7−67 罠
お待たせしました。
前回の投稿から一週間。この期間で休養は済みましたので、リアルが忙しくなったり精神がまた病んだりしなければ、投稿頻度は復活します。
血液の文字はあの後すぐに消えてしまった。血の匂いなどもあったはずなのだが、それも同様に、だ。時間操作系魔法が展開されたことからも、一度その場で血の文字を書いて、また消したのだろう。
魔法があるこの世界においても、この現象が異質であることは否定できない。同じ魔女であるレネだからこそ、寧ろその可笑しさが分かるのだ。この殺竜事件は今から少なくとも三日以上前に行われていて、それほどの時間、遅延を生むことはできないし、タイミングだって自動にしてはでき過ぎている。
メッセージ内にある「魔女」という言葉、そして、偶然とは思えないタイミングより導き出される答えは、
(監視されている⋯⋯)
レネはすぐさま無詠唱化された〈魔法的監視検知〉を行使する。だが引っ掛かるものは何もなかった。つまり、監視は魔法的ではない、あるいはレネの青魔法を無力化するほどの魔法能力者だが、そんな相手はこの世界には居ない。おそらく、現状世界最強の黒の魔女の魔法でさえ、レネの青魔法を突破することはできないだろう。
(能力?)
敵は魔女である。ならば候補に上がるのはヴァシリーとミカロナだ。そして、両者の能力は『傀儡』と『感覚支配』。
(適当な動物を傀儡にして、視覚、聴覚の共有ができるとすれば。感覚を支配することで共有することができるとすれば⋯⋯どちらでもできる)
概要的な能力の内容であればレネは知っているのだが、流石に詳細までは分からない。ただ、どちらの能力でも可能ではあるし、判別の仕方も思い付いた。
(もし動物との感覚を共有しているならば、ここは地上から離れた位置にあることも考えて、飛行できる動物。鳥とか、虫とか⋯⋯〈魔力感知〉)
感知魔力量を普段より小さく設定し、範囲を広げる。少なくとも半径百メートル圏内には存在しないことが分かった。これ以上広げることは難しいため、魔法を解除する。
(目視でも居ない。なら、今回の敵は⋯⋯彼女である可能性が高いわね)
レネがこの結論に辿り着くまで、僅か二秒。周りからすればちょっとだけ彼女が黙っただけのようなものだ。
「レネ様、どうかされましたか?」
「⋯⋯いえ、何も。少し、残酷だなと思っただけです」
「そうですか。少しお休みになられては?」
「ふふ、そこまで体力不足なわけではありませんよ、レイさん」
怪奇的事象も、彼らの前には少し不思議な現象程度の代物だ。特に慌てることもなく、部屋を後にする。
そして、今日宿泊する場所を王城の客室に決めると、来た道をそのまま戻り始めた。その間、喋ることはなく、レネは考え込んでいた。
(私とレイさん、アレオスさんはつい先程転移してきたばかり。彼女に能力を行使されるようなタイミングはなかったと考えるべきね。だとすれば怪しいのはロックさんなのだけど、下手に聞くとあちらに情報を流すだけよ。⋯⋯ロックさんは無自覚。自覚するのも避けるべき)
彼女の能力がどれだけの能力であるかを把握できていないレネには、現状、警戒し過ぎるぐらいが丁度良い。だからこそ、最悪の状況を考えられた。
(エストが「情報は時として生死を分かつ。レネもその辺りには注意しとくべきだよ」と言っていたのはこれが理由ね。知っていれば適切な対策ができるけど、知っていないとリソースを余分に割くことになる。まあ、あの子が言っていたのは知られる立場でのことだったのだけれど)
しかしこれは逆にチャンスとも言える。彼女が相当な馬鹿でもなければ、レネは彼女の行動をある程度誘導することができるのだ。
愚者の行動は予測不可であるように、賢者の行動も予測できない。対して、中途半端な賢者がやるようなことは予測可能だ。そして、レネは愚者を演じる者になることを決めた。
その演技について色々と考えついた頃には王城についていた。まだ日は落ちていないが、あと一、二時間もすれば夕日が見れることだろう。
「皆さん、少し話したいことがあります」
レネはそう言って、二度目の話し合いを始めた。
◆◆◆
「青の魔女と神父、それにあれは⋯⋯大罪魔人かなぁ」
彼女が知る範囲には、あのような大罪魔人は存在しなかったはずだ。だから新たな大罪魔人なのだろうが、だとすれば警戒すべきだろう。
「純粋な強さでも魔女クラス。相性最悪の神父も居るし、これは少し骨が折れるかな」
口では苦労を語るが、しかし、彼女の口角は上がっている。これから起こるであろう殺し合いに胸が踊るのだ。旅行前夜は眠れないように、彼女はそれを楽しみにしている。
だから彼女は声を出して笑った。平均的な女性より少しだけ低く、艶のある声は闇夜に吸い込まれていった。だがそれは足元で寝転がる竜には二度と聞こえないだろう。
「⋯⋯確か彼女らの作戦はこうだったね」
可憐な笑顔は瞬時にして凶悪かつ美しい顔となり、彼女は昼頃に見て聞いたことを口にし、確認する。
レネたちはロックではなく、それぞれ現存する重役の警護に回るらしい。そして何かあった場合、信号弾などで知らせる。その行動を選択した理由は、現状、彼女はロックを殺す気はないと判断したからだった。
なるほど、妥当な考えだ。もしもロックを殺すことが目的ならばまず初めに狙うべきだし、それができないからやらなかった。つまり、わざわざこのタイミングで狙われる可能性は低いと言えるというのは、間違った予想ではない。しかし、
「レネは犯人を二択までは絞れているけど、それ以上は分かっていない。ボクの能力を知っていれば、感覚の共有ぐらいできるって分かると思うけどね⋯⋯いや、それとも普通は考えないものなのかな」
知っているからこそ理解できることもある。真の狂人を理解できるのは同じ狂人だけであるように、自分にとっての常識は、他者にとっての非常識であるかもしれない。
「『常識とはその人の偏見である』かな。レネにとっては予想外なんだろうね、ボクが君たちを見ていて、君たちの声を聞いていることは」
それは正に彼女の性癖に突き刺さる行為だ。何もわかっていなくて、見当違いだけど仕方のない選択をする。そんな愚かで可哀想なモノは、彼女が大好きな者だ。
「あーあ、どうしようかな。竜王を殺そうかな。ふふふ⋯⋯こうなって欲しいなと、何となく仕掛けた罠が働くなんて考えていなかったからなぁ〜」
実の所、彼女はロックを真っ先に殺すことだってできた。別に、ロックの周りの警備が邪魔で、その上竜王が強くて殺せないと思ったわけではない。
愉しみたかった。今のように、ロックは狙われないだろうと、誰かが予想してそのように行動することを期待したのだ。一か八かの決断を、叩き壊してやりたかった。ただその為だ。
「──殺っちゃおう。優しい、優しいレネは、自分の判断が原因で護るべき相手が死んでしまったとき、どんな顔をするんだろう」
彼女は、様々な黄魔法を行使してから転移魔法を唱えると、血の匂いが充満した部屋からまた別の部屋に飛んだ。
時刻は夜。目標が眠っていることは共有されていた視覚が真っ暗になり、寝息が聞こえてきたため分かっていたことだ。
「⋯⋯ふふふ。ははは。あはははははっ!」
そして彼女は急に笑い始めた。大きな声で、だ。ロックが起きてしまうだろう声で、部屋の外に居るであろう警備にも聞こえる声で。
傍から見れば何という愚行だろうか。折角、ロックを暗殺できるチャンスを彼女は自ら手放したのだから──いいや、そんなことはない。そんなことは決してない。彼女の笑いは、何も問題はない。
ああ、確かにロックは寝ている。だが、殺せない。
「侮っていたよ、レネ!」
直後、彼女に向かって、壁を貫通しスティレットが飛んでくる。聖なる力を感じた彼女は防御魔法を展開し、凶刃を受け止めようとするが、できなかった。
彼女の喉にスティレットが突き刺さる。それは彼女が感じたことのある痛みの中でもかなり上位に食い込んだ。
「かはっ⋯⋯が、がはっ、がはっ⋯⋯い、痛いなぁ⋯⋯でも、でもそれが⋯⋯愉しいっ。心地良い。気持ちが良い!」
「⋯⋯今ので死んだと思ったのですが」
竜王の寝室は広く、彼女は転移魔法を行使し、壁を突き破って現れた神父から十分な距離を取る。それから喉に突き刺さったスティレットを引き抜いた。その際に彼女の手の平が蒸発することになったが、治癒魔法で喉の傷と一緒に完治させた。
「な、なんだなんだ!? 何が⋯⋯って、う、動けんっ!?」
眠っていたロックも騒ぎによって起床し、すぐさま状況を理解した。まず、何故か動けないこと。おそらく魔法的な拘束だろう。手足と翼が動かず、ついでに魔法も使えない。次に、
「あれは⋯⋯」
ロックが目にしたのは一人の、十代後半ほどの女だ。
──鮮やかな緑色の長髪。深緑の左目と、それが濁ったような色をした右目のオッドアイ。コートとドレスを掛け合わせ、露出が多い服装を着ていて、大きなリボンが付いた白色のベレー帽を被った魔女。
彼女は恍惚な表情を浮かべて、ロックとアレオスを見つめた。
「緑の魔女──ミカロナ」
アレオスは、ロックに伝える気はないが名を口にした。そして彼は僅かに身震いした。しかし、恐怖に屈したわけではない。武者震いというものである。
「青の魔女と魔人が来る前に、この私が⋯⋯我らが主のために始末してあげましょう」
戦闘が始まれば、しばらくしてレネとレイが駆け付けてくるだろう。普通に考えればそれを待ちながらミカロナの足止めをし、合流次第一気に叩きのめすことが最善だろうし、アレオスもそれを理解している。
だが、アレオスにはそんなことできようはずがない。
「神父⋯⋯ふふ、来てみなよ。ボクをどれだけ愉しませてくれるのかな?」
「──愉しむ余裕があるのですか?」
ミカロナの目にさえ、瞬間移動のように見えたスピードをアレオスは発揮し、どこからともなく取り出した聖なる十字架の剣を振るった。
『第六感』によって彼女は何とか即死を回避できたものの、片腕が切り落とされた。
「────」
続くアレオスの連撃を、ミカロナは全て、完璧に躱すことはできなかった。全身に浅い切り傷が刻み込まれる。治癒魔法で全て完治させられたが、『第六感』を以てしても躱しきれないのは初めてかもしれない。
(強い⋯⋯! ボクが知っているアレオス・サンデリスとは違うっ!)
ミカロナは以前、ガールム帝国に密入国したときにアレオスを見たことがあった。そこで彼は魔獣を始末していたのだが、その際の動きと今の動きには明らかに差がある。勿論、その時から十年などという長時間が経ったわけではない。少なくとも数年程度前の話だ。
(そういえば、ダートだっけ? 誰かがメーデアが無力化されたとか言ってたね。⋯⋯メーデアと交戦でもしたのかな。それで成長した?)
『聖神之加護』の効果ではなく、アレオス自身の力で彼は強くなれる。もしも黒の魔女と交戦し、生き残ったのなら、誰であっても強くなれるだろう。それが強さに貪欲なアレオスならば、上昇幅は非常に大きくても可笑しくはない。
「最高だよ! おそらく君はボクとの戦いでも強くなる。さあ、それを見せてくれないかい?」
ミカロナの背後に数えるのも憚られるほどの魔法陣が展開され、弾幕が放たれる。氷の弾丸がアレオスを襲うが、彼は全て叩き斬り、道を作り、彼女に接近した。
「足元御注意」
瞬間、アレオスの足元に魔法陣が出現した。展開されたわけではない。それは、地雷のような効果を持つ、魔法強化系魔法を組み込まれた〈殺人氷茨〉だ。
アレオスは反応できずに腹を氷の茨に穿かれ、茨は天井に突き刺さる。
「ははははははっ! 普通の人間なら、普通の生き物なら、即死するような傷だよ。でも、君はそれで死ぬほど人間じゃないよね?」
アレオスは痛みに顔を顰めつつも茨を切り裂き、体に残ったものは引き抜いた。茨の針は返しになっており、引き抜くときに激痛を味わったし、傷も広がり深くなったが、
「〈自動回復〉⋯⋯その十字架の剣、魔法武器なのかい?」
答えないが、それは疑問ではないため問題ない。ただ聞いてみただけだ。
アレオスは回答代わりに、スティレットを神父服の裏側から四本取り出してミカロナに投げつけた。ミカロナは空気中の水蒸気を昇華させ氷塊を作り、それによってスティレットの軌道をずらす。それとほぼ同時に仕掛けられたアレオスの剣撃を、今度は掠りもせずに躱してカウンターを叩き込む。
「バレバレですよ」
「あはは! 君、スティレット幾つ持ってるの?」
アレオスは片手で十字架の剣を振っていた。もう一方の片手ではスティレットを持っていて、彼は、ミカロナの反撃を見てからそうしていたのだ。その反応速度は『第六感』──つまるところ未来予測レベルの超反応だ。
「少し骨が折れるなんてものじゃないね。骨が粉砕されるぐらいだよ」
しかし、尚もミカロナは焦らなかった。余裕があったわけではない。ただ、本当に、心の底から愉しんでいるだけなのだ。
もう一度言わせてください。大変お待たせしましたっ! 作者こと月乃彰です。すみませんでした!
前回のあとがきでも印した通り、リアルで色々あってストレスが溜まり、執筆活動がままならなくなっていました。しかし、今は既にメンタルが回復しました。つまり復活というわけです。
とは言ってもストレスの要因が消え去ったわけではなく、心持ちが変わっただけなので、いつまたメンタルがブレイクするのか分かりません。投稿期間が空いたら「ああ、こいつストレスで死にかけてるのか」とでも思ってください。




