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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−46 奇奇怪怪

 大魔法陣の存在はエストから事前に聞かされていたが、ロアはそれを直接この目で見るまでは信じることができなかった。魔女である彼女には、魔法に関しての知識があるためだ。通常、ここまで大きい魔法陣は効果を発揮するはずがない。それは無限の魔力を持つロアであっても同じことが言えるのだ。有限であるならば、よりそうだと言える。


「さっさと壊そう」


 魔法陣は精密機器のようなもので、少しの損傷で全く機能を発揮しなくなる。だから魔法陣を抉るだけでも任務完了なのだが、それだと修復も容易だ。

 できるだけ魔法陣を荒らすと、四人は来た道をそのまま戻っていく。帰り道でも同じくアストラルを鎮魂していき、二時間ぶりの太陽光を浴びた彼らは目は痛くなった。太陽光を手で遮り、目を慣らしていく。


「これは聞き込み案件だな」


 何かこの都市で変わったことはなかったか。あったとすればそれはいつからか。それを聞き込み、事の真相について情報を集めるべきだ。場合によっては⋯⋯この都市で戦争をすることになるし、ライリー派閥との協力関係を断ち切ることもある。できるだけ避けたいことではあるが、仕方なかったやつ、というものだ。

 誰にも見られることはなく、彼らは立入禁止区域から脱することができた。一先ずはこれで安心だ──


「──おや、見かけない人ですね」


 金色のミディアムヘアに、金色の瞳。白磁のような肌は手や顔くらいしか露出しておらず、黒と紫を基調としたセーターにも似た服とロングスカートによって隠されている。

 

「っ!」


「初めまして。わたしはクリーシア。この都市の都市長、及びクリーシア派閥の長です」


 こんなことがあるだろうか。確かにライリーは「クリーシアは今、外出中らしい」などと言っていたが、それが真実であり、かつ偶然にもこうして出会うなんてまるで思わなかった。

 しかし、ユナたちにはクリーシアと話し、協力関係を結ぶ立場にはない。ここでは挨拶ぐらいで済ませるべきだろう。だから彼らは自己紹介を返すだけにした。


「⋯⋯ロア、赤の魔女、ですか。それに他の方々も珍しい名前ですね」


 ロアという名を聞いても、クリーシアは取り乱すことはなかったようだが、全く驚かないわけでもなかった。

 珍しい名前、と言うのはユナたちのことだろう。欧米風のネーミングが一般的であるこの世界において、日本人ネームは珍しく感じるらしい。


「ええ、まあ」


 異世界人と言っても分かるはずがないので、言葉は濁しておく。


「あなたのような赤の魔女にお会いできるとは想像もしませんでしたよ。なぜこんなところに?」


「ロアの友だちに頼まれたからよ」


「友だち?」


「ああ──」


「──ロアと僕たちの共通の友人です。色々あってこの戦争に巻き込まれましてね。助っ人として来てもらったんです」


 ナオトはロアの言葉を上から被せるようにして話した。違和感はあったが、しかし追求することも怪しくなる言い方だ。

 彼はやけにクリーシアがこちらの事情を聞いてくることに危機感を覚えた。確固たる根拠はないものの──ナオトの加護、『幸運之加護』は、彼に対し世界が都合の良い未来を与える力である。まさに加護と言うに相応しい効果だ。それはナオトの直感をより正確にしてくれる。


「へぇ。⋯⋯では、これで」


 クリーシアはユナたちから離れていく。


「⋯⋯何か怪しかったね。いや、気のせいかもしれないけど」


 ジュンは呟く。確かにそうだった。特に理由はない。理由はないのだが、どうも何か引っかかる。


「匂い⋯⋯?」


 似たような感覚に陥ったことが、過去に一度だけあった。確かその時は、ジュンが黒の魔女──メーデアと遭遇したときだ。あの時より薄くはあるものの、独特な匂いがした。

 しかし、それは花の匂いだとか、食べ物の匂いだとか、実際にあるものではない。実際にはない匂い、幻覚的な匂い、嗅覚に近しいもので感じる匂い、そんな気がする。言うなれば第六感か。

 それは甘いような、惹かれるような、欲を沸き立たせるような、とにかく、魅力を感じるような匂いだった。嫌いになるどころか、好きになりそうな匂いだった。だが、だからこそ、怖かった。薔薇には棘があるように、魅力的なものには裏がある。


「⋯⋯ああ、もう。ただの気のせいなのかも分からない」


「⋯⋯とりあえず、聞き込みしましょう?」


 分からないことは考えず、元々やるはずだったことをすべきだ。


 ◆◆◆


 太陽が地平線に落ちて、空が黒くなったとき、都市はその闇夜を払う為に光を発する。

 魔力供給源が必要であるため、通常光源として魔法が利用されることはあまりない。それは『ヴォリス』でも例外でなく、この都市では主に発光する石を利用した街灯が光源となる。

 仕事終わりに居酒屋に行くような文化は、例え世界が異なっても共通であるらしく、夜の町はもしかすれば昼よりも賑やかなのかもしれない。


「──と、いうことです」


 そんな賑やかな外に反して、都市の中央にある屋敷の接客室は怖いくらい静かであった。

 その部屋には今、二人の女性しか居なかった。片方はライリー、もう片方はクリーシア。部屋の外にはそれぞれの護衛が居るのだが、ともかくこの部屋にはその二人だけだ。ライリー相手にそうするということは、信用されているということでもある。あるいは単なる馬鹿であるか。

 ライリーは詳しく自分たちの境遇をクリーシアに話し、そして聞かれるよりも先に自分たちの有用性について説いた。あとはクリーシアの質問に答えるだけだ。


「ふむ⋯⋯あなたたちの力は無視することはできませんね。この派閥に取り込むことで得られるメリットとデメリットを考えれば、なるほど、悪くない」


「なら」


「──しかし、その前に確認しておきたいことがあります。その返答次第では、わたしの考えも変わるかもしれませんから」


 交渉は上手く行きそうだ。が、最後の最後で全て水の泡になる可能性が表れてきた。これは慎重に答えねばならない。


「まず一つ目、権力の確認です。わたしの派閥の傘下に入るならば、あなたはわたしの命令を聞く義務がある。勿論、絶対服従というわけではありませんがね」


 これは飲むべき条件だ。傘下と同盟は異なる。そしてライリー派閥はクリーシア派閥と同盟を締結させられるほど力を持たない。ならば多少こき使われるかもしれないことぐらい覚悟すべきだ。


「尤も、あなたの立場は派閥の長(わたし)ほどではないにしても、副長ぐらいは保障しましょう」


「分かりました」


「では二つ目、わたしたちはこれからショルマン派閥を潰しにかかります。⋯⋯いえ、ディオス派閥も、その他多くの派閥も含めた戦争。それを始めるつもりです」


 ライリーは何も発せなかった。あまりにも唐突過ぎる言葉に、ただ唖然とするだけだったが、しばらくしてようやくクリーシアの言っていることを理解できた。


「な⋯⋯なぜ、ですか? そんなことをすれば⋯⋯」


「ええ、多くの人々が⋯⋯それも、無所属の人々も、戦いに巻き込まれ死ぬことになるでしょう」


 クリーシア派閥は戦争を無くすことを理念とした団体だ。今でこそ理念に矛盾した行動をしているが、それはこの国が暴力でしか変えられないからであり、仕方のないものだからだ。それでも、可能な限りの争いを避けてきたはずだ。


「それは悲しいことです。しかし、また、必要なことでもあるのです。これまで幾度も停戦協議を開きましたが、その席に着かない派閥が半数以上。彼らは愚かなことに、この時代において未だ力こそ正義であると盲信しているのです」


 ライリーもその協議の席に着いたことはあった。だが、空席の方が目立ち、会議になったことは過去にも、そして未来にもないだろう。そう、この国に存在する派閥の多くは、停戦を良しとしていないのである。つまり無駄だった。


「争いは同じレベルでしか起こらない。しかし、争わなければ──それが言葉であっても、剣であっても、何も決めることはできない。ならば、わたしはあえてレベルを下げましょう。⋯⋯力で、力による政治に変革を齎すのです」


 一見すると矛盾している論法だ。しかし、これを笑うことができる者はこの世界にいるだろうか? 

 国々の政治形態を変えるのはいつも戦争だ。植民地が独立国となるのも、君主制から民主主義となるのも、いつも血が流れてからだ。

 戦争とは現状を変える手段であり、結果とは何も関係がない。戦争の結果、戦争のない国となるのだって、何もおかしなことではない。むしろ戦争を行わずして国を変えられるということは、まさに叶わぬ理想論ではないか。


「反発などは?」


「今のこの国は力こそ正義であるはずです」


「なるほど⋯⋯それで、あなたが私たちに望むこととは?」


「わたしたちは三大派閥などと呼ばれていますが、純粋な武力において、ショルマン派閥に敵うなどと驕ることはできません。つまり、わたしたちにとって最も邪魔な存在でもあります。⋯⋯ライリー派閥には、どうやら今、協力者が居るようですね? それも畏れ多き魔女や、異世界人──加護を三つほど保有している人間が三人」


 ライリーはクリーシアが何を望むか、分かったような気がした。なぜならつい先日、同じようなことを彼らは行ったからだ。


「急襲です。わたしたちから先にショルマン派閥に戦争を仕掛ける。布告というものは、野蛮な獣相手には必要ないでしょう。大打撃を与えれば、あとは自然消滅するか、様々な派閥が勝手に襲ってくれるかと」


 恨みを持つ派閥、その財力や力を狙う派閥などが、本部を壊滅させられたショルマン派閥の残党を潰しにかかることは予想できる。ララギア全国に戦力を散らばせたことが仇となるのだ。


「ライリー・マディ・ヴィクトリアス、どうです?」


「⋯⋯ええ、その役目、引き受けましょう」


 クリーシアは笑顔を浮かべる。美人の笑顔には変わらないが、その奥には悪巧みの感情が隠れていた。


「そうそう、これはあまり関係のない話ですが、あなたの所に居る赤の魔女、ロア。彼女がどうしてここに来たのか、何か知っていたりしますか? 流石のわたしでも、赤の魔女という存在には警戒せざるを得ません。例えそれが協力してくれるとしても」


 なるほど、クリーシアの懸念は尤もだ。しかし、ライリーもそこまで詳しくは知らない。


「よく知りませんね。彼らは何やら事件に巻き込まれたようで、それでここに来たらしいですが。でも、あのロアという子はとても素直で可愛らしいですよ。私も魔女だと初めに聞いたときは剣に手を付けていましたが、話してみるものです。どうです?」


 魔女は畏れるべき存在たちの総称であり、話が通じず、『欲望』に関係しなければ無関心、もしくは邪魔者として殺戮を躊躇なく行う化物である、というものは、少なくともロアだと偏見であったようだ。何者でも話してみてから判断すべきだと、ライリーは学んだと思う。


「そうですか。今度、話してみましょうかね」


「それが良いと思いますよ」


 それからライリー派閥の寝泊まりする場所について相談して、そして話し合いは成功で終わった。

 ライリーはクリーシアに対して一礼してから、部屋を立ち去る。


「どうでした、姉御」


 そんなライリーに、一人の青年が話しかけてくる。彼はここにライリーの護衛に来た三人のうちの一人であり、部隊長の中でも最も若い十九歳。ライリーより年下である。

 淡い紫髪の彼の名はベルクト・アークワー。小柄で素早い動きを得意とし、多種多様な戦技を使いこなせる天才である。

 彼の口ぶりは、交渉の結果を恐る恐る聞いているわけではなく、「勿論、成功したんだろ?」というような確認に近かった。


「上手く行き過ぎて、逆に疑わしいぐらいだ」


 クリーシアはあまりにも聞き分けが良かった。それは彼女が外見通りの十代後半の年齢という若さ故か、はたまた裏切られても問題ないと思っているのか、どちらにせよこちらにとっては好都合だが、少し怪しくもある。何でもかんでもクリーシアの言うことを鵜呑みにはしない方が良いだろうし、信用もそのときまでお預けすべきだろう。


「でもでも、今はなんとかなったんですよね? ならそこまで気負わなくても良いんじゃないですかね」


「ベル、それは能天気だぞ」


 ベルクトの浅はかさに物を言ったのはウェルイン・ジルスターだった。髭の似合う黒髪のダンディーな見た目通りの年長者でもある彼は、いつもベルクトの間違いを指摘している。最初こそ彼はウェルインに楯突いていたが、ある一件があってからはウェルインの言うことを聞くようになった。


「まあなんであれ、成功は成功でしょう? ウェルインの言う通りだけど、あまり気負い過ぎるのもどうかと私は思うけどね」


 そして最後の一人は、紺色のボブヘアーの女性、メルディ・アインドール。ライリーと同じ年齢で、世にも珍しい錬金術師だ。


「まあ、一先ずは安泰になったことを喜ぼう。町に散らばっている奴らに、寝泊まりする場所はここだと伝えないとな」


「え、この屋敷で? 確かに広いですけど⋯⋯」


 ライリー派閥は総勢三百名。多いようで意外にも少ないため、この広い屋敷になら全員寝泊まりすることはできるだろう。勿論、一人一人個室というわけにはいかないだろうが。


「ああ。だが寝込みを襲われることもないだろう。そうするメリットがないし、クリーシアも都市で殺し合いは起こされたくないだろうからな。大方、監視の意味合いを持つんだろう」


「確かに。じゃあ、俺たちも信用されるようにしないとな」


 それから、彼らは都市で遊びまくっていた仲間たちを探すのに苦労し、ようやく全員が寝静まったのは日付が変わった頃だった。

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