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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−23 転移先は冷たい地獄でした

 全身に伝う冷たさ。大荒れしている風の音。体温はみるみる奪われていき、やがて人は低体温症になり死亡する。一般的な装備が整っていようと、この『大雪原』では半袖半ズボンと何も変わらない。

 加えて、そんな極冷地に適応した魔物は、通常の魔物より何倍も強力だ。

 ここは専用の装備と強靭な肉体がなければ一週間も生きられない、正に死地。人間が立ち寄るべきでない場所だ。


「さっむ」


 そんな所に、マサカズは居た。

 幸運にも見つけた洞窟内で、今は吹雪が止むのをまっている。しかし寒さは外よりは多少軽減されている程度で、マイナス五十度は下らないだろう。マサカズは転移者であり、肉体能力が一般人とは比べ物にもならないほど高いから「寒い」の一言で済ませられるが、普通ならそろそろ気絶なりしている。


「火を付けたいが⋯⋯燃えそうなものはないよな」


 戦技に火種になりそうなものがあるが、肝心の燃やすものがなければ意味がない。

 何はともあれ、吹雪が止んでからしかできないことが多すぎる。


「⋯⋯あれからどうなった?」


 既にマサカズが目覚めてから数時間が経過している頃だろう。記憶を取り戻した彼は世界の地理も思い出しており、ここが『大雪原』であると分かっている。別大陸に飛ばされているなら話は違うが、いくら何でも大陸間の転移事件は考えたくない。


「連絡は⋯⋯来ないか」


 まず期待したのはエストからの連絡だ。〈通話〉による現状把握、そして転移による帰還。これが最善な道なのだが、転移には範囲制限がある。そもそも彼女は疲弊している。あの状態だと、数日は第十一階級魔法を使わない方が良いだろう。

 連絡が来ないのもそれが原因かもしれない。あと数日はサバイバルというわけだ。


「俺が飛ばされているなら他の皆も飛ばされているだろうな。しかし⋯⋯俺、ワースト(ワン)(ツー)(スリー)を争う場所に飛ばされたよな? これ。恨むぜメーデア。多分意識的にじゃあないだろうが」


 『死者の大地』、『大雪原』、『無数の亡国』が、この大陸の超危険地域の上位三つだ。ちなみに一般的には『無数の亡国』が第一位、『死者の大地』が第二位、『大雪原』が第三位だが、『死者の大地』はマサカズが作った場所でもあるので、彼からしてみれば第二位と第三位は順番が逆転する。

 不幸中の幸いは『無数の亡国』に飛ばされなかったことだ。あそこでは何もかもが不明であるが、時間異常があったり、碌でもない場所なのは確定的に明らかなのだから。


「にしても、もしかすればこの転移は悪くなかったかもな」


 メーデアはマサカズを殺すのが目的だが、ランダムに転移させられてしまえば彼女からも追跡は困難極まりないだろう。おそらく彼女自身も転移しているだろうが、


「エストはあのとき、〈虚空支配〉でメーデアに何かした。何であれアイツなら、メーデアには致命傷を与えているだろうな」


 場合によっては再起までの時間をかなり稼いでいるかもしれない。そしてその間にやりたいことならある。──各国に刻まれた大魔法陣の破壊だ。


「現状、メーデアを殺す方法も封印する方法も、あるかもしれないが分からないし、仮にあったとして、そのチャンスを掴めるとは思えない」


 メーデアは今度は万全の状態で襲撃してくるはずだ。今回、メーデアを返り討ちにできたのは彼女が万全でなかったこと。マサカズが二度と魔法を使えなくなる代わりの切り札を使ったこと。そして運に恵まれていたこと。それら三つがあってようやく封印ができたのだ。


「だったらこの間に、世界中の例の魔法陣を破壊する⋯⋯更なる時間稼ぎとしちゃあ上出来だ」


 根幹であるメーデアを殺すなり封印するなりしなければ、世界終焉の危機は何時までも残り続けるが、大幅な遅延行為、妨害工作にはなるはずだ。


「すべきことは⋯⋯生き残ることだな、何よりも」


 命あっての人生だ。何事も死んでしまえばできなくなってしまう。例えそれに意味があったとしても、死は逃れるべき障害だ。


「⋯⋯全く止まねぇな。⋯⋯洞窟は結構続いているみたいだし、行ってみるか」


 マサカズは洞窟の奥に歩みを進める。

 僅かにだが風を感じる。何処かと繋がっているのか、あるいは巨大な空間があるのか。どちらにせよ、探索してみる価値はありそうだ。


「何か生き物居たら良いんだが」


 魔物は食べられないような見た目をしていることもあるが、一部を除き普通に食べられるらしい。それに毛皮があるなら寒さも幾分マシになるだろうし、強引に火をつけることもできるだろう。一番は木があることだが、その期待はしない方が良い。


「うーん。何か居ねぇか──」


 マサカズは洞窟を探検していると、ある音を聞いた。マサカズは剣を抜き、音の方向に向く。


「⋯⋯人間じゃないな」


 足音のようなものはするが、靴などを履いて出る音ではない。この音は素足だ。勿論こんなところで素足になろうものなら、凍傷は避けられない。つまり音源の主は、人外だ。


「対話できるならそこで止まれ。それ以上動くなら殺すぞ」


 素足の音は止まる。まだ暗闇で見えないが、そこに知的生命体がいることは確定的だ。


「喋れるなら喋れ。お前は何者だ? 人ではないよな? なぜこんな所にいる?」


「⋯⋯僕は獣人。ここには逃げてきた」


 獣人はその名の通り人と獣を足して二で割ったような種族だ。基本的には人間と同じシルエットをしているが、毛が生えていたり尻尾が生えていたりする。

 身体能力も高く、確かに『大雪原』なら裸でも生き抜けるだろう。


「君は一体?」


「⋯⋯人間だ」


「見れば分かるよ。名前を聞いてる」


 マサカズには闇を見通す目はないが、獣人にはその目があるようだ。


「マサカズ・クロイ。⋯⋯おっと、まだ俺はお前を信用していない。生憎警戒心が強いのが人間(俺たち)だ。両手を首の後ろに回して、ゆっくり姿を表せ」


 マサカズは普通の人間の中では最高峰の戦士だが、彼以上の戦士も居るだろうし、世界全体を見れば中の上ぐらいだ。

 獣人は基礎的な身体能力から人間以上であり、上位ともなればマサカズに匹敵、あるいは凌駕する。警戒は怠れない。


「わかった」


 獣人は姿を表す。彼は黄色い狐がそのまま人間大になり、二足歩行をしたような姿だった。しかし手足は人間のそれと同じで、違う点といえば毛に覆われていることぐらいだろうか。彼はごくごく一般的な獣人族だ。

 服は夏場に着るようなものと同じ薄着だ。黒を基調としたゆったりとした服装で、一見すると和服のように見えるが、ただ似ているだけだ。


「武器は⋯⋯持っていなさそうだな。牙とか以外」


「抜けなんて言わないでくれよ?」


「ああ。まあ、うん。とりあえずは信用しよう」


 獣人は武器を持っていないことを確認すると、マサカズは彼に自由にするように言った。

 それから、マサカズは彼にいくつか質問することにした。


「名前は?」


「グレイ。グレイ・ファームス。よろしく、マサカズ・クロイ」


「よろしく、グレイ。⋯⋯さっそく聞きたいんだが、なんでこんな所にいるんだ? ちなみに俺は色々あってな。遠方から転移してきた」


「なんだそれめっちゃ気になるんだけど。⋯⋯僕はね⋯⋯ララギア亜人連合国って知ってる?」


 大陸の中心の上の方にある大国だ。亜人連合国、という名前から分かるように、元々はいくつもの亜人国家から成る大国だ。


「ああ」


「なら話は早い。内乱──戦争があってね、逃げてきたんだ」


 ララギア亜人連合国は血気盛んな武力主義の国家だ。国内にはいくつかの派閥があり、それらの派閥のトップから次期大統領を決定する。そしてその決定方法とは血で血を洗う争い。つまりグレイが言う内乱は、次期大統領を決定する戦争だ。

 

「⋯⋯それ逃げてきたら駄目なやつじゃねぇの?」


「だろうね。でも、もう飽き飽きしてるんだ、戦うことに。僕は政治力ないしね」


「ふーん。それでどこへ行くつもりだ?」


「リオア魔国連邦。そこでのんびり暮らそうかなって」


 リオア魔国連邦は、ララギア亜人連合国と『無数の亡国』を挟んで反対側にある国家だ。亜人連合国とは位置関係だけでなく国風も真反対で、基本的に平和主義である。多数の亜人がそこに住んでおり、皆協力関係にあるらしい。少なくはあるが、人間も存在しているぐらいだ。


「で、僕からも聞きたいんだけど、君がここにいる理由」


「黒の魔女って知ってるよな? 封印したけどやらかしてな。封印を解かれた反動で空間異常が発生し、気づけば『大雪原』の雪の上、だ」


「黒の魔女⋯⋯君凄いな」


「いや、実際に封印したのは魔女とか神父とかだ。俺は少し足止めした程度だし、そのおかげで二度と魔法は使えなくなったがな」


「それでも凄いよ。君、ホントに人間?」


「まあ⋯⋯異世界人だな」


「異世界人⋯⋯? よく分かんないけど、普通の人間じゃないんだね」


 普通、グレイのような反応をすべきなのだ、この世界の住民は。誰も彼もが「あ、異世界人か」なんて、まるで知っているのが当然みたいな反応はやはりおかしかった。


「だな。ま、そういうわけだから俺もさっさと戻りたい。ここを抜けるのを協力してくれないか? 魔国連邦に行けば大分楽になるだろうし」


「一人よりは二人さ。僕からもお願いしたいくらいだね」


 マサカズとグレイは立ち上がり、握手する。それを以ってして協力関係と相成った。


「で、だ。腹減ったんだが何かない?」


「さっき会ったばかりだよね? いくら何でも厚かましくないかい? 君のあの警戒心はどこに行ったの?」


「友達は時間じゃなくて質だ。もう俺とお前はBrotherなのさ」


「魔法言語かい、それ? ⋯⋯人の口に合うかどうかは分からないけど、はい」


 グレイが出した食べ物はクッキーのようなものだった。元の世界で一番近いものを上げるとするならカロリーメイトだろうか。

 マサカズはそれを頬張る。カロリーメイトよりか固いし、水分がどんどん吸われていくし、甘さも控えめだが不味いことはない。


「燃えるものあったりするか?」


「流石に持ってないよ。そこらの魔物狩って燃やす?」


 それは妙案だ、とマサカズはグレイの提案に賛成した。

 グレイ曰くこの洞窟内には何も居なかったらしい。だから吹雪が止むのをまずは待って、それから外に出て魔物を狩るべきだとのこと。


「だとすれば、俺が殺ることになるのか。見境なく、で良いのか?」


「そう。⋯⋯武器欲しいな。持ってない?」


 グレイは武器を隠し持っているわけではない。だから彼は今丸腰だ。よくもあそんな装備で『大雪原』を歩いてこられたと思う。


「落としたりしたのか?」


「ああ、失くした。寝てるときに」


 つまりは寝ているときに奪われたということなのだろう。


「殺しにかかられたならすぐに気づけるんだけどね」


「ふーん⋯⋯ってことはそれめっちゃ価値高かったの?」


「まあね。おそらく犯人は雪兎人(せつとじん)じゃないかな」


「雪兎人?」


 無視できない言葉が出てきた。

 マサカズが知る『大雪原』は、魔物ぐらいしか生きていけないような過酷な土地であるはずだ。人を殺すような化物は居ても、人から物を奪う者など聞いたこともない。


「そう。元々はただの魔獣だったけど、進化した。現れ始めたのはここ百年前くらいらしいよ」


 新種の獣人。ならばかなり昔の知識しか持たないマサカズが知る由もない。

 その雪兎人とやらについて詳しく聞くと、どうやら彼らは『大雪原』に適応した唯一の文明的な暮らしをする種族らしい。

 雪兎人はその名の通り、兎の獣人だ。しかし通常の獣人は既存の動物、つまりは生物の域を超した魔力を持たない獣からの進化だとすれば、雪兎人は魔獣からの進化。普通の獣人より優れた身体能力を持つ。


「あくまで平均しての身体能力が高いだけで、戦い慣れてる獣人とは大体互角だよ。まあそれでもより強いのも少なくないだろうね。僕より強いのは居ないだろうけど」


 偉く自信のあるグレイだが、そうでなければ武器だけ盗まれることもないだろう。それは、武器を盗んでも尚勝てるとは思われていないからだ。


「へぇー。俺そいつらに勝てるかな。結構自信あんだけど」


「勝てるよ。君、僕ほどじゃないけど強いようだし」


「そうか。⋯⋯ん? え? お前俺より強いの?」


「ん? うん。だって僕、ララギア亜人連合国最強の剣士だよ?」


 グレイ・ファームス。ララギア亜人連合国、ショルマン派閥、及び国内最強の剣士だ。その剣技から付いた二つ名は──、


「『剣聖』なんて呼ばれていたりしたんだよ。ね、凄いでしょ?」


 世界に存在する数少ない最高峰。六色魔女、魔王、古龍、大罪魔人、そしてアレオスと言った極一部の人間。彼らのような世界最強に数えられる獣人こそ、グレイの正体なのだ。


「ま、今じゃ売国奴扱いされてるけどね。ははは!」

 第七章前半も終了し、これから始まるのは中盤。おそらく第七章で一番長いパートでしょう。何せ同時刻をいくつかの視点で描写していきますからね。

 最初は視点を飛ばし飛ばしでやっていこうかと思ったのですが、それだと色々と分かりにくいでしょうから視点は固定で行きたいと思います。マサカズ視点が終わったら今度は別キャラ、みたいな感じですね。

 ぶっちゃけメーデア戦で章区切りしても良かったんですがね⋯⋯第七章を最終章と宣言しましたし、七章にはちょっとしたこだわりがあるんですよ。六色魔女の六というものから逸脱し、七になる、っていう私以外誰も分からないようなこだわりですがね。エストが魔女を超える、みたいな?

 ⋯⋯自分でも何言ってるんだがよく分かりませんが、まあそういうことです。

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