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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−77 プレゼンテーション

 一夜が経過したが、その間ずっと話し合いをしていたレネ、レイ、アレオスに、赤髪の竜人、ロミシィー。加えて人間のまとめ役であるアーノルド・グスランカたちは一睡もしていない。

 今度の話し合いで決定した事項は次の通りである。

 人を集め、黒の教団と殺し合う。

 都市を魔獣や凶暴な野生動物から守るために建設された壁は、今や守るべき対象に牙を向く者たちの拠点となっている。昨晩行われた竜人の虐殺は誘導でもあったのだろう。昨日の朝まで、そのような不審はなかった。

 問題はこの突破であるのだが、結論から言って、正面切っての殺し合いだ。そしてこれには、住民の多くを──例え戦えずとも徴兵する必要がある。特に男は、ほぼ全員と言って構わない。

 なぜこうなったか?


「竜たちは病気などがなければ全員戦えます。戦力としては十分ではないですか?」


「相手は人造竜。材料はわかりませんが、かなり容易く用意できたようです。それらが何人いるかもわからない今、竜だけでなんとかできるものだとは思わない方が良いかと」


 という会話があったからだ。

 付け加えると、ミカロナやネツァク、黒の教団員も居る。竜だけでは簡単に滅ぼされてしまうだろう。

 さて肝心の避難方法だが、まさか戦っている現場を抜けるわけにはいかない。この戦いは相手の戦力を一か所に集中させることが目的である。そうすることで警備の手薄な場所から逃れるのだが、無論敵がゼロなわけではない。


「そこは私が担当しましょう。こう見えて腕っ節には自信があるんです」


 ロミシィーがそう言ったので、また彼女の言葉は間違っていないと分かるので、全員一致で決定した。

 そしてこれに付随する形で決めなければならないのが、戦場に行く人員であるのだが、


「そこは私から話しておきましょう。竜王国民に死を恐れる戦士は居ませんし、国のために忠義を尽くすのは戦士だけではありません」


 流石は人のまとめ役と言える自信が見えた。今回が初対面で何も知らない相手だが、印象はかなり良い男である。金髪が後退しているのも、ある種の歴戦の猛者を表しているようにさえ思えた。

 まとめると、黒の教団に喧嘩を売って誘導。その隙に住人を避難させるという単純な作戦だ。


「実行は⋯⋯八時間後。それまでに武器を掻き集め、人々をまとめあげます」


 現在時刻は六時。よって実行予定時間は十四時以降ということである。それまでに何もないことを願うが、それまでも、それからも警戒は解けないだろう。全て、終わるまで。


「ふむ。分かりました。それでは、次にレネ様を逃がすことについて話したいのですが」


「はい。⋯⋯はい?」


 一瞬、自然過ぎてそのまま流しかけたが、レネはレイの提案を断固として拒否する。


「それはできません。私だけが逃げるなど。それとも、この私が弱いと?」


「いえ、そんなことありません。しかし、これ以上危険に晒すことは⋯⋯」


 だが、レイもそこを譲らない。もう既に二度もミカロナと戦闘しているが、これ以上危険に晒さないようにする、という理屈も分かる。


「なら良いでしょう」


「いや、しかし⋯⋯」


 と、水掛け論のように終わらない言い合いの始まりだ。どちらかが妥協しなくてはならない。


「⋯⋯今、戦力を少しでも失うことは避けるべきことでしょう。魔人にとってそこの魔女がどれだけ大切だとかは知りませんが、どちらが愚かであるか。考えましたか?」


「⋯⋯っ」


 レネはエストの大事な身内だ。つまり、エストの従者であるレイは彼女の身を案じなくてはならない立場にある。逃げられる可能性が出てきた今、それを優先したくなったのだ。

 こんなとき、彼の主人のエストなら、どう言っただろうか。レイと同じことをしたか、はたまた、


(エスト様であれば、レネ様を信じて一緒に戦ったのかもしれない)


 真偽は分からない。ここに本人を呼ばなければ確かめられない問題だ。けれど、どっちが答えでもおかしくない。


「⋯⋯レネ様、今度こそ、私の側に居てください。私が守れる所に、ずっと居てください。それが条件です」


「分かりました。私を守れるなら、私もあなたを護れるわけですしね」


 これにて話し合うことは終わりだ。あとは、その時を待つだけ。そう思った瞬間だった。


「──あーあ。聞こえるかな?」


 聞き慣れた声が聞こえた。頭に直接響くような感じではなく、大音量で都市全体に鳴り響くような声だった。拡声魔法よるものだろう。あの緑の魔女にこんな声量はなかったはずだ。


「まあいいや。聞こえていても聞こえていなくても、やることは変わらないからね。さて、皆さん、おはよう。ボクはミカロナ。緑の魔女って肩書を持っている女の子だよ」


 どういうつもりなのだろうか。あのイカれ外道は、何をするつもりなのか。レネは遮音魔法を行使することも考えたが、ミカロナの発言の前半が気になって、しないことにした。


「今こうして声をかけているのは、ボクは君たちに慈悲をかけようかな、と思ったからさ。昨日のこと覚えてる? 竜人たちが君たち人間の住処を荒らし回ったこと。あれの原因はボク⋯⋯いや、ボクたち。ここまで言えば分かると思うけど、ボクたちの目的は君たちを殺し尽くすことだよ」


 ミカロナは自分の悪事を言いふらした。が、その目的が未だ見えてこない。


「で、矛盾するようだけど、ボクたちは何も、竜王国を滅ぼしたいわけじゃない。人間か竜か、どちらかを殺し尽くせばそれで十分。もしくはそれら両方の半数が死んでくれれば、ボクたちはもう殺戮をする必要がない」


 優しい声だ。しかし内容は優しさからかけ離れた内容である。生命を冒涜していると言っても良い内容に、怖気を感じない人間はいない。


「そこで、だ。キミら──殺し合ってよ」


 一瞬だけ、世界が無音になった。そう錯覚した。あまりにも飛躍したミカロナの結論に、脳が追いつかなかったのだ。


「竜は人間を、人間は竜を、それぞれ殺すのさ。片方が滅びればもう片方は生き残り、そしてボクたちも目的が達成されて嬉しい。そしてさらに、この国にいるボク以外の魔女と、魔人と、神父を殺した者には絶対の生存権を認めよう。まあ、ボクでも梃子摺るからオススメはしないけどね。でも、君らみたいな普通の人間、普通の竜には手出しし辛いんじゃないかなぁ。だって彼ら、優しいし」


 特に「優しいし」という部分は、嘲るような、馬鹿にするような、見下すような感情が含まれていた。台詞のあとには笑い声が続いた。


「じゃ、そういうこと。皆でボクたちに向かってきても良いよ。でもでも、これはボクの慈悲と、予想外の三人の妨害者が居たからこそ回ってきたチャンスだと分かっておいてね。元より君ら全員を殺せる戦力はあったと、考えておくと良いよ」


 こうして、ミカロナによる史上最悪の演説は終了した。


 ◆◆◆


 力あるものは、その力を驕る傾向にある。例えばあらゆる者を小指一つであしらえて殺せる力を持つならば、恐れるものはないだろう。気に入らない人が居れば殺すかもしれない。法律や憲法さえも、圧倒的力の前には等しく塵に同じだろう。

 例外があるとすれば、全てがどうでも良いと思っているか、よほどの善意を持っているかだ。つまるところ極少数ということである。

 竜はそんな『力あるもの』に分類される種族であり、人間と相対すれば否定し難い。

 ──人間か竜か、どちらかが滅びれば片方は助かる。

 そのような甘い蜜に心が揺り動かされない竜は居なかった。人間という弱小者族を、プチプチと叩き潰す作業で自分たちが助かるならば、それに勝る方法はないのではないか。


「──と、竜は考えるだろうね」


 ミカロナは笑う。


「自分の命こそ最優先。その方法が手中に、文字通りあるのさ。共存? 共生? 助け合い? ははははっ! そんな幻想を、自分たちで壊すのさ、奴らは」


 ネツァクは本当に、ミカロナの性格が悪いと思い知っている。彼女には最初から両陣営の片方を助ける気なんてない。殺し合いをさせて、残った方を殺すつもりだ。全ては、レネ、レイ、アレオスを消耗させるため。


「⋯⋯団結する可能性もないわけじゃないでしょ」


 何となくだが、ネツァクはミカロナのことが嫌いだ。理由は凡そ見当がつく。彼女は、自分以外を全て駒にしか思っていないから。ネツァクも人に誉められた善人でないと自覚している。大罪人として処刑されたとして、それを不幸だと嘆くつもりはない。

 それでも、ネツァクにも仲間を大切にする気持ちはある。黒の魔女を崇拝する気持ちがある。

 だが、ミカロナはどうだ。この、自分以外の全てを舞台装置にしか思っていない、根っからの自己愛主義者、自己利益主義者、差別主義者である彼女は、果たして本当の愛や仲間意識などはあるのか。


「その時はあっぱれだね。正面から叩き潰すに限るよ。完成したんだ」


「完成⋯⋯?」


 そういえば、何やら紙に魔法陣を描いている姿が見受けられた。新しく魔法でも作ったのだろうか。もしそうなら、学会に提出するレベルだ。


「そう。〈亡国の冷気(ホワイト・エンド)〉。都市一つなら丸々凍りつかせられる想定の魔法。発動させかけた感覚からすると、行使力は足りてる。でもボクの魔力の殆どを消費するか、これを使うかしないと発動できないね」


 ミカロナはネックレスの先にあるものを見せる。一見するとただの赤色の宝石のような装飾品でしかないそれは彼女が自前で用意したもので、大きさに反して大量の魔力を保有している。


「『魔力結晶』。魔力石より純度が高いものね。どこで見つけたの?」


 自然由来のそれを発見できたなら、一生分の幸運を使い果たしたとまで言われる伝説級の魔力石の一種である。


「ボクの体内」


「は?」


「半分冗談。魔力石を加工して、あと色々したらできた。あ、ちなみにこっちが更に純度が高くてデカイ『魔力重結晶』ね」


 ミカロナは空間に手を入れて、どこからともなくそれを取り出した。

 『魔力重結晶』はちょっとだけ暴走させるだけで国一つを瓦礫の国に変貌させるエネルギーを持つ魔力石のひとつだ。


「⋯⋯で? なんであんな茶番したの? それがあれば、今からでも国滅ぼしぐらいできるでしょ。というか何で言わなかったの」


「青の魔女なら防げるからね。国滅ぼしはできても、護るものがなくなったレネとは戦うことになる」


「と、言うと? 青は六色でも最弱なんじゃ?」


「そうね。護るものがあれば、彼女は最弱だよ。でも護るものがなくなったとき、彼女は⋯⋯。少なくとも三百年前の白よりは強くなる。それだけ言っておく」


 ミカロナは少し手合わせしただけで、レネのポテンシャルを見抜いた。あれは典型的な『自分を無意識に抑制している化物』である。


「確かに、彼女の殲滅力、破壊力、魔力、状況判断能力⋯⋯何もかも誰かの下位互換だよ。唯一、青魔法だけは最高だけど、それだけ。なのにどうして、ボクは彼女を()()()()()んだと思う?」


「⋯⋯潜在能力?」


「それもある。まさか防御系の能力を拘束に使われると思ってなかったね。でも違う。彼女の『欲望』は阻害しやすいことだよ」


 それは弱点ではないのかとネツァクは思った。魔女とは『欲望』に生きる者であり、それがそれでなくなったとき、魔女に非ずと言って過言ではない。


「レネは『誰かを護ること』に執着している。本来、魔女になれば自分以外どうでも良くなるのに。彼女だけ例外だと思った? 彼女もボクたちと同じだよ」


 ミカロナは力を込めて、言う。


「──魔女は身勝手」


 それはレネであっても例外ではない。彼女の『欲望』が誰かのために働くことだから例外に見えるだけで、表面でしか違いはないだけに過ぎない。


「そして、『欲望』を叶えられなかった魔女はどうなるだろうね? ⋯⋯分からない。だからこそ、怖いのさ。爆発の規模がわからない爆弾を、わざわざ爆発させるようなものだよ」


 レネはある意味で自分に縛られている魔女だ。誰かを護るという意識は、何よりも大きな足枷となる。それが『護れなかった』となればどうなるか。

 

「だからこそ、レネを相手にするときは、万全の状態で、そして誰からも妨害がない状況で戦いたい。ただでさえ馬鹿強いのに、縛りがなくなって暴走しようものなら、ね⋯⋯」


 『欲望』を叶えられなかった魔女一人を相手にするか、魔女を含めた三人を相手にするか。

 ロックを洗脳したのはレイやアレオスのどちらか、もしくは両方を仕留めるためである。


「──ゾクゾクしない? ボクは、彼女を殺したい。壊れた女神を地に堕としたい。それからエストにレネの首を見せつけるのさ。さぞ絶景を見られるだろうね」


 要は、全てミカロナの『欲望』が理由ということだ。内部分裂を誘導したのは、それがレネを絶望させるために効率的な方法だからだ。ただ殺そうとしたところで、レネに邪魔されるのだから。


「醜い人間や竜を護れるのかな。彼女は護るべきものに価値をつけているのかな。そしてそれを自覚するのかな。全部分からなくなったとき、彼女は一体何をするんだろうね」


 目的の結果の最終地点は同じでも、目的そのものが同じであるとは限らない。利害関係のみで成り立っている黒の教団とミカロナは、仲間にはなれない。

 結局のところ、ミカロナは黒の教団にとってもトリックスターとなってしまったのだ。その結果が、今から行われる茶番劇だ。


「さあ、見学しようか。彼らがどんな選択をするかを」

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