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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−72 合図

 女性は真っ暗闇の中の階段を、コツコツという音を立てて降りていく。その足取りには一切の迷いや、暗闇に対する恐怖は感じられなかった。別段、彼女に暗視能力があるわけではない。ただ単に、知っている道であるからだ。

 もうそろそろ扉が見える頃だと思えば、それに応えるように彼女の目の前に木製の扉が現れた。その扉を軽く押して、その先に歩みを進めた。


「⋯⋯何してるの?」


 女性が真っ先に見たのは、全裸の、また別の女性であった。緑髪の彼女は服を地面に脱ぎ捨てており、どういうわけか自分の体を確認していた。


「ん? 何だネツァクか。そういえば今日の夜だね」


「そうだけど、なんで服脱いでるの?」


 魔女、ミカロナはくるりと半回転して体の前の方をネツァクに向ける。服の上から分かっていたことだが、あれでも下着でかなり抑えられていたんだなと思うほどに大きい胸に下半身、そしてそれらに反比例するように細い腰回り。白のインクを肌に混ぜたのではないかと錯覚するほどに色白の肌には透明感があった。彼女の顔の良さも相まって、ネツァクは同性であるものの思わず目を逸らしてしまった。


「あら、君、結構可愛いところあるじゃん。女同士なのに照れちゃって」


「うるさい! 痴女!」


「酷いなぁ。僕はただ体の傷が治ったか確認していただけなのに」


 実際それは間違っておらず、ミカロナは以前の戦いの傷がまだ残っていないかを確認していた。彼女は傷を治癒魔法で無理矢理開くという文字通りの荒業ができ、傷跡があればそれを開いて再度治癒しようとしていたのだ。が、そういったものはなかった。


「乙女の体に傷があったら、嫁入りができなくなっちゃうでしょ? これは必要なのさ」


「あなたのようなイカレた女と結婚したい男なんて居ないでしょ」


「酷いね、君。あと僕、男じゃなくても、僕が好きになれるなら誰だって構わないよ。レネみたいな人とか。僕、普段優しいけどキレると凄く怖く、冷酷になれる人好きなんだよね。叩き潰すにしても、逆に殺されるにしても、最高。ま、普段からサディスト、マゾヒスト極まってるのも良いんだけど」


「えぇ⋯⋯」


 ドン引くネツァクを特に気にすることもなく、そんなこんなでミカロナは服を着る。服にも血がべっとりと付いていたはずだが、しっかり洗っており、新品同然だった。


「さて。で? 何しに来たのかな? まさか僕の裸体を見に来たわけじゃないだろうし」


「それはあなたのせいよ。わたしに非はない。⋯⋯打ち合わせと報告とプレゼントよ。主に例の三人組についてね」


 それからネツァクはこの二日間の出来事をミカロナに伝え始めた。

 まず、ミカロナの魔法によって造り出した()()()()()()()は、想定通りの働きをしたということ。問題なく活動をし、命令を執行するために最善を尽くした。そのために必要な情報以外の一切──例えば死への恐怖や、反抗の意思、他者への憐れみなど──は確認されなかった。

 次に、人間たちへの根回し。ネツァクの加護の力の術中に陥った彼らを唆すのはとんでもなく簡単な話だった。あとはたった一言の命令のみで、計画は実行される。

 そして最後、急遽この都市に設置した大魔法。弱体結界の展開だ。


「なるほどねぇ。あの実験動物はきちんと動いたわけだ。素材は同質量の肉だけど、用意できてる?」


「勿論。⋯⋯そこに用意しなさい」


 ネツァクは誰かに命令を下すと、彼女の影が蠢き、次の瞬間、彼女らのすぐ近くに肉塊が転送された。

 水分を含んだ音を立てながら、肉塊は、その自重に耐えられず崩れ、辺りに生臭さを撒き散らす。肉は牛や鳥、豚、羊などの食肉ではなく、人と竜の肉の混合物だ。どうやら死体をそのままミンチにしたらしく、よく見ると衣服や眼球、辛うじて原型が翼とわかるものなどなどがあった。

 普通であれば不快を露わにするところだが、ミカロナは普通とは言い難かった。まるでプレゼントを──いや彼女にとっては正しく贈物であったからだ。


「なんキロ? ちゃんと()()入ってる?」


「千八百キログラムほどね。当然よ」


「なら三十人ほどかな」


 ミカロナの独自魔法(オリジナルマジック)、〈変造蘇生フォージェリーリザレクション〉。従来の蘇生魔法は『特定の生物の死体を、生前の状態に戻す』というものであり、その特定生物の肉体が一定量以上必要だった。また、これは血縁であっても別物と認識される。

 しかし、〈変造蘇生〉は全く別物同士の肉体を素材に生命を再生させる魔法だ。


「元医者であり、錬金術の知識も学び、それらを魔法に落とし込む。流石は黒の魔女様が直々にスカウトした存在ね」


 懐から魔力石を取り出しつつ、ミカロナはネツァクの言葉に返す。


「ほとんど脅しだったけどね」


 ミカロナは今でも、メーデアと出会ったときのことを事細かく思い出せる。そして、未だにあのときの恐怖は忘れられない。


「『あなたのその力、素晴らしい。あなたが望むものを提供するので私のために働くか、ここで危険因子として殺し合うか、決めてください』⋯⋯逆らえば死に、従えば僕の『欲望』は満たされると思った。選択肢を与えているようで、実際には択一だった」


 彼女は語りだす。話している最中にも、彼女は紅潮していった。


「これまでのあらゆる恐怖、あらゆる絶望はただの子供騙しなんじゃないかって思えた」


 まるで恐怖そのものを相手にしているようだった。言葉にできない漠然とした恐怖。ただそれは不愉快なものではなく、むしろ逆。ミカロナにとって、ではない。万物に対してそれは正しく恐怖だが、同時に惹かれるものでもあった。それら相乗効果により、ミカロナは、


「僕は魅入ったのさ。君たちの気持ちが分かったような気もしたよ。あんな化物を信仰するなんて、僕たちより頭おかしい奴居たんだ、って思ってたのがひっくり返された」


 それでも心が完全に奪われていないのは、ミカロナの『欲望』がそれだけ強いということである。当然、それぐらいなければ『欲望』にならないのだが。

 

「あの御方に忠義を尽くすことこそわたしたちの生きる目的であり、同胞の証。真の意味で従っていないあなたが、魅入ったなんて不快ね」


 ネツァクは明らかに機嫌を悪くした。どうやら、ミカロナの言葉が挑発に受け取られたようだ。黒の魔女に尽くすことが至上の喜びであると確信する彼らにとって、そうしないことは異常であることだからだろう。それが、魅力を理解した上での話であるならば尚更だ。


「僕は緑の魔女なのさ。魔女は頭のネジが何本も飛んでいないといけないし、『欲望』こそ唯一従うもの。僕は僕以外に従わない。例え対象がメーデアであってもね」


 その瞬間、ネツァクは目を見開いた。黒の教団において、あの御方の名前を呼ぶことは禁忌に値し、破れば確実な死が訪れる。それは蘇生魔法さえ無意味となる力である。


「⋯⋯なぜ、死なない?」


 そのはずだった。


「なぜ死なないか? はは。前提から間違ってるよ。君らの主の力は発揮された。僕はその上で生きているだけさ」


 メーデアの名を呼んで生き抜けるのはこの世界に何人居るのか。おそらく片手の指で足りるだろう。

 ミカロナはドス黒い血反吐を吐くが、平然としている。


「あーあ、なんていう呪いなのこれ? 『縛り』があるにしても、僕がここまでキツいなんて、冗談抜きで僕以外誰も生き返られないんじゃないのこれ」


 そうこう言いつつミカロナは予定通りの人数の竜人を造り終えた。造形は彼女曰く『絵を描くようなもの』らしいのだが、内臓までメイキングしているため、それがとんでもない技術であることは誰しもが理解していることだろう。


「さてと、あとは記憶操作の魔法でちょいちょいっと。はい、終わり」


 同時、全く新しい、造られた竜人たちは目を開けた。


 ◆◆◆


 ネツァクは階段を上がる。ミカロナに肉塊を届け、情報交換だけだったはずだが、思っていたより時間がかかった。しかし、そうして余裕でいられるほど切羽詰まっているわけではなかったのもまた事実だ。

 

「何なのあいつ。腹立つなぁ」


 別れた直後に悪口を言うのは、いささか陰湿だが、しかし、ネツァクがそうなるのも無理はない。彼女にとってミカロナは地雷を踏み抜くことしかしない相手なのだから。


「⋯⋯不敬だけど、あの御方はどうしてあんな奴に声をかけたの。確かに実力は⋯⋯悔しいけどある。でも忠誠心が全くない」


 ミカロナにとって都合がよくなれば、平然と黒の魔女を裏切ることは簡単に予想できる。それを隠そうともしないミカロナの態度は笑って見過ごせるわけがなかった。


「さっさとやることやって、あの御方に褒めて貰いたい⋯⋯」


 そんな切実な願いをネツァクは叫んだところで、ようやく地上に出た。

 時刻は午後八時。夜はまだまだ始まった時間であり、大通りには多くの人々が往来している。

 魔法によって扉が隠されたことを確認し、半裸な服装では目立つため上からローブを羽織ると、彼女は大通りを歩く。


「⋯⋯⋯⋯」


 ネツァクは目的の場所に向かった。

 突然腕を掴まれた。その先を見ると、男の顔があった。そして路地裏に一瞬で連れ込まれる。


「────」


 男はネツァクのローブを取り払う。そのときの衝撃で彼女の双丘が揺れた。そして男はそこに手を伸ばし、触る。

 また、複数の男が現れた。

 これから、女は犯される。いくら竜が統治する国家であろうとも、こうした事件は起こるものだ。


「──見逃せませんね、一人の女性を複数の男で襲うなど」


 男たちは声のした方向を見る。そこには長身の美男子が立っていた。執事服を着こなす彼は筋肉質ではなかったが、それでも感じさせる威圧感は凄まじい。真っ黒な眼球で睨みつけるが、男たちは逃げ出そうとしなかった。人数で勝っているからだろう。


「鎌で相手をしてもよろしいのですが、生憎、あなたたちは軽く振っただけで両断してしまいそうなのですよ。なので、素手で相手してあげましょう」


 それからは一瞬だった。男たちは刃物を手に取って執事に襲いかかったが、掠りもすることなく、彼の軽い拳や蹴りで吹き飛ばされたりし、気絶してしまった。一人残らず無力化すると、彼はネツァクに近づいて、


「大丈夫ですか。よろしければ、安全な所まで同行いたしましょうか?」


「⋯⋯あなたのお名前は?」


「え? あ、あぁ⋯⋯私はレイと申します」


「そうですか。レイさん、先程はありがとうございました」


 ネツァクのあまりにも冷静な態度に、レイは困惑した。普通、襲われかけたのならもっと焦ってよいはずなのに。

 しかし、違和感でしかない。訝しむ理由にはならなかった。だからこそ、彼は何もできなかった。


「では、少し痛がってね」


 ネツァクは胸から取り出した小型の魔具をレイに向け、起動した。すると刻まれていた魔法陣が発光し、直後、効果が顕現する。


「なっ」


 ──爆発音と共に、レイは空を見上げた。

 頭に衝撃が走ったかと思えば、直後これだ。レイの体は回転しながら路地裏から吹き飛ばされて、家屋に突っ込む。


「作戦成功ね。ほら、目を覚ましなさい。直にこの辺りは血の海よ」


 ネツァクは自分を襲わせた男たち──黒の教団の部下を叩き起こし、その場から不可視化してから逃れる。

 レイが瓦礫の下敷きにならなかったのは偶然であったが、彼は目を閉じていた。人々はなんだなんだとその場に集まり、頭から血を流すレイを見るしかできなかった。誰かが治癒魔法使いを呼びに行ったが、その人が来る前にレイは目を開いた。


「うっ⋯⋯気絶、していた? どれくらい⋯⋯数分程度か」


 助けたと思った女にどういうわけか攻撃された。いや、最初から仕組まれていたのだと理解するのにそれほど考える必要はなかった。とにかく今はこのことをレネに報告しないといけない。嫌な予感がするのだ。


「⋯⋯あれ」


 上手く体が動かせない。脳震盪の影響か、もしくはあの魔法が理由か、どちらもあり得る話だが、どうやらレイは無力化されたようだった。

 それでも、上手く体を動かせなくても、レイは無理矢理立ち上がった。立ち眩みに似た症状が起きて、彼は頭を抱える。


「お、おい、兄ちゃん、動くな。今すぐ治癒魔法使いが」


「必要⋯⋯ありません。〈治癒(ヒール)〉」


 レイは自力で魔法を行使する。──だが、


「があっ!? がはっ⋯⋯げほっ⋯⋯っ!?」


 体を治す魔法は、あろうことか全く逆の効果を発揮した。頭痛はより酷くなり、平衡感覚は失われて立てなくなってしまった。それでも意識だけははっきりとしている。


「まず⋯⋯い。こ、れ、は⋯⋯があっ!」


 レイの器官に鉄の味が染み渡り、そして吐き出した。

 それでも尚意識だけは保たれており、それを落とすことはできないでいた。レイはこの苦しみを味わうことを強制されたのだ。


「────」


 その最中、レイは辺りに響き渡る悲鳴を聞いた。それを確認することも、今の彼にはできなかった。

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