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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−27 ナイトメア

「⋯⋯⋯⋯」


 マサカズが死んだのは寝ている最中であることは確定的だ。寝込みを襲われたということもあり、原因は不明であるが、対処法ならば簡単に分かる。

 とりあえずは、寝るまでは前回と同じルートを辿るべきだろう。夜中、眠らずに死亡原因についての情報を集めるのだ。

 不自然ないように前回と同じことをしていく。『襲来者』を殺害し、ネイアたちに話をつけ、そして雪兎人の村へ向かった。

 酒はあえて飲まなかった。前回はそれのせいで眠気に襲われたからだ。そうして寝室に入ったが、マサカズは布団に入らずにベッドに腰掛けた。

 時間が時間だから眠たかったが、そのぐらい我慢できる。ほっぺたを叩き、眠気を飛ばす真似をする。実際には一時的なものでしかないが。


「────」


 どれぐらいこうしてから時間が経過したのかは分からない。しかし時は来た。


「⋯⋯物音」


 ガタっ、という物音が響いた。そしてそれは続く。足音のようだ。だが、正常な跫音からは程遠く、一定のリズムではなく不定のリズムだし、床を踏む力もバラバラ。酔い痴れた人間のそれに一番近かった。


「誰だ?」


 マサカズはベッドから立ち上がり、部屋の扉を開いて物音のしたほうへ向かう。夜中とはいえ、やけに村は静かに感じられた。その不気味な足音だけが、村中に響いているようだった。


「⋯⋯⋯⋯」


 足音の主は、雪兎人だった。どの雪兎人なのかは、暗闇ということも相成り異種族であるマサカズには分からなかった。けれどもそれが酒に酔っ払った村長ではないことは確信できた。


「どうした?」


 マサカズはそれに、何の要件かを訊いた。こんな夜中だ。緊急事態でもあったのか。しかしそれは、彼の問に何も答えなかった。それどころか酔っ払いの足取りでマサカズに近づいてきて──


「──っ?」


 ──痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 肩部に痛みが走った。熱く、同時に冷たくもあった。即死しない致命的な激痛は、マサカズにとって最悪なものだ。視界が狭まり、耳鳴りが五月蝿くなる。

 ほぼ反射的にマサカズは雪兎人を蹴り離そうとしたが、すべきでなかった。それの咬合力は尋常ではなくて、彼の肩部の肉は引き千切られた。


「──ッ!?」


 声にならない悲鳴を上げて、丸々一口分なくなった肩部を直視する。骨が丸見えになって、血が噴水のように溢れ出る。痛覚が麻痺して、痛みはあまり感じられない。しかし、不快感だけはそのままだ。

 右肩を抉られたから右腕を動かしづらい。だから左手でマサカズは聖剣を抜いて、明らかに敵対的な雪兎人を殺そうとする。


「ぐ、っあ⋯⋯」


 でも、あまりにも血を失いすぎた。視力、判断力の低下に体がやけに重くて動きにくい。──いや違う。血は失いすぎていない。原因は別にある。

 マサカズは床に膝を落とす。遂には立てなくなった。


「ま、ず──」


 ◆◆◆


「マサカズ? どうしたの?」


 また、死んだ。また、雪の上で彼の意識は戻ってきた。死の理由は判明したが、更なる謎が呼ばれた。

 なぜ、雪兎人はマサカズに敵対的になったのか。マサカズに敵対的なのは全ての雪兎人か、あるいは一部なのか。そしてどのようにしてあの死を回避するか。

 対処法はいくつかある。

 一つ、鏖殺だ。雪兎人を全員殺してしまえば、マサカズが殺されることもない。しかしこれでは、マサカズに敵対的な雪兎人が一部であった場合、『大雪原』を抜けるための協力者を失うことになる。『襲来者』という存在が確認できた以上、土地勘のある雪兎人の協力は最早必須だし、『襲来者』が何とかできても無下にはできない。非常に魅力的なものだ。

 二つ、逃亡。しかしこれは鏖殺以上に面倒なことになる。何故ならば鏖殺と同じデメリットに、問題の先送りに等しいからだ。

 三つ、観察。現状ではこれが最善択だ。警戒しつつも何もせず、事態の把握に尽すのだ。

 対応は現状理解からでも遅くはないだろう。

 マサカズはまたもや前回と同じく、雪兎人の村に行く流れに乗った。

 今度は雪兎人が敵対的だと分かった上で相手にできる。しかし、この段階では少なくともあちらから仕掛けてくることはないらしい。そして夜になったとき、奴らは牙を見せる。文字通りの意味で。


「⋯⋯よお。誰とグル⋯⋯それともそうじゃないのか?」


 相変わらず酔っ払いのような様子で雪兎人はこの家に現れた。

 念の為に村長を見に行くと、そこで彼女は眠っていた。もし村全体がグルならば、眠ることはないだろう。つまりは目の前の雪兎人の単独犯、あるいは一部の仕業ということだ。


「お前が俺を殺そうとしていることは分かってる。そんな演技辞めたらどうだ?」


 マサカズは剣を突きつけ、言い捨てる。

 雪兎人が夜中に彼を襲うのは、彼には正面からでは勝てないと悟ったからだ。無論それは間違いではない。だから、こうすれば相手もどうしようもなくなるはずだ。

 そう、はず、なのだ。


「う、あ、アァ⋯⋯」


「おい? ⋯⋯!?」


 しかしそんなことどうだって良い、とでも言うように雪兎人はマサカズに襲ってきた。彼は身構えていたから雪兎人の噛み付きを躱せたが──どうも何か様子が可笑しい。


「⋯⋯は?」


 窓から漏れでる月明かりによって照らされた雪兎人の顔は、凡そ生者とは言い難かった。

 口元はマサカズのものでない血で汚れていて、目は虚ろ。毛皮に覆われているから肌は見えづらいが、血色は悪いを通り越して真っ青だ。意識はまるでないようで、しかし雪兎人は動いている。そんなのまるで──


動く死体(ゾンビ)⋯⋯!」


 アンデッド。それも低位の自我のない化物のそれだ。


「なっ!?」


 同時、窓硝子を突き破って更なる雪兎人のゾンビが屋内に侵入してくる。どうやらゾンビは一体だけではないようだ。


「化物ダっ!」


 そこでようやく村の異変に誰かが気がついたらしい。雪兎人の男の叫び声が村の静寂を破り、村中に非常事態を知らせる。

 目の前のゾンビもその大声に反応したが、マサカズを見逃すわけではない。再びゾンビはゆっくりとだが、マサカズに襲い掛かってきた。


「何なんだよこれっ!」


 マサカズは容赦なくゾンビたちの頭を切り飛ばす。しかし彼の顔には困惑の表情がこびり付いて離れない。

 ゾンビは未だ動こうとしていたが、聖剣を心臓に突き刺すと完全に息絶えたようだ。

 ──通常、この世界のゾンビは映画のように、噛み付いて相手を感染させ、味方にするなどできない。ゾンビとは死体が負のエネルギーによって動かされた状態のことを示し、決して脳が破壊され、本能のままに生き物を貪る化物ではないのだ。

 だから雪兎人のゾンビが現れようとするなら、雪兎人の死体が必要なのだが⋯⋯殺した雪兎人の顔を見て確信した。

 彼は、数時間前に見舞いに行った雪兎人だ、あの、腹に傷を負った。雪兎人の顔は見分けがつかないが、腹にあった傷は分かる。確実に彼だ。


「⋯⋯クソ。ゾンビのようだが、本質はゾンビじゃないな」


 この世界におけるゾンビとは似て非なる者。謂うなればそれらは、疫病の奴隷(プレイグ)だ。


「何があったの?」


 村は騒がしくなってきて、目覚めたグレイがマサカズの元に来た。足元にある元雪兎人の死骸を見て彼は少し困惑したが、マサカズを殺人鬼とすぐには見做さなかった。


「厳密には違うが、ゾンビみたいなものだ。これが襲ってきた⋯⋯多分村も、似たようなことが起きてる」


「⋯⋯何がなんだかよく分からないけど、つまりやることは害獣駆除?」


 パンデミック。映画のように雪兎人たちは困惑しており、ゾンビと化した雪兎人たちに何もできずに逃げ回ったり、意味のない言葉を投げかけている。

 中には噛まれた雪兎人も居て、マサカズは彼らが手遅れだと悟った。

 マサカズがあの雪兎人に噛まれたとき、身体に異常をきたしたのはあれらが疫病を持っていたからだろう。そして半日も経てば、あるいは即死なら、その時には奴らの仲間入りというわけだ。


「少し違うな。さっきは殺しちまったが、やることは生け捕りだ」


「生け捕り? それまたどうして」


「俺はこれでもアンデッドの専門家でな」


 基本的に、アンデッド化は不可逆的変化である。それは魔法的な方法に限らず、自然的方法でも例外ではない。

 だがあくまで基本的には、だ。

 そもそもアンデッドは負のエネルギーによって活動する存在である。アンデッドの多くが元に戻れないのはこれが理由であり、体が死亡していることはそれほど問題ではない。

 

「おそらくだが、これらはウィルスによって体が動かされている」


 映画のゾンビよろしく噛み付きによって対象にウィルスを流し込み、それによって相手を負のエネルギーで動く化物へと変貌させる。それがこのパンデミックの原理だろう。


「負のエネルギーへの適応は通常、魂の変貌だ。でもこれはウィルスが負のエネルギーによって活動し、宿主の死体を操る⋯⋯つまり、彼らからウィルスを取り除き蘇生すれば完治する可能性が高い」


 勿論、これは魂の変貌によるアンデッド化である可能性もある。その場合は仮説から破綻するから、完治もしないだろう。けれども、可能性は存在する。不可能である根拠もまた、ないのである。


「なるほどね。でもどうやって拘束するの?」


「手足でももげば良い。ウィルスの活性化は宿主の死亡後から。でなければ今頃パンデミックは起こらない。死体の手足を斬ったって問題はないだろ? どうせ蘇生するんだ」


「分かった。あともう一つだけど、どうやって蘇生するの?」


「蘇生魔法が使える知り合いは何人がいる。いつになるかは分からんが、保存魔法ぐらいなら使える奴居るだろ」


 つまりは、ゾンビ化した雪兎人たちの手足でも斬り落として、棺桶に、保存魔法をかけてぶち込んでやってから、ウィルスを駆除しいつか蘇生する、ということだ。

 道徳の授業を受けてこなかったのか、と問い質したくなるような作戦だが、結果的には命を救えるだろう。マサカズが殺した雪兎人は、そのための必要な犠牲だ。


「さてと、やるか」


 マサカズとグレイはゾアを起こしてから家屋を飛び出した。そしてゾンビ化した雪兎人たちを達磨のように手足を斬り落として無力化していく。途中から生存者の協力もあり、また感染者の数もそう多くなかった──数は生け捕りに成功した十三名と自衛のために殺された三名──から、事態の収拾はかなり早く終わった。

 それから村の主要人物は村長宅に集まり、マサカズたちの話を聞くこととなった。

 マサカズは自分の考えを雪兎人たちの主要人物──村長、戦士隊隊長、村一番の魔法使い、その他権力者たちに伝える。信じられないとか、殺してしまったほうが良いのではないかなどの声が上がるが、


「我らが同士に生き返るチャンスがあるならバ、私はマサカズさんと協力したイ」


 という村長の一言で、マサカズは雪兎人を説得した。

 まず、すべきことはウィルスの撲滅──抗ウィルス薬の作成だ。

 しかし、この村には抗ウィルス薬を作成する技術はない。そのための努力をすることはできても。だから、


「リオア魔国連邦。あそこにならその技術があります」


 リオア魔国連邦は高水準の技術力を持つ大国だ。抗ウィルス薬を作成できるだろう。

 作成するためにはリオア魔国連邦へ行く。これは元より支援してもらう予定だったことでもあったから、これ以上話し合う必要はない。抗ウィルス薬のためのサンプルも、プレイグたちから採取すれば良い。あとやるべきことは、


「──『襲来者』を死滅させます。リオア魔国連邦に行く前に、これはやっておかないといけないですから」


 マサカズたちがリオア魔国連邦に行っている間に雪兎人の村が壊滅しては無意味だし、『大雪原』を抜ける上で『襲来者』の危険は十分にある。どちらにせよ、根絶やしにしておいて損はないだろう。襲われるくらいなら、先にこちらから仕掛けて潰してしまった方が良いという考えだ。


「『襲来者』はあなた方が殺したのでハ?」


「はい。少なくとも一匹は。これは私の杞憂かもしれませんが、あれらは複数いるかもしれません」


 『襲来者』が死ぬ直前にしたあの一見不合理な行動。それがマサカズにはどうも引っ掛ける。石橋は叩いて渡るに限るのだ。足を掬われるのはもうこりごりである。


「捜索は三日間。その間に『襲来者』が見つからなければリオア魔国連邦に向かうことにしましょう」


「⋯⋯一日。一日ダ。いくら死体を保存できる魔法があってモ、時間に制限はあル。捜索に三日も使ってられなイ」


 村一番の魔法使い、ロンネルスは低く、掠れた声で捜索時間の短縮を要求した。

 保存魔法と言っても、時間停止ができるわけではない。腐敗を数ヶ月遅らせるぐらいだ。リオア魔国連邦へ向かう時間、そこで抗ウィルス薬を作成する時間、そして村に帰ってくる時間を考慮すると、たった二日かもしれないが軽視はできない。


「それなら今からすべきでしょうね。眠るのは明日の夜に持ち越しです。それで構わないですか?」


 捜索隊の主である戦士隊の隊長は頷く。

 それからマサカズは皆の質問などに答えていき、疑問は解消されると、捜索隊を編成し始める。

 休憩時間など設けていられない。さっさと準備を済ませ、朝日も登っていない『大雪原』に向かわなくてはいけないのだから。


「忙しくなるな」


 マサカズは口の中で、そう呟いた。

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