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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−32 願望

 リルフィットと話をしながら歩くこと数分後、マサカズは彼女たちのコロニーへと辿り着く。

 そこだけはまるで別世界だった。風景こそあまり変わらないとは言え、外とは違って設備はしっかりしていて、人は少ないが何人かの機械人間がそこで生活を営んでいた。彼らは皆普通の飲食を必要とせず、代わりに機械に必要なもの全般──例えばオイルであったり、バッテリーであったり、スペアパーツであったり──を生産しているのか、工業地帯特有の香りがする。しかしリルフィットにとってはそれが通常だ。


「⋯⋯⋯⋯」


 やはりというか、当然というか、ここに住まう人々は人ではなく、機械生命体だ。魂を持たない彼らは魔法技術が発展せず、代わりに科学技術が発展し──それはもはやマサカズの元の世界のそれを超えている。

 だが、それでもあの境界線は突破できない。


「⋯⋯珍しいんだろうが、いくらなんでも見られすぎな気がするんだが」


 コロニーの中を歩くマサカズとリルフィットを珍しく見る人々は少ないとは言い難い。しかし、それを加味しても見られすぎているのだ。


「⋯⋯コロニー外に出るのは、私たちぐらいだからね」


 ──ここにいる人たちの瞳には、どこか曇りがあった。

 その理由は、現状への絶望だ。彼らは七百年もこの狭い空間に閉じ込められていた。いくら技術が発展しようとも、一体さえ打倒することができない化物たちを見れば、そうなるのも無理はない。

 いやしかし、だからこそ、リルフィットたちが異質なのか。そんな誰しもが武器を地に置いて踵を返し、自分たちの家に戻る中、それに遡行するのだから。


「さあ、ここが私たちの家さ。ようこそ」


 またそれからしばらく歩いて、ようやく目的の地に辿り着いた。

 そこは大きくもなければ小さくもない、一般的な家屋だ。マサカズはその中に入って、


「グレイ、ネイア。無事でよかったぜ」


 二人と再開する。

 周りにはリルフィットのような機械生命体が何人か居て、彼らがグレイとネイアを保護してくれたんだと分かった。


「君こそ無事でよかったよ。知り合いが死んでいたら寝起きが悪いからね」


「ええ。⋯⋯いやそこまで薄情にはなれませんが、死なれたら困るのは同じですね」


「グレイにとっての俺って、ペットと同じくらい?」


「⋯⋯? ⋯⋯まあ、種族間の死生観の違いみたいなものでしょ」


 意外なところで種族の違いを実感したが、今は他に話すことがある。感動の再開も早くに切り上げ、リルフィットらと話をすべきだ。


「まぁ、まずは自己紹介といこう」


 初対面の相手とは自己紹介から全てが始まる。ということで、リルフィットたちからまずは自己紹介することとなった。

 自分たちのことを脱出隊と称した彼らは合計で五人である。

 部隊長のリルフィット・ロイド。金髪碧眼の女性だ。外見年齢はおよそ十代後半ほどに見えるが、実年齢は魔女たちほどだ。女性的な魅力がある体躯はぼろぼろな黒いローブに包まれている。メイン武装は片手重拳銃──マサカズが知る限りのマグナムに近いもの──である。

 副隊長のパラダイン・アクセル。漆黒の短髪に赤目の男だ。およそ百八十センチメートル後半ほどの体からも分かるように、彼は素手でその辺の死霊なら殺せるらしい。黒を基調とした服装は特殊部隊を彷彿とさせる。メイン武装は機関銃。装弾数百発超え、高火力の怪物だ。

 工作兵のアルティン・ベルグ。目が隠れるくらい長い銀髪に黒目の小柄な少年だ。片腕が人間のものではなく、鋼鉄の義手のようなものであり、通常のアームパーツよりも精密で、かつ高速な動きを行える。動きやすくするためか、半袖のシャツと半ズボンは子どものようだ。メイン武装はグレネードランチャーだが、味方への影響も考えてサブマシンガンを愛用している。

 衛生兵のハーレイ・シル・ドグロスト。透き通るような水色の長髪に、オレンジの瞳の少女だ。広く深い機械生命医学に関しての知識と能力があり、その場のパーツで完璧な補修を行うこともできる。黒のフード付きのジャケットに長ズボンを穿いている。メイン武装はカービンライフルだ。

 狙撃兵のウィル・スポルダン。長めの灰色の髪に、青と黄色のオッドアイの青年だ。ニキロメートル離れた相手の頭を発見から五秒で撃ち抜くことができる。薄黒いトレンチコートを羽織り、中は無地のシャツにズボンである。メイン武装はスナイパーライフルだ。

 マサカズたちも自己紹介してから、ようやく本題に入ることとなった。


「単刀直入に言うと、私たちの脱出に協力してほしい──いや、これだと騙しているみたいだ。⋯⋯言い直すと、死霊たちの掃討に協力してほしい、かな」


 普通に脱出するだけなら──多少苦労するとはいえ十分可能だ。しかしそれは接敵をできるだけ避けて、少数精鋭だからこそできること。掃討ともなれば、ましてやあの境界線付近の死霊の全滅など、できるなんて簡単には言えない。


「勿論、周辺だけさ。境界線は辿るだけでも一ヶ月ぐらいはかかる。全体の掃討なんて夢のまた夢だから」


 だが、一部地域だけでもあの死霊たちの掃討は骨が折れる作業だ。


「理由は⋯⋯まあ、ここの人たちも一緒に脱出させたいからだろう?」


「うん。私たちだけが脱出するなんて考えられない。せめて、このコロニーの人たちだけでも一緒に脱出したいんだ」


「⋯⋯⋯⋯」


「頼む。リーダーの言っていることは無茶な願いかもしれない。でも⋯⋯そうじゃないと駄目なんだ」


 副隊長のパラダイン、続き他のメンバーたちもリーダーの頼みを聞いてくれと懇願してきた。

 ああ、本当に仲が良いのだろう。リルフィットを慕っているということがよく分かる態度だし、真摯だし、真剣だ。心の底から、彼らは善意で動いているのだろう。

 ──でも、現実は現実だ。


「⋯⋯俺は、人間の手は小さいと思っている」


 そのままの意味ではなく、比喩だ。


「本当は困っている人を全員助けたい。俺はそう思っているし、そう思っている君たちを馬鹿だとは言わない。だが、無理なものは無理だ。人が助けられる命には限りがある」


 それは、懇願を無下にする返答だった。やる、やらないではない。できないのだ。

 境界線付近の死霊たちは、一体一体が亡国の怪物だ。それらを掃討だなんて、冗談にもならない。不可能な事であるとは、ここについさっき来たマサカズたちにだって分かるようなことだった。


「⋯⋯俺はその願いを受け入れられない。──でも、一つ約束はする」


 代案無き否定など愚の骨頂だが、不可能を否定するならその限りではない。しかし、マサカズは彼らの願いを──いやそれ以上を叶える方法を知っていた。


「脱出して、俺が最も頼りにできる奴らで、境界を吹き飛ばす」


 即ち、『無数の亡国』という記載を地図からなくしてやるということだ。マサカズにとっては他力本願のようなものだが、人脈だって立派な力の一つだ。

 

「ま、全ては世界を救ってからだがな。⋯⋯元凶から絶たないと、負の連鎖は止まらないだろ?」


「元凶⋯⋯ってまさか」


 『無数の亡国』を生み出したのは誰だ? 世界を終焉させようとしているのは誰だ? これら悪夢を作り出したのは誰だ? 滅ぼすべき相手は誰だ? ──黒の魔女、メーデアその人である。


「ネイアにも言ってなかったな。グレイには⋯⋯直接は言ってなかったか。じゃあ折角だ。ここで俺の目的についても話そう。その目的があるから、俺はここで⋯⋯キツイ言い方だが、道草を食っているわけにはいかないんだ」


 察した彼らは息を呑む。まさかそんなこと、あり得るなんて、と。


「俺たちは黒の魔女を滅ぼす。封印なんかじゃ足りない。その存在を、この世から葬り去ってやる。そして奴の悪逆非道──世界の終わりを阻止してやる。だから、そのためにも早く俺は仲間たちと合流しないといけない。⋯⋯これが理由だ」


 おそらくは無謀だ。『無数の亡国』の境界を無くす方が、まだ現実的なのかもしれない。けれどやらないと、全てが終わりを迎える。ならば抗うしかない。救えるものも救えなくなってしまうから。


「雪兎人族を助けたのだって、その見返りの為だしな」


 全てはそのため。しかし、必ず救うことを誓った。もう失うことには飽き飽きしているのだ。終わることはもう見たくないのだ。


「⋯⋯分かった。うん。そうしよう」


「リーダー⋯⋯」


 苦渋の決断だった。しかし、マサカズにはどんなに感情的に頼んだって無意味だと、リルフィットは理解したし、約束してくれたのだ、『無数の亡国』を、救ってくれると。

 七百年前からの悲願と考えれば、これぐらい誤差の範疇だ。


「すまないな」


 互いの目的の擦り合わせは終わった。これからは肝心の方法についての相談だ。


「その辺についてはウィルに話してもらおうかな。じゃあ、頼むよ」


 ウィルは常にここから一番近場の境界線を監視しているらしく、それについてはチーム内で最も詳しい。そんな彼は近頃怪しい物を見たと言う。


「数日前から周りとは違う死霊が境界線を彷徨いていた。目測で体長は十メートルぐらい。外見は人型から大きく離れていて、近いのは蜥蜴かな」


 曰く、周りの死霊たちを食い荒らしているらしい。

 そもそも死霊たちは独自の生態系を作っており、捕食、被捕食関係も珍しくない。それは境界線付近の死霊たちでも例外にはならず、寧ろ内側より激しな競争が日々続いている。

 だが蜥蜴の死霊は特に強力であり、まるでオツマミでも食すように他の死霊たちを捕食している。つまり、間違いなく、化物の中の化物であることは確定的である。正面からやり合うならば自殺願望か相当腕に自信がある場合だろう。


「奴を殺さないと、ボクたちは脱出できない。けど逆に言えば、奴さえ殺せば空きができる」


 蜥蜴は周りの死霊たちを食い荒らしているのだから、自然とその辺りの死霊密度は小さくなるというもの。無論、それは掃討からは程遠いぐらいの空きだが、マサカズたちが脱出するのなら必要十分だ。


「ふむ⋯⋯殺し方⋯⋯」


 巨体。蜥蜴。圧倒的なフィジカル。なるほど、隙がまるで見えない。マサカズはグレイに目を向けると、彼は「勘弁してよ」と言った。


「⋯⋯近くにコロニー跡地があったはずだわ。確かそこには地下があったわよね?」


 ハーレイが言う内容を、アルティンは理解したようで頷く。


「体長が十メートルなら、丁度動きづらくなる落とし穴として利用できると思うわ。アルティン、地下室と地上を繋げるために地面を吹き飛ばすことはできる?」


 アルティンは懐からおもむろに何かを取り出す。マサカズはそこまで知識はないが、それがプラスチック爆弾に類似していると思った。


「これをいくつか設置して爆発させれば、あれくらい落ちるんじゃないかな」


 つまり、元コロニーの地下室の天井を爆破解体して即席の落とし穴を作るということだ。そしてそこに嵌めた蜥蜴を、皆で一斉に叩く。ならば剣や刀より、銃の方が欲しくなる。


「どうやって誘導するんですカ?」


「死霊は瘴気をエネルギーにしているから、それが餌みたいになる。落とし穴をカモフラージュすれば案外簡単に引っ掛かると思うよ」 


 それに、件の蜥蜴は他の死霊たちを()()()()()()()()のだ。つまり食に貪欲である。目の前のご馳走を無視することはないだろう。

 それからさらに細かく作戦について話し合い、気づけば会議開始から一時間が経過していた。

 時は金なり。のんびりしている暇はないから、これから元コロニーの場所に行って下準備を終わらせなければならない。


「と、その前に、飛び道具あるか? その⋯⋯君らが持ってるその武器」


「ああ、これ? 銃器って言うんだよ。⋯⋯まあ、今回は剣よりこっちのほうがいいね。パラダイン、彼らを武器庫に案内しておいて」


「あいよ、リーダー」


 何気に六万回の『死に戻り』を経ても、初めて銃器を使うことになった。FPSでしか銃を撃ったことがない──ボタンを押すだけのそれを射撃経験に入れて良いのかは甚だ疑問だが──ため、上手く扱えられるかには少々不安が残る。


「銃器、ね。僕刀振る以外何もできなかったけど、ちゃんと使えるかな」


「やってみないことには分からねぇが、剣を振れるなら筋力は足りてるはずだぜ」


「筋力ですカ⋯⋯私には足りないものでス」


「大丈夫だお嬢さん。反動が小さいのもあるからな」


 パラダインは陽気な男だ。この殺伐とした空間には一人は欲しいタイプだ。

 こんないい人たちが、どうしてこんな目に遭っているのか。マサカズは一人、頭の中でそんなことを考えた。


「⋯⋯考えたって答えはもう出てるんだがな」


 世界に自業自得という理は存在しない。不運とは万人に与えられるものであり、そこに理由はない。故に、理不尽は平等であるのだ。

 どんな善人でも最悪な事件に巻き込まれることはあるし、逆に極悪人が幸運に恵まれることもある。因果応報など所詮は慰めのための理論であり、その正体は解のない答えの為に用意された虚数のようなものだ。

 マサカズ・クロイはそれを知っている。そのはずだろ?


「何か言った?」


「ん? 何でもないさ」


「そう? ならいいけど」


 マサカズは思う。自分にできることは、償いは、死に戻り(素晴らしい力)を使って、過去も未来でも最悪となる理不尽を、何としてでも回避することだ。そしてそれは、彼が彼自身に与えた使命でもある。


「──ああ、俺は理不尽を覚えていられる。忘れちゃいけない」

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