7−38 全滅は前提条件である
ララギア亜人連合国は強き者こそ上に立つべきという考えの国であり、しかしたった一人で頂点を目指すわけではない。この強さとは単純な腕力ばかりでなく、指揮力、財力、政治力、カリスマ力⋯⋯それら全てを兼ね備えてこそ強き者なのだ。
そのためララギア亜人連合国にはいくつもの派閥があるが、その中でも特に有力な派閥を三大派閥と言う。
一つ目はショルマン派閥。狼系の獣人族で主に構成されており、派閥の長であるショルマンは特に腕力とカリスマに優れている。好戦的であり、三大派閥の中で最も殲滅力があると言えるだろう。
二つ目はディオス派閥。異形種のみで構成され、故に数は少ないが個々の実力は他を圧倒する。また策略にも優れており、特異な能力と天才的な作戦の併せ技は驚異そのものだ。
三つ目はクリーシア派閥。三大派閥唯一の女性が長である派閥であり、人、亜人問わず様々な種族で構成されていて、財力と魔法技術力に優れている。そのため、非常に強力な魔具を持っており、また魔法も優秀であるから近距離も中距離も遠距離も強い。
そしてユナ、ナオト、ジュンたちを世話することになった派閥はその三大派閥には入っていないライリー派閥だ。亜人連合国でも数少ない、いや、最早ここ以外にないと言っても過言にはならない人間のみで構成された派閥であり、つまり戦力的に劣っているということだ。優れている点といえば数が多いぐらいだが、それが決定打になることはまずない。
「⋯⋯ありがとう」
三人はライリーに協力することを伝える。彼女は嬉しそうだったが、また、どこか複雑そうでもあった。
ライリーの外見年齢は二十代前半ぐらいだし、実際その見た目通りの年齢だ。ともすれば彼女から見て十六、十七歳の三人は子供に見えて、確かに強さは理解していても、戦いから遠ざけたい気持ちがあるのだろう。
「大丈夫ですよ。私たち、強いので」
ユナはそんな彼女の心境を知ってか知らずか、心配させないように振る舞った。それが彼女を吹っ切れさせた。
「ああ、頼もしい」
「はい。じゃんじゃん頼ってください」
調子が良いとはまさにこのことだ。転移直後から異次元の戦いに揉まれ、足手まといにしかならなかったユナからしてみれば、誰かに頼られるということは嬉しかった。
「では⋯⋯ドーラス、彼らを寝室に。そして明日、作戦会議を行う」
ライリーはドーラスと呼ばれた男──ユナ達をここに連れてきた兵士にそう命令する。
「了解しました。ついてきてくれ」
三人は彼についていく。その道中、ユナは彼にいくつか質問した。
「ライリーさんはこの派閥の長なんですか?」
彼女は普通の人間とは一線を画した実力を持っていて、そして彼女に対するドーラスの態度からも、彼女が権力者であることは明白だ。そんな彼女の質問にドーラスは分かりきった回答をした。
「この派閥はあの人に助けられた人が多い。俺もそうだし、そんであの人に助けられた人がまた別の人を助けて⋯⋯それが繰り返し、こうして派閥ができた」
力として表すならばカリスマだろうか。それをライリーは持っていた。
信頼、信用とは、最も強力な武器の一つだ。士気というものは馬鹿にならなく、それだけで勝敗が決定することもある要素だ。弱小種族の塊であるライリー派閥が、現存しているのはそれが貢献している側面もある。
そんな他愛もない雑談を繰り広げていると、寝室に到着した。寝室と言っても、屋敷のふかふかなベッドや天幕が用意されているわけではなく、シートに寝袋のようなものがポツンと置かれているだけだ。しかし寝るには充分だ。
「朝は起こしに来るからここで待っていてくれ」
「分かりました」
そんなわけで三人は一緒の部屋で川の字を書くように並び、眠る。タープのようなものがかけられているとはいえ、ほとんど屋外のような場所だから、少しだけ寒かった。
だから眠れないわけではなかった。少し、不安があったからだ。それはユナだけでなく、ナオトやジュンも同様であったらしく、
「⋯⋯皆さん、大丈夫なんですかね」
そこまで出会ってから時間が経っているわけではない。趣味や性格なんてまるで知らない相手たちだが、マサカズとエストはこちらを一方的に知っているらしい。
前回があるなんて未だに信じられない。一度、世界は滅びかけたなんて想像もできない。しかし、あの黒の魔女と言うものを見れば、否定もできない未来だった。
何より、彼らの態度には、本当にユナたちを友達だと思っている節が見られた。彼女の『慧眼之加護』はそういう所も見通すようで、彼らが嘘をついているようには思えなかった。
「大丈夫だと信じることしか、今の僕たちはできないよ」
「だな。⋯⋯一番心配されているのは、ボクたちだったとしてもおかしくないし、そこまで不安がることはないんじゃないか?」
「そうですかね」
天に張られたタープの横からは、非常に綺麗な星空が見えた。元の世界とは少し違う星座だったが、どんな星々でも人を魅了する力には変わりがないようだった。
星々は何時だってそこで光っている。どんな時でも。世界がどんなに残酷になっても、変わらず。それは宵闇をいつでも照らしてくれる道標だ。また、それは自分のちっぽけさを教えてくれる比較対象でもあった。宇宙を考えると落ち着くのは、宇宙の壮大さに比べれば、大抵のことはちっぽけだからだ。
人は落ち着けば、物事を正しく判断できるようになる。そのクールになったユナの頭で出した結論は、
「⋯⋯ええ、今は私たちが生き残ることを考えましょう。そして、人を助けることを」
理想。しかし、それは可能性の根源である。
◆◆◆
翌日、早朝、会議室にて。そこにはライリー派閥の部隊の隊長合計六人と、ライリー本人、そしてユナ、ナオト、ジュンが加わっている。自己紹介を終えたあと、話は始まった。
「昨晩、ドーラス率いる第三部隊はショルマン派閥の奴らと衝突した。その際にユナ、ナオト、ジュンたちに助けられ、壊滅させた」
事実だが、ショルマン派閥を知る部隊長たちはそのことが信じられないようだった。当たり前だ。亜人は人間より遥かに強く、その一つの部隊をたった三人で、しかも子供が壊滅させたなど信じられないのが普通だ。しかし、そう言っているのは彼らの長、最高司令官でもあるライリーだ。それが何よりも信用に値する証拠である。
「しかしあれらがショルマン派閥の全軍ではないだろう。つまるところ、我々は報復される可能性がある」
やられたらやり返す、倍返した、というわけである。ララギア亜人連合国の国風上、やられっぱなしを良しとするものは、国内には、数えるのに五本指でも多すぎるかもしれない程度しかいない。
まず間違いなく、ショルマン派閥がライリー派閥に襲撃して来るのは明白であり、もし襲撃されると痛手は避けられないし、致命傷の可能性になることもある。例えユナたちがいても、数という暴力を何とかできるわけではないのだ。体は一つしかない。
「ということで、お前たちにどうすれば良いかを聞きたい」
部隊長たちはその頭を捻って、各々が個々に思う最善を導き出す。
「防衛を固めるべきか?」
「いや、奴らに籠城戦は愚かだ」
「しかし⋯⋯」
籠城戦とは援軍が期待できたり、相手に時間制限がある上でようやく成り立つ作戦だ。それらが一切ない現状において、これ以上の愚策はあまりない。
しかしながら逃亡もまた愚かだ。逃げ先は思いつかないし、逃げ切ることも難しいだろう。そう、だから残された道は自ずと見えてくる。
「⋯⋯逆だ」
ナオトも思考を巡らせると。あることを思いつく。それを表した一言「逆」は、主にライリーに嫌な予感を覚えさせた。
「つまり?」
恐る恐る、といった形容詞が似合う様子でライリーはナオトにそのことを聞く。
「ボクたちから仕掛ける」
馬鹿とは常人には理解できない事を唐突に言うものだが、天才も一般人には理解が難しいことを突然話す。だから馬鹿と天才は紙一重と言われる。
「情報収集が必要だ。偵察隊みたいなのはないか?」
「あるな。第五部隊がそうだ。⋯⋯周辺を探索し、相手の部隊を発見するつもりか?」
これは僥倖、とナオトは思う。
「あとは数、そして重要そうな亜人かな。それで二つ聞いておきたいんだけど、一つ、ショルマン派閥の総軍力は知ってるか?」
「詳細な軍事力を知られることは、相手に情報アドバンテージを与えるも同然。大まかなものならば⋯⋯ざっと一万ほどだと聞く。しかし、散らばっているだろう」
ショルマン派閥は巨大な派閥であるが故に、この広いララギアの様々な場所に拠点を持っている。総数は多くとも、一つ一つの拠点の兵力は少ない。とは言っても、三大派閥でもなければ、それは一つの派閥に対抗できるだけの戦力ではあるが。
「ふむ⋯⋯じゃあ二つ、周辺に拠点はあるか、そしてその場所は?」
「え? ⋯⋯おい、知ってるか?」
ライリーは第五部隊の隊長に話しかけ、ナオトの二つ目の質問に答えさせた。曰く、「ここから十キロほど離れた丘の上にある」とのこと。しかし完璧なまでの防衛設備が整っており、発見しただけだったのだが。
「⋯⋯よし、作戦、思いついた」
そうしてナオトの考案時間数秒の作戦が説明される。
作戦名は、命名するならば霧と槌作戦である。
第一段階として、あえて報復してくる亜人たちを正面から迎撃する。しかし、この際にはジュンに前に出てもらい、可能な限り目立ってもらうのだ。そして、ある程度殺すが、何人かを逃がす。
第二段階は、その逃した亜人が増援を連れてきてから始まる。おそらく、ジュンの圧倒的な強さを警戒し、指折りの実力者、及びそれ相応の頭数を揃えるだろう。でなければ実質的な勝利と言え、しばらくは警戒する必要がなくなるからどちらに転んでも構わない。
その増援に対して、苦戦する──演技をする。負傷者を少なくしつつも、ここで勝たないようにするのだ。可能な限り、相手にこちらを潰すための戦力を割いてもらう。
第三段階は、警備が手薄になった敵拠点を、ナオトとユナが急襲する。二人は第一、第二段階では表に出ないようにすることで相手に存在を悟らせない。そして二人で拠点を陥落させる。その後、近くに潜伏させておいた部隊と共に残党を包囲殲滅する。数では勝っていても個人の力量は負けているから、一点突破の可能性も考慮に入れ、相手をできるかぎり一つにまとめなければならない。そう誘導するように戦うべきだろう。
「しかし⋯⋯そんな上手く行くものなの?」
とまぁ、作戦と言えば聞こえば良いが、所々で相手の油断や失敗が前提の、言わば不確実の塊、博打だ。徹底された策略とは言い難いのもまた事実である。上手くいけば、それこそ作戦通りに相手を壊滅させられるのだが、どこかで狂えば各個撃破されることにもなる。指揮系統がナオトの策略を読めるほど賢い可能性だってある。だがこれ以上の策略を考えるのであれば、もう少し時間と情報収集が必要となるため、
「少なくともボクにはこれ以上の作戦が思いつかないな」
そもそも相手の具体的な戦力は不明だし、地理も不明だし、というか亜人に関しても知識がまるでないし、知らないことばかりだ。その上で自陣の戦力は少なく、そして脆い。良い点は士気だけだ。ならば博打も必要というものである。
「なんならボクたちだけで拠点に襲撃、指揮系統をブッ壊しても良いんだけど、それだと最悪逃げられる。全滅させることが大前提だからな」
今必要なのは安全だ。ショルマン派閥から狙われることはそれから最も遠いことであり、そして彼らの本拠点にその情報が伝わるなど、那由多の先にある。
「それに、前日の件を伝えるために、別働隊がもう動いている可能性がある。探しておくべきだろう」
情報とは力だ。それのあるなしで勝者と敗者が逆転することも珍しくない。もし、自分たちの存在が知られたなら? 寄こしてきた刺客は自分たちを殺せるだけの実力があると考えて構わない。何せ転移者は絶対強者ではないし、転生者も、殺す方法ならいくらでもある。罠を仕掛け土砂崩れを起こすなり、火攻めするなり、近くの川を破壊して濁流に飲み込ませたっていい。あるいは、圧倒的物量で潰すなり。喉笛を切り裂ける確率が1%でもあったならば、それを千回も繰り返せば一回ぐらい当たるものだ。1%を千回、連続で外す確率、言い換えれば99%の確率をそれだけ当てる確率は4.32*10^−5。つまり0.00432%であり、まずあり得ない、ということだ。
「なるほど。別働隊を拘束するための部隊を編成しておくべきだな。⋯⋯よし、その作戦を採用しよう。何か質問はあるか?」
特に目立った質問はなく、作戦の採用は決定された。
ショルマン派閥が報復してくるのを待つという受け身な作戦であり、失敗の確率もある。だが、今の状況でこれ以上を望むことはできない。
「⋯⋯よし、これにて解散。各自、戦いに備えよ」