表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
187/338

7−18 無力では居たくないから

「やっほー。終わらせてきたよー」


 大きなベッドにクローゼット、個人用の机と椅子は勿論あり、誰かと茶を楽しむための丸机の周りには机がいくつか置かれていた。

 軽々しい口調でそこに入ってきたのは、大きな窓から差す朝日に照らされ輝く綺麗な銀髪の持ち主だった。


「⋯⋯ルトア、ノックぐらいするのがマナーですよ?」


「知ってる。でも面倒じゃん」


 こう見えてルトアにはかなりの教養がある。だが彼女はそれら全てを『面倒』の一言で済ませ、やろうとすることは殆どない。

 この屋敷の主、レネは読んでいた本にしおりを差し込み、ルトアの方を向く。


「全く⋯⋯それで、被害状況は?」


 ルトアがローゼルク王国に向かったのは、レネが頼んだからだった。もしそうしなければ、彼女は今頃どこかの国で略奪行為をしていただろうか。

 なぜ、レネがルトアに頼んだかというと、単に人手が足りなかったからだ。


「死者は数十名、重傷者、軽傷者は数百名、残りは全員無事ってところかな。大雑把だけどこんなものだよ」


 ローゼルク王国の総人口は十万ちょっとだ。それを考えれば被害は少ないと言えるが、


「あなたとウェレール王国軍が行ったにしては、少し被害が大きいような気もしますが」


「予想より連合の進行が速くてね。遅れたんだよ。あれを鎮圧させたのだって実質私だけみたいなものだし」


 ルトアは確かに強いが、身は一つだ。彼女も万能ではないから、レネが思っていたより被害は大きかった、それだけだ。


「王族は?」


「無事⋯⋯とは言えないね。リミルドが死んでた。ありゃ蘇生魔法も無意味だね。現在空席でなければ、緑ならできたかもだけど」


 蘇生魔法は対象の体の三割が欠落していると効果は発揮されない。以前の緑の魔女であればこれを五割まで損失していても蘇生可能にしていたが、彼女は死亡している。死因は自殺であるが、実質的な他殺のようなものだ。


「⋯⋯ほんと、優しすぎるってのもどうかと思うよね」


 旧友の死を知るルトアは、あれから人間を蔑むようになったと思う。特に、大人を。


「確かに人にはそういう輩も居ますが、素晴らしい人の方が多いですよ」


「そう? 人であることを辞めてから、もう随分と人間とは関わってきていなかったからなのかな」


 少しの間、沈黙が続いた。その静寂が鬱陶しく思ったのか、ルトアは話を始める。


「そうそう、私王子様に惚れられたよ」


「──は?」


 突拍子もなくそう言われれば、誰しもがレネのような反応をするだろう。当然だ。下手をすれば不敬罪なのだから。


「いやいやいや、命の恩人、圧倒的な強さ。そして顔も体も最高な女性だよ? 私。いくら高貴なエルフの王族といえど、惚れない要素がどこにあるのさ?」


 自意識過剰とも思えるルトアのこの言葉だが、何も間違っていない。謙遜せずにただ事実を述べているだけなのだが、どうも鼻に付く。


「⋯⋯内面を知る私からしてみれば、理解し難いことではありますが⋯⋯外面だけならば納得できますね⋯⋯」


「でしょ?」


 そんな下らない世間話のように一国を救った話をしていると、時間はあっという間に過ぎ去った。

 ルトアがレネの屋敷に訪れたのは確か朝頃だったのだが、気づけば既に昼頃だ。


「おっと、もう昼か。じゃ、そろそろ帰るよ」


「そうですか。略奪行為も程々にしておいてくださいよ?」


「私は義賊だよ。奪うのは犯罪者か、腹立つ奴らからだけさ」


 それがルトアの略奪行為に関するモットーだ。彼女は基本的に善良な市民からは何も奪わない。というか、彼女が求めるものを一般人は普通持たないし、貴族は大体腹立つ相手──あくまでルトアの主観──だから、貴族専門の盗賊みたいな立ち位置にある。


「そのうち人を奪ってきそうですよ」


「はは、まさか。⋯⋯あったとしたらよっぽどだね」


 それを最後に、ルトアは転移魔法で自宅に戻ろうとした。詠唱の一文字目を口にしたところで、レネのメイドの一人、赤髪が特徴的なメリッサが部屋の扉を開けた。


「お客様──ローゼルク王国の国王がお見えになりました」


「分かりました。お迎えの準備を⋯⋯要件は何か言っていましたか?」


 レネが訊いたことに、メリッサは視線を動かし、それを今から帰ろうとしていた彼女に合わせてから、


「えっと、ルトア様にお会いしたい、と」


「⋯⋯ルトア、くれぐれも──」


 相手は王族だ。対応を間違えばそれこそ国際問題に発展──とまではいかないかもしれないが、関係が悪くなるのは確定的である。そしてルトアは礼儀は知っているがやらないタイプだ。先に釘は刺しておくべきだろう。


「わかってるって。そのくらいね」


 本当にそうなのかは中々不安であったが、そう思っておかないと胃に穴が開きそうだから、これ以上は何も考えない方が良いだろう。


 ◆◆◆


 レネの屋敷は広く、勿論のことながら応接間もある。掃除などは毎日行われていて、指で擦っても埃は付かない。

 華美な装飾がないのはレネの趣味だが、ひっそりとある装飾は気品に溢れていた。

 魔法的な設備も完備されており、遮音や空気清浄、適温調整は勿論のこと、屋敷全体に張られている転移阻害結界の他に、防御壁さえも常に展開されており、よっぽどのことでもない限り、この部屋に侵入者や攻撃が入ることはまずない。

 部屋は人が十数人入っても余裕があるくらい広かった。壁の一面は丸々窓であり、太陽光は満遍なく部屋を照らす。長方形の机をフカフカなソファが囲んでいた。


「この度、我々エルフ族を助けて頂いたことに最大の感謝を。このお礼、いつか必ず返しましょう」


 エルフの現国王、ドメイはルトアとレネに対して腰を折り、感謝を伝える。それに続いて彼の妹、フェリシアも礼をした。


「いえいえ⋯⋯私は当然のことをしたまでです」


「そうだよ。私にもっと感謝すると──ったぁ!?」


 レネはルトアの耳を抓み、引っ張る。全力ですれば千切れるだろうから加減しているが、それでも激痛には変わりない。


「すみません。ルトアは少々マナーがなっていなくて⋯⋯」


「い、いえ、お気になさらず。私の恩人ですし」


 そうは言っているし、おそらく本心だろうが、それでもやって良いことと悪いことはある。間違いなく、今ルトアが言おうとしたことは後者だ。


「ごめんって、だから辞めて? そろそろ千切れるし痛いから!」


 ルトアも反省したようなのでレネは彼女の耳から手を離した。彼女の耳は真っ赤になっていたが、レネは特に気にせず話を進める。


「こほん⋯⋯えーっと、まあ、お座りになってください」


「では失礼して」


 ドメイとフェリシアはレネの言葉に従ってソファに座って、それからレネも座った。透かさずメリッサは紅茶を差し出すと、誰よりも早くルトアが口をつけた。喉が渇いていたらしい。


「うん。紅茶の味って分かんないね。キミたちはこれが美味しいって言うの?」


 ぶん殴ってやりたい気持ちを抑え、レネは微笑んだ。怒りが丸わかりで、寧ろより怖く見える笑顔だったし、特に目は笑っていない。


「ルートーアー?」


「⋯⋯いいじゃん別に。私こういう雰囲気嫌いだし」


 レネは昔から人との付き合いが、それも立場の高い人々との関わりが多かった。だから慣れているが、それは魔女からしてみれば異端だった。

 魔女とは基本的に自由奔放かつ欲望に囚われた怪物だ。嫌いなものは嫌いだし、繕うことを何より嫌う。言ってしまえば社会不適合者たちだ。良くも悪くも正直者である。


「堅苦しい喋り方なんて下らないでしょ? 話は早く進めよう。私たちは長寿だけど、有限には変わりないからさ」


「ルトア⋯⋯全く、本当にすみませんね」


「──いや、その通りだな。ルトアさん、オレもそっちのほうが気が楽だ」


 ドメイは喋り方を元に戻す。フェリシアが少し兄の方を見たが、当人はそれを気にしていなかった。


「⋯⋯オレたちの被害はそこまで大きくない。でも、また同じことが起きないとは限らない。今回はルトアさんが居たからこの程度で済んだが、次もそうだとは思えない。オレたちはこれまで自衛程度しかしてこなかった。⋯⋯それじゃあ駄目だって気づいた」


 ドメイはフェリシアの方を見る。もしルトアが居なければ、自分も、妹もきっと最悪な目に遭っていただろう。もう過ぎたことではあるが、未だに恐怖は忘れられない。


「だから、オレたちはウェレール王国と同盟を結ぶつもりだ。⋯⋯そして、ここに来たのはその一環だ」


 ドメイはソファから立ち上がり、


「オレとフェリシアに、戦う術を教えて欲しい!」


 また、腰を折る。だがそれは先程の感謝以上に深かった。それだけ本気ということだろう。


「オレたちは王族として何もできなかった。無力でいれば、自分達の身も守れないことを知った。同士の死を、ただ見ているだけなのはもう嫌だ」


 今回の侵略での死者は少ない。だが、居ないわけでは決してない。

 ドメイとフェリシアを生かすために、どれだけ死んだのか。そしてもし彼らが強ければ、どれだけ生きられたか。それを考えれば、無力で居られるはずがあろうか。


「私からもお願いします!」


 二人は更に頭を下げる。レネは二人に頭を上げさせようとしたが、断固としてそれには応じなかった。返答を聞かない限り、二人はその状態から動かないだろう。


「一つ聞きたいんだけど、どうして私⋯⋯たちに頼むの?」


 エルフにも優れた魔法使いや戦士は居る。なぜ、彼らに頼まないのか、それがルトアにとっては疑問だったらしい。


「私ら魔女の魔法はキミたちとはまるで違う。模擬戦もそうだ。どれだけ手加減しても、キミたちには常に死の危険性が──蘇生も通用しないそれが付きまとうんだよ? 分かっている上で、言ってるんだよね?」


 魔女とは生物界の頂点だ。その中でもルトアは上位に君臨するほどの魔女であり、ハッキリ言って力の加減はどれだけしてもエルフ程度にはオーバーキルになる可能性が高い。要は、実力が離れ過ぎているのだ。

 そして魔法は、特に実戦が重要な成長の鍵になる。ただ魔法を行使するだけでは殆ど意味はないのだ。


「⋯⋯分かってる。その上で頼んでいる。死の危険性がないと、強くなれないだろ?」


「────」


 エルフの王族は居るだけで種の存続は保証される。故に、傷一つつけることも憚れる存在だ。同じエルフに頼めば、そんな稽古は微温湯に等しいだろう。


「それに、オレはルトアさんに教えてもらいたい。何せ⋯⋯初めて好きになった異性はあなただからだ」


 なるほど、あれは本当に嘘ではなかったらしい。

 そんな大胆なドメイの告白に、嘘でしょ、と、レネは心の中で叫んだ。

 

「随分と物好きなエルフも居たものだね。ま、私美少女だしそう思うのも当然かな?」


「ああ」


 恥じらいなどないのか、とフェリシアは思っていた。


「──良いよ、魔法、教えてあげる。剣術もね」


「本当か!? ありがとう、ルトアさん」


 そしてルトアはドメイたちの願いを承諾した。


「レネ、キミにも手伝ってもらうよ。私より防御魔法得意なんだし」


「⋯⋯はいはい。分かりましたよ」


 魔女二人がかりの稽古。そのつもりで願ったとはいえ、まさか本当に受け入れられると、ドメイとフェリシアはとても喜ばしかった。

 しかし本番はこれからだ、とでも言うようにルトアは魔法を行使する。

 炎の球は部屋の壁に着弾した。事前に張ってあった防御魔法が発動し、それは綺麗に消え去ったのだが、突然の破壊行動にルトア以外のメンバーは唖然としていた。


「明日からキミたちにはこれと同じ事をしてもらうよ」


 ルトアが行使したのは〈火球〉だ。それ自体は低階級の魔法で、フェリシアは勿論、ドメイも容易に行使できる。

 だが、ルトアがそれを分かっていないわけがない。


「⋯⋯え?」


 エルフたちは種族的特徴として、魔力を感じられる。だからこそ、二人は気がついた。先程の魔法から感じられる魔力漏れが、殆どないということに。

 通常、魔法を行使すると、いくらか魔力を余分に消費する。可能な限りそれを減らしても、ゼロからは程遠い。

 しかし、ルトアが今行使した魔法には、余分な、つまり無駄にした魔力はほぼゼロだった。


「最低限の魔力で最高の効果を⋯⋯驚いているということは、キミたちはできないってことで良い?」


 少なくともどんなに優れた魔法使いでも、ルトアと同じくらいの魔力消費効率を実現することはできなかった。当然、ドメイやフェリシアにも同じことが言える。


「これは基本中の基本。特に魔力が膨大にあるわけでもないならね。⋯⋯ま、稽古は明日からここで始めようか」


 ルトアは転移魔法陣を展開する。


「私は厳しいよ? 痛い思いをする覚悟をしておくといいね」


 そう彼女は言い残して、屋敷から姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ