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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−30 インポッシブル・オペレーションズ

 洞窟の入り口に張り付き、まずは聞き耳を立てる。しばらくそうしていたが、おそらく入り口のすぐ近くには、呼吸音から推測するに一体の『襲来者』が居るだろう。

 勿論だが、ここまま侵入するわけには行かない。


「別の入り口を探そウ」


 もしここを突破するなら、それからでも遅くはないはずだ。そういうことで、ネイアとドルマンは巣の周辺を探索し始めた。

 しばらくそうしていたが、周りを彷徨く『襲来者』は居なかった。だから入り口の捜索はすぐに終わったが⋯⋯結果は芳しくない。


「居るナ。それも二体」


 もう一つだけ入り口はあったが、そこの門番は二体。最初の入り口はおそらく一体だ。楽なのは後者だが、問題はどのようにして侵入するか。


「おびき寄せテ、背後から殺カ?」


 しかし、生物の弱点であるはずの首だが、『襲来者』のそれは非常に硬かった。そこ以外であれば容易に刃は通るが、即死はさせられないだろう。


「いヤ、外に誘き寄せるけド、殺さずに中に入ってしまおウ」


「分かっタ」


 それもまた難しいことだが、不可能なことではない。

 ドルマンはネイアから少し離れて、適当な魔獣を捕獲してきた。四対の脚に、真っ白な鎧のような甲殻を持つ。そして大きな一対の鋏に、特徴的な巨大な尻尾の先端には針がある、暴れているが、傷を負うことはない。

 その魔獣の名は鋼蠍(こうかつ)。文字通り鋼のように硬い甲殻を持つ、全長三十センチメートルの蠍型の魔獣だ。

 ドルマンはそれに傷をつけると、紫色の血を流し始めた。


「丁度良いのがあったネ」


 鋼蠍をドルマンは、少し丘になっている場所から、巣の入口辺りの地面に向けて投げる。当然、投げられるところは見られないようにしているから、それが投げられたとは分からないだろう。

 血を流しているから匂いも目立ち、『襲来者』は何事かと、餌に釣られる動物のように鋼蠍に走っていった。そして、それを手で掴み捕食する。あの鋼のような甲殻を、『襲来者』は噛み砕いたのだ。これは期待外のことであったが、存分に時間は稼げた。ネイアとドルマンは巣の中に簡単に侵入することができた。

 巣の中では声を出さないようにするため、ハンドサインを事前に決めていた。例を挙げるなら、手を広げれば危険、手で丸を作れば安全、人差し指で円を描けば、そこに爆弾を設置する、もしくはしろ、という意味だ。これ以外にもハンドサインはある。

 ドルマンが先行し、ネイアが後ろを注意するようにして巣を進む。

 巣の中には、身に張り付くような気色の悪い生暖かさが漂っていた。また異臭──正に生き物が腐り果てたような──もした。

 そして耳に一時も絶えず、濁流のように流れ込んでくるのは赤子のような声だ。

 突然、ドルマンが『止まれ』の合図を出したことに気がついたネイアは、身を構える。グレイに借りた刀をいつでも抜刀できるようにしていた。彼は少し壁から先を覗くと、その先へ向かう。ネイアも彼に続くと、そこには、


「────」


 子供が、あの声の主がいた。一人だけでなく、数えられないぐらい大量に。しかも、それらは全て──()()()()()()()()であったのだ。

 異種族であったら、他種族の顔の違いは分からないものだ。けれど、種族的な違いは問題なく判別できる。似ていようとも、どっちがどっちかなんて分かるものだ。あくまで分からないのは、種族内での顔の違いだけ。

 

「っ⋯⋯」


 そしてそれらは、人に似た『襲来者』の子供たちは、ドルマンとネイアを見つけると両手両足を使って寄って来る。声は出さない。おそらく、甘えられているのだ。

 罪悪感より、不気味さが勝るような光景だった。人に類似した化物たちの巣窟。不愉快な感覚。吐き気を催す一面。


「おぎゃあ」


 子供の一人が寄って来た。ネイアは困惑して何もできなかった。子供は彼女の足を掴む。ネイアはそれを見ていた。子供は甘えるように声を出す。ネイアはそこでようやく、正気に戻った。そして子供(化物)を蹴飛ばした。

 あれは見た目は無害な有害生物だ。殺すべきであり、殺すしかないのだ。

 騒がれたら困るから、ネイアたちは怪物の子供たちを殺戮する。無抵抗な肉塊同然のそれらを全滅させるのはあまりにも容易かった。


「⋯⋯⋯⋯」


 気分は最低の気分だ。だが、やらなくてはならない。

 魔力石爆弾を設置し、その魔法陣に触れる。これから三分後に爆弾は起爆するから、それまでにここから脱出しなければならない。

 順調に二人は爆弾を設置していく。


「⋯⋯よシ」


 最後の爆弾を設置し、そして触れると、赤色の魔法陣は光を発した。それは起動の合図である。

 最初の爆弾起動から既に一分半ほどは経過している頃だろう。急がなければならない。

 ──しかし、物事は全て上手く通るとは限らない。


「──ネイアッ!」


 爆弾を設置した直後、ネイアの背中は押された。やったのは、そして声を上げたのはドルマンだった。その声には焦りの感情が含まれていて、即ちそれは、


「ぐッ⋯⋯!」


 本来なら、ネイアの頭は飛んでいただろう。何せ、『襲来者』が顎の肉を引き裂いたのかと見間違うほど大きな口を開いて迫ってきていたのだから。

 代わりに、ドルマンの肩から腕を噛まれた。牙は彼の腕を貫通し、千切れてこそいないが動かなくなってしまうほどだ。出血が酷い。

 何より、噛まれたことが重要だ。それは、ドルマンのゾンビ化が約束されたようなものなのだ。


「ドルマン!」


 ネイアは抜刀し、それで『襲来者』の顎の肉を本当に裂いてやる。痛みにそれは大きく呻き、長い手を振り回すが、俊敏なネイアには当たらない。

 ゾンビ化は即時ではない。猶予がある。それが数少ない救いだ。

 

「っラ!」


 顎を引き裂いたネイアは、続いて『襲来者』の片目を貫いた。そして押し込み、眼球を抉り取りだすようにした。それは悲鳴を上げ、目を抑える。

 作った隙を逃すことはできない。ネイアはドルマンの代わりに先行する。


「ドルマン走れル!?」


「倒れそうだガ、逃げるまではしなイ!」


 走る。刀を握って。走る。右腕の痛みに耐えて。

 騒ぎを聞きつけた『襲来者』の増援が駆けつけ、ネイアたちを殺そうと長い腕を伸ばす。応戦することはせず、合間合間を通り抜けていく。途中何度も死が迫ってきたが、持ち前のスピードと幸運で避けてきた。

 あと少し──走れ──光が──そして、

 洞窟から飛び出したとき、雪の冷たさより、追いかけられた恐怖感による悪寒のほうが強かった。

 ネイアたちと一緒に飛び出してきた『襲来者』が居た。このままではそれは爆発に巻き込まれないだろう。しかし、


「頑張ったね。念の為来といて良かったよ」


 グレイは軽く跳躍した。だが予備動作に似つかわしくない速度で彼は『襲来者』にドロップキックを食らわせた。その衝撃は『襲来者』にさえ耐えられるものではなかったらしく、


()れ」


 ──瞬間、大爆発が生じた。タイムリミットは訪れて、魔法陣は期待通りに発動した。巣は洞窟だったから、支えがなくなれば簡単に崩壊する。内部に居た化物共は崩れ落ちた岩に押しつぶされたことだろう。先程洞窟に帰された『襲来者』も、手だけを伸ばして押しつぶされたようで、ピクリとも動かなくなった。


「おや、噛まれたようだね。早く戻らないと」


 巣の破壊作戦は、無事とは言い難いが成功を収めた。


 ◆◆◆


「分かった。じゃあ、明日は準備、明後日に出発だ」


 時刻は昼頃。転移から既に四日が経過した頃だ。

 『襲来者』の巣窟の破壊に成功したことを聞いたマサカズは、次なる目的地を示した。それはリオア魔国連邦。巣窟の破壊はあくまで安全確保。村を救うには、ここからが重要となる。

 マサカズ、グレイ、そして数名の雪兎人で、『大雪原』からリオア魔国連邦に陸路で向かう予定だ。その間には『無数の亡国』が存在し、陸路であるならばそこを通らざるを得ない。

 今回の旅路では、そこが最も懸念すべき点だ。しかし、情報の一つもない。


「⋯⋯マサカズさン、私もついていきまス」


 雪兎人たちは『大雪原』を抜けるところまでしか同行しない、そして物資の提供だけにしていた。足手まといという意味でも、危険であるという意味でも。

 だから、ネイアのこの願いを聞いたとき、村長やその他雪兎人族は勿論、マサカズたちも驚いた。


「死ぬかもしれないぞ」


 『無数の亡国』は『襲来者』が元々いた場所である可能性が非常に高い。そして『襲来者』たちは『無数の亡国』から()()()()()()ということもありえるし、そうでなくても同格以上の化物は存在しているだろう。

 そんな化物たちは一体でも対応を誤れば全滅だ。複数体ともなれば逃亡以外選択肢はない。故に、ネイアは死んでもおかしくない。


「分かってまス。でモ、行かせて欲しいのでス」


 理由は勿論、ドルマンのことだ。ネイアのせいで彼はゾンビ化することになった。彼女はそれに責任を感じていて、自分も何か役に立ちたいのだろう。


「⋯⋯はあ、分かった。でも助けられるとは限らないぞ」


「ありがとうございまス」


 足手まといと言っても、それは多数居た場合だ。ネイア一人だけならそれほど足手まといにはならない。


「──それにしてモ、『襲来者』は一体何だったのでしょうカ」


 予定についてはもう話したから、これからは雑談のようなものだ。本当ならすぐにでも寝るべきだが、村長の話は気になるものであった。


人間(俺たち)に近い──まあ遠いような気もするが⋯⋯そんな化物だったな。それにゾンビ化⋯⋯バイオなハザードじゃねぇか」


 マサカズの元いた世界では、知らぬゲーマーは居ないと言っても過言ではないほど有名なシリーズだ。噛むことで相手をゾンビにするなんて、まさにそうだろう。

 まさか自分のような転生者が作り出した化物なんじゃないかと思う。ないとも思うが。


「ネイア君は奴らの巣に行ったんだろう? 何か見なかったかい?」


「⋯⋯おそらク、奴らは人に近い化物でス」


 それから、ネイアは巣であった事を話す。主に化物の子供たちのことを。


「人間の子供に酷似した化物の子供⋯⋯」


 質の悪い冗談とでも思いたい性質だが、ネイアが嘘をついている様子は一切ない。

 

「『無数の亡国』からの襲来してきた者たち⋯⋯そして子供がそれ、ね。きな臭くなってきたな」


 幼少期は人間に酷似している化物である時点で、考えたくもない推測が濁流のように流れ込んでくる。が、マサカズは思考ロジックを遮断した。


「⋯⋯まあなんであれ、これで『無数の亡国』が碌でもない場所である可能性はより高まったというわけだ」


 追加で同族殺しの可能性もあったが、もう何度も手は汚しているのでそこはそれほど気にならない。正常な感覚──倫理観は少しばかり喪われているが、仕方ないものだ。


「⋯⋯⋯⋯ん?」


 もうそろそろ眠ろうと、お開きにしようとしたときだった。突然、マサカズの脳内に声が響いた。その声には聞き覚えがあって、まさに四日ぶりに聞くものだった。


『やあ。元気してるかい?』


 透き通るような美声⋯⋯聞き慣れたそれは、エストのものだった。

 そのうち来るだろうとずっと思っていたが、かなり転移からは時間が経っている。


『ああ。何度か死んだが。何かあったのか?』


『気を失っていたみたいでね。昨日までずっと寝てた』


 確かエストは、転移直前のコンディションは最底辺であったはずだ。そんな状態で転移などすれば、三日間丸々眠ることになってもおかしくなかったのだろう。よくよく考えれば、習得したばかりの第十一階級魔法を連発していたのだ。今のマサカズなら、確実に止めていたことばかりしていた。


『で? これからどうするんだ? 迎えに来るなら、色々あって──』


『いや、迎えには行かない』


 こいつは何を言っているんだ。


『今、黒の魔女はおそらく瀕死状態。無限持続の神聖属性ダメージを与えたからね。それに体の回復──常人なら何度も死ねる傷と魔力を喪失していた。だから、今がチャンスでしょ?』


 傷の治癒に、失いすぎた魔力の回復。そして絶対命令による永続ダメージ⋯⋯これらを回復させるには二日や三日ではまず無理だ。特に最後の永続ダメージに関しては、


『永続ダメージは回復できるのか?』


『断言はできないけど、私なら無理だね。奴が仮にできたとしても軽減がやっとだよ。それは言える。それでも時間を必要とするだろう。前の事も考えると⋯⋯とても速くても一月、私の予想通りに行けば一ヶ月半ってところかな』


『なるほどな。⋯⋯つまり、大魔法陣を破壊するってことか』


『そう。流石は悠久の時を生きただけはあるね』


『年の功ってやつだな。⋯⋯他のみんなはどうだ?』


『キミは二番目に連絡した相手さ』


『OK。無事なら伝えてくれ。あと必要ないかもだが、俺は今『大雪原』に居る』


『分かった。ちなみに私はエルティア公国だよ〜。じゃあね』


 それを最後に、〈通話〉は切断された。

 これで少なくともエストとレネの無事は確定された。少しは安心できたというものだ。

 今の通話は勿論周りには聞こえていなくて、グレイたちからすれば突然マサカズが黙りこくったようなものだ。だからマサカズはそれについて説明した。言うまでもないが、エストのことは話さないでおいた。もし話せば敵意をむき出しにされかねないからだ。

 リオア魔国連邦での予定は一つ増えた。


「ま、やるしかないよな」


 死んでも死なないようにしよう。それしかマサカズにはできないのだから。

 風呂に入って出ると眠たくなってしまい、ここ最近は執筆できませんでした。投稿ペースを上げる努力をします!

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