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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−71 殺人事件

 ベッドで横になり、瞼を閉じた次の瞬間には、窓から太陽の光が差していた。

 気絶するように眠っていたことを自覚したが、それが休んで良い理由にはならない。使命は常に魔族、そして異種族の撲滅であることには変わりないのだから。

 部屋は客人用ともあり、ベッド、机と椅子、クローゼット、他に装飾品があるだけのものだけだが、貧相な雰囲気はない。そこで神父服の上着を着ると、彼は剣を手に取った。


「何やら騒がしいな」


 アレオスが起きたのは、単に日が昇ったということもあるが、それ以上に大きな理由はこの騒がしさだ。そして、この緊迫感である。

 彼は部屋から出ていき、手短な竜に話を聞いた。


「今朝から人の居住区で死傷者が出るような騒動があったんだ。もう沈静化したが⋯⋯」


 竜は上位種族だ。だから、下位種族である人間への思いは無いものだとよく言われる。しかし、実際は異なっていた。ラグラムナ竜王国の竜たちには差別意識なんてない。アレオスが適当に聞いた竜は、人間の友人が多い竜だった。


「⋯⋯多くの人が死んだ。子供さえ見境なく──竜が、人を殺したんだ」


「そうですか。その竜は?」


「殺された。どうしてこんなことが⋯⋯クソッ⋯⋯」


 竜は頭を抱えていたが、アレオスはそれ以上何も言わずにその場を去った。自分にできることは現場に足を運び、そこで何かの手がかりを掴むだけなのだ。

 竜の居住区域も、いつもより騒がしかった。耳を澄ませば今朝の事件の話ばかりであった。

 その道中、アレオスは先程の竜の発言を思い返す。


「人間と別種族は共存できない。どれだけ仲が良くても、価値観や力の差が友情を壊す」


 彼のその言葉にはどこか重みがあった。

 やがて竜の人間の居住区境界に辿り着く。特に長時間検査することもなく、五分もしないうちに人間の居住区に行くことができた。

 つい先程までの、自分が小人にでもなったのではないかと疑うほどに巨大な家屋の姿はそこになく、あるのは人間スケールの建物ばかりだ。それが当たり前であり、竜の居住区には一日しか滞在していなかったというのに、懐かしく感じた。


「すみません。今朝の事件について聞きたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」


 アレオスは目についた青年に声を掛ける。青年は「何が聞きたいのですか?」と快く引き受けてくれた。


「まず、竜が人間を殺したという事件であったはずですが、何かおかしな点はありませんでしたか?」


「うーん⋯⋯それ、ですね」


 アレオスが「それ」とは何かを聞くと、青年は竜が人を殺すことだと言った。竜が人間に危害を加えることは、人間が人間に同じことをするよりも重罪であるらしいのだ。曰く、種族間の力量差が理由だとか。


「なるほど。⋯⋯それにしても、町があまり壊されていないようですね。竜が暴れたにしては」


 青年はアレオスの発言が予想外であったらしく、すこし驚いてから質問した。


「もしかして、外国の方ですか?」


「え? えぇ、まあ」


「ああ、だから。⋯⋯竜が人間の居住区に入るときには、原則人間形態でなければならないんです。でなければ歩くだけで家屋が崩壊しますから。そういうことで、竜は人化魔法を使える者が多く、門番には必ず魔法使いの竜が駐在しているんです」


 つまり、人間形態で()の竜は暴れたのだろう。

 それからアレオスは事件が発生した場所を青年から聞き出すと、青年と別れてそこへ向かった。

 やがて事件現場に到着すると、そこには多くの衛兵と野次馬が居た。

 鼻につくのは鉄の匂い。アレオスが嗅ぎなれた血の香りだ。現場は青色のシートによって隠されているが、そこに死体があることは確定している。今は、現場調査でもしているのだろう。


「すみません。私は竜王より事件の調査を任されている者です。現場を見せてもらっても?」


 アレオスは衛兵に、調査のために話しかける。


「竜王様の? ⋯⋯そんな話聞いたことがないが」


 しかし、当然の如く衛兵はアレオスを疑っている。普通に考えてそんなこと信用されない。


「昨晩の事件は知っていますか?」


「ああ。王城で王様が襲撃に遭った事件だろ? 確かある二人が守ったとかなんとか」


「その片方が私です」


「えっ」


 衛兵はアレオスのことをじっと見る。それからしばらく考え、何かに納得したのか頷いてから、


「ふむ。神父服を着ているから分からなかったが、お前⋯⋯どこの人間だ?」


 彼は戦士の勘とやらでアレオスの実力を一端とはいえ感じ取ると、思わず後退る。


「聞かないほうが良いでしょうね。それでも?」


「⋯⋯いいや、分かった。なるほど、聞かないべきだな。俺も知らなかったことにする」


「それは嬉しい限りです」


 アレオスは衛兵から許可をもらうと、現場に入った。その際に手袋とマスクを渡されたため、彼は手袋を付け替えて、マスクをつけた。

 現場は街道であったはずなのだが、そこはまるで荒れ果てた土地のようだった。石畳が欠片もなく、一面には血液が──成人が何人か死ぬと確信するほどの量──ぶちまけられていた。

 そして死体もそこにあり、彼らはおそらく発見当時のままの状態だ。

 死体は全部で四人。下半身が原型を止めていない者、体を縦に真っ二つに別けられた者、胴体に風穴が開けられ、臓物が丸見えの者、そして頭がない者。

 特に、頭無しの死体には、翼と尻尾があり、それは竜のものだった。竜は人化しても翼や尻尾を生やしたままにすることが多いことより、それが今回の首謀者だろう。


「死者に共通点はない、少なくとも外見的情報では」


 被害者は性別年齢がバラバラである。やはり無差別であるらしい。


「しかし⋯⋯三人か」


 被害者数を見てアレオスは違和感を覚えた。率直に言って、少ないのだ。人化したと言えど力は竜形態から大きく落ちたわけではない。体の大きさや慣れ以外の面では変わっていないのだ。

 そしてここは街道。普通の人間でも殺戮に走ればもっと殺せるはずなのだ。


「緑の魔女であっても人を操ることぐらい容易いだろう。調べてみるか」


 アレオスは死体を診る。彼は医者ではないが、目は良い方であり、生物の体の構成に関してはそれなりの知識がある。


「⋯⋯これは」


 アレオスは死体を見ていると、胸に傷があることに気がついた。それは切開されたような、抉じ開けられたような傷であり、斬れ味の悪いメスで行った手術痕みたいだった。ただし、その傷跡はほぼ無いに等しく、アレオスももしかすれば見落としていたかもしれない。

 

「すみません。この死体はこのあとどうするのですか?」


 アレオスは近くの鎧男に聞く。


「すぐに焼却する。放置してアンデッドにでもなったら大騒ぎだからな」


「ならばこの死体を開いても? ここに傷跡があるんです。それも、おそらく非常に高度な治癒魔法によって塞がれたものが」


 男は、アレオスに指さされた死体の胸を見ると傷跡に気づいたようだ。


「解剖、か。まあいいだろう」


 アレオスは会釈してからスティレットで胸を切り開く。予想通り血生臭さが彼の鼻を刺激したが、特に気にすることもなく中身を確認する。


「⋯⋯ふむ」


「どうだ?」


「ないです。なにも」


 それは『異常はなかった』という意味ではない。寧ろ全く逆。何もないことが、異常なのだから。


「心臓どころか、臓器のほぼすべてがない。血だまりがあるだけでした」


 普通に考えておかしいことだ。なぜならばその死体は今朝は動いていたはずであり、首が落とされてからは何もされていない。つまり、動いていたときから臓器が抜き取られていたということなのである。

 

「⋯⋯いや、まさか」


 アレオスは嫌な予想が間違っていること願って死体の全身を注視する。が、彼のその予想はもしかすれば間違っていないのかもしれない。

 ──全身に傷があった。まるで、パズルのピースのように継ぎ接ぎをされたようなものだった。


「これは⋯⋯」


 すぐさま調べなくてはいけない。そのためには、住民情報がある役所に行かなくてはならないだろう。それからレネとレイ、ロックを呼び出し、早急にこのことを伝えなくてはならない。


 ◆◆◆


「──ということがありました。そして調べた結果、犯人である竜の情報は戸籍上にありませんでした」


 夕方。アレオスはレネとレイを呼び出し、今日の朝何があったのかを話した。ロックも呼んだが、少し体調が優れないらしくこの場には居ない。


「つまりあなたが言いたいことは、犯人は『造られた存在』であると?」


「ええ」


 首を吹き飛ばしたぐらいで死ぬような弱いアンデッドを、ミカロナたちが作るとは思えない。仮に作ったとしても、内蔵まで詰め込むはずだ。

 

「魔法の専門家として、そういったことは可能ですか?」


 聖職者であり魔族を嫌うアレオスが、魔女のレネに助言を求めるということは忌避すべきことだが、ケースバイケースだ。知識はその専門家に聞くべきなのである。

 レネはそれが嬉しかったのか、胸を張って少し得意気に答えた。


「私は人造人間(ホムンクルス)を造ったことがあります。その経験から言わせてもらうと、内臓のない生命を造り出すことは⋯⋯可能です。が、残酷でもありますね」


 レネがメイドのホムンクルスたちを造ったとき、最初から成功したわけではなかった。何故ならば生命の創造とは召還とは異なる理論を要し、その理論こそ錬金術の範囲だったのだ。

 レネはその錬金術の禁忌とも言われる人体錬成の技術を学んだ。禁忌とは言われるが、錬成することがタブーなのであって、技術は医学のために研究されていたため、ゼロからではなかった。それでも難しいことには変わらず、試行錯誤したものだ。


「残酷、というと?」


「内臓がないということは生命維持ができないということです。造られた時点でないのであれば、クラゲのようにそれが原因で死ぬことはありませんがね。だから動けたのでしょう」


 結論、あの竜は死ぬことが前提で造られた生命である、ということだ。では、その目的は何か。


「何か目的があるようには思えませんが⋯⋯強いて言うのであれば運用実験でしょうか。レネ様はどう思われますか?」


「大方そうでしょうね。殺戮が目的ならば内蔵を抜き取る、もしくはそうせざるを得なかったとしてもしません。しかし⋯⋯運用実験ではないのかもしれませんね。それだと少し外れているような気がします」


 レネの中には何か釈然としない気持ちがあった。その正体は分からないが、ともかく何か引っかかるのだ。

 

「こういうときにエストに聞ければ良いのですがね。あの子、裏を掻くことや悪巧みが関係すると普段より頭が回っていますし」


 さり気ない悪口のようだが、これでもレネ本人は褒めているつもりだ。


「⋯⋯頼ることはしたくありませんが、できない理由があったのですか?」


「繋がらないんですよ、私の〈通話(コール)〉には、いつも一秒以内で出るエストが、何分経っても」


 エストであれば国家間の転移魔法を扱えるため、すぐさま自分たちを迎いに行くことができる。そのため早い段階で試していたのだが、音信不通だ。〈通話〉は〈転移〉と違って、距離による消費魔力量の増加が緩いため、そういった制限が原因ではない。


「あの御方に限って死ぬということはないでしょうが、それでも、あの消耗⋯⋯魔法がしばらく使えないようになっていてもおかしくありません」


 第十一階級魔法を連発したことによってエストの脳には限界が来ていた。ある種の魔法能力のオーバーフローであり、休養が必須となるだろう。


「あれは実験だったと仮定し、この後に来ることを考えましょう」


 分からないことについて悩むくらいならば、他のことを考えるべきだ。ということでアレオスは話題を変えた。


「ミカロナの消耗は激しいはずですが、緑の魔女であることを考慮すると本格的に動くのは昨日から二日後。つまり翌日からでもおかしくありません。明日、何かを仕掛けてくるかもしれないですね。そして今日の事件⋯⋯」


 まず間違いなく、大騒動は想定される。ミカロナたった一人ではレネ、レイ、アレオスの三人には勝てないが、ならばそれを何とかするための立ち回りを用意するなりを用意するはずだ。あるいは逃げるかもしれないのだが、それはそれで好都合である。


「仕掛けるとしたら、何でしょう?」


 ミカロナの襲撃ではない。とすれば?

 考えられるのは二つであり、しかし実質的に一つ。街の無差別殺戮。もしくは、黒の教団との総力戦である。数次第ではあるものの、民衆を盾にされると梃子摺る可能性もある彼らは足止めができるということ。レネたちが各個撃破されると目も当てられない。


「狙われる可能性が高いのは我々。今朝のこともあり次点で民衆ですかね。王城ではなく、人の居住区で寝泊まりするべきでは?」


 もしもアレオスたちを優先して殺すにしても、最終的に民衆のどちらも殺すつもりならば守れるように人の居住区で生活すべきだ。


「竜たちが狙われる可能性も皆無ではありませんが⋯⋯人間を狙われる可能性が出てきた今、それが妥当案ですね」


 抵抗して時間が稼げそうな竜と、呆気なく殺されそうな人間であれば、後者を守ることを優先するのは当たり前だ。

 そう結論を出した三人は王城から人の居住区に行き、そこで宿を取った。

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