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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−90 貴族令嬢のメリーさん

 『ミルヴァン校』はエルティア公国でも屈指の名門校である。その入学試験、もしくは編入試験の難しさは語るに及ばない。特に編入試験は他の学校よりも先に授業が進んでいるということもあり、毎年受ける人は居ても合格者が一人か二人なんてよくある話だった。


「今日からこのクラスで一緒に勉強する子です。皆さん、仲良くしてくださいね」


 そう、だから、このクラス──『ミルヴァン校』でも更に上位、進学クラスの第一学級に編入生が入るなんて滅多にない出来事であったのだ。


「メリー・シュワム・ロロ・ノトーリス。よろしくね」


 クラスメイト約二十人全員がざわめく。普段であれば静かな彼らが動揺するのも無理はない。まず、内部からでさえ滅多に上がって来ることのないこのクラスに外部から編入するということ。そして名門貴族のノトーリス家が入ってきたと言うことだ。


「メリーさんの席はアインドルフさんの横です」


「分かりました」


 どうやらアインドルフもこのクラスに居たらしい。エストが彼の横の席──教室内において、一番左かつ一番後ろの席──に座ったとき、彼は真っ先にエストに話しかけた。


「まさか君がここに来るとは。僕驚いちゃったよ」


「私こそ。一緒のクラスになるなんてね」


 その後ホームルームは終了すると、エストの下に物珍しさからか多くの子供が集まる。挨拶や趣味、好きなもの、アインドルフとの関係などなどを訊かれて、それに答える。アインドルフの婚約者だなんて言われた時、エストは「は?」と言いかけたが何とか抑えて否定した。この年で結婚して姓名が変わるわけ無いだろう、と。

 そんな彼女を遠くから見る子供がいた。目つきの鋭い金色の金髪少年。顔は整っているが、不機嫌そうに歪んでいる。エストはそれに気がつき、記憶を読み、そして彼に近づいた。彼のことをよく知るクラスメイトらはエストを引き留めようとしたが、彼女はそれを振り払った。


「やあ、初めまして。そんなに私のことが気に入らないのかな? 私だって傷つくよ、歓迎されないなんて」


 少年の名はクロード・ロム・ウェルノーア・ハルバイン。この学級一位──つまりこの学年の最優秀生徒にして、首席である天才児だ。


「新入り、ここに編入できたぐらいでいきがるなよ」


「いきがる? ははは! この私がキミに? だとすれば大人気ないね」


 なぜこうもクロードはエストのことを初対面から嫌っているのか。記憶を見たエストはよく理解していた。彼もまた編入者であったのだ。しかし彼は一番下の学級からスタートしており、そこから努力で成り上がった。

 彼からすればエストは、自分が成し遂げられなかったことを簡単に成し遂げた存在だ。プライドがずたずたに切り裂かれる思いだろう。


「ふん。よく言う」


「まあね。私は何せ天才だから」


 人を煽ることが好きなエストにとって、この環境はとてつもなく楽しい。大人気ないだとか言っているが、そんなのでまかせだ。年齢なんて関係ない。例え子供であろうとも自分は凄いのだと確信している奴を貶めるのは最高の気分になる。エストは最も大人気のない大人であり、子供だ。自覚している屑でもある。

 そんなこんながあり、すぐに授業は始まった。あと三年後に習う範囲をやっていたことには驚きだが、エストにとっては児戯に等しい。暇なので第十一階級魔法の魔法陣をノートに書きつつも板書した。

 入学初日から授業を真面目に受けないということに当然怒った教師はエストを名指しで呼び、問題を解かせる。途中式を書くのも面倒なので答えだけを言った。

 教師の何とも言えない表情を内心ほくそ笑みつつ、エストは無表情で座る。そして授業は続いた。

 授業終了のチャイムが鳴る。するとクラスメイトは一斉に何かの袋を持ち出し教室から出ていった。エストはそれを不思議に思い、アインドルフに話し掛ける。


「次何の授業?」


「体育だよ。⋯⋯もしかして忘れた?」


「忘れた」


 というかノートぐらいしか持ってきていない。教科書は一日で全部読んで覚えているから、板書用ノートしか持ってきていない。何せ教科書は重いのだ、この子供の体には。


「どうするの? この学校、忘れ物には結構厳しいよ?」


「作れば良いじゃん。女子の体操服ってどんなのか分かればいけるよ」


 つい先程の授業でも、教科書はその場で創造した。無限魔力はまだ復活させられていないが、あと百冊作っても余裕がある。


「服を!? 君の魔法能力どうなってるの?」


 一般的に日用品などを魔法で生成することは難しいものとされる。服ともなれば最高位の魔法使いでやっとか、もしくはそれに特化した魔法使いぐらいだ。普通に作ったほうがコストは低いものだし品質も良い。

 エストは適当な女子生徒に話し掛けて事情を話し、体操服を見せてもらってから創造した。女子生徒は驚いた。

 それからエストはグラウンドに向かう。今やっている体育はボールを投げてぶつけるゲームである。


「名前なんだっけ。ドッズンボーラーだっけ?」


 ドッヂボールというものである。エストは知らないが異世界由来のゲームであり、間違ったドッズンボーラーという名前が伝わっている。ちなみにボールは異世界よりも少し硬いのが特徴だ。


「⋯⋯え、これ男女混合? 確かに人数少ないけど、肉体能力的に別にすべきじゃない?」


 体育科の教師がチーム振り分けをしていた時、特に性別は考えていないことが理解できた。つまり真の意味で男女平等。


「まあいいや。私人間じゃないし、今更人間に負けないでしょ。一人で全員倒してやろう」


 ということでエストはコートのど真ん中で棒立ちした。そして真っ先に狙われた。が、エストは男子が投げた年齢にそぐわないボールを片手で受け止めたのだった。


「メリーちゃん凄いね」


 横に居た女子生徒がエストの所業を見て褒め称える。悪い気分はしない。いきがるなとは言われたが、これではいきがらない方が色々と難しいのではないか。


「まあね」


 さてどうするか。いや、投げ返すべきなんだが、下手に投げれば死人が出る。エストは人外だ。力加減はしないといけないのである。


(でもなぁ⋯⋯元の体ならともかく、今の体には慣れていないからなぁ。力加減の仕方が分からない。⋯⋯ま、いっか。わざと外して一回目は様子見しよっと)


 そういうことなのでエストはあえて狙いを付けずに適当に投げた。明後日の方向に投げるのは運動音痴のそれなので、ある程度外れていない向きに飛ばす。すると、ボールは風を切って直線状に飛び、後者の壁に激突。大きな音を立てた。幸いにも校舎は傷つかなかったが、そこで授業をしていた教師が慌てて窓の外を確認していた。


「⋯⋯えと、その⋯⋯ごめん。魔力を巡らせて身体強化してること忘れてた」


 勿論そんなことはしていないし、やっていても気づいて身体強化は切っている。苦し紛れの言い訳である。いざとなれば記憶操作もある。何とかなるだろう。しかしこれで体の使い方は理解できた。

 それからは人を殺せるボールを投げることはなかった。


 ◆◆◆


 学業が終わったのは午後三時くらいだった。転移魔法で帰りたいところだが、怪しまれることだろう。

 エストのやるべきことは今からが本番だ。学業中でも情報収集に繋がりそうな機会はあるかもしれないと思った。だが、やはり自分で自由に動ける時間こそ最もやりやすい。


「⋯⋯『死に戻り』鬱陶しいね」


 校門から出たところでエストは呟く。自分の力が強過ぎるあまり、世界そのものの時間を逆行させる加護、『創神之加護』を感知してしまう。勿論記憶も継承し、少なくともエストのそれは完全だ。


「意図的に感知能力を弱めることはできないかな。よし、やってみよう」


 方法は言うに難く、やるに易い。手を動かすことに殆ど思考を挟まないように、彼女は自分の力の極一部を極端に弱めた。


「⋯⋯さてさて、聞くところによると今回の選挙には派閥があるらしい。最も有力視されているのにまずは潜入しようか」


 その派閥名は自由党。掲げる目標は公国の発展と実力主義の推進だ。一見すると怪しさはないが、エストは黒の教団関係者であれば判別できる。行くだけで価値はあるのだ。

 エストはノトーリス家には向かわずに自由党のトップであるサザン家に向かった。制服は途中で着替え、全身黒のドレス姿になった。ついでに髪色も黒に変えて、年齢も元に戻した。

 そこまでしたのには理由がある。これから派閥のパーティーに侵入するからだ。それに相応しい服装と姿でなければ怪しまれるだろう。


「はーい、私はパーティーの参加者です。通してくーださい」


 会場に入る場所には当然だが警備が居る。彼らはエストに招待状の提示を求める。だが彼女はそれを持っていないから、代わりに白紙を渡す。サイズは奇しくも本物の招待状と同じであった。


「⋯⋯招待状を見せてください」


 警備員は二人いる。両方共甲冑を身に纏っており、腰にロングソードを携帯していた。武力突破をしようにも、完全に無音で通るのは難しいことだろう。


「白紙の手紙は無礼そのもの。『もうあなたには何も言う気がない。絶交だ』という意味だからね。でも私が込めた意味は違う。白はね、何にでもなれるんだ。色を付け、線を書き、文字を綴れば招待状にもなるのさ」


 エストの瞳が光る。


「⋯⋯招待状、ご確認しました」


「は!? お、おい!?」


 記憶を操った相手はエストを招待客だと認識した。しかし正常なもう片方はエストを侵入者、それもよく分からない力を使う女だと敵視した。

 魔女に敵う人間は居ない。が、抗うことはできる。せめて自分が時間を稼いでいる間に、危機を察知して欲しい。そう願い、警備員はエストにと襲いかかろうとする。

 ──けれど、動かない。体は指一つ動いていなかった。


「『あなたは、招待客、です』」


「あなたは、招待客、です」


 意思に反した言葉を口にする。三度それを繰り返しているうちに彼の意思さえエストの手中に堕ちた。

 エストは吸血鬼の『魅惑の魔眼』に似たことを再現した。効果は本物より弱かったが、今思いつきで始めたと考えれば十分だ。


「洗脳系魔法は意外にも組むのが難しいからね。私でも少し考えないといけない」


 警備員を二人操り、エストはパーティーに侵入する。中にも警備員は居たが外の二人と周囲を回る者ほどの装備ではなかった。軽鎧と短剣だけだ。雰囲気を守る、というものだろう。


「私みたいな侵入者がいるかもしれないのにね。全く、警備甘々だよ」


 魔女一人の侵入を防げる警備体制があるとすれば、それは間違いなく大陸最強の軍勢だろう。貴族とはいえ、それらの用意した人員が一国の軍に匹敵するわけがない。


「⋯⋯にしても貴族ばっかり。いや、当たり前なんだけど、何というか⋯⋯殺し尽くしたい」


 自身の生い立ち的に貴族というものを嫌っている。確かに彼らにも善良な人は多いし、特別一般人より性格が歪んでいるということもない。そのことは理解できている。だが納得できるわけではなかった。

 魔族の性質として、他種族を見下したり殺したいという感情が生まれやすいことが挙げられる。より詳しく言えば、魔族は自分以外の命への興味や関心が極端に薄くなり、自分の欲望が優先されやすいのだ。そして人は他人を嫌う気持ちは少なからずあるものだ。その歯止めでもある善性、理性、倫理観が無くなる。それが魔族化の影響だ。

 だから元から狂ってる奴らは人を殺すことに快感を覚えたりする。もしくはエストのように人を殺すことに忌避感を覚えなくなる。あるいは欲望が優先され、レネのように人の命を大切にするパターンだってある。

 エストの貴族への思いはまさにそれだ。元から嫌っているから、殺したいという気持ちのブレーキが壊れてしまった。


「でもいけない。やっちゃ。そしたら黒の教団を逃すかもしれない」


 エスト一人の身では鏖にすることはできない。国を壊滅することはできても、誰一人として生かして返さないなんてことはできないのだ。よって彼女には慎重に事を進める必要がある。誰一人として見逃さず、滅ぼすためには。


「⋯⋯あー。でも、一人ぐらい殺したい。何だかイライラする。これ多分あれだね。学校に行ったから余計だね。そうか。緑とか黄とか、あと黒が人殺しを愉しむのってこういう気持ちが芽生えるからか。普通の人間にも同じこと感じてたら、そりゃ大量殺人するよ。気持ち分かる。同情はしないけど」


 例えば食欲、睡眠欲、性欲を我慢しているといつか限界が来て暴れてしまうように、彼女らの殺害欲も我慢できたものではないのだろう。特にそれを『欲望』としているのであれば、なぜ我慢しなくてはいけないのかと疑問さえ抱くことだ。エストだって黒の魔女を殺したいという気持ちを抑えることはできないし、そのための知識欲を我慢したくはない。魔法の研究は続けたいものだ。


「おっといけない。私は天才美少女で優等生。皆に優しい子でないといけない」


 少なくともメリーとしての彼女には、そういう人物像が強制される。勿論今もエストではないのだ。


「⋯⋯偉そうな奴に話しかけようか。私の顔で情報引き出せるでしょ」


 ()()()は会場の中でも特に人が集まる所に歩いて行った。

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