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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−47 月夜

「つ、疲れました⋯⋯」


 ユナは今日から寝泊まりする部屋に入ったかと思えば、その身体能力を駆使してベッドに飛び込んだ。ベッドは彼女を優しく受け止め、軋むこともしなかった。


「汗かいてるんだから、シャワー浴びないといけないわよ」


 そんなユナの行動をロアは咎める。汗でベタベタな状態なのに寝てしまうのは、年頃の女子がしてはならないことであるし、何より衛生的に問題がある。


「ですよねー」


 ユナは体を起こして、背中に掛けていた弓と矢筒をベッドの近くに置いておく。


「ロアさんはどうするんですか? というか魔女って生理現象あるですか?」


「一応あるわよ。別にあれぐらいじゃ汗かかないけどね」


 魔女は体が魔族のもの、魔力を元に構成された体ではあるものの、性質は元の体に近い。だからこそ血が流れるし、生理現象だって起きる。しかし全く元と同じというわけでは勿論なく、特に寿命に関しては不老に近いほどとなる。


「へぇー」


 魔女の豆知識も聞いたところで、二人は部屋に備えられていた寝間着を持って浴場に向かった。

 ユナが想像する浴場と言えば、銭湯だ。古風な印象を抱かせる昔ながらのもの。そこは体を洗うための場所であり、洗い場と浴槽、あとはサウナだったり、水風呂だったりがあるだけだ。彼女も小さい頃は偶に行っていたが、中学生の時の修学旅行以来、銭湯に行ったことはなかった。


「⋯⋯え、これ浴場ですか?」


 しかし、ユナが見たものは彼女が想像したものからあまりにも離れたものだった。

 西洋風の建築様式による公共浴場。白を基調とし、彫刻が彫られた柱が幾本か立ち、浴場の中央に堂々と円形の浴槽──最早プールにも匹敵するほどの広さ──があった。


「そうよ。異世界人からしたら珍しいの?」


「まあ、ええ」


 思わぬところで異世界カルチャーショックを受けることになったが、しかし芸術品でも見ているような気分、珍しいだけで、嫌気が差すわけではない。

 洗い場もあるため、ユナたちは体をまず洗う。


「それにしても誰も居ませんね」


 現在時刻は日が落ちてしばらく経っているはずだが、今はなんと実質的にユナたちの貸し切り状態なのだ。この館には少なくない人数が居たはずだ。それを考えると違和感を覚える。が、これも異文化故、というか気候なども関係したことだった。


「毎日浴槽まで入る人は少ないし、風呂に入るならもっと早いのが一般的よ。ロアたちは少し遅いくらいね」


 これはあくまでも体感だが、ユナからすれば今頃が最も入浴する時間帯だった。所謂風呂好きである日本人にとって、入浴とはその日の終わりであるのだが、異世界ではそうでないらしい。


「そうなんですね」


 体を洗い終わったら、あとは湯で温まるだけだ。浴槽に足をつけて温度を確認するが、魔法によって完璧に調整されたそれは丁度良かった。

 縁に背凭れ、足を伸ばしても窮屈感を覚えない。肩まで浸かれば、全身から疲れという疲れが、湯に流れていくように消えていく。


「ふぁ〜」


 気の抜けたような声をユナは出す。


「まさか異世界に来てお風呂に入れるとは思いませんでしたよ。中世ヨーロッパと言えば、衛生状況は最悪そのものだと聞いていましたし」


 曰く、町中に糞尿が当たり前のように撒き散らされていたらしい。今では考えられないことだが、当時ではそれが普通だったのだ。また風呂の文化も、地域によって全く異なることはあれど、普及していなかった。

 それを考えれば、この異世界はかなり現代に近い。魔法という技術があるからこそ発展の仕方は違うが、そういうところは理が違っても似るということだ。


「ちょっと前までは風呂は寧ろ非推奨的だったわ。湯が毛穴を開き、有害物質がそこから入るとか。油が落とされて皮膚が傷つきやすくなるとか。衛生面が整ってきたのは、ここ百年くらいね」


 ロアは魔女の中では若いと言っても、年齢は四百歳超えだ。日本なら江戸時代初期、関ヶ原の戦いなどがあったような時代である。

 エストやレネなどの古参に関しては六百年前、室町時代ほどか。

 発展スピードが一緒ではないから一概に言えないが、こう改めて考えてみると、歴史の重みを感じる。


「ここ百年⋯⋯長生きするとはどんな感じなんでしょう?」


「うーん⋯⋯気づけば世界が変わっている感じかな。意識しないと、一日どころか数日、数週間、数カ月、数年が一瞬で終わる。長く生きれば生きるほど、生きる気力がなくなる気がするわね。少なくともロアたちのように『欲望』がなければ、眠っているのと変わらないと思うわ」


 好きなものに熱中していれば時間経過が速くなる気がするが、時間に対し無関心であっても、否、それ以上に体感時間は短くなる。

 現に長寿な生命体は話すのが遅かったり、何も考えていないのか屍と見間違いそうだったりすることもある。


「世界に置いていかれるようなものなんですかね?」


「ロアは情勢なんかには興味がないから、そう感じたことはないわ。でも、強いと思った人間が気づけば寿命で死んでいることはあるわね」


 雑談をしながらの入浴は、裸の付き合いと言うもので、二者間の交流を深めると思う。それは魔女であっても例外でなかった。

 女性特有の、細くて柔らかな体には、温泉の効能なのか、心なしか艶がより出てきた気がする。そこまで長風呂しているわけではなかったのだが。プラシーボ効果だろうか、


「って、そんなわけありませんよね。魔法か何かですか?」


「そうね。中々悪くない魔法が使われているわよ」


 思わぬところで、顔のパーツが整っているのはともかく、何故か肌まで綺麗だったりする異世界人の謎が解けた気がする。勿論全てがそういうわけではないだろうが、こうして少し入浴したぐらいで肌に艶が出るのだから、習慣的に入っていればどうなるかだなんて分かりきっている。


「ロアさんもそういう魔法使えたりするんですか?」


 魔女であるからかもしれないが、ロアの肌もとても綺麗だ。まだまだ幼さが抜けていない顔立ちをしてはいるが、美貌には変わりないし、子供だからこそ肌もピチピチだ。


「ロアは赤魔法以外はあまり使えないけど、四階級くらいまでなら使えるわよ。だから、まあ、美容系魔法は使えるわ」


 ロアは赤魔法以外は使えないとされるが、それには語弊がある。正しくは魔女クラス同士の戦闘において、有用な階級──第七階級以上の魔法──が赤以外は使えなくて、緑に関しては皆無、である。それ未満であるならば大抵使える。


「魔法、便利そうですよね〜。私も使えたりしませんかね」


「魔法の才は見たら分かる。ユナにはない」


「え、一切も?」


「うん。でもこの世界の七割の人間は魔法の才を一切持っていないから、そこまで残念がることはないわよ」


 魔女に成れる素質を、一色でも持つ魔法適正者さえ一パーセント存在するかしないほど。全色に非常に高い適正を持つなど、神に愛された、もしくは神に囚われない才能の持ち主である。それを考えれば、今世代の魔女たちは異質とも言える。ロア以外の魔女たちが全員、全色適正を持っているのだから。


「それにユナはもう綺麗なんだし、美容魔法使うまでもないんじゃないの?」


「綺麗だなんてそんな。無理なダイエットとかは論外ですけど、私も女子である以上、美容には手を抜けないのです」


 ユナは同年代の比べても肌が綺麗だし、美容も意識している。しかし細すぎるわけでなく、健康的な美しさ、というものだ。


「それに、この世界の人たち美女ばっかですし、しかも胸大っきいですし、正直言うと妬ましいというか、負けられないというか、なんであんなに体細いのに巨乳なんですか。おかしくないですか?」


 BSHがそれぞれ100、55、75(目算)がある世界だ。体の構造から別物と言われた方がまだ納得できる。その上、顔もモデル並み。百人いれば百人振り返るような美貌をそれで持っているのだ。


「私だって⋯⋯Eは絶対ありますもん。小さくないはずなのに、何故か小さく思うんですよ。魔法で何とかなりませんか、ロアさん!」


 自分の胸を見て触って、ユナは不服そうにそう言った。


「幻覚魔法か、脂肪を他から取って転送すればいけるわね」


「できますか?」


「ごめん。ロアに人体学の心得はないわ」


 ユナは健康的と言っても無駄な脂肪があるわけではないし、何より医学をロアは修めていない。下手に人体を弄くればどうなるか分かったものではない。


「うーん、そうですか⋯⋯。⋯⋯すみません、少し変なこと言っていましたね」


 ユナはおかしなことを口走っていたというのに今ようやく気が付き、恥ずかしくなった。ロアは苦笑いするが、また、


「⋯⋯やけに話しかけてくるけど、ユナは、お前たちは、ロアが怖くないの?」


 ロアは古来より魔女として畏怖されてきた。彼女はそれ自体を好ましく思っていたり、思っていなかったりはしていなかった。だからこれは悲しくて聞いたわけではない。純粋な疑問からだった。


「⋯⋯最初は怖かったですよ。エストさんから頼まれて来たと言っても、私たちに()()の記憶がない以上、怖いものには変わりありませんでした」


 ユナやナオトたちはこの世界の常識がなく、魔女への畏怖というものも、現地人と比べれば薄い。だが、全く無いわけではなく、転移初日に目の前で異次元バトルを繰り広げられれば、彼女らへの恐怖は生まれるものだ。あるいは、一部の現地人よりも魔女の怖さを知っているのかもしれない。


「ですが、悪い人たちでないことは分かっていました。思い込みで嫌うのも、したくありませんからね」


 さて、そんなこんなでそろそろ長風呂になりそうなくらい入浴していたので、二人はお風呂から上がることにした。肌の艶は魔法の効果もあり、化粧水でもかけたかのように艶が出ていた。


「夜食は何でしょうか」


 浴衣は勿論なく、用意していた真っ白な寝間着に身を包む。夜食は時間になったら運ばれてくるらしいのだが、まだその時間にはなっていなかった。

 今夜の月は綺麗だった。しかし、これからしばらくはお預けになることを、彼女らはまだ知らない。


 ◆◆◆


 ──今夜の月光はいつもよりも明るかった。だからこそ、それらを青白い光で照らしていた。

 数える事さえも億劫となりそうなほどの獣人の集団。しかしただの獣人というわけではなく、各々の腰や背中には剣や弓などを初めとした、多種多様な武器があった。

 彼らはショルマン派閥に属する獣人たちだ。しかし、それを信じられない──いや、信じたくない人は多いだろう。何せ、いくらショルマン派閥と言えど、全国に散らばって配置されている各師団に、目の前で進行するほどの戦力は存在しないからだ。

 では大半は幻覚魔法による虚像か? 否、全て実物だ。

 そしてそれらを率いるのは、たった一人の人物。獣人で最も有名なうちの一人であり、純粋な武力でも第二位なのに、その圧倒的な指揮力と先を見通す力、そして何より、上位者としての魅力(カリスマ)が、彼の名をララギアに轟かせた。

 

「チェルコフの師団が潰された。しかも人間の派閥に、だ」


 ショルマン派閥に定期連絡を怠る愚か者は居ない。例えそれが毎日であっても、絶対に欠かさず連絡は行われる。特にダイハード・チェルコフは勤勉な男で、連絡内容も細かかつ、しかし簡潔にまとめられていた。

 ダイハードは優秀だったし、仲も良かったと思う。きっと将来、自分たちの役に大いに立つことが約束されていたはずだ。


「強き者が君臨する⋯⋯それが獣人の真理だ。しかし、奴の強さは武力ではなかった。ならば、それをこの私に咎めることはできない」


 ショルマンにはライリー派閥を潰す理由が二つある。

 一つはその危険性だ。師団とはいえそれを壊滅させられる戦力。そしてそれがクリーシア派閥に加入すれば、三大派閥の拮抗した現状に、ショルマン派閥が冗談にならないほどの不利を被ることになる変化が訪れるのだ。

 そしてもう一つは、復讐。大切な部下を殺されたことによる、その報復である。


「ライリー・マディ・ヴィクトリアス。そいつだけでなく、三人の強者。ここで潰さねば、仕掛けねば、私たちの派閥の存続、勝利が確実に失われる。今こそその時だ」


 ショルマン・アムラールーはこの数日でほぼ全ての師団を一つにまとめ、こうして進軍している。

 宣戦布告がないことは最早一般的。なぜ自ら急襲の機会を投げ捨てる? それこそ愚かではないのか。

 国際法などというお遊び戦争のためのルールはここにない。このララギア亜人連合国では、全てが許されるのだ、勝者であれば。勝者である限り、正義なのである。なぜならばそれは時代や人々によって変わってしまう、非絶対的な人々のエゴのようなものなのだから。


「待っていろ。この私が引導を渡してやる」


 ショルマン派閥の進行は、目の前の敵を壊滅するか、進むための自分たちの足が無くなるまで、這いつくばるための腕がなくなるまで、敵の喉笛を噛み千切る牙がなくなるまで、止まることを知らない。

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