7−29 作戦会議
村を出発してからおよそ三時間後に彼らは帰ってきた。
予想より早い帰還に村に残っていた村長らは不穏な空気を感じたが、それは予想以上に事が上手く運んだからであった。
しかしながら、全てが全て完璧だったわけではなく⋯⋯
「ふム⋯⋯巣ですカ」
可能性は元々あったが、実際にあると知らされれば衝撃的な話だ。あのような化物が何体もいるのだから。
村長の声は自然と低くなり、事態の解決方法を模索していた。
しかしながら、有効的な手段は早々見つからない。『襲来者』は一体一体でさえ周辺諸国最強の戦士、グレイに劣らず、数も詳しくは不明だが少なくとも十体は超えている。まず間違いなく、正面から潰しに行くことは、例え全雪兎人族を徴兵したとしても不可能だ。皆平等に死を迎えることになる。
「どうしましょうカ⋯⋯何か良い案はありますカ?」
マサカズという人間の男は、おそらくだが若い。だがどうも話していると、その若さにそぐわない経験が感じられた。まるでその姿のまま何年も生きているような、そんな気がしていた。
だからこそ、頼れるというものだ。知識人ならば、打開策を何か思いつくと期待して。
「⋯⋯ないわけじゃありません」
しかし、彼の返答は、快いニュアンスを含んだものではなかった。
「変な言い方ですネ」
「まあ、はい。⋯⋯必要なのは十五個以上の純度の高い魔力石に、第五階級の赤魔法を行使できる魔法使いです」
村長はおおよそ村人の情報を頭に叩き込んでいる。その中には、彼の言う条件に合う人物──数時間前、丁度話し合ったあの魔法使いの老人が居る。彼は第七階級の赤魔法を扱えた。だが前者の魔力石は、今この村にはない。それをマサカズに伝えると、
「分かりました。十五個以上というのは最善を尽くすならの話です。最低限なら、なんなら一つでも良い。いくつありますか?」
十五個から一個にまで急にハードルが下がったことに村長は疑問をいだきながらも、彼の質問に答える。
「四つでス」
数年前に調達した四つの魔力石はとても純度が高く、つまり貴重なものだ。
「四つ⋯⋯OK。では私の作戦を教えましょう」
マサカズが話した作戦だが、かなり強引なものであった。
雪兎人には魔法の知識が不足していた。最優秀の魔法使いと言っても使えるのは各階級に三つか四つであった。今まではそれでも十分だったのだが、彼が教えた〈爆裂〉という魔法は聞いたことがなかった。
「とは言っても、〈爆裂〉は普通の魔法使いには扱えません。例え高い能力を持つ雪兎人でも、撃てて一発でしょうし、魔力を用意できても体が耐えきれない。連発できるのは魔人や魔女クラスの魔法能力が必要ですから」
ではどうするのか。そこで登場するのが魔力石だ。
「だから、魔力石に魔法陣を刻み込み、誰にでもできる合図で刻み込んだ魔法陣を起動させる。そうすればお手軽な爆弾の完成、というわけです」
魔力石は通常、あくまで魔力のタンクとして使うのが主な用途だ。魔力石は内包する魔力がなくなろうとも消滅することはないし、一日ほどで完全に回復する。だから何度も何度も使えるようにするのがセオリーだ。
けれども、マサカズはそれを使い切りのエネルギーの塊として扱おうとしている。
「⋯⋯それ以外にハ?」
魔力石は貴重な資源だ。そう失うことは許されない。この村のインフラストラクチャーを支えているものでもある。取りに行くにしても、時間と労力は計り知れない。
「少なくとも、私には考えつきませんね」
「⋯⋯分かりましタ。魔力石を用意しましょウ」
村長は少しだけ考えたが、代案は思いつかなくてマサカズの提案を飲むことにした。そして彼女は村人に魔力石を持って来させた。
そういうことで、マサカズは魔力石に魔法陣を刻み始めた。彼には魔法能力はないが、その知識だけはあった。魔法陣さえあれば、あとはその魔法を扱える者が居れば行使可能だ。
たった数分で完璧な魔法陣を一つ描き終える。簡単に行われているが、普通ならば一日かけてようやく終わるようなものだ。正に神業というもので、特に魔法使いのロンネルスは静かに目を見開いてしまう程だった。
「よし⋯⋯上手くできたな」
実のところ、これはマサカズが今作ったばかりのオリジナルだ。一般的な魔法一覧にこれは含まれていない。
この魔法は〈爆裂〉の要素をかなり多く含んだものであり、効果としては爆発だ。魔力石の魔力を爆発エネルギーに変換するシンプルなものである。
「あとはこれを起動直前まで持っていくだけです。ロンネルスさん、とりあえず触れて、〈爆弾化〉と詠唱してください」
「ナ⋯⋯それだと爆発するんじゃないカ?」
「大丈夫です。早く」
マサカズは、魔法に縛りをかけた。それは、詠唱したあとに魔法陣に触れる必要がある、というものだ。普段であれば面倒すぎる縛りであるが、今の状況では寧ろ好都合な縛りと言える。
ロンネルスは詠唱を終えると、
「あとは魔法陣に素手で触れるだけで、一分後に爆発する爆弾となります」
爆弾は完成した。あとはこれを、『襲来者』の巣に置いて起動するだけで巣は吹き飛ぶだろう。
次の問題は、誰がこれを巣に持ち込むか。
「先に行っておきますが、私は無理です。あなた方のように暗闇を見通す目はありませんから」
巣の中は暗闇だった。雪兎人にはそうは見えなかったが、人間のマサカズには真っ暗で一歩進むのにも時間がかかる。どう考えても不向きだ。
「僕も無理だね。隠密は不得意だ」
グレイは強者であるが故とも言えるが、隠密全般ができない。足音を消したつもりでも、洞窟内にコツコツという音が響くだろう。
巣に侵入するのは少人数である方が良い。多くて三人ほど。何なら一人で良いくらいだ。魔力石は拳より一周り大きい程度なので、持ち運びは簡単である。
「⋯⋯私がやりまス」
立候補したのはネイアだ。戦闘能力があって、かつ小柄な彼女は適任だろう。
「なら俺も居た方が良いな」
そしてネイアと一緒に行動するのはドルマンだ。二人は幼馴染であり、例え声を出さずとも意思疎通ができる。
これで、ネイアとドルマンが『襲来者』の巣に侵入することが即決した。
「頼ム、二人とモ」
「任せてくださイ」
村長に、二人は自信満々にそう答えた。
「よし、じゃあ爆弾の設置場所について話す」
マサカズはネイアとドルマンに、有効的な設置場所を教える。
まず一つ目は、巣の最奥。かなりの確率でそこは『襲来者』の子供が居るだろうからだ。子供は小さく、瓦礫の隙間を潜ってくる可能性を危惧してだ。そして、その子供がどんなに無邪気なものでも、容赦はするな、とマサカズは言った。
二つ目は、巣の内部で一番狭い通路。通路を潰すことで『襲来者』を分断できるし、上手く行けば洞窟内部を崩すこともできるだろうから。洞窟内に閉じ込めるだけでもいつかは死ぬようになるだろうが、その前に圧死させられればより安心だ。徹底的に殺し尽くすべきなのだ。
三つ目、四つ目は、巣の入り口。一つはマサカズたちが最初に入った所で、もう一つはもう一方の入り口だ。
「入り口が二つあるんですカ?」
「少なくとも、な。三つ全部を入り口に回したっていい。ただ一つは『襲来者』の子供が多くいる所に置いておくべきだ」
マサカズたちを追跡してきた『襲来者』が居たなら、自分たちの危機を知らせるために洞窟内の仲間にそれを伝えるために入るはずだ。だが勿論入り口はマサカズたちがいて、そこから入ることはできなかった。つまり、入り口はもう一つ以上あるというわけだ。
「了解。他に何か気をつけることハ?」
「爆発に巻き込まれないこと。あと爆弾を設置し終わるまでは見つからないこと」
どちらも当たり前のことだ。要は、特に他にはないということである。
「帰ってくるなら作戦を成功させてからだ。お前たちが死んでしまえば俺らはもうどうしようもなくなる。あるいは村を放棄してでも、ここから離れる必要があるだろう」
『襲来者』は常軌を逸した化物共だ。これで全滅させられないなら、住処を変えるのは雪兎人族の方になる。住処を変えればそれだけ元に戻すには時間がかかるだろう。そして『大雪原』は中心であるほど気温が低くなるため、移動にも、数ヶ月ほどの時間を要する。その間が平和であるという保証もないのだ。
「頑張ってこいよ」
「はイ!」
◆◆◆
爆弾と化した魔力石を素手で触れないように布で包み、腰に巻くことで両手を自由にする。これならば動きやすいし、爆発は接触以外ではありえないため、どんなに衝撃を与えても安全である。
武装は最低限だ。多くの物を持っていくと重いし、物が擦れて音が鳴るためだ。それに作戦時間は少ないはずだ。
「ほい。必ず返してね」
ネイアが短剣を、自分の武器を置いている場所から持ち出そうとしたとき、グレイが彼女に唐突に刀を渡した。
一度は奪ったもので、そして奪い返されたものだ。それを渡されるのは、何だか不思議な気分だった。
「ア、ありがとうございまス⋯⋯」
若干の恐怖と、ある程度の感謝と、残りの困惑からの礼は、たどたどしかった。
「君の太刀筋は悪くなかったからね。武器はその時使える者が使うべきだと思うんだよ」
それは一種のお守りのようでもあった。物理的な意味でも、精神的な意味でも。この刀があれば、『襲来者』にも抵抗できるという安心感だ。
ネイアは刀を使ったことはなかったが、才能はあった。彼女に軽い武器は相性が良く、重量で押すタイプが多かった雪兎人の剣士たちでは珍しい。
「⋯⋯ほんとに返しに来てよ? それ、そこそこの武器をいくつも買えるぐらい高いんだからね?」
しかしグレイにはネイアを心配する気持ちがあるわけではなかった。彼は本心から、今、刀を使うべきはネイアだと判断したからこうしているだけなのだろう。
「分かってまス。えエ、必ズ」
無論、ネイアだって死ぬのは御免だ。死んでしまえば父親やドルマン、村のみんなを悲しませるし、下手をすれば全員が死ぬ。そんな責任が彼女にはあるのだ。死ぬのはおろか、作戦の失敗だってするつもりは決してない。
「ネイア、行くゾ」
ドルマンがネイアを迎いに来た。もう時刻は昼を過ぎていて、モタモタしていると直に夜になってしまう。夜になれば、日中は大人しかった魔獣や、そうでない魔獣さえも活発化し、作戦に支障をきたす。
タイムリミットは、帰還することも考えて数時間だ。それまでに全てを終わらせないといけない。
ネイアとドルマンは『襲来者』たちの巣に走って向かう。
今度は尾行されていない。耳を澄ませて辺りの音を拾い切ったからだ。昼間も活動する野生の魔獣以外、周りには何もいなかった。
二人が巣に行く道中、緊張を和らげるためなのか、ドルマンからネイアに話しかけてきた。
「ネイア、これが終わったらあの二人についていくのカ?」
『襲来者』を全滅させてはい終わり、ではない。寧ろようやく全体の半分が終わったぐらいだろう。これからリオア魔国連邦に向かって、そこで抗ウィルス薬を作って、それを持って帰ってこないといけない。その間だって、何事もないとは限らない。何せ『大雪原』からリオア魔国連邦までは、陸路なら『無数の亡国』を通らなければならなくなるためだ。
『無数の亡国』の内部には、もう誰も入らなくなった。理由は、誰も帰ってこなかったから。
あるいは海路も考えられるが、その場合船が必要になる。この場所で船を作って持っていくことは不可能に近い。
⋯⋯しかし、ドルマンが心配しているのはそこではない。
「⋯⋯? うン」
けれどもネイアは、そんなことにも気が付かない。傍から見ればとんでもなく鈍感だ。戦闘に関してはプロフェッショナルな彼女も、それ以外になれば普通の女の子になる。
でも、しかし、そういうところに彼は惹かれたのだが。
「⋯⋯ネイア、これが終わったら言いたいことがあル。死なないでくれヨ」
「勿論! 死んでしまったラ、皆も死んでしまうことになっちゃうかラ」
「ああもウ⋯⋯お前って奴ハ⋯⋯」
ドルマンは誰にも──自分以外には聞こえないぐらい小さな声で、独り言を溢した。でもそこには嫌悪は含まれていなかった。あったのは、自分の想いを全然、勘付きさえもしないネイアに対して、空振りしていると、少し気恥ずかしい気持ちにもなるが、直接言葉で伝えたなら気がつくはずだ。流石に彼女がそこまで鈍感なわけではないことをドルマンは知っている。そのためにも、死なないようにしないといけない。
「さっさと終わらせよウ」
丁度そのタイミングで、『襲来者』の巣が視界に入った。
家についたときとんでもなく眠たくなり、気づけば夜になっていることが多い毎日です。
この春休みで生活リズムが狂って、無理矢理それを元に戻したためでしょう。つまりは自分が悪いです。