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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−16 白髪の魔女

 『大樹の森』から流れてくるのは虫の鳴き声だったり、あるいは草木が夜風に靡く音だ。

 それら情景はまさしく平和そのものであり、エルフの国──ローゼルク王国らしい自然豊かな物でもあった。

 空に浮かぶ金色を、彼は自室の窓から眺めていた。


「⋯⋯⋯⋯」


 彼はこの城の主にして、そして王国の君主。本来であればやらなければならないことは多くあるのだが、今晩、彼はそれら全てを優秀な妹に投げ渡し、一人自室に篭った。

 その理由は単純明快。彼には、仕事をする理由が無くなったからだ。


「⋯⋯すまない」


 もう何度、この言葉を、この贖罪になっていない、つもりなだけの謝罪をしただろうか。おそらく数え切れないほどだ。それこそ、あの日からずっと言い続けてきただろうから。

 あの日──『虚飾』、『憂鬱』と名乗る人間によく似た化物が、彼にある取引を持ちかけてきたときのことだ。

 そして今日、もう一度その化物たちと話した。内容は、


『明日、エルフの国の全国民を拘束します。なので、あなたにはその手伝いとして、見せしめとなってください』


 要は、殺されろということだ。

 勿論、彼──ドメイは最初、拒否した。彼は生きて、彼女と出会いたいのだから。だがよくよく考えてみれば分かることだった。『虚飾』はルトアを生き返らせることができる。ならば、ドメイも同様に生き返らせることくらいできるはずだ。

 ──本当にそうだろうか。

 そんな考えがいつも脳裏にチラついてくる。──おそらく、彼は自覚していた。こんな馬鹿げたこと、すべきでないと。

 でも、それでも、少しでも可能性があるならば、それに縋りたいとも思っていた。ドメイという男にとって、ルトアとは初恋の相手であり、今も忘れられない女性だ。何故ならば、命の恩人だから。


「────」


 そんな時、部屋の扉を叩く音がした。ドメイは「入れ」とだけ言うと、扉は開かれた。

 入ってきたのは、非常に美しい少女だった。

 梔子色の長髪には一切の癖がないストレートだ。

 碧色の透き通る瞳には理知的な印象があるが、裏腹に、未熟さも感じられる。肩を出した年齢にそぐわない大胆な緑色の衣装に、白色のティアードスカートはよく似合っていた。

 彼女の名はフェリシア。この国の第一王女だ。


「お兄様、今夜は月が綺麗ですね」


 特に意味のない一言だが、そんなことでフェリシアはここには訪れない。何せドメイが仕事を休む口実は体調不良ではあるが、見舞いに来られるほどの重症でもないと先に言っていた。

 いや、それでも尚心配になってきたと言うならそうなのだろう。もしそうなら、フェリシアは優しい妹だ。


「⋯⋯何の用だ?」


「いえ、他愛もない世間話と、様子を見に来ただけですよ」


 フェリシアは微笑む。流石は王国随一の美少女だ。そんな細かな動作だというのに、それだけで心が安らぐような。

 しかし、ドメイはそうならなかった。


「わざわざそんなことをするなんてな。殺しに来たのか?」


「殺しになんて物騒な。お兄様を手にかけるなんてできませんし、やりたくもありませんよ」


 会話のキャッチボールがまるでできていない。フェリシアもこれには困惑したような表情を浮かべて返答した。


「──フェリシア、いつも付けてるピンクの花の髪飾りはどうした?」


「────」


 そう指摘されれば、彼女は何も言わなくなった。


「あれはお前の大好きな母様から貰ったものだ。外すのは寝るときか、風呂に入るときぐらいなほど大切にしているはずだったよな?」


 フェリシアの長髪には、いつも付けてある髪飾りがなかった。それだけで彼女が偽物だと判別するには証拠として足りないかもしれないが、確信付ける二つ目の証拠があるなら話は別だ。


「あと、オレはエルフの中でも特に魔力を感じやすい。いつも一緒に居る妹の魔力を、偽装されようとも判別することぐらいできるし⋯⋯それが知っていた魔力ならより分かりやすい」


 ドメイは剣に手を伸ばす。本当はしたくないし、彼女にもルトアを見せたい。だがその前に、話し合いになるかさえ怪しいからだ。


「──なあ、エスト?」


 ドメイの言葉と共に、フェリシアの姿は離散する。代わりに現れたのは美少女には変わりないが、彼女は白髪だった。


「やれやれ、割といい出来だと思ったんだけどね。キミ以外にはバレなかったし」


「当たり前だ。お前の偽装能力はかなり高いからな」


 直後、ドタドタと走ってくる足音が近づいてきて、部屋の扉を豪快に開く。入ってきたのは今度こそ本物のフェリシアだ。ドメイもそう確信した。


「お兄様! ⋯⋯って、エスト!?」


 自分が先程ドメイの部屋に向かった。なんて言う現実的に考えてあり得ない話を聞いたとき、フェリシアは焦ってここに走ってきた。だがどうやら自分に化けていたのは旧友のエストであった。何百年ぶりの再会かは分からないが、ともあれそれは最悪の形になった。


「久しぶり、フェリシア。勘違いしないで欲しいんだけど、私はキミのお兄様を殺す気はないよ。ちょっと、尋問するだけさ」


「っ!」


 フェリシアはドメイとエストとの間に入り込む。


「心外だよ。私を信じられないの? フェリシア」


「⋯⋯信じたいです。だから、展開しているその魔法を解除してください」


 エストの左手には白色の魔法陣が展開されていた。それは〈次元断〉であり、例え魔法に優れたエルフであろうと防ぐことは不可能に近い。


「二人同時に殺すことぐらいできる。もし私の目的がそれなら、どうしてキミたちはまだ下半身と上半身が繋がったままなのさ?」


 確かに尤もな理由だ。エストという魔女であれば、エルフ二名、例え王族の血筋であろうと殺戮することは容易い。殺すことが目的なら、こうして彼女は喋らないだろう。


「⋯⋯まだ、あなたには人情があるから」


 人間であったときからの知り合いであれば、殺すのを躊躇うか。


「ふふ⋯⋯面白い冗談だね。私に人情? 確かに私は欲しいものが多いけど、情はそこに含まれない数少ないものの一つだよ、フェリシア。ただ、必要でない蹂躙は嫌いなだけさ」


 魔女は魔族であり、あらゆる種族の頂点でもある。故に人間やそれに類するものの命を奪うことへの忌避感が欠如しており、言ってしまえば命に対して冷酷、もしくは無関心だ。

 彼女らにおいて殺害とは、愉しむための手段、あるいは目的達成のための過程の一つに過ぎない。意欲的か、必要的かの違いしかない。


「これは脅しなんだよ。⋯⋯知ってる? 死の感覚はキミたちが思うより不快だということを、ね」


 彼女がその気になれば、この城ごとドメイを殺すことだってできる。重力を操り崩壊させることぐらい片手間にもできることだ。

 しかしわざわざそうしないのは、殺す気はないからだ。


「フェリシア、もう良い。エストの話を聞こう」


「お兄様⋯⋯」


 ドメイも剣から手を離した。


「じゃ、会談と行こうか。⋯⋯っと、もう終わったよ、三人とも。城に入ってきてね」


 エストはそれから、外で待つ三人に事が済んだことを伝えた。


 ◆◆◆


 城に設けられた会議室。その中心には円卓があり、それを囲むようにして椅子が置かれていた。

 会議室にはエスト、アレオス、レイ、ジュン、そしてドメイ、フェリシアと、二人の護衛が四人居る。エストたちに対して、護衛は肉壁さえマトモにこなせないだろう微力だが、居ないよりはマシだ。もしかすれば生存時間がコンマ一秒長くなるかもしれない。

 何はともあれ、話し合いの席に彼らは着いた。血を見る肉体言語による会議にはならなかったのは、エルフの国にとって幸運と言える。


「さて、と。まず一つ聞きたいことがあるんだよね。いや、言って欲しいこと、かな?」


 エストはそれについて知っているが、今この場で知っているのは彼女と当事者のみだ。だから説明するならそのうちの片方であるが、より信憑性のある方をエストは選んだ。


「ドメイ、吐きなよ、全部ね。足りないとこがあったら補足するし、嘘を言えばキミの指を一本潰すから」


「もう知られていたか。読んだのか?」


「耳が悪くなった? エルフは長寿だし、まだキミの肉体は老いないはずだよね? 私、キミたちが理解できる言語を今使ってるよね?」


 どうやらエストに温情はないようだ。はぐらかすことは無理だと思っていたが、一抹の期待に掛けた。結果は見ての通りだ。


「わかった話す。⋯⋯端的に言えば、オレはこの国を売った」


 その言葉をきっかけに、ドメイは自分のした行い全てを曝け出していく。ルトアのこと。魔人のこと。明日のこと。理由も、何もかも。

 許されたいから言ったわけではない。罪悪感を払拭したいから言ったわけではない。吐いて、失望されて、殺されたいとさえも思っていたから言ったのだ。

 

「オレは屑だ。だが、後悔はない。⋯⋯失望したか?」


 全てを話すのに五分もいらなかった。しかし、情報を整理するのにはそれ以上の時間を必要とした。


「したね。失望したよ。がっかりだ。どうして母さんは気に入ったんだろうって思うほどさ」


「⋯⋯だろうな」


 皆が何を言えば良いか分からなかったところに、エストが口を入れる。内容はドメイが求めていたものであった。そのために考えられたかのようなくらいだ。


「──こんな娘と男にね」


「────」


 しかし、次にエストが発した言葉は、ドメイの予想外だったし、衝撃的だった。なぜそこでエストが出てくるのか、と。


「世界はループしていた。数は彼に聞かないと分からないけど、まあ恐ろしいほどだろうね。そして私は()()の記憶があるんだ」


 ループ。訳のわからない言葉だ。でも、少しだけ分かった気がした、エストの顔を見れば。小さい時から知る彼女を見れば。


「私は⋯⋯仲間を一度裏切った。レネを殺した。母さんが生き返ると聞いたとき、それしか考えられなくなったんだ。何も疑わなかった⋯⋯いや、甘美なそれに騙されたかったのかな。一瞬だけでもいいから、期待したかったんだよね」


 あのときの気持ちを、マサカズたちを一度裏切ったあのときのことを話し始めた。もう、この世界には片手で数えられるくらいしか知らない()()のことを。


「私は仲間のおかげで戻れた。正直、あれは正気かと思ったね。私は裏切り者だし、見放しても良かった。なのに言ってくれたんだよ、『お前が仲間だからだ。大切だからだ』ってね。そんなこと言われてさ⋯⋯言われて、目を覚まさないほうが可笑しいと思わない? 私乙女だよ? 無視なんてできるわけがなかったよ」


 マサカズ・クロイの言葉は、エストの心にいつまでも響いていた。あれがあったから、彼女は今ここにいる。確証こそないが、そう確信できた。


「チャンスは誰にでも与えられるんだって、気づいた。今度は私の番なんだ、とも」


 エストはドメイの方に救いの手を伸ばす、崖に片手で捕まっている相手を引き上げるように。


「──ドメイ、チャンスをあげる。ルトアを生き返らせることを諦めて。そうすれば⋯⋯助けるよ」


「エスト⋯⋯」


 ドメイがよく知るエストは小さな人間の子供だ。姿こそ変われど、彼にとってエストとはいつまでも子供であったが⋯⋯それは間違いだった。


「子供はいつまでも子供だと思っていたが、そうではないようだ。⋯⋯成長したな」


 ドメイは両目を瞑り、そして僅かに笑みを浮かべた。


「⋯⋯だがすまないな、エスト。オレは救われない。死ぬからな」


 しかし、直後、彼は笑みを消した。

 彼は救いを断った。騙されることを望んだわけではない。ルトアを生き返らせたいという欲望は消した。

 彼は、ケジメをつけに行くつもりなのだ。


「破戒魔獣。一体でさえ魔女を殺せる化物だ。日が変わると同時に、それら全てがこの国を襲う」


 ドメイは、その元凶を殺すつもりだ。今、彼は魔人たちの協力者であり、裏切りの裏切りはバレていない。だからそれを利用して、イシレアを殺す。それが刺し違いになろうとしても。


「そんなわけだ、エスト。それにオレは、救わ──」


「──ローゼルク国王、我々を見くびっているのですか?」


 今まで口を閉じていた神父か、遂に口を開いた。そして立ち上がる。ドメイとは何だかんだあった関係だが、今はそれについて言うべきではない。


「非常に気に食わないことですが、白の魔女は今の私を上回ります。断言しましょう、普通の魔女では相手にもならないと」


 エストの戦いぶりを間近で見たアレオスは、彼女の実力を判断できた。例えアレオスが全力で挑もうとも、勝てるとは言い切れないほどに。そしてもし、彼に神聖魔法武器がなければ勝てないと言えるほどに。


「破戒魔獣とあってみない事には分かりませんが、ここで判断するにはあまりに早計ではないですか?」


「だね。それにドメイは一つ勘違いしてるよ。イシレアは死なない。殺し続けるか封印するか、あるいは自滅以外じゃ無力化も叶わないんだよね」


 つまりイシレアは殺せず、ドメイでは無駄死にが良いところだ。万一それに彼が気づいたところで、メレカリナも同時に相手することは不可能。


「⋯⋯あるのか? この国を、皆を⋯⋯オレを、救える方法が」


 能力は実質無限使用可能だ。それこそ本人が死ぬまで、行使可能。死をなかったことにできる能力ならば、それは死なない化物だ。


「あるさ」


 第十一階級魔法。それこそイシレアに有効的な魔法。それ未満の魔法は現実を歪曲するようなものであり、イシレアはその歪曲を自分好みに直すだけだった。だからこそ魔法への絶対防御力を有していたが、それが第十一階級魔法ともなれば話は変わる。


「──それを超える力でねじ伏せるのさ。だって、私は白の魔女だからね」


 片目を閉じて、彼女は言った。


「────」


 その言葉に聞き覚えのあるドメイは、幻視した、重なった、エストに、あの日のルトアが。

 そういえばこの作品も百万文字を超えましたね。

 最終章はプロット上でさえ長くなる予定なので、7−100とか行くかもしれません⋯⋯いや流石にないかな。

 まあ何にせよ、最終決戦までの構成はあるので、何事もなければ完結させます。

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