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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−33 命を預けるもの

 道中、幾度か死霊たちと遭遇するも、一個師団に匹敵する戦力であるマサカズたちにとっては、また、その死霊は内側に存在することもあり、大した問題にはならなかった。

 剣技ならば瞬殺容易だっただろうが、事前練習がてら、マサカズ、グレイ、ネイアは銃器を使った。それぞれリボルバー、ショットガン、マークスマンライフルだ。マサカズがリボルバーを選択したのは取り回しがしやすく、単純な単発火力だと最高位だから。勿論、グレネードランチャーやロケットランチャーなどは例外とする。


「⋯⋯『俺のリロードはレボリューションだ』」


 装弾数六発。銃身は長く特徴的。何の戦術的優位性タクティカル・アドバンテージもない彫刻(エングレーブ)は当然ながらない。

 SAAシングル・アクション・アーミー──に酷似した銃器。それを一言で描写するならばこうなる。

 是非とも二丁欲しかったが、かなり昔の種類であるらしく、武器庫にはこの一丁しかなかった。


「なるほど」


 マサカズの筋力は元の世界でのそれを遥かに超える。もしそのままなら、彼が剣を振り回そうものなら数分でバテる。それに見様見真似の反動制御は驚くべきことに上手くいき、負担も軽減して射撃することはできたが、肝心の命中度については宜しくない。六発中二発命中、一発は掠り、残り三発は外れ。確かに十メートル以上離れているとは言え、転移者の肉体能力がありながらの命中精度でこれだった。尤も低位の死霊は一発でダウンし、もう一発は死体撃ちに等しいトドメとなっていたから、特に危険はなかったのだが。


「コツは掴んだか」


 廃墟外の建物裏から湧き出てきたゾンビのような死霊の頭部に照準を合わせ射撃。透かさず撃鉄(ハンマー)を起こして二発目も発射。死霊は腐った脳髄を垂れ流し、地面に倒れた。


「⋯⋯ん? 頭吹き飛ばしただけで死んだ?」


 マサカズはそう疑問に思った。

 いや確かに、普通、生き物は頭を吹き飛ばされると死ぬ。魔女たちも生き返るだけで、その時は死んでいるのだ。しかし死霊たちは異なり、彼らは頭を吹き飛ばしたぐらいでは死なない。全身を切り刻むなりしなければ死なないのだ。


「ああ、それはこれが第一段階だったからだね」


 近くで見守ってくれていたウィルがマサカズに答える。そして彼は、死霊について説明をし始めた。

 死霊には種類がある。第一から第五までの段階があり、今のは第一段階だった。でなければ頭を破壊されたくらいで行動を停止しない。

 第一段階は死後、瘴気を取込み一年以内の状態だ。その際は死亡した脳を瘴気は無理やり活性化させ動いているため、脳を破損すると動きを停止する。が、これはその死体がもう二度と蠢かない理由にはならない。

 例えば脳、またはそれに準ずるものがなければ、第二段階から死体は死霊となる。これが最も多い死霊の種類であり、この状態になると瘴気のみで体を蠢かせるようになる。これは瘴気が体内に入り込んでから一年以上、三年以内の段階だ。

 次から原型を留めなくなる。第三段階は死霊たちの本質が現れてくるのだ。そして、機械生命体たちが対処するには大きな犠牲を払う必要が出てくる段階でもある。瘴気は何と腐敗した肉体を正常なものへと変化させるが、全く異なる形を作り出す。例えば触手であったり、牙であったり、強靭な足であったり、多種多様だが、進化の一歩目であり、この段階はおよそ五年間続く。

 第四段階は死霊たちが強大な能力を得た段階だ。最早生物としてさえ見られない形を持っており、醜悪かつ凶悪な段階である。境界線付近の死霊たちも多くがこの段階であり、少なくともこの段階の死霊の討伐は殆ど行われていない。あったとしてもそれは大抵手負いの──おそらくは同じ第四段階の死霊が原因──ものであり、万全な状態のこれを殺した実績は存在しない。

 そして第五段階、あるいは最終段階とも呼ばれる状態になるのは第四段階到達からおよそ十年だ。

 この段階では多くは()()()。自身の体内で生産した瘴気を噴出するだけの肉塊と成り果てるため、実質的な死体である。


「──でも、稀に最終段階になっても蠢くのがいるんだ」


 最終段階の死霊、中でも根付かずに蠢く化物。それらこそ死霊の中の王、言うなれば生態系の頂点。

 『自己増殖する悪夢』、『死の王』、『災いの元凶にして支配者』、『禁忌そのもの』、『境界線の怪物』、『不浄の源』──『死神』。

 最早、遭遇は死を意味する相手。人類には手出しできない化物。それこそが最終段階だ。


「だとすると、例の蜥蜴は第五段階の死霊か?」


「おそらく、ね。可能性は高いよ」


 おそらく。可能性は高い。と言葉を並べてはいるが、断言しないだけで、そうだとウィルは思っている。仮にあれが第四段階ならば、あんなにも境界線付近の死霊を圧倒はできないはずなのだから。もしくは新種であることも考え得るが⋯⋯ここまで来れば妄想に等しい。考えるだけ無駄である。


「にしても、あんたはやけに戦い慣れているよね。見たところ十代後半⋯⋯に入ったばかり。機械生命体(ボクたち)とは違って、外見そのままの年齢のはずだよね?」


「⋯⋯まあな。色々あったんだ」


「色々、ねぇ。⋯⋯ボクたちはさ、死ぬことがない」


 彼ら機械生命体は、脳のバックアップさえ取っておけばいつでも生き返ることができる。勿論、記憶はアップデートしないといけないが、彼らに死の恐怖は殆どない。死ぬときがあるとするならば、バックアップ先が破壊されたときぐらいだろうか。


「機械だから。死は一種の状態異常としか思えなくなっちゃったんだ。なのに⋯⋯生身の人間(あんた)には親近感を覚えるというか。まるで死を死だとは思っていない感じがするんだ。⋯⋯あんたの『色々』は、それ?」


 核心を突かれたことで、マサカズは少し驚いた。

 『死を死だとは思っていない』という言葉は、稀に言われるものだ。大抵それを言う者も死を死だとは思っていないし、あるいは、残念ながら、狂人しか居ないらしい。

 ウィルは前者で、彼はマサカズに同族意識を感じた。

 『死に戻り』について話すことが頭を過ぎった。ペナルティもない。信じて貰えるか貰えないかは別としても、それが真実だと。しかし──、


「⋯⋯さあな」


 マサカズは臆病だった。彼には、前回のように『死に戻り』を軽々と話せなくなってしまっていたのだ。

 ──六万回の世界の中には、『死に戻り』を話したことによって、酷い目に遭った記憶が無数にある。大半は敵対したエストによるものだが、それ以外のことも少なくない。

 『死に戻り』を利用するために国家規模で拉致され、人体実験を行われた。マサカズは『死に戻り』を軽々と喋り、それをどこかで聞かれていたのだ。そして人体実験の末、『死に戻り』してRESTART時点まで戻るということが実際にあった。

 黒の教団に勘付かれて幽閉されたこともあった。イシレアやメレカリナに殺さないように殺されたこともあった。ミカロナに拷問を行われたこともあった。

 『死に戻り』は下手に喋れば苦痛を味わうことになる。そう、学んだ。そして『死に戻り』は誰しもが利用したいと願う力であることも。

 当然だ。過去をやり直せる力は魔法であっても限りなく不可能に近いほど難しいのだから。しかし現実はそんなにも便利でない加護である。


「否定も、肯定もしない、ね。余計な詮索だったな。久しく外の住人を見たからさ」


 ウィルは申し訳なさをまるで醸し出していなかったが、気になるのも無理はなかった。少なくともマサカズを見ていれば、どこか正常を装った狂人であることは見抜けるはずだ。あとはそこに突っ込めるだけの度胸があるなら、誰でも聞くだろう。


「だな。余計な詮索だった。⋯⋯にしても、まるで以前にも外から人間が入ってしたような物言いだな?」


「ご名答。六十年ぐらい前に一人のおそらく青年が──年はあんたより一つ上ぐらいかな? が入ってきた。ま、話せなかったけど。というよりは、会話が一方的だった上にすぐ話せなくなったからだけど」


 要は青年が殺されるのを偶々目の前で見かけたということだ。


「僕がこっちに来る前の話だけどね。こっちに来てからは外の世界の住人の死体さえも見なくなったよ」


 それはこっち側の『無数の亡国』への侵入経路が『大雪原』を通る他無いからだろう。わざわざ危険地帯を経由してまで、更なる危険地帯に入りたいとは思わないから、当たり前といえば当たり前の話だったが、彼らには分からないことでもあった。


 ◆◆◆


 一行がコロニーを出発してから一時間ほどが経過し、ようやく目的地へと辿り着いた。コロニー跡地は何十年も前に放棄されたらしく、周りの廃墟群よりは新しく見えるものの、それでも廃墟と言って差し支えない。

 広さとしては学校の敷地ぐらいか、もしくはそれより少し広いぐらい。五百人ぐらいならば居住できるだろうか。現在のコロニーより狭いものの、それなりの設備は整っていたことだろう。現に彼らの生命線とも言える工場なんかは形を保っているし、やろうとすれば稼働も可能だろうか。


「地下室は⋯⋯あっちかしら」


 ハーレイはコロニー入り口にあった施設案内図を見て、地下室へと向かう。それにアルティン、リルフィットが着いていった。

 残りのメンバーは他にやることがある。それは、船作りだ。

 マサカズたちの本来の目的はリオア魔国連邦に向かうこと。しかし、そのためには『無数の亡国』をしばらく歩く必要があった。

 『無数の亡国』には多くの死霊が闊歩しており、コロニーでもなければ休む暇さえないらしい。そしてコロニーは一定間隔であるわけでなく、休養を必要とする種族が『無数の亡国』を歩き回るのは自殺するようなものだ。

 そこでリルフィットが提案したのが、船作り。先の作戦が成功すれば、船を積んだ車──トラックのようなものがあるらしい──で無理矢理突破するとのこと。

 ちなみにマサカズはそのトラックで移動すれば良くねと言ったが、それほど高性能なものではないらしい。タイヤはゴム製だから簡単に傷つくし、死霊たちには簡単に止められてしまう。耐久性を上げようにも移動速度が遅くなり、結果囲まれる⋯⋯と、移動手段としては速いだけの棺桶のようなものだと言っていた。飛行機なるものも作ろうとしていたが、飛行する死霊も多い。ふと見上げてみれば、鰯のように集団飛行する死霊がいた事もある。なるほど確かにあんなのに突っ込まれてしまえば飛行もままならないな、と。


「船を作るにしても、そんな数時間でできるものなのか?」


「できるぜ」


「まさか(いかだ)を作るとか言わないよな? 八人乗るつもりなんだぞ?」


「その通りだ」


「えっ」


 パラダインは自信満々に答えた。そしてマサカズ、グレイ、ネイアは絶句した。ウィルは知っていたようで特に驚きもしなかった。


「正気か?」


「⋯⋯勘違いしていないか? 筏と言ってもちっぽけな物じゃない。ほら、あそこに森林があるだろう?」


 パラダインが指差す方向には森があった。マサカズたちもここに来る前から気づいていたが、気にも留めなかった。

 瘴気が入り込むのは動物の死骸だけだ。木の死骸には一切入らず、勿論生きている木にも。そして死霊たちの中には木を切る者もいない事はないが、それで木材がなくなることはない。

 

「木を切って、まあまあデカイ筏を作る。それなら数時間で済むはずだ」


「⋯⋯ワーオ。僕たちはこれから筏に命を懸けるのか」


 よく聞くのは筏で太平洋を横断した、や、漂流して結果生存した、などだ。しかし知らないだけで、筏なんかで海を渡れば低くない確率で死ぬ。


「いやだから、安心しろよ。デカイの作れば浮力もそれなりに高くなるだろ。昔、国内の一番でかい湖で筏作って渡ったことあるんだわ。行けたぜ」


 浮力は水の密度と物体の体積によって決まる。つまり淡水で問題なく浮くならば海水でも浮くことだろう。そしてデカければ浮きやすいと言うのも事実だ。もし筏を鉄で作ると言い出したのなら絶対止めたが、木で作るならば何も言えない。湖がどれほど大きいのかは分からないが、ここまで自信があるなら任せても良いのだろうか。


「じゃあまずは木を集めてきてくれ」


 普通ならば木を切り倒す作業だけでも丸一日掛かるだろうが、ここに居るのは普通の人間たちではない。五秒以内に木を丸々一本切り倒せるから、五分で必要以上に切り倒せる。

 そして肝心の筏だが、コロニー跡地にあったロープやら浮力のある物を適当に可能なだけ繋ぎ合わせていくと──本当に数時間で筏が、それも八人乗っても大丈夫そうなものが出来上がった。帆もあって完璧だ。

 このままトラックに積載する。筏は勿論かなり大きいので、トラックの小回りは利き辛いだろう。しかしどうせほぼ一直線にしか走るつもりはないのだ。

 筏作り中に爆発音が聞こえてきたし、それに誘き寄せられた死霊たちを殲滅することもあったが、舞台は整った。


「あとは例の蜥蜴を殺すだけですネ」


 最後の難関さえ通り越せば、彼らは『無数の亡国』から脱出できる状態となったのは、コロニー出発から六時間ほどが経過した頃だ。

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