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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−19 恋の敵

 ドメイとフェリシアがルトアに師事してから十二年が経過した頃には、もう弟子を卒業していた。知識は既に教えられたから、あとはどれだけ自分を研鑽するかということだ。

 しかしそれでも関係が途絶えるわけではない。度々彼らは会ったりしていたし、その度に自分たちの上達を見てもらっていた。

 そんなある日のことだ。


「よし、行ってくる」


 ドメイはいつも着ているようなラフな服装ではなく、王族にふさわしい服装に着替えていた。彼はそれを動きづらいと嫌っていたのだが、それでも着替えたのには理由があった。


「頑張ってきてね、お兄様」


 フェリシアはドメイにそう言い掛け、彼の──ルトアへの告白の成功を願った。

 ──『亜人戦争』はあれから五年後に終結した。人間連合国にドメイたちローゼルク王国軍が大打撃を与えたことが、その決定打となったのだ。降伏は即日認められ、それ以上の戦争はなかった。

 それから内政や外交と、やるべきことは多くて、ようやく最近落ち着いたのだ。

 だから、ドメイはルトアにこれまでの想いをようやく告白できるようになったというわけだ。

 玉砕覚悟だ。ルトアのような魔女が告白を受け入れてくれる可能性は限りなくゼロに近い。しかしそれでも、言わないのは男の性に反する。それにどうせ、そのうち伴侶を取らなければならないのだ。その時に引きづらないように、という気持ちもあった。

 どう告白しよう、どうすれば口説けるか、断られたらどうしようなどと色々と考えていれば、気づけばルトアの自宅に到着していた。

 ドメイを運んできたのは一頭の馬だ。彼を護衛する者はおらず、強いて言うのであれば彼自身が彼の護衛である。

 城と比べればあまりにもこじんまりとした家であったが、古臭さは全くない。それは当然で、何せこの家は劣化しないからだ。

 そして小さな家でも、ドメイの目には大きく映った。いくら王族といえど、初めてかつ唯一恋した相手の家なのだ。扉が重苦しい鉄扉だと錯覚した。

 しかし、彼も男だし、二十年近くの片思いを伝えるときが今だと覚悟している。


「ここで引いては王ではない⋯⋯!」


 意を決してドメイは扉を叩く。力加減は完璧だ。甲高く、そして快い木を叩く音が響いた。それはまるで打音楽器のようであった。

 第一印象ファーストインプレッションは悪くない、いや寧ろ非常に良好。もしこのノックが悪ければ、その後にも悪印象が続くことだ。上手くいったのは最高である。

 だが、次のステップもこなさねばならない。ここで訪問者を出迎えようとするルトアに対して満面の笑顔を見せるのだ。こうすることで印象は更に良くなる。大切なのは、ここで緊張を悟られないこと。リラックスしなければ、適切な言葉を選べない。

 殺し合いの最中でも、もう少し心臓の鼓動は緩やかだっただろう。けれど、ドメイは決してそれを表には出さない。

 ルトアが扉を開けるまでのこの時間は、一秒だったかもしれないし、一時間だったかもしれない。少なくとも体感時間と実際時間には大きなズレが生じていた。

 しかし時間とは過ぎるものだ。やがて、扉は開かれる。


「はーい」


 ──全然、知らない声と共に。

 扉を開いたのは、勿論ドメイではないし、かと言ってルトアでもなかった。では偶々居合わせたレネだったか? 否。これも違っていた。

 小さかった。ドメイの視線の先には居なかった。だから彼は視線を落とすと、彼女の灰色の瞳と目が合った。

 地面に付きそうなくらい長い髪は色素が抜けたようで真っ白だ。肌もそれと同じくらい白く、太陽光にはもっぱら悩まされていそうだ。

 芸術品であるとすれば、彼女はきっと稀代の芸術家の生涯を懸けてようやく創り上げられられるだろう。あるいは芸術家でさえ不可能な代物であるかもしれない。そんな美貌を少女は持っていた。こんなに小さいというのにそう思えるほどなのだ。成長すれば、今以上に妖艶で、上品で、美しく、可憐になるだろう。確信できる。

 白を基調とした衣装は魔法が掛かっているらしく、魔力が感じられた。しかしそれ以上に、この少女自体からも膨大な魔力が感じられた。見たところ人間であるようだが、魔族であると言われたほうがまだ納得できただろうか。少女のような人間は、少なくともドメイは見たことがない。


「────」


 ドメイはそんな色素が薄い少女を見て、動けないでいた。ただひたすらに、ある一つのことを考えていたからだ。それは、目の前の少女は一体何者であるか。

 家を間違えた、などはあり得ない。ここで間違っていないはずだ。好きな相手の家を間違えて覚えていることはない。断言できる。つまるところ、目の前の少女はルトアの家に住み着いているか、あるいは遊びに来ているか。遊びに来ているのであれば、どうして子供が来訪者を出迎えたか。普通であればこれもあり得ない。家の主、ルトアが出迎えるはずだ。ならば、可能性は実質的に一つ。

 ──色素が薄い少女はルトアの自宅に住み着いている。

 ならば、少女とルトアはどんな関係であるか、だが⋯⋯。

 外見はどちらも美しく、似ていないといえばそうだし、似ていると言われてもそうだ。肌の色もどちらも真っ白だ。髪の毛も、少し色は違うような気もするが概ね同じだ。年齢はおおよそ十代前半ほどだろうか。そして魔力量も人とは思えないほど多い⋯⋯これら情報から導き出される少女の正体は──子供。娘だ。


「──嘘だろ」


 ◆◆◆


 ルトアとエストが家の中で魔法史の勉強をしていると、突然、扉が叩かれた。レネだろうかと思ったエストは期待し、急いで扉を開けたのだが、そこに立っていたのはレネではない全く知らない期待外れな男だった。どうもルトアとレネ以外には苦手意識があったが、ルトアの友人だと悪いからエストは締め出さなかった。しかし彼は彼女を見た瞬間、何か悪いものでも見たように硬直した。正直、こいつ無茶苦茶失礼だと思ったのだが、言わなかったエストは自分自身を褒めた。


「──エストちゃんは、ルトアさんが拾ってきた子供だ、と」


「そうだね」


 目の前の男──エルフのドメイはエストについて何よりもまずルトアに訊いていた。その焦りようはこの上なく、心臓が破裂するんじゃないかと思うほどだった。だからこそ、この回答を聞いたとき、ドメイが安堵したことは誰が見ても明白だった。


「⋯⋯⋯⋯」


 そんな一連の動作を見れば、エストは彼がここに来た理由を理解できた。おそらく、彼はルトアに対して恋愛感情を持っている。それもかなり大きなものだ。

 彼は隠しているようだし、現に鈍感なルトアにはそれがバレていないようだが、エストにそれは通じない。バレバレも良いところだ。しかし、エストは何も言わなかった。

 ルトアとドメイは結婚して幸せになることを、勿論エストは──望むわけがなかろう。断じて、そんなことない。冗談でも言えない。

 それは、エストがドメイが何者であるかを知っているからだった。

 彼女の知識欲は凄まじく、文献に記載されている歴史はおおよそ頭に入っているし、勿論のこと七年前の『亜人戦争』についても完璧に覚えている。その中にあった名前が、ドメイ・シェルニフ・ヴェル・ローゼルクというもので、まず間違いなく目の前のエルフのことだ。そして彼は王族であったはずだ。

 エストはハッキリ言って貴族は元より、王族なんかも貴族ほどでないにせよ、嫌いだ。というか大した能力もなければ実績もない、ただそうあるだけの無能としか思えない、下らなくて、愚劣で、生きている意味を見いだせないような、存在意義があるのかどうかさえも、それである必要性もまるでないような権力者が大嫌いだ。

 ドメイもその口だとエストは思っている。ドメイに対して能力的な魅力を全く持ってこれっぽっちも感じないのである。確かに、その辺の有象無象である人間やエルフたちと比べてみては優れていることは認めるが、ルトアには相応しいなんて口が裂けようとも言えるわけがない。ミジンコと蟻の違いのようなものでしかなく、大差などあるはずがない。もし例えば神が言えといったなら、エストはそんな神を天空から地獄に叩き落とすつもりだ。その神々しさを地獄のヘドロで徹底的に汚してから、跡形もなく消し炭にしてやる、そんな意気込みだ。

 だから、エストはドメイを一方的に敵対視した。こんなのにルトアは渡さない、と。

 だがまあ、初手実力行使はルトアに叱られるだろうから、エストは手始めに圧力をかけることにした。


「そうなの。血は繋がっていないかもしれないけど、私にとってルトアは母さんなの。唯一無二の、たった一人の、私だ、け、の、お母さんなんだよ、ドメイ・シェルニフ・ヴェル・ローゼルク国王陛下ぁ?」


 微笑み、しかし口は強く、エストはルトアが自分のものであると強く宣言した。ドメイは察しがついたようで、エストへの目線に敵意を込め始めた。


「そうか。まあ、それはそうと、ルトアさん、今日はあなたに話があって──」


 ドメイはエストの宣戦布告を華麗に無視し、自分の要件を伝える。まさに強引。まさに身勝手。こんな非道なこと(エスト目線)があって良いだろうか。否、あってはならない。


「──母さん、国王陛下は剣術が得意だと聞いたから、私、国王陛下に剣術を教えてもらいたいなぁ?」


 無理矢理エストは話題を反らせた。

 子供の言うことと、大人の言うこと。どちらを優先するかなんて分かりきっていたことで、ドメイは誰にも聞こえない舌打ちをした。しかし、これならいくらでも返せる。


「エストちゃん、オレの剣術の師匠もルトアさんだぜ? あ、と、で、母さんに教えてもらったらどうだ?」


 だが、エストもこう返されることを予想しなかったわけではない。


「いや、違うよ。私、魔法は凄くできるんだけど、剣術はやったことないし多分できないんだぁ〜。母さんの剣術指導よりも、実力が近いあなたの方とやれば丁度いいかな、って思ったの。頼まれてくれる? 国王陛下」


 エストは常人なら卒倒不可避なほどの可愛らしいおねだりポーズを取る。演技力がとんでもなく高い彼女のそれは、あざとさも全く感じられないほど純粋だ。本質はドス黒いが。


「⋯⋯やってあげるから、今は」


「わーい! やった! 嬉しいなぁ! ねぇねぇ、勿論、当然、無論、今からだよね! 〈上位魔法武器創造グレーター・クリエイトマジックウェポン〉ッ!」


 エストは自分が持つありとあらゆる情報、そして魔法能力から創れる最上級の魔法武器を選択した。

 真っ黒で、彼女の背丈よりも長い剣。非常に軽く、そして剛性も高い。斬れ味は言わずもがな、人体であれば力を入れずともプリンと変わらないように切断可能だし、鎧もバターのようにスパスパ斬れる。言えるのは、誰がどう見ても模擬戦で使うような剣ではないということだ。いくら何でも殺意が高い。

 ここまでされては、ドメイも受けざるを得ない。ここでエストを拒否すれば、ルトアの印象は悪くなるだろうからだ。しかし、時間を取られるわけにもいかないし、勿論負けるわけにもいかない。建前では訓練だが、殺さないようにボコボコにしてやるつもりなのがドメイという男の心の中だ。


「仕方ないな。あっちでやろうか、エストちゃん?」


「うん。わかった!」


 二人は笑う。確かに口元は笑顔そのものだ。しかしながら、目はまるで笑っていない。それどころか敵意、憎悪、殺意、嫌悪等々、多種多様かつ強烈な負の感情が篭っていた。それはそれは、そんな目だけで人を殺せそうなくらい。

 二人は得物を持って、外へ出る。ルトアも彼らのあとをついていった。

 家の目の前には広いスペースがあり、そこならば十分に暴れられる。山奥だから人も来ないだろう。


「剣術指導だけど、実戦に備えて二人とも魔法使っても良いなよ? あ、でも魔法戦にはならないようにね。あくまで剣主体だよ」


 ルトアの言葉は尤もで、二人は頷く。そして、彼女の言葉は更に続いた。


「あと、負けた方は何でも勝った方の言うことを一つ聞くこと。例えば誰かへの告白を許すとか、逆にそれをしてはならないとかね。どう? そういうのあったほうがもっと面白くなるとは思わない?」


 ──どうやら、いくら鈍感なルトアと言えど、二人の思惑に既に気づいていたらしい。それが分かった瞬間、二人の取り繕っていた表面は無くなった。


「ぜってぇー勝つ。エストちゃん、君が子供だからって、手加減はしないぞ?」


「手加減なんて余計なお世話だよ。そっちのほうが良いよ? じゃないとおじさんすぐに負けるからね。はは! ──来いよ。その高貴な顔を切り裂いてやるわ」

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