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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−82 生存権

 エストはレイとアレオスの攻撃を避け続ける。しかし、反撃のタイミングであってもそれをしなかった。なぜか。それは、単にエストにその覚悟がなかったからだ。


(加護による洗脳⋯⋯どうして、私の能力が通じないの)


 ミカロナは今、完全に沈黙しているはずだ。であれば、能力の上書きもできて当然。それなのに、エストの能力による支配の上書きはまるで功を奏していない。つまり、前提から二通りの方法で間違っているのだろう。が、そもそもエストの能力で洗脳解除ができるという前提は間違っていないと思われる。


(とすると⋯⋯ミカロナが生きている!)


 ネツァクは本当に殺している。跡形もなく消し飛ばしているため、誰にも蘇生できないはずだ。ならば、考え得る可能性は一つ、ミカロナが生きている可能性だけだ。

 そこで、エストはロミシィーに命令を出す。死んでもらう時に能力で操ったため、今ならば操れるのだ。そうして彼女にトドメを刺させようとした。


「──あらら。バレちゃったね」


 だが、ロミシィーの頭が吹き飛ぶ。ミカロナは死んでおらず、生きていた。


「〈反蘇生アンチ・リザレクション〉なんて言葉が最期に聞こえてきたし、事実、蘇生魔法は発動しなかった⋯⋯でも、たった一回限り。あの死体が爆発する魔法もなかった。賭けだったけど、勝ったのはボクだっ!」


 ミカロナはエストの直前まで接近し、氷の剣を振るう。エストは防御魔法を展開するが、衝撃を防ぎ切れずに吹き飛ばされる。そしてレイが追撃を仕掛けてくる。彼の目が光ると同時にエストも能力を発動して無力化。

 鎌が振るわれる。重力操作で軌道を逸した。転移魔法を展開するも、スティレットが突き刺さる。


「くっ⋯⋯」


 アレオスがスティレットを投擲してくる。スピード、パワーはやはり人ではないレベルだが、エストは自分の体の重力を操り、非生物的な動き──頭部を中心に円を描くように──で避ける。


「あはははははっ!」


 ミカロナは凍りつく世界を操り、空気中に無数の刃を創造し、エストに射出する。これをエストは重力操作を駆使して避け続けるが、体力や集中力がどんどんと削れていく。


「ああ、もうっ!」


 全部壊してしまおうか、という考えが一瞬エストの脳内を走ったが、すぐさま捨て去る。ループは今回で終わりだ。そして、全部救って終わらせるのだ。


「⋯⋯やるしかないのね」


 かけなければならない制限をしつつ戦うのには限界がある。その限界が現時点だ。これ以上はやってられない。ここで切り札は切るべきだ。例えその結果、自らのあらゆる能力に欠陥が出ようとも。

 明日であれば万全だった。あと数時間眠れていたなら代償は払わない程度で済んだ。だが、今この瞬間となればそれを覚悟しなくてはならない。


(演算、言語、魔法行使⋯⋯それ以外の可能性も十分にある)


 失われる可能性の高い能力の一部だ。もしかすれば今考えたものに追加して、全部消え去るかもしれない。けれど死ぬことはない。だから、今死ぬよりは格段に良い選択のはずである。

 そうなれば、もう迷う必要はない。


「⋯⋯〈虚空(ヴォイド)──」


 鎌を振りかぶるレイ、両手に剣を持ち、構えるアレオス、魔法陣を展開するミカロナ。彼らの攻撃が一つとなり、それをエスト一人が迎撃する形だ。


「──その必要はありませんよ、エスト」


 魔法陣を半分ほど展開したところで、エストの後ろからそんな声が聞こえた。優しくて、暖かい声だった。


「レ⋯⋯ネ⋯⋯?」


 エストは彼女の言葉に従い何もしなかった。そうすれば当然、三名による総攻撃は直撃が確定する。

 しかし、それらがエストを傷つけることはなかった。障壁が、彼女を護ったのだ。


「後は安心して任せてください。もう限界なのでしょう?」


「⋯⋯うん。姉さん」


 不完全とはいえ、第十一階級魔法を行使したことによる反動は無視できたものではない。既に何回もの魔法行使をしていたエストには負担が大きく、また、安心して精神の緊張が解けてしまったこともあり、倒れる。レネは無詠唱の重力魔法でエストの体をゆっくりと寝かせた。その間、ミカロナは動かなかったし、動かさなかったし、動けなかった。


「⋯⋯さて」


 レネは障壁を解くも、彼女の瞳は光ったままだ。それに違和感や危機感を覚えたミカロナは、注意深く彼女を観察することに徹する。


「この国を恐怖に陥れ、国民を虐殺し、ロックさん、レイさん、アレオスさんを洗脳した。そして何より⋯⋯エスト(私の妹)に、取り返しの付かない選択をさせようとした」


 まるで裁判官が罪人の罪を確認するように、レネはミカロナの悪行を口にする。そこに含まれる感情に優しさはなく、あるのは険しく厳しい怒りだけだ。女神と呼ばれた彼女の性質はまるで嘘のようだった。


「──ミカロナ、あなたは私が()()


 手始めにミカロナはレイとアレオスを特攻させた。彼女はレネがついさっきまでとはまるで違うと勘付いており、カナリアのように二人を使ったのだ。


「『眠れ』」


 が、少し動こうと予備動作をしたところでアレオスは止まり、魔法を行使しようと魔法陣を展開したと同時にレイは全ての行動を停止する。そして地面に倒れ伏せた。


「『その体よ、爆ぜろ』」


 そして、ミカロナの体がいくつかのパーツに弾け飛ぶ。

 わけが分からなかった。何が起こったのかを理解するのに、時間をいくらでも必要とした。ミカロナの『第六感』はレネの発言の瞬間、ようやく感知したのだがあまりにも遅かった。しかし、蘇生魔法で蘇る。


「⋯⋯は?」


「『爆ぜろ』」


 同じことの繰り返しだ。体が弾け飛び、蘇生する。


「『爆ぜろ』──」


 何度も何度も何度も、ミカロナは殺され続けた。抵抗もできず、次の瞬間には即死の言霊が浴びせられる。蘇生を重ねる度に魔力は削れていき、やがて尽きて本当の死を迎えるだろう。

 こんな死に方は望んでいない。だから、何とかしなくてはならない。


「⋯⋯っと、なるほど。そういうことね」


「⋯⋯⋯⋯」


 ある時、やっとミカロナは死の回廊から抜け出すことに成功した。その方法は最も単純なものであったが、気がつくのにかなりの時間を費やした。おかげで魔力はもうそろそろ危険領域だ。


「どうして、君のその⋯⋯多分能力なんだろうけど、力がボクに通用しなくなったと思う?」


 レネは答えない。何も言わない。


「はははは。とっても簡単だった。ちょっと捻くれた考え方しなくても良かったよ。だって、ボクがやったことは能力を行使しただけ。いつもより少し脳のリソースを割いてね」


 ミカロナは『第六感』の情報感知能力を強めた。普段の出力で十分なそれにより多くの集中力を割り当てることは無駄でしかない。しかし、レネの能力の絡繰を知ることで無意味ではなくなると思い知るだろう。


「最初に違和感があったのは、レイより先にアレオスが君の能力の影響を受けたことだ。アレオスの抵抗力はレイより強い。にも関わらずそうなるのにはどうしてか、ボクは考えた。すると一つの結論に至ったのさ、能力の有無であると」


 ミカロナは得意げに話す。片目を閉じたりして、知的であざとい女の子を演出していた。


「そして能力の出力を上げることで、こうして君の言霊を無力化できるようになった、というわけさ。能力の原理は魔法と一緒。現実を歪める力⋯⋯だけど、力以外のものは全て正常でなくてはならないからね」


 能力は現実を捻じ曲げる力であると同時に、現実を保とうとする力でもある。例えば炎を出す超能力があったとして、それを発動するには物理法則が必要となる。だから物理法則を変えられないために、これを保とうとする力が同時に働くのだ。

 ミカロナの『感覚支配』も同様で、支配する感覚が現実のものでなければならない。これを幻にされてしまったりすると、能力の発動ができなくなってしまうからだ。

 今、彼女がしたのはこの『現実を保とうとする力』を強固なものにし、レネの超能力による改変を防御したのである。


「普段ボクらが抵抗力と呼んでるものの一部を強めただけで、こうもあっさり能力を無効化できることはまずない。けれど、君の能力は違う。ボクの能力を同格に発動させるのには接触が必要であるように、君の能力にも条件があっただけってこと」


 能力者であれば抵抗しやすい力。それがレネの能力の本質である、とミカロナは考えたのである。


「⋯⋯ふむ。正解ですね」


「でしょ? なら、もう君に勝ち目はない。ボクに殺されるか、汚されるか、選んでね。ボクこう見えて誰でもいけるタイプなんだよ」


「大方、ですけど。『その右腕を裂け』」


 ミカロナの右腕が切断され、宙を待ってから地面に落ちる。遅れて血が断面から吹き出し、痛みが回る。


「完全な抵抗を得ることができるほど、私とあなたの能力の練度に差はありませんよ。普通の魔法と同じかそれ以上の干渉ならば、問題なくこなせます。『目を潰せ』」


 彼女の両目が握り潰され、眼球が空洞となる。が、すぐさま発動した治癒魔法が先程の腕ごと目も治した。


「そう。まあでも、絶対じゃないね」


 ミカロナの厄介な回避能力を封殺することはできるようになったが、それが決定打となることはない。何しろミカロナの治癒魔法によってレネが命じ生じた傷は治ってしまうからだ。


「そして⋯⋯もう、終わりなのさ」


 彼女の氷像軍は既に完成している。エストの力でさえどうにもならない物量だ。それが竜王国首都のこの場で蹂躙を開始しているのである。


「もう、誰にも止められない! 君が来て、その瞬間ボクを殺さなかったのが全ての間違いだったのさ! 君がエストの覚悟を止めたから──」


「うるさい。『黙れ』」


 ミカロナの声帯が潰される。喉ごと引き千切られ、原型を留めなくなった。が、治癒魔法が発動する。


「はははははっ! さあさあさあ、どうする!? ボクをここで相手にすれば被害はより大きくなる。国民を助けに行けば相手にできない数を対処しなければならない。どっちに転んでも、君は詰みなのさ!」


「あなたを今すぐ殺し、氷像を全滅させるだけで良いでしょう」


 ああ、そうだ。それで正解だ。行使者がミカロナである以上、彼女の命が完全に尽きたとき、氷像軍の生成は終わる。だが、氷像軍は消えることがない。


「それ以外じゃ何もできないもんね」


「ええ。『死ね』」


 首が吹き飛ぶ。そして生き返る。


「〈三又氷戦槍(アイス・トライデント)〉」


 氷のトライデントがレネを突き刺すべく飛ぶが、レネに命中する直前で停止し反転する。


「『穿て』」


 あろうことかミカロナの魔法は反射された。彼女は防御魔法で受け止めたが、こんなことではミカロナの攻撃は通用しない。


「『凍れ』」


 ミカロナの体に氷が張る。すぐさま溶かそうとしたが、溶かすより早く凍り付いた。

 考えたものだ。いくら殺しても生き返るのなら、生きたまま無力化してしまえば良い。そしてその方法として一番手っ取り早い方法は氷漬けだ。


「なら。〈爆炎(バーニング)〉」


 普通の炎ではなく、爆発するような炎が発生した。つまりは自爆だったが、それにより氷を無理矢理溶かしたのである。

 そう、そのはずだった。


「⋯⋯え」


 爆炎が鎮まった後も、ミカロナは未だ氷漬けのままだった。見ると、レネの右手の青色の魔法陣が閉止した。


「⋯⋯まさか」


 レネは、ミカロナの自爆を防御したのである。的確にそこに障壁を展開するなんて、しかもあの一瞬で行うなんて神業にもほどがある。普通、自爆などから護れるはずはない。


「私は青の魔女ですよ。誰かを護ることは何より得意ですから」


 ──そうしてミカロナが完全に氷漬けにされた。


「⋯⋯がはっ」


 それは能力の維持限界とほぼ同時であった。いや、まだ限界になってはならない。まだ、やることはある。だから、ここで自分が倒れてはいけないのだ。


「うご⋯⋯『動け』」


 レネの能力の本質は危険の排除だ。そこに危険がない限り、能力は行使できないのである。だから、この命令は意味がない。

 彼女は仰向けに倒れる。空は晴れていく。が、冷気はまだ収まっていない。今も竜王国民が氷像軍や黒の教団らと戦闘をしているはずだ。

 ──動かないと。今ここで動かなくては、無駄に死ぬ人が増えてしまう。

 頭ではそう思っても、分かっていても、体は全く動かない。慣れない能力の行使を二連続で、しかも酷使したとなれば相応の反動だ。だが、もう少し動けたって良いはず。


「ま⋯⋯だ⋯⋯⋯⋯」


 完璧でもないゆえに、レネはその意識を手放した。


「──あ、れ?」


 二重の能力が解除されたと同時に、レイとアレオスは正気を取り戻す。すると周りには倒れた三人の魔女だ。自分たちが何をしたか。ここで何が起こったのかを把握するのに時間は必要なかった。


「エスト様! レネ様! ⋯⋯よかった、生きてる⋯⋯」


 自分の主とその身内の生存を確認して、一先ずレイは安心する。アレオスは魔女らに助けられたことに気分は良くならなかったが、今はそれどころではないと自戒する。


「魔人、私たちにはまだ仕事がある。洗脳されたことの贖罪だ。⋯⋯この国を救わねばならない」


「あなたからそんな言葉が出るとは思いませんでしたよ」


「そうしなくては、私は帝国に戻ることができないだろう?」


 レイはエスト、レネを安全な所に移動させ、ロミシィーの死体も壊されないような場所に運んだ。また、ミカロナの氷像は砕くことはあえてせず、簡易的な封印魔法を施した上で地下に埋めた。勿論そこには印を付けた。

 それから、レイとアレオスは竜王国民の救助活動を開始する。

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