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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−28 予想通りの最悪

 厚手の服を上から着ても、マサカズはそれほど暑いと感じることはなかった。ようやくまともな装備を装着できるようになって、これで『大雪原』を歩き回っても凍える心配はなさそうだ。少々動きづらいような気もするが、あまり関係はない。

 携帯食料に、何気に雪原では重要な水分。そして化物を狩るための武具を所持し、準備は整った。

 戦士隊の中でも特に優秀な四人を選出し、マサカズ、グレイも同行する。感染してしまえばお荷物にしかならないための選択だ。

 『大雪原』は未だ暗闇に覆われていた。けれども夜目が効く雪兎人、グレイたちには特に問題はない。マサカズは彼らについていくだけだ。

 『襲来者』を探すために一同はしばらく歩いていると、意外にあっさり目標は見つかった。マサカズの予想はあっていて、『襲来者』は少なくとも二体以上いる。あるいは、首を飛ばしても生き返るかだ。後者は考えたくないが、頭の隅に置いておく。


「見つけた。マサカズ、分かるか?」


「なんとかな」


 マサカズも『襲来者』を目視すると、部隊の追跡は始まった。

 ──事前にマサカズは彼らに伝えていた事だが、もし『襲来者』を確認できた場合、あえて目標は殺害せずに追い掛けることにしていた。それは、この化物たちに巣があるのではないか、という思いの元である。

 もし彼らに巣があるのなら、『襲来者』を一網打尽にできるかもしれない。

 しばらく追跡して、特に何もなければそのまま殺すという手筈だ。時間は一日だけ。そう長く後を追ってはいられない。


「あれハ⋯⋯」


 上手く行き過ぎて恐怖さえ覚えるが、すぐに『襲来者』は洞窟に入っていった。目標は道中で野生の魔獣を殺害し、その肉を──人が食べられる種類──持ったままだ。

 あるいは、彼らには繁殖能力がある。そして子供を育てている可能性が浮上した。


「行きますカ?」


 戦士隊の一人がマサカズに聞いてくる。

 かなりの確率で、ここは『襲来者』の巣だ。先程巣を襲撃することで一網打尽にできるとは言ったが、内部に潜む『襲来者』の数によってはその限りではない。

 最善は最大戦力で、かつ情報を集めた上で巣を襲撃すること。しかし今は情報集めに勤しむ時間はないし、今ここにいるメンバーが実質的な最大戦力だ。

 答えは考える前から決まりきっていた。その根拠づけがしたかっただけなのかもしれない。


「──内部に潜入する。すぐには攻撃を仕掛けるな。敵数を確認してから、殲滅開始だ」


 本当ならば内部の構造も把握しておきたいが、現状では不可能だ。


「先行は雪兎人の中で最も耳が良いやつ。次にグレイ、で残りだ」


 隊列も決めて──マサカズたちは『襲来者』の巣に侵入した。

 先行している雪兎人ほどではないが、ネイア、ドルマンたちの耳も村の中ではかなり良い方だ。二人も警戒は怠らず、音にも注意をしていた。

 巣の中は、普通の洞窟より暖かった。そして奥から人の赤子の鳴き声によく似た声が聞こえてきて、とてつもなく不気味だ。

 洞窟の入り口は意外にも狭く、『襲来者』だと体を横にして通らなくてはならず、マサカズたちでも横には一人しか並べない。故にゆっくりと進むことになり、時間は瞬く間に過ぎていく。


「────」


 ようやく広い場所に出たかと思えば、先行していた雪兎人が急に立ち止まった。本当に、突然に。何も言わず、何もリアクションせず。

 不審がるグレイ、困惑する雪兎人たち、嫌な予感を覚えるマサカズ。

 ──ああ、この感覚は。


「⋯⋯っ!?」


 グレイは刀を抜く。そしてそれを振って、先行していた雪兎人の首を刎ねる。けれどもそれは遅すぎた。

 ()()()()()()()()()は死亡するが、彼を化物に変貌させた張本人は現存している。


「逃げろっ!」


 グレイが叫ぶ。隠密なんて知ったことじゃないと言わんばかりに。それも当然だ。もうバレている隠密を継続するなんて愚かにも程がある。

 だがしかし、入り口は既に塞がれていた。それも数体の『襲来者』たちによって。

 チェックメイト。マサカズが感じたものとは、その気配だ。

 ただでさえ『襲来者』は強力であるというのに複数体に囲まれ、更には袋の鼠状態。もう、どうしようもない絶望的状況であり──


「終わったな」


 雪兎人たちはあっけなく死亡して、複数を相手にしたグレイも成す術なく死んで、マサカズは最早何もする気にはなれなかった。

 無抵抗に『襲来者』に掴まれて、無抵抗に『襲来者』に八つ裂きにされるのを受け入れる。

 マサカズは今度の命を落とした。


 ◆◆◆


 ──死はやはり慣れない。死ぬ度にそう思う。

 六万回ものRESTARTの間には、それ以上の『死に戻り』をしていた。それだけしてみれば、中には残酷な死に方もあって、何度も経験していて、『興味』はなかった。いや、興味を持つことを拒んだ。興味を持ってしまえば、恐怖があるから。

 死の不快感は無視する必要がある。それができている今、マサカズはそれに飽きている。慣れとは異なるが、どちらにせよ死への恐怖感という意味では薄れきっているだろう。

 ──最早、それは狂人ではないのか?


「⋯⋯セーブポイントは更新済み、か」


 死に興味を持とうとしていた自分自身を、喋ることで視点を外す。その先に待つものを自分は知っているはずなのだから。

 マサカズが死に戻ったのは、丁度『襲来者』の巣に突入する時点だった。

 何とも最悪な時間軸からのスタートだ。今ここでマサカズが、巣に突入するのは止そう、と言えば不審がられる。

 『死に戻り』を話せば、信じてもらえるかもしれない。でもそれには一定のリスクがつく。その暴露は自分を殺せる方法を相手に教えるようなもので、今のマサカズはそれに対して消極的だ。

 言ってしまえば、グレイ含め誰も信じられない。いつ、彼らが敵に回るのかも分からないのだから。前回、エストが一時的とはいえ敵になったように。

 我ながら捻くれていると思う。命は託しているのに、魂は託していないのだから。


「順番は、先行に俺、で残りだ」


 ならば、言わないで、不自然なく、逃げれるようにする。

 少なくとも追跡にバレて包囲されるまでには時間がある。少しだけ洞窟内に侵入してから逃げれば、包囲を突破できるだろう。

 マサカズたちは──彼にとっては再度の──洞窟内に入る。緊張が張り詰めた。特に彼にとっては、自ら死地に足を運んでいるようなものだ。その感覚がとんでもなく気色悪い。吐き気さえも覚えた。


「⋯⋯引き返せ」


 適当に進んだところで、マサカズは後続に戻るよう命令する。勿論彼らはマサカズの命令を理解できなかったが、


「バレた。進むのは危険だ」


「なっ⋯⋯どうしテ」


「分からん。でも、そうでなきゃ奴の動きは不自然だ。⋯⋯まるで誘うように、ゆっくり奴は歩いていた」


 一つ、分かったことがある。『襲来者』は、少なくとも巣に入る直前には自分たちの尾行に気がついていただろうということだ。改めて見てみれば、『襲来者』の歩みはわざとらしかった。足音を小さくして、ゆっくり歩いて、一度たりとも後ろを見ない。

 考え過ぎかもしれない。だが理由付けには十分だ。それは間違っていないのだから。

 マサカズたちが引き返そうとしたとき、洞窟内から雄叫びが聞こえた。成人男性のものに近かったが、ハッキリと人間のそれではないと分かる声だった。

 意味は不明だが、マサカズには予想がついた。十中八九、外部の『襲来者』たちへの呼びかけだ。


「間違っていなかったみたいネ!」


 最後尾だったネイアは現状把握が済み、急いで洞窟を抜ける。続くマサカズたちも洞窟を抜け出した。

 まだ周りには『襲来者』たちは居なかった。これを好機と見たマサカズたちは完全に包囲される前に走る。けれども不完全な包囲網は組まれてしまっていて、


「邪魔!」


 グレイは目の前に迫ってきた『襲来者』の一体を蹴りつける。殺すことはできないにしても怯ませることはできて、その隙に通り抜けた。

 追い掛けて来る『襲来者』たちを、全速力で千切るべく、走る。今度ばかりはいつもより速く走れたと思う。何せ、捕まれば死を意味するから。例え知らないグレイやネイアたちも、それを本能的に理解できていた。


「ネイア! どっか撒けそうなとこないのカ!?」


 しかしながら、『襲来者』たちの足は速くて中々距離を離すことはできないでいた。このままでは自分たちの体力が先に尽きてしまう。

 ドルマンは叫ぶ。雪原の地理により詳しいのはネイアであるからだ。

 ネイアは必死になって記憶を探った。『大雪原』の地理についての知識を総動員していくと⋯⋯


「こっチ!」


 彼女が先導し、皆ついていく。ネイアは思い出しながらも走って、グレイやマサカズが追いつきそうになった『襲来者』を迎撃する。

 しばらくそうして走り続けていると、やがて目的地に辿り着いた。


「飛んデ!」


「嘘だろお前っ!?」


 目的地は、渓谷だった。

 深さは目測五十メートルほど。全長は不明。勿論マサカズ、グレイの身体能力を以てしても、着地は即死を意味する。

 

「現世から逃げたいわけじゃねぇよ!?」


「いいかラ、飛んでヨ!」


 マサカズの必死の説得にも応じず、ネイアは何と崖から飛び降りる。待つのは即死のみのはずなのに、まるで生き残れるとでも言わんばかりに。

 続いて雪兎人たちも飛び降り自殺を行う。


「ああクソ⋯⋯」


「⋯⋯なるほどね」


 後方には『襲来者』が迫ってきている。前は渓谷だ。

 下を見て──()()()()()()()()()()()マサカズとグレイも覚悟を決め、飛び降りた。


「どうにでもなれ──!」


 落下中は、とんでもなく長く感じられた。

 死にたいから投身することはあったが、死にたくないから投身することなんてこれまでにもなかった。あまつさえその命を会ってばかりの雪兎人に預けるなんて。

 落下してきたマサカズとグレイの身を、四人の雪兎人がそれぞれキャッチする。五十メートルの落下だからそれでもかなりの衝撃に襲われたが、即死はしないし走れるぐらい余裕があった。

 あまりにも躊躇なく飛び降りたからなのか、『襲来者』の一体がマサカズたちに続いて飛び降りた。下に水などの緩衝材があると思っていたのだろう。もう少し賢ければ気がついたのだろうが、それほどまでの知能は失われていた。

 一体の『襲来者』を犠牲にして、残りの化物たちはマサカズたちの追跡を諦めた。


「⋯⋯死ぬかと思った」


 雪兎人たちは高い跳躍力を持っていた。故にある程度までなら落下しても問題なく、五十メートルだと、崖を摩って勢いを弱めれば問題なく着地できた。あとは落下してきたマサカズ、グレイをキャッチさえすれば、全員命を落とさずに逃げ切れるというわけだ。


「でも最高の策だったでショ?」


「ああ。最高に狂ってた」


 最善かどうかは分からなかったが、ともかく逃げ切れたことは事実だ。それに、


「一石二鳥。頭の悪い化物の死体を一つ確保できたしね」


 グレイは落下し、半分ほど原型を留めていない間抜けな『襲来者』に近づき、刀で片方しかない目玉を突く。血が噴射したが、『襲来者』はびくともしなかった。


「サンプルは確保できたね」


 ゾンビ化の原因はおそらく口内から分泌される液体だ。牙で対象に傷をつけ、その傷に毒液を曝していたのだろう。マサカズは『襲来者』の口内の分泌器官から毒液を十分量抽出した。その後、念の為手は拭いておいた。

 また血液やその他体液も採取した。おそらく毒液だけでも抗ウィルス薬は作成できるだろうが、あっても損はない。


「で⋯⋯どうするんだ? 最悪にも、予想通り『襲来者』は複数居たわけだが」


 このまま野放しにするにはあまりにも数が多すぎる。マサカズたちを追ってきただけでも十体は超えていたから、巣の中にはより多くの『襲来者』が居てもおかしくないだろう。


「全滅させるしかないだろウ」


 雪兎人の名も知らぬ男が言う。確かにそうだ。だが問題は、その方法だ。真正面から殺り合えるような相手ではない。


「その辺りは村に帰ってから話すべきダ。今はサンプルを持って帰らないといけないと思うゾ」


「僕もそれに賛成〜」


 今ここにいるメンバーだけで、『襲来者』の巣の破壊は困難を極める、あるいは不可能であるかもしれない。折角サンプルを手に入れられたのだし、そろそろ戻っても良い頃だ。


「⋯⋯なあ、これ戻れるのか?」


 飛び降りたときは恐怖以外なかったが、考えてみればどのようにしてこの五十メートルを上るつもりなのか。


「大丈夫。私たちが二人を抱えて跳んでいくかラ」


「⋯⋯マジか」


 どこかに上がれる通路でもあるのかと思っていたら、崖を跳躍して登っていくらしい。まさに、雪兎人にしかできないような見事な芸当である。

 このごく短時間に連続で恐怖体験をして、マサカズたちは村への帰路に着く。『襲来者』の尾行がないかを警戒していたが、特に何の問題もなく彼らは村に戻ることができた。

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