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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−25 恩義は押し付けるもの

 グレイは一直線に『襲来者』に走り出す。その速さは、マサカズが知る限り転生者──それも訓練を積んだ者に匹敵する程だった。

 しかし『襲来者』はグレイの速さについていけるらしく、その巨体のどこにそんな俊敏性があるのかは不明だが、彼の刺突を容易く、身を捻り回避した。

 グレイは戦士だ。たった一撃で終わるとは考えておらず、刀を薙ぎ払う。そしてこれは、『襲来者』の技術の無さを露呈することになった。

 『襲来者』はグレイの薙ぎ払いにも対応したのだが、方法は跳躍。確かに体を捻り回避したから体制は不安定で、そこから突発的に連撃を回避しようとすればこうなるのも無理はない。しかしそれは、強引過ぎた。先を考えていないのだ。

 跳躍した『襲来者』は、自慢の背丈ほどある腕を振り下ろす。落下エネルギーもそこに加わり、先のクレーターより大きいそれを作ることができるだろう。だが、


「〈反撃〉」


 それら全てのエネルギーは、『襲来者』へと返される。

 『襲来者』の右手が割れ、右手としての機能は大半が失われただろう。それは痛みに悶るように呻いた。


「戦技⋯⋯それも、かなり練度があるな」


 普通の戦士が同じ〈反撃〉を行使すれば、攻撃を無力化することはできても、元の三割ほどしか返せない。しかしどう考えてもグレイのそれは、元の九割を超える割合で力を返しており、卓越した技能があることを示している。


「っと、今なら俺も死なない、か」


 怯んでいる今の『襲来者』なら、マサカズも攻撃することはできる。グレイも同じく、マサカズとタイミングを合わせて斬りかかった。

 狙うは首だ。生物において、基本的にそこは最大の弱点。死なない化物でもなければ、あるいは生き返る化物でもなければ、即死の一撃。無論、『襲来者』は己が弱点も把握していたが、いつも対応できるとは限らない。

 だが、亀には甲羅があるように、兎には耳があるように、弱点とは別の方法で克服、またはカバーするものだ。『襲来者』もその例外になく──


「硬っ!?」


 首を斬られて困るなら、そこを硬化させておけば良い。生半可な刃、生半可な太刀筋では寧ろ刃こぼれする表皮は硬質なものだ。

 『襲来者』は怯みから回復し、刃を弾かれたことに気を取られたままのマサカズとグレイを、まだ使える左腕で薙ぎ払う。

 二人は吹き飛ばされたが、致命傷は負っていない。エストにしごかれた経験がここに来ても活かされるとは考えもみなかった。

 

「────」


 『襲来者』もマサカズとグレイ──主に後者──に警戒心を抱いたらしく、声を荒らげる。動物の咆哮と言うよりは人間の女性の金切り声に近く、しかし人とは思えない声だ。

 ともあれ黒板を引っ掻いたときに鳴るあの音のように不愉快極まりないものには変わりなく、聞いていられない。


「っ!」


 雪兎人のネイアは、グレイに渡した刀の他に短剣も持ち歩いていた。それを右手に握って、遮音しながら『襲来者』に肉薄する。見ると他の雪兎人も同様であった。

 彼らは高い聴力を持ち、かつ聞こえる音量を調整することもできる。そうすることで『聞きすぎてしまう耳』を制御できるからだ。

 まさか『襲来者』も金切り声を無視して突破してくるとは思わなかったようで、雪兎人たちの反撃は通った。首を硬質化させているが、他もそうと言う美味い話はなくて、問題なく刃は通った。

 だがしかし、それが致命傷になることはなかった。『襲来者』は雪兎人をマサカズらと同じように打撃したり──また、噛み付いたりもした。

 噛み付きの際に、『襲来者』が見せた牙は人間のそれに酷似していた。しかし顎の力は人間同等ではなくて、雪兎人の一人の戦士の肉体を容易く貫通。腹を噛まれた彼はそのまま不味いものでも食べたように吐き出され、白い雪が赤く染まったが、死んではいないようだった。腹部に縫うのが必要なほどの裂傷ができただけだ。


「どうする、マサカズ。あれただの魔物じゃないよ」


「んなことは分かってる」


 『襲来者』は見ての通りタフネスだ。先程から幾度も雪兎人たちに斬りつけられているし傷も増えているし再生しないが、全く倒れる気配がない。左腕だけとは思えないくらい凶暴で、正直言って今すぐにでも逃げたいが、『襲来者』は逃さないだろう。


「⋯⋯なぜ、逃げないんだ?」


 自分たちが、じゃない。『襲来者』が、だ。

 おそらくだが、『襲来者』も正真正銘の怪物には程遠い。生物の範疇にあり、首を吹き飛ばしても平然と襲ってくる魔女とは違う。

 人は三分の一程の血液を失うと命に危機が迫るらしいが、『襲来者』も程度に差はあれど失血量によっては死亡するだろう。見てわかる通り、『襲来者』の現時点での出血量は尋常でなく、もし人間ならば動けているのが怪しいほどだ。魔女ではあるまいし。


「──グレイ、さっきの反射、返す方向を変更できるか?」


 マサカズは二つ気づいたことがある。一つ、『襲来者』を一撃で仕留める方法。一つ、それを今すぐにでもしないといけない理由だ。


「は? それまたどうして⋯⋯」


「力は一つにまとめたほうが、切断力はよく上がるってな」


 圧力は力に比例し、面積に反比例する。即ち一点集中こそ最も圧力が大きくなり、よって物はより斬りやすくなる。


「──なるほどね。君、結構勝負師って言われてたりする?」


「お生憎様、お前らが見る俺のやることは、大抵成功するぜ」


 マサカズの博打を理解したグレイは、その必要性にこそ気がつけずとも、やる意味はあると判断した。──いや、信頼した、だろうか。


「そこの雪兎人、お前も俺と一緒にグレイを殺す気で攻撃してくれ」


 マサカズはネイアに話しかける。その意図を彼女は一瞬理解できないでいたが、拒否することもできなかったので頷いた。


「わかっ⋯⋯りましタ」


 マサカズは剣を鞘に戻してから、ネイアと一緒にグレイと『襲来者』を挟んで反対側に移る。そして柄に手を掛ける──抜刀術の見せ所だ。

 『襲来者』は狙いをグレイにした。力量差を理解した上での判断だし、間違っていないどころか大正解だ。しかし、それが前提での作戦である。


「〈肉体能力向上〉、〈俊足〉、〈縮地〉」


 グレイ、ネイアは単純な身体能力で、マサカズは戦技を併用し、同等のスピードを出す。そして互いの距離を縮めると、マサカズは『襲来者』ではなくグレイを目標に、自らの最大で最高の技を繰り出す。


「──〈十光一閃〉ッ!」「ッ!」


「──〈反撃〉」


 マサカズ、ネイアの渾身の一撃をグレイは全て反射。タイミングもバッチリで、狙いもそうだ。単純な火力だけならば、『襲来者』のそれに匹敵するだろう。

 ──刃は『襲来者』の首に入り込み、肉を裂き骨を断つ。神経を切り離したので怪人の意識は喪われる。


「⋯⋯よし、何とかなったな。逃げるぞ」


 『襲来者』が倒れたことを確認すると、マサカズはすぐさま逃げることを提案した。


「まるで『襲来者』がこれから来るみたいな言い方──」


「まさにそうなんだよ。警戒はしすぎても損じゃないだろ?」


 寧ろ警戒は常に足りないものとして思っておくべきだろう。それぐらいでも丁度良いとはまるで言えないが。

 

「⋯⋯そういうことだ。お前も同族にそう言っておいてくれ」


「うン。⋯⋯ところデ、私たちのことハ⋯⋯」


 ネイアにはやはりというか当たり前というか、怯えの感情があった。一度殺されかけたから──『襲来者』が居なけれな事実死んでいただろう。


「⋯⋯妥当な落とし所は、俺たちの目的に協力することだろうな。ま、無理難題は言わないから安心してくれよ」


 これは自分の要望を突き通すには良い機会だと思ったマサカズはさらっとそう約束をつける。姑息と言われればそうだが、それが悪いわけではない。

 そんなわけで、マサカズ、グレイの二人は雪兎人の村へ同行することにした。今回の襲撃による負傷者は数名であり、『襲来者』に噛み付かれた一名は特に重傷だ。治癒魔法を使える者は村にしかいないらしい。


 ◆◆◆


 村に行き通されたのは、村長の家だった。木材で建てられたそれには暖かさが満ちており、暖炉でパチパチと音を立てながら燃える様はいつまでも見ていられそうだ。


「此度は我々に助太刀して頂キ、感謝しまス」


 話をスムーズに進めるために、一部真実を隠してマサカズは雪兎人の村長──ゾア・ルラーに事情を話した。

 別種族であるためか、マサカズは雪兎人の外見を判断することはできない。だからゾアが女性であることしか分からない。──少しだけ他の雪兎人と違うような気もする程度だ。


「こちらこそ。私たちも無償で助けようと思ったわけではありませんから」


「ふム⋯⋯一体何がお望みでしょうカ?」


「はい。私たちはこの『大雪原』を抜けたく思います。なのでそのための物資や、案内役を、と」


 雪兎人は『大雪原』の住民であるため、地理関係にも詳しい。

 マサカズたちからすれば一面雪、雪、雪であるが、雪兎人から見れば異なるようで、成人している雪兎人が遭難することはまずあり得ないらしい。


「そんなことで構わないのですカ?」


「そんなこととは言いますが、私たちにはそれで十分なのですよ」


「⋯⋯分かりましタ」


 マサカズは村長にそうして約束を取り付けた。


「マサカズさン、グレイさン、今日はここでお泊リ下さイ」


「良いんですか? ありがとうございます。イグルーを作って寝る必要はないようですね」


 ゾアの厚意にマサカズは預かり、村長宅に今夜は寝泊まりすることに決定した。グレイもそれに異論はないようだ。


「そういえバ、グレイさんはもしヤ⋯⋯」


 グレイ・ファームス。その名を聞いたときから、ゾアは訝しげに彼を伺っていた。

 例え極地に住まう雪兎人族と言えど、全く外部の情報がないわけではない。外部から帰ってくる旅人から話を聞いたりすることもあるのだ。その話の中に、グレイという名があった。


「おや、僕ってば雪兎人族にも名が知れているの?」


「『剣聖』、『亜人最強の戦士』⋯⋯その強さの噂はかねがね伺っております」


「はは! 嬉しいなぁ。もう『剣聖』じゃないけど」


「何やら気になることを仰ったようですガ、私にはこれから予定がありましテ。それでハ」


 それだけ言ってゾアは席から立ち上がると、その場を立ち去る。残された二人には自由が与えられた。勿論何をしても良いわけではないが。


「⋯⋯怪我人の様子でも見てくるかな」


「ん? そうかい? 君にしては珍しいね」


「お前と会ってからまだ数日だが? ⋯⋯まあ、少し気になることがあるんだ」


「気になること?」


 マサカズは「ああ」と前置きしてから話し始める。

 ──彼が気になったことはある一つのことだった。それとは、『襲来者』の不自然な動きだった。あ 


「悪足掻きじゃないの? それか、仲間を呼ぼうとしただけじゃ?」


「違う違う。そっちじゃない」


「え? じゃあ何?」


「噛み付いたことだ」


 『襲来者』は、雪兎人の一人をわざわざ噛み付いて重傷を負わせた。そして他の雪兎人にも同じことをしようとしたのだ。警戒されていて躱されたが。


「それの何が不自然なの?」


「まあ、そうなんだがな。⋯⋯一見、不自然じゃない。でも、違和感があるんだ。それを確かめに行く」


 マサカズが覚えた違和感とは、噛み付いた、その行動自体にあった。あれほどの腕力を持つ怪人が、普通の人間と変わらないぐらいの顎と歯で攻撃対象にわざわざ()()()()()()()のか、と思っただけだ。

 一般的な人間でも他者を噛むことはある。しかしそれは、通常噛む行動以外ができないときにする苦肉の策のようなものだ。それをするくらいなら殴った方が早い。

 野蛮で低知能な怪物のしたことなら、それもまた有り得る。だが『襲来者』は野蛮な高知能の怪物だ。


「確信するのは今からでも構わない。手遅れになるよりは断然マシだろ?」


「それもそうだねぇ⋯⋯考えすぎ、とは言えないなぁ」


 言われてみれば『不自然な点』である。しかしあまりにも根拠が薄く、言い掛かりにも等しい事だ。けれども、確認するだけならこれはノーリスクだ。


「対処法が必要なら見てから考える。じゃあ」


 マサカズは念の為に、聖剣は持ち歩いていった。万が一のために、自己防衛ぐらいはできるように。


「いってらー。⋯⋯不自然な点、ね」


 マサカズが家から出て行った後、グレイは独り言でそんなことを言った。

 彼の故郷、ララギア亜人国家連合も『無数の亡国』とは隣接しており、ここ『大雪原』と同じく『襲来者』の被害も度々ある。

 勿論彼も『襲来者』を駆除することはあった。だからこそ気がついたこともある。──尤も気づいたのは、マサカズと出会ってからだが。


「これまで人間の凡その姿は知ってたから、彼が人間だとは早めに気づけた。でも、知ってるつもりなだけだった⋯⋯本物の人間は、あんな感じなんだ、と」


 グレイが知っていた人間は、肖像画の人間だけだ。それは人間の特徴を確実に掴んでいたが、本物とは程遠い。


「⋯⋯まさかね」


 気づいたことを、グレイは考えたくなかった。もしそれが本当なら──きっと、残酷だろうから。

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