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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−26 雪の上

 マサカズが雪兎人の村の診療所で見た、先の被害者の容態は良好とは言い難かった。

 彼は腹を噛まれたので、そこを覆うようにして包帯が巻かれているのだが、元々赤い包帯でも使っているのではないかと思うほど出血していた。輸血がなければおそらく失血多量で死んでいただろうし、これは雪兎人という亜人でも生命力が高い方の種族だからこそ、未だ息をしているに過ぎない。仮にこれが他の亜人種、ひいては一部異形種なら死んでいて当然だ。


「────」


 鎮痛剤を打ち込まれ、また疲労もあり、被害者は今、眠っている。勿論昏睡というわけではないが、眠りは相当に深そうだ。殴ったりでもしなければ、多少五月蝿かったり突いた程度では起きない。

 今でこそ落ち着いた状態だが、ここに運び込まれたときは生死の境を彷徨っていたらしい。そしてそれは、少しだけ死の側に傾いていた。火事場の馬鹿力──とは異なるかもしれないが、普段より高いパフォーマンスを出せた医者のおかけで彼は一命を、一旦は取り留めた。このあとどうなるかは分からないらしい。


「⋯⋯私ガ、強けれバ」


 そんな重症を負ったのは、ネイアの面倒を昔から見ていた彼女の先輩、レカードだった。屈強な彼は、決して重症なんて負わないとずっと思っていた。副隊長まで上り詰めたネイアをしても、正面戦闘では五分五分の剣技を持つのだから。


「強けれバ、誰も怪我させなかっタ」


 自分が強ければ、誰も苦しい思いをしない。自分が敵を討ち滅ぼせば、誰も危険を侵さない。自分が絶対に負けないなら、誰にも悲しい思いをさせない。

 全ては自分の責任だ。守れなかった自分が悪いのだ。


「強けれバ⋯⋯強けれバ⋯⋯」


「──そうだ。力がないと誰も救えやしない」


 自責の念に囚われ、思考回路が同じ所を鮪みたいにグルグル回っていたネイアに話しかける者が居た。

 彼は部屋に入ってきて、そのすぐ近くの壁にもたれ掛かる。


「どんな善人の言葉も、力がないとそれは空虚な言葉だ。本当の最善とはその人にできる最大限の行為であって、理想ではない」


 ネイアは彼に振り返ることもせず、ただ下を向いていた。


「⋯⋯だが人一人の力なんて僅かなもんだ。そんなんじゃあ、理想に近づけることもできない。妥協さえもできやしない。選択肢は最悪か、超最悪か、偶にマシな策だけ」


 マサカズは続ける。


「だから、人は群れるんだ。亜人だってそうだろ? 異形種だってそうだ。この世界じゃあ一騎当千はあり得る。でもそれは本当に一握り(天才)だけ。凡種(俺たち)は数で勝負しないといけない」


 エスト。例を上げるなら彼女だ。彼女は大抵のことができる。魔法は当然、剣術だって、例え肉体能力がマサカズと同程度になっても彼は彼女に勝てる自信がない。絵を描けばそれは写真のようだ。歌を歌えばそれは人の心を揺さぶる。料理をさせればほっぺたが落ちるだろう。天才学者たちが長年悩み続けた問題を、彼女は難なく解いていく。それに加えて容姿も完璧。悪いところは性格と、絶望的な創作センスだ。

 

「力は合わせるものだ。必要な力のために、何人でも仲間に加えれば良い。結果大多数を巻き込むにしても、何もしないよりはずっと良い事のほうが多い。⋯⋯結果は誰にも分からない。重要なのは、やれることはしたのか、ということだ。本当に自分の全力は出せたのか、ということだ」


 結果はそれが出るまで、神でもなければ、あるいはそれに準ずるものでなければ分かるはずがない。失敗の可能性は誰しもが持っている普遍的な事実であり、それを覆すことは世界を根底からひっくり返す事に等しい。つまり少なくとも理に囚われている内は、理想はあり得ない。


「俺はそうしてきた。まあ、俺は弟子の命しか救えなかったが⋯⋯友だちは命も救えなかった。結局の所、人生に失敗は付き物だ。しかも取り返しのつかないことがある。そこまで落ち込むなよ。俺はソイツを知らないから言えるだけかもしれないが、な」


「⋯⋯励ましのつもリ?」


「そう聞こえなかったならすまないな。今度からは直接的に言うことにするよ」


 ネイアは振り返りもしないが、話は続けようとする。話題はレカードについて、だ。


「あなたは何でここに来たノ?」


「御見舞い、とでも言えば満足か?」


 それはきっと建前だ。大して知りもしない相手の見舞いなんてすることはない。それにマサカズは、一度は戦士部隊を壊滅──誰も生きては返さないつもりで殺し尽くす気だった。温情でも残虐でもなく、冷酷だ。


「実のところは、ソイツ──」


「レカード」


「⋯⋯レカードさんの傷を見に来た。ああ、心配というわけじゃない。言い回しではなく、そのままの意味だ」


 傷とは、『襲来者』に噛まれたものだ。致命傷であるということ以外、何ら不思議でない傷であるはずだが。


「⋯⋯やはり普通の噛み傷か。俺に医学があるならまた違ったかもしれないが⋯⋯考え過ぎだと良いな」


 マサカズはレカードの傷跡を包帯越しに見て、何も分からないとだけ結論づけた。ここで怪しいものがあったなら何かしただろうが、無意味に何かするわけにはいかない。

 できるならば包帯を解きたいが、ネイアに止められるだろう。


「何かあったノ?」


「まあそう機嫌を悪くするな。これ以上は何もしない。⋯⋯ただ、気になったことがあっただけだ。⋯⋯そういえば、以前にも『襲来者』と遭遇したことがあるらしいな? その時のことを聞かせてくれ」


 マサカズにとって、情報とは大きな武器の一つだ。その収集は欠かせなく、どうでも良さそうな情報でも、後々命運に関わってくることもある。だから彼は人と話をすることを好むし、嘘だって平気でつく。──そして、時には相手の精神を揺さぶることも。


「何でも壊滅だったそうじゃないか。帰還者は誰一人⋯⋯死体さえもないってな? それで、度々被害に遭えば大抵持って帰れるのは身につけていたものか、遠目に見ていただけの目撃情報。こんなふうに傷を負って帰ってくるのはレカードさん以外に居たか?」


「⋯⋯居なイ、生きて帰ってきたのハ」


 『襲来者』と直接遭遇すれば、必ず全滅する。生きて帰ってこられるのは、数百メートルも離れた位置からこっそり覗き込んだ時くらいだ。


「そうか」


 マサカズはそれたけ聞いてから、診療所の一室から無言で、ネイアを残して出ていった。

 外は寒かった。当然と言えば当然だが、室内はかなり暖かいのだ。だからこそ外の冷たさは余計に感じやすい。


「ありゃ死ぬな。言えば良かったか?」


 マサカズは医学に関しての知識はないが、人の死に様を多く見てきたからこそ──そして体験したからこそ、人が死ぬような傷はすぐ分かる。雪兎人は確かに生命力が高いが、あんな重傷を負えば結末は人と同じだ。時間が伸びるだけで、結果は変わらない。


「⋯⋯これが普通、なんだろうな。死者が生き返ることなんてまずあり得ない。魔法も万能じゃない」


 エストやレネたちの緑魔法は平然と人を生き返らせ、致命傷を瞬時に治癒する。

 けれどそれは彼女らの並外れた魔法行使能力があるからだ。蘇生魔法など不可能なことで、治癒魔法は痛みを和らげ、ゆっくり、じっくり、確実に治せるだけ。魔女たちと同じように瞬間的に完治させようものなら、傷はむしろ開くだろう。

 つまり、レカードのようにあと一、二時間で死ぬような傷は、治している間にタイムアップだ。または傷を開いて即死か。


「⋯⋯さてと、戻るか。ここ最近野宿ばっかだし⋯⋯大分マシになったが、痛みもまだ残ってるし」


 『大雪原』に飛ばされる直前、マサカズは黒の魔女への捨て身の特攻で体をボロボロにしていた。だからその痛みを抑えるために鎮痛剤を飲んだのだが、それから半日もすれば鎮痛効果は無くなり、全身には激痛が走った。おかけでその日は一日動けなかった。

 今でこそ痛みは楽になったが、全身筋肉痛か、またはそれ以上に辛い。体は悲鳴を上げていて、もうそろそろふかふかで暖かいベッドで寝たい。

 マサカズが居候する村長宅に戻る。

 そこでは暖炉の前で酒を飲むグレイが居た。かなり飲んでいるようで、酒臭い。


「おいそれどこから持ってきた?」


「ああ? マサカズかぁ。これぇ? そこの棚」


 呂律が回っていなくて何を言っているのか分かりづらかったが、どうやらグレイは勝手に人の家の酒を飲んでいるらしい。


「お前なぁ⋯⋯」


「まあいいじゃん。村長さんには好きにしてくれと言われていたんだし」


 そんなこと言っていたっけな、とマサカズは一瞬考えたが、グレイは何を言ってもそれを免罪符に酒を飲み続けるだろう。これ以上は時間の無駄だ。


「うっ⋯⋯気分が悪い」


「飲み過ぎだ。⋯⋯ったく、ほら」


 グレイはそれなりに酒が飲めるようで、既に瓶を四本開けていた──マサカズは三十分ぐらいしか外出していないが。

 しかしそれでも酒豪というわけではない。アルコールに酔い、グレイの気分はどん底に叩き落とされたようだ。

 マサカズは適当に家にあった水を飲ませ、グレイを落ち着かせる。そして寝た。


「殴りたいな、コイツ」


 酒癖が悪い、とはこのことなのだろうか。まあ何処かのお嬢様と違って、無闇矢鱈に魔法をぶっ放すわけでもないだけマシなのか。


「はあ⋯⋯飲みかけじゃん」


 最後の瓶は半分ぐらい酒が残っていた。このまま放置していても処分されるだけだ。


「⋯⋯⋯⋯っ。何だこれ」


 なのでマサカズは少し飲んでみたのだが、


「辛。何より度数どれぐらいだ? 少し飲んだだけなのに、クラクラする⋯⋯」


 一口飲んだだけで、マサカズは頭がボヤケた。とにかくこんなのを四本も開ければ、そりゃ酔い潰れるというものだ。マサカズも下戸ではないし、両親は酒に強かったはずだ。


「おヤ、それを飲むなんて凄い殿方ですネ」


 またそれから時間が経ち、用事を済ませたのか、村長、ゾアが帰ってきた。


「あ、ゾアさん。すみません、勝手に飲んじゃって」


「いえいエ、構いませン。それはかなりあるのデ」


 ゾアはそう言って、台所の棚からまた何本か取り出してきて、それをコップなどに注ぐこともせず、そのまま飲み始めた。どう考えても一口ではないし、ジュースでも飲むようだ。


「⋯⋯? マサカズさんも飲まないのですカ?」


「どうも俺⋯⋯私にはキツイようで」


「はハ、そうでしたカ。まあ確か二、これはかなり強いお酒ですかラ」


 と、言いながらゾアはガブガブと酒を飲み進める。ツマミもなしに。それで酔っている感じが全く無いのだから、相当彼女は酒に強いのだろう。

 そんなこんなで雑談を交えていると、いつの間にか時間は夜になっていた。ゾアはマサカズに水で割った酒を出したので、マサカズは酔っていたこともあり、彼はもうそろそろ眠ることにした。水浴びは翌日の朝にしても構わないだろう。


「⋯⋯頭いてぇ」


 マサカズの体は十六歳だ。まだ大人にはなっていなくて、勿論酒への耐性も低い。だから既に頭が痛くなって、眠たい。


「────」


 ベッドの中に体を放り込み、久しぶりのフカフカなそれを堪能する。たった数日とはいえ、過酷な環境では長く感じた。

 そうして意識は簡単に暗闇の下に落ちていった。気づいたときには、マサカズは深い、深い眠りについた。


 ◆◆◆


「マサカズ? どうしたの?」


 雪原に二人はうつ伏せていた。わざわざ冷たいそこにうつ伏せているのは、少しでも気配を消すためだ。何せ雪兎人は聴力が優れていて、かなり離れていても尾行に気づかれる可能性があったからだ。


「⋯⋯は?」


 降り積もった雪は太陽光に反射してキラキラと光っていた。雪は冷たいが、真上にある太陽は暖かい。

 隣に居るグレイは何も持っていない。あの刀を彼は持っていないのだ、今は。


「マサカズ?」


「⋯⋯⋯⋯」


 現在、マサカズとグレイは雪兎人の集団をつけている。タイミングを見計らい、グレイの刀を奪う手筈だ。必要ならば、鏖も考えていた。

 これからマサカズたちは雪兎人の戦士隊を襲撃するが、『襲来者』が乱入して、何だかんだで雪兎人の村に向かう。

 形容できないこの不快さは、この数日感味わっていなかったものだ。もう何度も何度も経験したというのに、いつまで経っても怖じ気は消えない。不愉快な気持ちは消えない。

 マサカズは自分の両手を見る。そこには冷たさで仄かに赤くなった手の平があるだけだ。

 確かに『大雪原』は寒いがそれとはまた違う冷気が彼の脊髄を、芯の髄を、逆撫でした。この慣れることのない六万回と迎えた言語化できない感覚の正体は、彼の魂が知っていて、刻み込まれている。

 そう、これは──


「──『死に戻り』⋯⋯した?」

 六章最後を除けば、かなり久しぶりの死に戻りループの始まりです。

 あ、そういえばリゼ○最新巻読みました。私未成年で原付きの免許もないので自転車で往復二十キロ走ってきました。ロード持ってなくてクロスだったので、少し疲れましたね。でも楽しかったです。ちなみに私はGIANTのESCAPERX3乗りです。ブルホーンに補助ブレーキ付けたいんですがね⋯⋯金もありますが、工事が凄く面倒なので多分やりません。

 さてさて、感想としては、意外と例の人が優しかったですね。⋯⋯にしても、ヒロインサイドはいつ現れるのか。特に司書精霊と主人公の絡みを眺めたいです。

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