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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−70 静夜

「⋯⋯文字通り命懸けだったなぁ」


 レネにはああ言ったが、心臓を抜き取って、それを外に投擲し、そこから体を復活させるなどという博打は初めてやったことだ。

 今度の戦闘では何度も窮地を脱するためにそうした賭け事をやり、ほぼ全てを通ってきた。幸運のように思えるが、実際はミカロナの実力が理由だった。


「で、肝心の爆弾だけど、やっぱりあんな渡し方したら防がれるよね」


 遠く離れた位置で、ミカロナは煙が立つ王城の王の寝室を見る。あの大魔力結晶は暴走させると、軽く一つの都市を壊滅させるのだが、建物の一部崩壊程度で済んでいるのにはレネの力が関係していることだろう。

 ミカロナであれば、あれをレネに見せるまでもなく爆発させて自分も逃げられる算段があったが、下手をすれば彼女らの計画に支障が出る。


「この下にある大魔法陣を傷つけると、何言われるか分かったものじゃないし」


 それを言い終わったと同時にミカロナの肉体の再生が終了する。魔力がもう少しで枯渇するほど消耗した以上、低階級の治癒魔法を使わざるを得なくなった弊害だ。蘇生魔法による体の復活も必要最低限──四肢をまともに動かせないぐらいの欠損や全身の激痛、脳が少し足りないことによる頭痛と様々な障害を残していた──であったため、今ようやく動けるようになったということだ。そんなこともあり、ミカロナのコンディションは最悪そのもの。体の修復も完璧ではなく、今、過激に動けば体が引き裂けそうだ。


「あーあ、しばらくは動けなさそうだよ。これじゃあ殺されちゃうかもね⋯⋯でしょ、ネツァク?」


 晴れ晴れとした天気を思わせる緑色のサイドテール。エメラルドが眼球の代わりに眼窩に嵌め込まれていることを除けば整った顔立ち。下着姿と殆ど変わらないほど露出しているチャイナドレスに似た服装を着用し、女性的な起伏のある、白い体はそれを目立たせている。

 黒の教団幹部、『勝利』のネツァクとは、彼女のことである。


「あなたを殺すことのデメリットの方が、明らかにメリットを上回る。それに今のあなたでも、わたしを道連れにできるよね?」


「はっ、冗談さ。殺される気も、道連れにする気もない。僕を殺そうとしてくる奴らは何としてでも殺すか、逃げるよ」


 そう言ってミカロナは木に背を預け、天空の星々を眺めた。


「それで、どうなったの? あなたがわたしに何の報告もせず、突然襲撃を決行し、無残にも負けてきた言い訳を聞きたいのだけど?」


「収穫はあったさ。僕は強くなれたし、まだまだ強くなれると知った」


「ふざけるな。組織としてあなたの行動は見過ごせない。それを叱咤している現状が分からないの?」


 ネツァクは怒りを隠そうともしない。傍から見ればネツァクの言っていることは正しくそうである。組織に属するならば、報告、連絡、相談は大切であり、ミカロナのこの単独行動は責めるべき事案だ。


「アレオス・サンデリスを無力化できることが分かった。万全な状態であれば青の魔女にも勝てる。あとは現れていなかった魔人だけが不確定要素だけど、まあ何とかなるでしょ」


 しかし、きちんと組織にとって有益な収穫も確保してきているのがミカロナの良い所であり、やるせない所でもある。

 ミカロナが今回、最大の敵である神父サンデリスを単身撃破できることは何よりも嬉しい情報だ。


「とは言っても同時に三人の相手は無理だね。多分何もできずに死ぬ。できて二人⋯⋯もキツイね」


「なら、人間共をいくらか殺す? そうすれば、青の魔女は見過ごせないはずだし、分断できる。⋯⋯ああ、分断できるとは限らないかな」


「──いや、悪くない案だね。竜王には黒魔法をかけておいたんだ。それを起動すれば、竜側にも意識を惹かせられる。人間か竜が、選ばせてあげようよ。どっちかにつかなければその方を全滅させるのさ。どちらか片方だけでも足りるんでしょ?」


 ミカロナがロックにかけた黒魔法がは、彼女が意識するだけで対象を衰弱させて、そして最後には死に至らされるものである。衰弱具合も設定することができ、一ヶ月、一年単位で弱らせていくことも可能。


「ええ、足りる。⋯⋯ここまで考えていたの?」


「まさか。打てるでは全て打っただけだね。こうして役立つことがあるから」


 方針も決まる頃には、ミカロナは少しは回復した。まだまだ全身が痛いものの、隠れ家まで歩くことぐらいはできそうだ。

 

「何か食べ物ない? お腹空いた」


 彼女は子供のように言う。


「魔女に食事は必要ないでしょ」


「君は水以外の、珈琲とか、紅茶とかを飲まないの?」


 ミカロナは、とにかくそれを譲る気はないようだとネツァクは気づくと、深いため息をついた。


「⋯⋯後で持っていく。全く、あなたが何を考えているかさっぱり分からない」


「魔女は大体そんなものさ。何考えてんだかよく分からない奴ばっかだし、僕だってそう。君たちの主だってね。⋯⋯けれど、魔女と相対するならその理解困難な彼女らの行動を読まないといけないだよ。はは、骨が折れるね」


 緑の彼女はどこか遠くを見つめながらそう言う。彼女も他の魔女たちと会ったことがないなんてことはない。どこか常に冗談めかしい彼女からは考えられないほど、真剣に答えている。


「その中でもレネは読みやすい。倫理観がぶっとんでて、自己利益しか考えない他とは違うからこそ、寧ろやりたいことが分かるのさ。彼女の『欲望』は他者を守ることであり、平等主義者故にね」


 ミカロナはレネたちの策略を完全に読み切った上であえて引っかかった。それは危険を好む彼女の『欲望』のためでもあり、また、レネたちを個別に潰せるチャンスであったからである。

 もしもレネが誰かを守る気がなく、ミカロナを殺すことしか脳になければ、アレオスを守らずにあのとき、意識外の一撃を放てたはずなのである。もっと言えばパトロールなんてせずにロックの近くに全員潜伏していれば⋯⋯と、いくらでも考えられた。

 あの聡明なレネが思いつかないなんてことはない。ただ実行しなかっただけだ。


「つまり何が言いたいの?」


 ああだ、こうだミカロナは言っているが、ネツァクには彼女の言いたいことが分かっていた。しかし、何も言わなければまだまだ喋り続けそうであるため、そう聞いた。


「僕が殺されるなんてないってこと。『欲望』を叶えるその時までね」


 ミカロナが死ぬときは、『欲望』が満たされたときだけ。一度も味わったことのないその感覚は、時が来れば分かるだろうと根拠もないのに確信できた。


「さて、少しの間は休んで、それから最終確認しないとね。実行は二日後の夜で良いかい?」


 普通の人間であれば、緑魔法があろうとその反動などで、一週間ほどは休養を取るべき傷なのだが、緑の魔女には関係がないようだ。


「ああ。それで構わないさ」


「じゃ⋯⋯って、僕、まだ動けないんだった。ネツァク、抱っこしてくれない?」


 彼女の身長は百七十四センチメートルほどある。無理とは言わないが、運ぶなんて難しい。


「ふざけるな。⋯⋯ほら、魔力分けてあげるから」


「ありがとね」


 ネツァクはミカロナと手を繋ぐと、そこから魔力が吸われている感覚がした。転移魔法に足りない分だけを吸い取る。


「それじゃあ、また二日後に会おうね。しくじらないでよ? 僕、君たちの主に怒られるつもりないから」


「わたしがそんなことするとでも? 怪しまれたとしても、気づかれることはない」

 

 ◆◆◆


「レネ様っ!」


 その時レイが回っていた場所は、王城から離れた位置だった。故に事態に気づくのが遅れてしまい、到着した頃には既に終わっていた。

 転移魔法を行使してレイが王城に現れた。そこで見たのは、気絶でもしているように倒れているアレオスと、拘束されて動けないでいるロック、ボロボロになって壁に座りかかるレネだった。


「⋯⋯っ! 今すぐに緑魔法を⋯⋯」


「ああ、レイさんですか。大丈夫です。まだ、魔力は」


 残っていますから、と言おうとしたところを、レイが発言を被せてくる。


「いえ、安静にしていてください。何もできなかった私に、何かさせてください」


 直後、心地良い暖かさがレネの全身を巡り、十秒も経たないうちにレネの傷は治った。服がボロボロで血もついていたため、レイは自分の上着をレネに羽織らせた。


「ありがとうございます」


「そんなことはありません。遅れて申し訳ございませんでした」


 仕方のないことであったとはいえ、自分の主の姉のような存在の身に危険を許してしまったことは恥ずべき行いだ。

 そういうところをレネは感じ取ったのか、彼女はあえて慰めることを辞める。


「⋯⋯まあ、今度からはきちんと助けに来てくださいね」


「⋯⋯はい!」


 それからアレオスを叩き起こしたり、ロックの拘束などを解いたり、何があったかを衛兵と共有したりしていると時刻はもう真夜中だ。魔族であるレネとレイは問題ないが、人間であるアレオスはそろそろ睡眠を取らなければ明日の活動に支障が出始めるだろう。


「⋯⋯今回は助けられました」


 人間用の寝室に向かう直前、アレオスはレネにそう言った。あくまでも感謝を直接言葉で伝えないのは彼の理念のためだったが、敵意剥き出しであった時と比べるとかなり対応は軟化している。


「どういたしまして」


「⋯⋯⋯⋯」


 アレオスはさっさと歩き、伝えられた部屋に行った。それをレネは見届けることはわざわざせず、彼女もまた貸された部屋に向かった。ちなみにレイはレネの部屋の真隣に居るらしい。


「⋯⋯さてと、また話し合うことにはなるだろうけど、方針について考えるべきね」


 レネはソファに座ると、鮮明なままの頭を回転させ始めた。まずは情報のまとめである。


「敵はミカロナが確定。これは分かっていたことだけど、問題は違う。戦闘力が、私の知っている範囲になかったことね」


 少なくともレネが知るミカロナはもっと弱かったはずだ。具体的には基礎的な魔法能力は成長を加味しても急成長と言わざるを得なかったし、何より、あの能力の応用具合。レネには彼女の言っている意味がさっぱりだったが、分かることが一つある。それは、彼女に直接触れるような戦闘をすることは避けるべきであるということだ。


「魔法の撃ち合いでは、手数の多さと防御能力で私の方が上だけど、それだと私も決定打に欠ける」


 しかし逆に言えば、レネ、レイ、アレオスの三人でかかれば勝てる可能性が高いということでもあった。


「⋯⋯じゃあどうやって三対一の状況を作る?」


 これが思いつかない。まず、ミカロナも今回以上の無茶はしないだろう。したがって慎重に行動するはずであり、位置情報を漏らすなどないと考えるべきだ。

 であれば、ミカロナは次、何をしてくるのだろうか。


「目的は虐殺。でも、それが目的ならあの大結晶を暴走させるだけで構わない。易易と用意できないとしても、ミカロナは範囲攻撃に長けているはずだから⋯⋯」


 竜王国とは言っても、竜が住む地域は全体の三割あるかどうかだ。人間の居住区は四割であり、残りが森林など。

 竜であるならばいさしらず、人間程度なら彼女単体でも鏖殺できるはずだし、実際にやったことがあった。


「乱暴な方法が取れない理由がある?」


 もしもレネがあの大結晶の暴走を食い止められると、ミカロナが信じていたならば。敵を信用するなんて考えられないが、それをしてこそ魔女である。

 つまり、何かしらの原因で大規模な破壊ができないということである。


「とすると、行動を絞り込むことができるね⋯⋯」


 大規模な破壊行動をせずに虐殺を実行するならば、やり方は二つ。

 一つ、集団に単身で突っ込み暴れる。多少破壊行動をすることになるだろうが、地形を変えるようなことはしない。が、これでは、少なくとも一人だと殺しきることができないだろう。

 二つ、住民たちに反乱を起こさせ、戦争を勃発させる。ミカロナは戦争難民を始末するだけで、そのうち多くの生者が死体となる。


「可能性が高いのは二つ目。だけどミカロナが一人だとは限らないから、一の可能性もある⋯⋯住民たちの動向にも気を配りつつ、ミカロナの捜索も同時進行するべきね」


 結局やることは変わらなかったが、何を目的にそうするかを明確にできたことは、案外軽視できたものではない。


「よし、寝よう。眠たくないし必要もないけれど、頭をリセットするという意味でも」


 色々と考えて、情報が混在する頭の中身を、眠ることによって一度真っ白にすることにした。無論、記憶を喪失するわけではない。一種の気分転換のようなものだ。

 そういうことで、レネは魔法で寝間着に着替えると、すぐさまベットの上で横になった。

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