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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−79 誘導

 避難キャンプの殆どの住民は武器を持ち、怯えることなくその場に立っていた。キャンプから外に出て、都市の広場の一角に集合している。辺りには竜たちがホバリングしていた。そんな集団の戦闘には三名が立っていた。少し後ろには赤髪の竜人が控えている。

 どういうわけか、いつもより寒く感じる風が吹く。天候も悪い。いや、違う。これは自然的ではない。


「⋯⋯〈天候操作コントロール・ウェザー〉」


 レイは呟く。第七階級の黄魔法に分類されるこの魔法は、一定範囲内における天候を自由自在に操る魔法だ。戦闘において、本来であれば、そこまで有用な魔法にはならない。しかし、


「雨、ですか。⋯⋯なるほど」


 急激に悪くなった天候。曇天から降り注ぐ大粒の雨。そして、不自然なぐらい低下した気温。風がそこまで強くないとはいえ、現在の気温は十五度程。体感気温では十度程だろう。


「はははは! ボクの予想は外れたようだね。てっきり殺し合うのかと⋯⋯いや、やりかけてはいたね。妨害が入っただけで」


 この舞台を用意した魔女が、遂にこの場に現れる。彼女は転移により現れた。事前に察知することができなかったことから、反転移対策を施していた、というのが分かる。

 続いて、黒のローブを纏った人間が、千人規模で現れる。数ではレネたちが勝っているが、一般人と殺しの専門家の戦闘力はまるで違う。


「──竜王様」


 ロミシィーは、黒の教団たちと同じく現れた竜を見た。漆黒の強靭な鱗、鋭利な鉤爪と、口から飛び出している牙。

 この姿は見紛うことも決してない。ラグラムナの竜王である。


「さて⋯⋯ここでボクを知る人間や竜は多いだろうけど、改めて自己紹介といこう。ボクは緑の魔女、ミカ──」


「──〈灼刃豪炎斬〉」


 レイはミカロナの真正面に転移し、大鎌を横薙ぐ。炎が半円を描き、空中の雨さえ蒸発させる熱が発生した。だが、ミカロナにとっての死の危険性があるならば、不意打ちはそうではない。だから難なく回避していた。


「酷いじゃないか。人の自己紹介は最後まで聞くものだよ」


 揶揄うように、ミカロナは笑いながら言った。


()()自己紹介ではないでしょう」


 確かにミカロナは人形だが、人ではない。人の形をしただけの化物だ。

 文字通り火蓋は切って落とされた。緊迫し、張り詰めていた空気は一気に解かれ、都市は直ちに戦場と化す。

 方や雄叫び、咆哮の嵐。方や異質なまでの静けさ、および冷徹な魔法行使音。戦場は静かにならない。


「さあ! 殺し、殺されようじゃないか! ボクの氷像(アイス・オートマタ)らよ、進軍せよ!」


「皆さん生き残ってください! そして、敵を滅ぼすのです!」


 魔女たちの発破がかけられる。それらは命令であり、士気を高める呼び掛けであり、この戦いにおける儀式だ。


 ──両陣営が、共に動く。


 竜王国民は一斉に黒の教団の方へ走るか翼を羽ばたかせる。そして彼らが黒の教団と衝突した時に己が武器を振るう。だが、黒の教団員は一般人を逸した身体能力の保持者である。だから軽々といなされるものの、数は力だ。畳み掛けられた殺意ある攻撃には対応しきれず、やがて刃に身を傷つけられる。

 両陣営の総戦力はほとんど同等だった。よって、この戦いの勝敗を決めるのは、


「〈魔法範囲拡大エクスペンド・マジック・レンジ紫炎葬パープル・クリーメイト〉」


 レネは彼女の知るところの最大火力の魔法を行使した。その瞬間、ありえないほどの魔力が消耗され、彼女はほんの少しだけ、全身の力が完全に抜けてしまった。本来、対個人魔法を対集団魔法のように運用したためだ。一気に二割ほどの魔力を失って、集中力を削いだ弊害である。

 

「────」


 が、レネの炎は、赤色の炎によって相殺された。熱では勝っていても、大きくしたその量でも負けたからだ。

 冷気を熱気で上書きし、そして酸素が一気になくなった。呼吸しても肺に酸素が入ってくる感覚が薄くなり、普通の人間であれば苦しみさえ覚えただろう。


「⋯⋯そう簡単には勝てないですよね」


 レネが対立するのは、竜王、ロックだった。少し前までの彼とは違い、まるで意思がない様子だが、実力は全く劣っていない。むしろ、身体能力を完璧に扱えるようになっているため、普段より強いかもしれない。

 そしてレネは、このロックを殺さずに勝たねばならない。


「まずは君からだよ」


 レネの背後にミカロナが現れた。が、直後にミカロナがあからさまに怯えた。


「くっ⋯⋯ああ。嘘でしょこれ。このボクが⋯⋯」


 ありとあらゆる苦痛や苦心、不愉快なもの、嫌いなものなどなどを楽しみ、愉しむミカロナに限って、今のような表情をするのは初めてかもしれない。


「──ハァ、ハァ⋯⋯っカ、ロナ⋯⋯レネ様に近寄るな」


 レイの『憂鬱の罪』は、対象に必ず嫌悪感を覚えさせる幻を見せることが本質の能力だ。だからこそマゾヒストでもあるミカロナさえも彼女らしくなく嫌な表情を、感情を抱く。


「能力者として格上の相手に、無理矢理能力を行使した反動、さぞ苦しいだろうね」


 例え『他者に影響を与える能力』であっても、誰にでも能力行使が可能なわけではない。勿論抵抗されるし、格上相手には通じない。レイのようにすれば、反動も凄まじいのは当然だ。


「うるさいっ! 〈烈風〉ッ!」


 レイは鎌を振り上げ、斬撃が乗った風を生み出す。本体による斬撃は勿論、不可視の凶器もミカロナには躱された。『第六感』の前には、見えていなくても殺意があれば関係ないのだ。


「あははははっ!」


 レイの多種多様な戦技、魔法を予知してミカロナは避ける。掠りもせず、どころか魔法のカウンターを叩き込もうとする始末だ。しかし、展開された魔法陣にスティレットが突き刺さり、魔法陣が硝子のように砕かれた。

 アレオスが乱入した。そして、ロックはレネではなく対象をアレオスに変更し、鉤爪を振り下ろす。


「やれやれ⋯⋯乱戦も良いところだね」


 ロックの腕は空中で停止した。重力が操作されたためだ。彼は更に力を込めて再び腕を振り下ろしたが、既にそこにはアレオスが居なかった。


「君は⋯⋯エスト⋯⋯なぜ、ここに?」


 ミカロナは困惑気味にエストに問う。


「そういうキミはミカロナだね。四百年前とはまるで違うよ」


 ミカロナは、エストがなぜここに居るのかについて考えることは無意味だとし、思考を開始さえしなかった。代わりに魔法の演算を行い、氷の槍を射出する。


「ありがとね、レネ」


 ミカロナへの態度とはまるで異なり、愛想と好意が含まれた声でエストはレネに話しかける。

 氷の槍はレネの能力によって、エストを傷つけることはなかった。エストは最初から守られることがわかっているように、防御も回避もしようとする予備動作がなかった。


「エスト、レネ、アレオス、レイ⋯⋯あははは。こりゃ、ボクと竜王の二人がかりでも⋯⋯骨が折れそうだなぁ」


 ミカロナは苦笑いをする。これは本心のようだ。


「二人がかり、ね。そうじゃないでしょ。ま、もうそうなってしまったんだけどね」


 エストは転移魔法を行使すると、彼女らの目の前にネツァクの死体が転送される。美貌をまるで台無しにするのがゲス顔というものだが、エストは例外だ。美貌や可愛さはそのまま、性悪さを最大限に発揮する笑みを浮かべ、人でないヒトを煽る。


「ふふふ⋯⋯大事なお仲間さんだよ? 蘇生してあげなきゃいけないねぇ?」


 ネツァクの体は顔だけが無事であり、それ以外は損傷が激しい。その場に残っているのは、全体でおよそ五割ほど。これはミカロナが蘇生できるギリギリだ。


「性格悪いって言われない? まあ、別にいいけど」


 ミカロナは蘇生魔法と、転移魔法を同時に行使する。ネツァクに対して蘇生魔法を行使すると、彼女の死体は爆散した。内臓が内側から弾け飛び、近くに居た者も同じくすることだろう。

 レネは自分たちを守るように防壁を展開し、ミカロナは転移先を計算して行使したため、両者ともにも被害無しだ。


「キツイなぁ。ホ──」


 またもや、ミカロナが展開した魔法陣はアレオスの戦技によって砕かれる。


「⋯⋯〈三又氷戦槍(アイス・トライデント)〉」


 まず、ミカロナはアレオスを狙った。この魔法を消されないことで、ある確証を得た。


(ボクの行使しようとしている魔法を判別し、特に危険なものだけを無効化している。じゃないとアレオスの体力が先に尽きるからね。でも、彼にそこまでの魔法知識はない⋯⋯とすると、考え得るのはたった一つ)


 ミカロナは何か違和感を覚えていた。

 やけにレイやレネの行動が()()()()()()()()()かのようであるにも関わらず、言葉によるそれはなかったのだ。

 ──エストの能力による思考共有。それによって、アレオスは排除する魔法を決めている。そしてレネ、レイとも同じことをしている。


(エストなら知らない魔法でも効果を予測できるだろうし、判断できるのは当たり前かな。⋯⋯でも、魔族嫌いのアレオスがそれを認めるかな。抵抗しようとすれば簡単にできるから、無理矢理じゃないだろうけど)


 ミカロナを殺すため仕方なく、というのであればありえないほどのことではない。アレオスがいくら魔族嫌いであっても、そこまで愚かなはずはない。だから、エストの能力をアレオスは受け入れている。

 ──違う。

 そうだ。それは正しい。間違っていない。これ以上考える必要はない。こんなことに脳のリソースを割いてはいけない。

 ──ボクも能力を受けていた。

 それとはまた別のものに、ミカロナは何となく、嫌な予感がしていたのだ。違和感の正体は違っていた。

 『第六感』はそう言っていないのに、彼女の経験が、知識が、これは解明しなければいけない違和感だと警報を鳴らしている。こうしたことは初めてだが、ミカロナは直感より積み重ねたものを信じた。

 ああ、やはり、エストは殺すべきだ、とミカロナは思った。この魔女はあまりに危険過ぎる。だからこそ、


「⋯⋯様子見すべき、ね」


 エストという魔女は、ミカロナの思考能力を遥かに超える天才だ。頭脳戦において、ミカロナは彼女に勝てないと断言できる。であれば、いかにしてその計算を狂わせられるか。いかにして、一片でも策略を看破するか。それらが大切な勝つための要素となることは分かっているし、唯一の対抗手段だ。

 そして現状では判断材料が少ないため、様子見する必要がある。情報収集に徹して戦わなければならない。そう、現状把握のために──。


(⋯⋯待て。いや、そんなまさか? ⋯⋯ボクがこのことに気がつくことさえも策略? わけわかんない。でも、様子見は悪手じゃないかい?)


 ──もしも、ミカロナが情報収集を優先に戦うことを選択していれば、今ここで詰みの状況に陥っていた。なぜならば、と、彼女は自分を納得させるように思慮をまとめた。


(エストは今何をした⋯⋯ネツァクの体を爆散させた。なぜ? ボクに損害を与えるため。でも、蘇生魔法のトラップを、このボクが見抜けないなんてエストが思うはずない。だから、これはミスディレクションであると仮定すると⋯⋯)


 ミカロナは一瞬だけネツァクの爆散死体に目をやる。ただの酷いだけの死体でしかなかった。しかし、


(⋯⋯『ネツァクの死体に何かを仕込んだ。あれはボクに損害を与えるためだ』と、()()()()


 そして、その目的は何か。


(⋯⋯⋯⋯本当に死体に何か仕込んでいて、ボクが仮に引っかかったら儲けもの。損がないから仕掛けるだけ得だから。そしてこれが罠なんだよね。メインの狙いは、こう考えさせること。そうすることで、ボクの意識を固定化する)


 ミカロナの意識を『ネツァクの死体は危ないかもしれない』とすることで、意識を誘導するのだ。


(⋯⋯分からない、ということへ。⋯⋯でも、それで何を期待しているの? さっぱり分からないんだけど。前提から間違ってる?)


 ネツァクの死体に注意を割かせるためなのだろうか。確かに、こうした些細な意識分散が勝敗を決定することだってある。やる価値はあってもやらない価値はないから、ミカロナは間違いだとは言い切れない。だが、そうだとも断言できない。また別の考えがあるかもしれないと思ってしまって。そしてそれこそがエストの狙い通りであることを自覚してしまう。


(⋯⋯ああもうっ!)


「どうでも良いや! 殺される前に殺せば、何もかもが何とかなる! ロック、ボクのためにエストを殺せ!」


 ロックは文化を持つ竜らしくない咆哮をあげた。

 ミカロナもネツァクの支配対象に命令できるのだ。そうするようにと、生前のネツァクに言っておいたのが功を奏した。

 

「⋯⋯やはり、加護だったのね」


 エストとレネは魔法を、レイとアレオスは得物を構える。先程までのは小競り合いでしかなかったのだと、今思い知ったからだ。

 ミカロナは魔法陣を展開する。それは〈亡国の冷気〉ではなかったが、危険性故にアレオスの判断で破壊した。


「──〈白銀の死(シルバー・アウト)〉」


 魔法は破壊したはずなのに、効果は発揮された。ただでさえ低下していた気温は更に低下した。


「なにっ!?」


 ミカロナも、いつまでもアレオスに無対策というわけにはいかなかった。魔法陣が破壊されるのなら、ダミーを用意しておけば良いだけ。全く同じタイミングで二つ以上の魔法陣を展開したのなら、同時行使できない戦技という技術には対応不可能になる。消費魔力量は二倍になるが、消されて無駄になるよりまだ良い方だ。

 辺り一面が冷気に包まれ、凍りつく。最早、この空間において安全な場所はない。全てがミカロナの射程圏内だ。隠れても無駄である。


「さあ! 凍えて苦しみ、ボクのために死ね!」

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