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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−56 壊滅へのカウントダウン

 ショルマン派閥とクリーシア派閥の争い事から一週間が経過した。

 以前より憂慮されていたことだが、やはり、漁夫の利を狙う派閥がクリーシア派閥の都市『ヴォリス』に襲撃してきた。そしてクリーシア派閥を敵視するのは亜人や異形種ばかりで、いくら魔女や転移者でも被害なしの防衛は不可能であった。だがそれら襲撃者を討ち滅ぼすことには問題なく成功し、結果的に被害は最小に終わった。

 たった一週間であったものの、ショルマン派閥が粗方周辺派閥を潰していたこともあり、またクリーシア派閥の常識外の戦闘力を知ったためか、漁夫の利を狙う派閥は居なくなった。いや、もしかすればまだ虎視眈々と狙っている派閥の存在の可能性も捨てきれないが、一先ずは落ち着いたと言える。

 現在、ナオトとユナの二人はジュンの眠っている寝室で、彼の隣に座っている。ちなみにロアは外部で『死氷霧』を振り回したりしている。曰く、魔法を使わないと体が鈍りそうだ、とのこと。意思があるとはいえ無機物に鈍る体などあるのかと聞きたかったが、どちらかといえば気分的なものに近いらしい。


「このままいけばクリーシア派閥がこの国に君臨するのも時間の問題ですかね」


 この一週間で、クリーシア派閥──ではなくロアが単身でディオス派閥を崩壊させた。早朝、都市を出ていって、夕方には帰ってくるのだ。流石は魔女である。その結果としてクリーシアは戦後処理部隊を送って死体の運搬であったり、数少ない生存者を仲間に取り込んだりしていた。


「だな。⋯⋯しっかし、未だにジュンは起きないし、相当消耗したのか?」


 ジュンの奥義、〈神域〉。創作者である彼でさえ、複数の戦技を併用せずに行使することは不可能であり、また、一度行使してから数分で意識を完全に失う。その理由は単純明快、〈神域〉は体への負担が非常に大きいから。

 もしも、そんな状態で無理に体を動かしたなら? ジュンは〈神域〉使用時の体で、ヴァシリーによって傀儡にされた。それが理由なのだが、よく知らないユナとナオトには分からないだろう。


「──か」


「⋯⋯? ナオトさん、何か言いました?」


「いや、何も。⋯⋯ユナ、少し外に行ってくる。すぐ戻る」


「え? あ、はい」


 ナオトはユナを置いて部屋の扉を開き、廊下に出る。そして開いた扉を元の状態に戻してから、


「──できればジュンが起きてからのが良かったんだがな」


 そうして、彼は廊下を歩いた。目的の場所に辿り着くまでに幾人かのクリーシア派閥、もしくはライリー派閥の人たちと会ったが、彼らがナオトに話しかけたりすることはなかった。当然だ。そうされては困るのだから。


「⋯⋯クリーシア」


 クリーシア本人と遭遇した。彼は彼女に短剣を見せつけ、それで首を刎ねようとするが、彼女はナオトに気づいた素振りが見えなかった。だから、ナオトは寸前で剣を納めた。どうやら派閥の長は、武力も優れているとは限らないらしい。

 ライリーの次ぐらいに警戒していた彼女もやり過ごせたならば、あとは警戒相手第一位にバレなければ良いだけだったし、そうなる前にナオトは到着した。

 彼の目の前にあるのはクリーシアの部屋の扉。周りを見ると、丁度今は誰も居ないらしい。


「よし、入るか」


 扉を開き、クリーシアの部屋に入る。そして、物色を始めた。

 ──ナオトがこうしているのは、彼がクリーシアを疑っているからだ。確かに死体を集め、それを弔うということは全くおかしいわけではない。が、いくらなんでも徹底しすぎている。


「死体も綺麗なものばかりだった。損傷が激しい死体も回収していたが、分別されていた。綺麗な死体は土に埋め、そうでないものは火葬⋯⋯よく見ていたのはライリー派閥だとボクだけ。クリーシア派閥でも、一部の人間だけ」 


 不可視化の戦技を行使し、更にその上で隠密して見ていた死体の処理。しばらく見続けていれば、その不自然さには誰でも気がつけるだろう。明らかに、ゴミを分けるように死体も分けていた。


「そして地下のアンデッドの群れ⋯⋯ボクはアンデッドに詳しくないけど、もしアンデッドが死体から生まれるのなら? そして自然にそうなることもあれば、人工的にもそうできるのなら?」


 アンデッドの創造魔法、もしくはそれに近いことができる力。どうやらこの世界には魔法以外にも、ロアや自分たちのように能力や加護といったものがあるのだ。可能性はあって然るべきである。


「⋯⋯ああ。そうか。そういうことか」


 物色開始から数分で、ナオトは手がかりを見つけた。これを公表したのなら、クリーシア派閥を瓦解できるほどに大きすぎる証拠。しかしながら、いや、それはナオトには扱いきれない。


「不自然だと思っていたんだ。いくら漁夫の利を狙うからって、たった一週間であれだけの派閥が攻めてくるのか、って。ショルマン派閥に壊滅されたのが殆ど、残っているのだって、クリーシア派閥を滅ぼすには力不足なものばかり。しかも、返り討ちにどれだけしても、馬鹿みたいに突っ込んでくる。⋯⋯もっと疑うべきだった。気づけたはずだった」


 ナオトは後ろから感じる殺気と威圧感に、恐れることなく振り返る。そして、女性と少女を見た。


「──あらあら、何やら、わたしを嗅ぎまわっている犬が居るとは分かっていたのだけれど、お前だったとは」


 ──直後、ナオトの意識は途絶えた。


 ◆◆◆


「ナオトが帰ってきていない?」


 ロアが彼女らの自室に帰ってきたとき、ユナの口から聞かされたことはナオトの失踪だった。

 彼が一言だけ言ってどこかへ向かったっきり、あれから何時間経っても帰ってこない。現在はもう日も沈みきっていて、そろそろ帰ってこないとおかしい時間だ。もしくは外で遊んでいるのだろうか? いや、だとすればその旨を伝えたはずだ。そもそも、彼は「すぐ戻る」と言っていた。

 これは明らかな異常事態だ。


「ええ。さっき私も探しに行ったのですが、どこにも見当たらなくて」


「うーん⋯⋯ユナで見つけられないとなれば、分からないわ」


 手がかりも何もない。虱潰しに探すしかないだろう。ユナはもう一度ナオトを探しに行こうとしたときだった。


「──ナオトはいるか!?」


 部屋の扉を勢い良く開け、そう叫んだのはライリーだった。彼女の顔には困惑と焦りが見えていた。その只事ではない状況を察したユナは答える。


「私たちも探そうとしていたところです。何かあったのですか?」


「お前たちも知らないとは⋯⋯とりあえず付いてきてくれ。話はそこでする」


 二人はライリーについていき、会議室に通された。そこにはライリー派閥の部隊長、そしてクリーシアの部下が数名居た。

 そこにいる人たちの表情は困惑、もしくは恐怖。しかし、ユナたちが部屋に現れたとき、彼らの瞳には懐疑の感情が含まれるようになった。それを感じ取ったユナは少しだけ怖くなった。なぜならば、それら視線には殺意や敵意さえ含まれていたからである。


「⋯⋯なあ、少なくない?」


 そこに集まる人々のうち、ライリー派閥に属する者は本当ならば六人であったはずだ。しかし、今そこに居るのは四人。二人が、アセラットとウェルインが欠けて、そこにいないのだ。


「⋯⋯実は」


「──ナオト・イケザワ! 奴がアセラットとウェルインを殺した! オレは見た⋯⋯オレさえも殺そうとしたんだ! 姉御⋯⋯二人は⋯⋯し、死んだんだ⋯⋯」


 ライリー派閥第一部隊長のベルクト・アークワーは叫びながらそう言った。そして泣き始めた。まだ若い彼の感情は滅茶苦茶に掻き乱されたようだった。当たり前だ。彼の親友が、仲間が、二人も殺された。そして自分さえも殺されかけた。


「まさか⋯⋯そんな、ことが⋯⋯ありえ──」


 ユナの言葉を覆うように、ベルクトは再び金切り声をあげる。そこには恐怖と悲哀と復讐心と怒りが込められていた。


「ならオレのこの傷は何なんだ! 二人を殺したのは何なんだ! イケザワに似た奴は何なんだ! クソっ⋯⋯」


 ユナには、ベルクトが嘘をついているような気がしなかった。彼の言っていることは全て真実。ナオトがベルクトたちを襲い、うち二人を殺害した。それは揺らぐことない、残酷な現実だ。

 しかし、そのナオトが、ユナたちの知るところのナオトであるかは分からない。


「そういうことだ。⋯⋯ナオトは、私たちに敵対意識を抱いた。それは何も変わらない。しかし、あまりにもそれは私達の知るところの彼から離れている。そこで、だ。お前たち二人を呼んだのは⋯⋯」


「確認。ロアたちを疑っているのね?」


 ナオトの明らかな謀反。彼と親しかったユナ、ロアも疑われて当然の事柄である。しかしユナとロアは全くの無実だし、ナオトがそうした理由にも原因にも、ユナには心当たりがない。


「⋯⋯そうだ」


 だが、その原因にロアは心当たりがあったようだ。


「なら、言い訳できるわ。ナオトは黄の魔女、ヴァシリーに操られている」


 ロアが思うところ、他者を支配できる相手は数多くいる。記憶を書き換える、恐怖で支配する、カリスマを見せつける、魔法で魅了する、種族的な特徴などなど⋯⋯ともあれ、人を操るということは、人間が思っている以上に容易く行われる行為であるのだ。

 

「ヴァシリー⋯⋯ショルマン派閥との戦争で現れた魔女のことか?」


「ああ。奴の能力は『傀儡』。それで対象を操ることができる。自我を持ったように見せかけながら。ナオトはヴァシリーと接触し、能力を行使され、三人を襲った」


「何よそれ。一体なんの意味が⋯⋯」


 ロアの推測に口を出すのは第二部隊長、メルディ・アインドールだった。彼女もまた感情を顕にしていた。


「魔女って言うなら、なんでわざわざそんなことをするの?」


「⋯⋯おそらく、仲間割れを狙われた。⋯⋯ああ、これは碌でもない推測だわ。意味なんてない、もしくは分からない、こう考えたほうが良いのかもしれないわね」


「それは⋯⋯どういうことだ?」


「ヴァシリーがロアたちの誰かと繋がっている。そして、その誰かはこの国の滅亡を狙っている、ってことだわ」


 あまりに突拍子もないことに、ロア以外の人物は絶句したのだと思う。でなければ、こうも部屋は静かになるはずがない。

 何せそれは、自分たちの中に裏切り者が存在すると言っているようなものなのだから。


「⋯⋯まあ尤も、怪しいのは」


「わたし、ですか?」


 ロアが目を向けたのは、先程からずっと静かなままだったクリーシアだ。


「なっ⋯⋯クリーシア様を疑うのか、赤の魔女!」


 唐突に、自分たちの長を疑いをかけられたのを理由に、クリーシアの部下はロアに敵意を剥き出しにした。だが、クリーシアはそれを宥めた。


「根拠は?」


「勘よ。⋯⋯強いて言うなら、大派閥の長なら、国一つを巻き込んだ戦争だって起こせると思ったから、かしらね」


 しかしそれには前提として、ヴァシリーが誰かと協力している。そして協力者は国の壊滅を狙っている、ということがある。そしてこれには疑問点が残った。


「⋯⋯仮にそうだとして、どうしてそんな回りくどいことを?」


 第三部隊長、ドーラス・メイエムはそんな質問をした。意味は、魔女ならそんなことをせずとも国を滅ぼせるのではないか、ということだ。


「ロアは、確かに国一つなら一人で滅ぼせる。魔法を適当に、人がいそうな所とか、都市に行使すればそこは壊滅するわ。人間の軍なんて脅威にもならない。蟻の隊列を見て、お前たちは恐れるの? 虫嫌いでもないのに? ⋯⋯そう、魔女は人間の国を滅ぼせる。少しだけ時間を掛ければね」


 ロアは魔女の中でも上位だが、下位の魔女と比べた際の実力差は、人間にとって五十歩百歩──それは大きすぎるという意味で、比べられないということだ。

 だから、どちらにせよ関係ない。それはロアに負けたヴァシリーであっても、ロアと同じことができるということだ。


「だったらどうして」


「でも、ロアは人間の国から一切の人間を残さずに殺し尽くすことはできない。それは他の魔女であっても同じ。あるいは黒や白ならできたかもしれないけど、憶測に過ぎないし、断言する、ヴァシリーはできない」


 不明の敵対者の目的は、ララギアの壊滅ではなく確実な全滅。生存者ゼロの破滅である。そしてそれには、魔女の力をもってしても不可能、もしくはそれにほぼ同等であるほど困難か、一部のみに許された可能性だ。そして今回、その例外は含まれていないか、直接は関係していない。


「⋯⋯ロア、お前の言っていることが事実だとすれば、この国は」


「近いうちに滅びる。それも生存者無しという形で」


 再び静寂が訪れ──そして、しばらく経った後、屋敷にけたたましい警報が鳴り響いた。


「何だ!?」


「──全員、外に出なさい。この警報は襲撃者の知らせです」


 魔法によるそれは、何者かの襲撃を知らせるもの。既にこの一週間で何度か鳴り響いたものだった。

 クリーシアは冷静にその場で命令を下す。

 彼らが外に出ていったとき、そこで見たものは、信じるに信じられない光景であった。

 ──『ヴォリス』に満たされるアンデッド共。不死者たちは生あるものへの怨念を、ただひたすらにぶつけるために都市の人々を襲っていた。それは正しく阿鼻叫喚の事態だった。

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