1−22 赤の魔女
今回はいつもよりも説明文多め⋯⋯かも?
あとこれからは、今までよりも読みづらそうだと作者が思った漢字のルビ振りを多くしていきます。
赤髪で、瞳の色はワインレッド。赤色のブラウスに、黒色の短パンを穿いた、十代前半のように見える可憐な少女。彼女の名前は、ロアだ。
ロアは、好戦的な魔女である。司る色は赤であり、黒を除けば、魔女の中でも単純な力だけならば一番である。また、魔女でありながら近接戦闘──特に格闘戦を好んでおり、彼女が魔法を使うことは滅多になく、魔法のみで戦うところは誰も見たことがない。
「⋯⋯それで、今、エストは動けないってわけ?」
「ええ」
そして、ロアは魔女の中では最年少である。古参の魔女であるエストやレネ、黒の魔女らが600年以上前から存在するのに対して、彼女は現在から467年前に生まれた。
「⋯⋯関係ない。仕掛けたのはお前だし、しかも、不意打ちだから──!」
ロアの『欲望』は戦うこと。そして、彼女にとって、不意打ちというのは忌むべきものである。
魔女最強の黒と同格と言われる白──エストと戦いたいと思ったロアは、少し前にエストに決闘を申し込んだ。⋯⋯結果はロアの負け。惨敗ではなかったが、力の差は確実にあった。これで、ロアはエストに勝つため、特訓し、決闘を申し込み、負け、また特訓し⋯⋯を繰り返した。
「関係ない? 何度、キミは私にその決闘を申し込んだか覚えてるの?」
「131回。それで、ロアは0勝」
「⋯⋯なんで覚えてるの。まあいいや。⋯⋯もうね、やめてほしかった、面倒だったの、殆ど毎日家に来られるのは。というか、なんで私の家の場所知ってたの? レネくらいしか知らないはずだけど」
「世界中を探し回って、見つけたから」
「⋯⋯うわぁ。よくそれで見つけられたね」
「ふっふっふ! ロアは凄いからな!」
赤髪の少女は自慢気にそう話す。その態度に少しの──いや、割と苛立ちをエストは覚え、思わず、今は出来もしない詠唱をしかけるも、ぐっと堪える。
「⋯⋯久しぶりに来たのですし、お菓子でもどうですか?」
レネはメイドに持って来させたお菓子とマグカップをテーブルに置く。チョコレートクッキーとホットミルクココアだ。
まるで子供のように──実際、精神年齢は子供である──ロアはそれらを食べ、飲む。その美味しさに、ロアの頬が落ちる。
「おいしいぞ、レネ!」
「そうですか。では、お菓子をお土産に渡しましょう」
レネは、シンプルながらに可愛らしい、ピンク色の紙袋にそのチョコレートクッキーをいくつか入れる。〈保存〉を行使すると、その紙袋をレネはロアに渡す。
「いいの──って待て! 今、何気なくロアを帰らせようとしたな!?」
「チッ⋯⋯」
「⋯⋯」
エストは露骨に舌打ちをし、レネは笑顔を保ちながらも無言を貫く。
「ロアは! エスト、お前を倒しに来たんだ! お前の体調なんかどうでもいい! 早く、ロアと戦え!」
「嫌だよ。キミの欲の処理に、私を使わないでくれる?」
言い方がかなり際どいのは、勿論、意図してのことだ。馬鹿にされていると分かったロアは更にヒートアップする。そこで、エストはあることを思いつく。
「⋯⋯そうだ。ロア、キミの鬱憤ばらしに、丁度いい相手がいたよ」
「誰だ?」
食いつきが異常に早い。それにエストは少し困惑するも、話を続ける。
「黒の教団の幹部だよ。最近、このあたりで一人、彷徨いているはずだ」
エストはある少女を思い浮かべる。ロアの脳内に、彼女の外見のイメージを送る。
「⋯⋯その能力便利だなぁ。で、強いのか?」
「そうだね⋯⋯キミより弱いくらいだ。でも、強力な魔獣が無数にいる」
「⋯⋯!」
ロアは、自身がバッタバッタと魔獣を薙ぎ倒していき、最後に教団幹部と一対一をするという妄想をする。それで多少の傷を負って、戦いに勝つ──
「よしっ! ロア、そいつと戦う! エスト、これでお前の罪はチャラになった!」
ロアはとんでもないスピードで屋敷から出ていく。きちんと玄関から出ていったし、何も汚さず、なんなら「お邪魔しました」と言って、帰った。
嵐のあとの静けさとはこのことなのだろう。騒がしかった屋敷には、すぐにいつもの静寂が訪れる。
「⋯⋯ところで、レネ、そこのお菓子くれない?」
チョコレートクッキーは、とても美味しそうだ。その味を堪能したい──というより、小腹が空いていたエストは食べたいと思っていた。
「『お姉ちゃん』とは呼んでくれないのですか?」
「⋯⋯そっちのほうがいいの? あんまし年は変わらないけど」
エストは616歳、レネは638歳だ。22歳年上で、人間基準ならば姉、それどころか母といってもいいだろう。だが、魔女としてならばそれほど変わらない。
「正直言うとですね、エストのことは妹にしか見えないんです。やっぱり初めてあったのがあの時ですし、結構面倒を見ていましたからね」
「⋯⋯わかったよ。別に嫌なわけじゃないしね」
◆◆◆
お天道様が落ちたことで、星の半分は闇に支配される。熱がなくなり、辺りが寒くなる。とはいっても氷点下になることはなく、雪も降らない程度であるが。
赤いブラウスを着た、赤髪の少女は夜の平原を歩いている。星々は彼女のための、様々な光色のスポットライトとなっていた。
──自然とは、美しいものだ。そういう美的感覚は、この国だけのものらしい。他の国では美しさとは創られるものである、という考えが多い。
「⋯⋯」
──自然とは、残酷なものだ。弱肉強食。強きものが食べ、弱き者は食べられる。だが、これは生態系の原理であり、これがあるから自然は続く。
その生態系から超越した存在が、『魔女』だ。
魔女は生物ではあるが、生態系には属していない。異物であり、その存在は邪魔なものである。だが、生態系が崩壊していないのは魔女が少ないからだ。その数が少なく、及ぼす影響が世界的に見れば、例外を除けば小さいからだ。
では、魔女のような、生態系から逸脱したものが大量に現れた場合はどうなるか? 既存のものではない、全く新しいものだ。
「⋯⋯これは、酷い」
その答えは、ロアの瞳に映る光景である。⋯⋯草木が枯死し、平原のその部分のみが荒れ果てた土地になっていた。そして、近くには人間の死骸が4つ──冒険者パーティ1つの一般的な人数と同等──ある。死骸の損傷は激しいが、その損傷の仕方はそれぞれ異なる。ナニカに食い散らかされたような傷があるモノ、胴体を真っ二つに斬られたモノ、ぐちゃぐちゃに握り潰され、原型を保っていないモノ、そして、一番目を惹くモノが、
「魔法?」
一切の傷を負っていない、おそらくプリーストの女性の死骸だ。傷を負わずに死亡するということは、魔法、それも即死系の魔法によるものである可能性が高い。
これの犯人が、魔獣であるのならば、あり得る話である。魔獣にも極僅かではあるが、魔法が使える特別な個体や種族が存在する。
魔法でないと仮定するなら、種族的能力によるものという線が浮かび上がって来るのだが、ロアが知る限りではそんなことができるのは、既に絶滅した種族のみだ。勿論、ロアが知らないだけというのもある。だが、仮にその絶滅した種族と同じ能力を持つならば、伝説級の魔獣であることは確実だ。魔女クラスからしてみれば雑魚同然だが、人間からしてみればソイツ一体だけで都市が崩壊するほどの存在である。
魔法が使える個体にせよ、特殊な個体にせよ、危険なことには変わりない。ロアは特段、人間に対して友好的でもなければ、敵対的でもない。ただ自分の『欲望』が満たせれば良いだけだ。今回は、その『欲望』を叶える結果として、人間を助けることになったに過ぎない。
「⋯⋯絶滅した、そのはずなのに」
ロアは背後に居る、魔獣の存在に気づき、更にそれの正体まで分かった。
その魔獣の名は、魂喰らいの獣人。八つの眼球に、巨大で鋭利な牙持ち、人形ではあるものの、身体は赤と黒を基調としたもので、姿勢はまるで獣のよう。尾てい骨からは長い、黒い尻尾が生えており、それには一切の毛が生えておらず、まるで鞭のようである。
「アガァァァァッ!」
ソウル・イーターは、叫び声を上げる。それと同時にロアに突っ込むが、ロアの体をその牙が貫く前に、ソウル・イーターの顔面は砕け散る。ロアがソウル・イーターの頭部を殴ったからだ。頭部の七割が消失するも、ソウル・イーターは未だ生命活動を行っており、消失した頭部が一瞬で再生する。
「四人分の生命力は最低でもある⋯⋯本当、厄介な能力だわ」
今、一度殺した。つまり、最低でもあと三度殺さなくてはならない。
次は胴体を粉々にし、その次は首をへし折った。三回目は全身を吹き飛ばすが、生き返る。
ソウル・イーターは逃亡を図るも、それは許されない。
眼球を八つ抉り取り、頭部を潰す。四度目。
舌を引き抜く。五度目。
首を絞め、窒息させる。六度目。
生きたまま内臓を引きずり出す。七度目。
四肢をもぎ取り、出血死させる。八度目。
胸部の骨を折り、肺に刺す。九度目。
殺す。殺す。殺す。だが、どれだけ殺っても、ソウル・イーターは消滅しない。
「⋯⋯はあ。これじゃあ埒が明かない」
ロアは自身の能力を行使する。
超高密度の魔力充満空間を創り出し、ソウル・イーターはその魔力を呼吸することで体内に取り込んでしまう。
──あらゆる生命体には、魔力保有限界量というのがある。一定の魔力量を超えてしまうと、殆どの場合、体がその魔力に耐え切れずに、死亡してしまうのだ。
ソウル・イーターはその超高密度魔力充満空間内で復活と死亡を幾度と繰り返す。そしてしばらく経つと、ようやくソウル・イーターは消滅する。
ロアの能力は『無限魔力』。魔力は尽きることがなく、また魔力保有限界量も無制限となる。無限の魔力を流すことで身体能力も無制限に高めることができるが、唯一、脳の処理能力だけは高めることができず、制御できる身体能力には限界がある。
そして、最高状態での活動可能時間は三十分である。
「ソウル・イーターが存在しているなら、他の古代魔獣も存在しているかもしれないわね!」
ソウル・イーターはたしかに強い。範囲内の生命体を即死させ、その命を奪う叫びの力を持つのだから。だが、ソウル・イーターは古代魔獣種では下位に位置する。同格の魔獣にはその叫びが通じず、身体能力も特別高いわけではないからだ。
ロアは、文書でしか見たことがない古代魔獣と実際に戦えることを楽しみする。
◆◆◆
二日後。
「⋯⋯ロア、キミは、あの辺り一帯を焼け野原にしたのは、仕方がないことだと、そう言いたいのかな?」
「だって! 古代魔獣の最上位種まで居たんだぞ!?」
古代魔獣の最上位種、天馬。高位の神聖属性の魔法を使え、ペガサスの能力、天歩は、空中を歩くことができるものだ。
「ロア達魔族の、まさに天敵! ロアだって、本気でやらないと負けるんだから仕方なかったの!」
「これだから直接戦闘しかできない脳筋は⋯⋯」
「ならエストだったらどうするのさ?」
「私、〈支配空間〉が使えるんだよね」
条件さえクリアできれば、相手を一方的に殺害できる白魔法。魔女では珍しい赤魔法のみしか使えないロアにはできない芸当だ。
これにロアは言い返すことができず、黙る。
「⋯⋯全く、目撃者が居なかったから良かったけど」
エストの容態はかなりマシにはなった。だが、魔毒はまだ身体に回っており、魔法は一切、能力も普段のようには使えないだろう。
そこで、屋敷のメイドはエストのロアに紅茶を出す。
「あっ、ありがとう」
赤髪の無表情なメイドは二人に一礼だけすると、その場を去ろうとする。
「⋯⋯前から思ってたんだけど、レネのメイドは何者なの? それに名前も聞いたことないし」
ロアがレネの屋敷に来たのは、これが初めてではない。何十年かに一度、遊びに来ている。だがメイドの顔ぶりは全く変わっていないし、いつも無表情だった。
「彼女らは人造人間だからだよ。感情の起伏が殆ど無い種族だ。でも多少はあるけどね。名前は⋯⋯なんだっけ?」
「──赤髪の娘の正式名称は『メイド型人造人間−002』ですが、私は彼女をメリッサと呼んでいます」
部屋に突然、青髪の女性が現れる。それに特に驚きもせずに、二人の魔女は話を続ける。
「メリッサ? じゃあ愛称は『メリー』ね。ロアは今度からそう呼ぶわ!」
「っ!?」
エストは思わず、飲んでいた紅茶を吹き出す。その理由を知らないロアは困惑し、知っているレネは微笑む。
「え? どうしたの?」
「い、いや、何でもないよ。⋯⋯〈浄化〉」
真っ白なゴシックドレスや、カーペットに飛びかかった紅茶は、どんどんと消えていく。
「⋯⋯?」
ロアはなぜエストが紅茶を吹き出したのか分からなかったが、それの追求はしなかった。いや、できなかった。それより先にエストが話題を変えたからだ。
「⋯⋯それで、黒の教団の手がかりは?」
「全くだわ」
ロアは、かれこれ何十かの魔獣を始末している。
「冒険者組合も魔獣の掃討クエストを出したらしいですが、これといって手がかりはなかったそうですよ」
「⋯⋯ティファレトの狙いは何だろうか⋯⋯それさえわかれば⋯⋯」
ティファレトが来るだろう場所を予測して、ロアをけしかけて殺害できるのに。
「ロア、なんか妙なことあったりしなかった?」
「えっとね⋯⋯あっ、そういえば、ソウル・イーターが妙に多く居たわ」
それを聞いたエストは驚き、顎に手を当て、脳を回転させる。
「──それが本当なら⋯⋯。ああ、なるほどね。狙いはやっぱり⋯⋯」
独り言の内容は断片的で、それらだけでは全く理解できない。考えすぎると口に出してしまう、エストの癖だ。
「何かわかったのですか?」
「うん。ティファレトの狙いは──」
──その瞬間だった、世界が逆行したのは。
四人目の魔女の登場。ロアちゃんは魔女の中で実年齢も精神年齢も一番低いです。
しばらくエストは出番がなくなり、これからはマサカズ達のパートだ!