ。しかし発言力などの権力、何より他の国を動かす力ともなれば話はまるで違う。
黒の魔女の復活。その事実を知る者は、エストの発言の意味が分かっただろう。無論、ここに居る貴族たちは全員知っているし、分かる。
「⋯⋯そうか」
「うん。私はこの特殊な公国の道理に従って貴族になろうとは思ってない。そこは保障するよ」
エルティア公国には多くの貴族が存在し、爵位、実績にあった権力が与えられる。平民が一代で辺境伯になることもあれば、伯爵が平民以下になることもある実力主義の珍しい国である。それを授与する大公でさえ、議会の決議次第ではその地位を落とされる。
エストの働き次第では、部外者の彼女が大公になることだって不可能ではない。彼女にはそれだけの力がある。だが彼女はそれを望まなかった。
──やがて時は来た。
「賛成の方は手を挙げてください」
◆◆◆
「上手く行き過ぎて怖くなってきたよ」
夜。とある滅びた都市の、とある屋敷の一室にて。そこは念の為に防音、防衝魔法が施されているが、必要ないだろう。
エストはここに毎晩のように訪れている。目的は報告のためだ。殆ど計画通りに進んでいるから意味がないようにも思われるが、些細な解釈違いから大きな間違いにもなることがある。
「自画自賛か?」
「そうだよ」
エストに向かい合って座っているのはセレディナだ。彼女の隣にはレヴィアが立っている。彼女はここでは付けなくて良いというのに、気に入ったのか、仮面をつけたままだ。服装も真っ黒なウエディングドレスから真っ黒なドレスに変わっている。見る人が見れば全く違うのだろうが、エストからすればあまり変わっていなかった。
「⋯⋯で、確か次は」
「うん。キミが出る番だ」
エストは正式に公国に協力することになった。だからこれから、エストは公国にとっての英雄であると示すのだ。そのために良い方法は何か、と考えた。思い付いたのは恩の押し売りである。
「ほんっとうにお前の性格良いわ」
「褒め言葉にしか聞こえないね」
皮肉と皮肉の言い合い。互いに協力関係とは思えない。勿論、仲が良いからこその関係とも言えない。
「ところで、どうしてレヴィアがここに?」
今回の作戦において、レヴィアは外に積極的に出ないように命じたはずだ。彼女の『嫉妬の罪』は何よりも凶悪な能力であるからだ。一度間違えれば、エストさえ殺しかねない。それによって計画に支障が出ることも考えられるのだ。
「レヴィは危ないからな。殺されるかもしれないし、逆に殺してしまうかもしれない。見張りもある」
「あと、セレディナ様をお守りするため」
レヴィアの『嫉妬の罪』であれば、殆どの脅威は取り除くのが簡単だ。だからこそ誰かを護衛するなら、護衛対象に能力が発動しないように気をつけるだけで大丈夫なのである。
「ふーん。⋯⋯にしてもキミたちでレヴィアのことをよくレヴィって呼ぶよね。他の魔人にはそういう愛称ないのに」
「エスト、分かってて言ったわけじゃないだろうけど、それは性格悪いよ」
エストはただ純粋に疑問に思っただけなのだが、レヴィアやセレディナからすれば意地の悪い質問だったらしい。
「え? ⋯⋯あー、そういうこと」
すぐさま察したエストだが、謝る気もサラサラないためそれで終わらせる。
(少し考えれば分かったことだね。ま、いいか)
「こほん⋯⋯それで、目的の相手──ヴェルム・エインシスはどうするんだ?」
セレディナがエストから聞かされていた言葉は「ヴェルム・エインシスを痛めつける」だけだ。普通であれば言葉通りに受け取るのだが、相手は魔女。痛めつける、の基準が常人から逸している可能性も示唆される。
「どうって⋯⋯そのままの意味だけど」
後半の台詞を少し笑いながらエストは言った。その態度にセレディナ片目を閉じて、やれやれといったふうに反応する。
「今度は察してるだろ」
「名答。ああそうだね、蘇生魔法まで使う気はない。本当に、殺さない程度に殺すぐらいでいいよ」
何とも難しそうなことを言っているが、実際は非常に簡単な事。つまりは半殺しだ。処刑で言うところの、斧を振り上げるくらいで良いということである。
「ふむ。そこでお前が創作上の主人公よろしく、ピンチに現れるって寸法か。都合が良すぎないか?」
「そのための下地だよ。どうして私がわざわざキミの配下の 造り者を壊し、大嫌いな貴族と面会したと思ってるのさ」
ヴェルムの居場所を聞き出したから、助けに行けた、という筋書きである。無論、尚もタイミングが良すぎることはあるものの、そこまで気にしていれば奇跡とはあり得ぬ話になってしまう。偶然とはないものだとなってしまう。
「なるほどね。その後、私は逃げると。交戦せずに?」
「最強の剣士の面子も少しは立ててやらないとね。あと自然にするため」
「わかった。私は明日、エインシスが居る『カプラス』を襲撃。そいつ以外は好きに殺す。エインシスを追い詰めた時にお前が来るから、そこで適当に喋って撤退、か。英雄様々だな」
セレディナは明日の予定を復唱する。そんなことしなくても彼女であれば問題ないだろうが、そう言った怠け癖はつけるべきではない。このことにエストは面倒臭さを感じつつも、肯定する面である。
「まあね。それが目的だから」
しばらく沈黙が続く。が、永遠ではなかった。
「⋯⋯そうそう、フィルを大分痛めつけたと思うけど、大丈夫? 例のイベントまでには間に合いそう?」
「間に合うし、間に合わせる。あれが本作戦の要だからな」
全ての策謀の最終段階。それはエストを英雄とするにあたり、最も重要なイベントである。その日まで、あと一ヶ月ほど。それまで戦争は続けなくてはならない。
「グールも必要分は確保済みだ。死体には困らないからな」
「でもキミが直接作らないと雑魚ばっかじゃん。もっと働いてよ」
「そうしたらお前が苦労するだけだろう。全部、お前が対応しないといけなくなるからな」
正論を言われてしまえば何も言い返せない。だがそれでよい。言葉で戦って勝ちたい場面ではないからだ。それでも少しだけ、そう、ほんの少しだけセレディナの勝ち誇ったような顔が、エストを苛つかせた。人は怒ると少し笑うらしい。
「はは。そうなったら作戦もお終いだね。手加減ができなくなる」
確認も終わったし、言い合いもそろそろ切り上げるべきだ。エストは最後に「またね」と手を振って転移した。
エストが転移したあと、部屋にはセレディナとレヴィアが残された。二人は無言のままだ。
「⋯⋯⋯⋯」
どうもエストと喋るといつもより疲れる。疲労知らずのアンデットが肉体的に疲れるなど珍しいため、これは精神的疲労なのだろう。
──いつまでもこの胸のうちにある憎しみは消えない。それを消すことをセレディナは良しとしない。だが、憎しみに己を乗っ取られたとしても駄目だ。自分を制御しなければならない。
ツェリスカは良き母であったし、それに疑う余地はない。しかし、敬って模倣することは避けるべきだ。それが、死ぬ理由になってしまうのだから。
「⋯⋯エスト、お前を倒すのはこの私だ」
だから、セレディナはエストに今協力している。母親は、父親はこれを見てどう思っているのだろうか。
──きっと、許してくれるし尊重してくれる。あるいはセレディナがエストを殺そうとすることを止めるかも知らない。今ならば、その気持ちが理解できる。だからセレディナは殺すのではなく倒すとわざわざ言うようにしたのだ。
「だからその時まで⋯⋯協力関係だ」
セレディナは隣のレヴィアにも聞こえないほどの、小さな声を零した。