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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
182/338

7−13 ≠信用

 黒の魔女が両手を広げたかと思えば、次の瞬間には影がレネを襲っていた。


「〈骨槍(ボーンスピア)〉」


 レイは魔法を行使し、生成した先端が尖った骨は黒の魔女に飛んでいく。しかしそれはメーデアに当たると同時に砕けるように消失した。

 抵抗(レジスト)される魔法というものは決まっている。即死系だったり、精神系、能力障害系だったりの魔法だ。物理的な破壊魔法が抵抗(レジスト)されることは有り得ない。


「驚くほどですか?」


 レイの足元から伸ばされた影は彼の首を掴み、天井に穴を開けた。


「〈領域・攻〉」


 ジュンはメーデアに肉薄し、『死氷霧』を抜刀しつつも戦技を行使した。

 領域内ではとてつもない速度、威力の剣戟を発揮することができる戦技だ。だが、メーデアはジュンの刀身を親指と人差し指で抓むようにして受け止めた。

 そこにレイが落とされてきて、衝撃で床が崩落した。

 瓦礫の山が三人を襲う。レネの能力によって被害はなかったが、それはメーデアも同じだ。影で瓦礫を受け止め、掴み、それをハンマーのように振り回す。レネは能力を用いて前衛のレイを守った。瓦礫は砕けた。


「〈世界を断つ刃(ワールドブレイク)〉」


 単純な物理攻撃では無意味だと思ったのだろう。メーデアは第十一階級魔法を詠唱する。

 放たれた斬撃は〈次元断〉とは比較にもならないものだと直感した三人は全力で回避運動を取った。代わりに巻き込まれた瓦礫の山は真っ二つに別れた。

 

「ふーむ。やはり慣れないですね」


 何が慣れないのかはよく分からないが、ともかく黒の魔女は今、自分の力の制御を見誤っている。ただ、その制御は時間経過と共に確実に上達していた。

 伸ばされる影の総質量は格段に増えている。精密動作性も上がっていた。

 

「〈黄昏〉」


 伸ばされた影は途端に曖昧になった。不可視ではない。シルエットが周りと同化していて、境界線がないのだ。グラデーションがそこにあるようなのだ。そして質量も先程とは比べ物にはなっていないが、夥しいわけでもない。

 しかしながら、一挙手一投足が死につながるような戦闘において、これらは認識しづらい。エストのような情報分析力に優れた者でもなければ、対処には脳回路に焼き切れんばかりの負荷をかけなければならないだろう。

 曖昧な影が振るわれ、余計な体力を消費しつつ回避する。薙ぎ払いを跳躍することで、振り下ろしを飛び込むことで避けた。

 避けた先。レネ、レイ、ジュンは闇雲だったというのに、一か所に誘導されていたことに気がつく。同時、三人の周りを囲むように紅い水晶が生成された。


「〈耐刺突壁ピアーシングレジスタンスバリア〉」


 青い光が発され、魔法陣も展開され、紅い水晶は空中で静止した。しかし影は間髪入れずに伸ばされ、レネを掴もうとしたが、


「〈転移陣テレポーティングサークル〉」


 防御壁を抜けた影だったが、それは何も掴むことができなかった。

 黒の魔女は笑みを零し、自分の後ろに影を突き伸ばす。それは何も貫通しなかったが、レイとジュンの体制を崩していた。

 黒の魔女は振り返りながら、自分の右手の平に紅い水晶の戦斧を生成し、薙ぎ払う。空気を斬る音、そして続く金属音は、レイが鎌で戦斧を受け止めたものだ。

 受け止められたのは予想の範疇だ。透かさず魔法を行使し、行動力を奪っていないジュンに対して紅い水晶の槍を伸ばす。

 それは彼を貫く前に、刀によって斬られた。

 力のみで黒の魔女はレイを吹き飛ばし、ジュンにも打つかって二人は瓦礫の山に突っ込む。


「〈全滅豪炎ディストラクションフレイム〉」


 瓦礫ごと丸々包む炎が立ち上がった。建材だったものは融解し、ドロドロのものに変わり果てる。

 しかし炎から飛び出してきたレイには、火傷はあれどそこまで重症ではなかった。

 振るわれた鎌を黒の魔女は指で止めた。そして氷結の魔法を行使し、レイの腕を凍らせようとしたが、


「──〈神速〉ッ!」


 ジュンは黒の魔女の後ろに回り込み、力を開放した『死氷霧』を抜刀する。風より、音より、閃光より速く、氷の刀身は鞘を走り、黒の魔女に迫った。

 黒の魔女の首はクルクルと空中を回った。ジュンは殺したと確信した。首を斬られて生きている生物など居ないのだから。しかし、


「は?」


 ジュンの頭を、首無しの魔女は掴んで地面に叩きつけた。

 首から伸びた影は斬り飛ばされた頭を掴み取り、縮み、首を接合する。流れ出た血液は蒸発するようにして消え去った。


「〈次元断ディメンショナルスラッシュ〉」


 レネの唱えた魔法は黒の魔女に直撃する前に消滅し、トレードとでも言うように影が伸ばされる。

 転移魔法で転移しても影の追跡は止まらず、レネは影に追いつかれた。


「あぐっ⋯⋯」


「レネ様!」「レネさん!」


 両手両足を掴まれて、首を締め付けられる。力は次第に強くなっていく。

 レイは黒の魔女に蹴りを入れるが、彼女は少し身をひねるだけで躱し、蹴りを返して裏拳を彼の顔面に叩き込み、その衝撃でレイは地面に倒れる。


「〈神──」


 切り札の戦技を行使しようとしたジュンだが、それより速く黒の魔女は動き、ジュンの腹部に蹴りを入れた。

 彼は血反吐を吐き、立ってられなくなって膝を付く。


「まずは一人、ですかね」


 レネの首をより締め付ける。彼女は苦痛に喘ぐ。骨からは鳴ってはならない音が響き、激痛と一緒に血が口の端から流れ出る。

 首がポッキリと折れる──その、直前だ。


「────」


 黒の魔女の頭部に瓦礫が投げ付けられて、荒々しく千切れる。 

 首の断面から影が伸ばされ頭を掴み、接着しようとするが、それは許されない。


「〈一閃〉」


 黒の魔女の胴体を真っ二つに斬り裂く。魔族特攻の加護を持つ彼の斬撃は、黒の魔女──メーデアの再生力を阻害する。

 尤も完全に相殺するわけではないが、十分だ。


「〈発光(ルミネンス)〉」


 メーデアの体を強烈な閃光弾にも匹敵する光が照らし、影が消失する。レネの首を締め付けていた影も消されて、彼女は開放された。


「──マサカズさん」


 メーデアの首を切断し、レネを救ったのはマサカズだ。


「ありがとうございます。⋯⋯しかし、逃げろといったはずです。なぜ、戻ってきたのですか?」


「俺の嫌な予感はよく当たる。⋯⋯すまないな。信用できなかった」


 マサカズは、レネたちがメーデアを相手に死なないよう立ち回れるということを信じなかった。信じたくもあったが、そんなのは無根拠な戯言だ。


「人は信じられない⋯⋯しない方が良い。それが例え、一緒に生活した相手であっても。裏切られることはないと思うことが、信用して良い理由にはならないからだ」


 信用とは、過去の実績から相手の実力を確かなものだとして受け入れることだ。しかし、逆に言えばそれは、相手が期待から外れた結果を出す場合も受け入れるということだ。

 言わば信用とは評価であり、評価とは一方的に決めつけることに等しい。


「結果論だが、現にこうしてピンチを救えただろ? ⋯⋯レネさんたちだけじゃない。俺は俺自身も信用できないが⋯⋯皆のことは信頼できる」


 マサカズの右手に魔法陣が展開される。それは緑色だ。


「だから、レネさんも俺を信用ではなく、信頼してくれ。──〈持続治癒(リジェネート)〉!」


 マサカズの魔法行使能力は『最初の魔法使い』としての彼と同等だ。しかし、魔力量は肉体依存であり、魔法の行使に耐えられるだけの器ではない。

 だが、マサカズは肉体の脆弱性を治癒魔法により無理矢理補う。


「〈上位身体能力上昇グレーター・ブーストアビリティ〉、〈上位加速グレーター・アクセラレーション〉、〈飛行(フライ)〉、〈感覚強化(リーンフォースセンス)〉、〈魔法抵抗力増大インクリースマジックレジスタンス〉、〈魔力硬質鎧マジックハードアーマー〉、〈魔法備蓄(マジックストック)神聖光(ホーリーライト)〉」


 マサカズは使えるだけの自己強化、及び支援系魔法を行使した。逆に言えばこれだけしなければまともにメーデア相手に生きていられないということでもある。


「ったく、本当はもう少し魔法を使いたいんだがな。魔力が足りないし、何より⋯⋯もう再生を終わらせた」


 メーデアの肉体は元通りだ。そしてその美貌を大きく歪ませ、笑顔を作る。


「あなたから来てくれるとは⋯⋯これは手間が省けて助かりますよ」


「むしろ手間は増えると思うぜ?」


「そうですか。大口を叩きますね、人間」


 メーデアは影を伸ばす。だがマサカズは格段に上昇した身体能力を、体力温存を無視してフルで活用し影を躱して行く。

 彼女はマサカズの回避行動を先読みして、そこに紅い水晶の弾丸を発射する。


「────」


 だが、レネの瞳の発光と共に紅い水晶はマサカズに命中することが叶わない。

 メーデアに接近しきったマサカズは剣を振るう。


「〈十光斬〉ッ!」


 一度の剣戟は十の斬撃を生み、それらはメーデアを様々な方向から切り刻む。しかしメーデアは防御魔法を無詠唱展開。全ての斬撃は無力化された。

 直後、マサカズの腹部にメーデアの手刀が突き刺さる。メーデアの手には肉体ではなく金属を殴ったような感触が伝わるが、マサカズに衝撃が走ったことは確定だ。

 マサカズの体は弧を描き吹き飛ばされるが、飛行魔法によってすぐさま体制を直した。

 そこに、メーデアは魔法を行使する。


「〈世界を断つ刃(ワールドブレイク)〉」


 マサカズは慣れない飛行をして、全力で回避運動を取る。普通に動くより格段に体力が消費された。

 

「〈極夜〉」


 メーデアの伸ばす影の質量が増大する。それらは全てマサカズに向かっていった。


「っ!」


 しかし、メーデアの意識がないときに行使した魔法の一つ、〈魔法備蓄(マジックストック)神聖光(ホーリーライト)〉を彼は開放する。

 〈魔法備蓄(マジックストック)〉は事前に一つの魔法をストックしておくことで、自分の好きなタイミングで魔法を発動することができる魔法だ。無詠唱にも近いが、それとは異なり魔法陣を展開する動作を必要としないことが利点に挙げられる。

 神聖な光は影を照らし、メーデアの肉体を蒸発させる──


「私に第十階級(理の内側)の魔法は通用しませんよ」


 影のみが照らされ、無力化されるが、それもほんの束の間。すぐさま影は再度伸ばされた。


「〈瞬歩〉」


 マサカズは大きく後ろに下がるが、メーデアはマサカズの目の前に転移の如きスピードで直行し、そして彼の胸倉をつかんで、生成した紫色の水晶の壁に叩き付ける。そこには棘が生えていて、メーデアは自分ごとマサカズを突き刺そうとしたのだが、レネの守護壁がマサカズを守った。


「離れろッ!」


 マサカズはメーデアを蹴り、突き放す。肋骨は折れなかったが突き放すことはできた。


「〈一閃〉!」


 マサカズの瞬撃をメーデアは完全に見切り、手で彼の聖剣を弾く。しかし、彼はそれを見越して、丁度剣が弾かれるタイミングで斬り上げた。

 メーデアの右手が切離された。だが彼女はそれを気にも止めず、マサカズを蹴り上げた。

 ヒールの爪先はマサカズの顎を抉った。空中にかち上げられたマサカズをメーデアは狙うが、レネの守護壁がマサカズを守った。

 落下ダメージもなく、しかしマサカズは顎を粉砕されたことによる衝撃で立つことさえままならない。


(くそ⋯⋯防御魔法ありでこれかよ)


 意識が今にも飛びそうだ。


(それに、おそらく全力じゃないメーデア相手だ。何で全力を出していないのかは分からんが⋯⋯ともかく、今しかチャンスはない)


 レネの方をマサカズは一瞬だけ見る。


(⋯⋯あと半分ってところか)


 時間稼ぎのために、マサカズは防御主体に立ち回っている。

 メーデアとは()()()()()()()()()()。戦闘においての癖、魔法を使うタイミング、狙いはそれら経験から予測することができて、実際にマサカズが見てから対処できた攻撃は一つもない。全て彼の頭を回転させて、メーデアの行動と共に対処行為に移ることで何とか対応しているに過ぎない。つまりは先読みだ。

 尚もマサカズはメーデアを相手に完璧には成れない。レネの支援があってようやく、生き抜けているのだ。


(冗談キツイぜ。メーデア相手に七分も時間稼ぎなんて。⋯⋯でも、現状それが最善策だ。三分間レイとジュンでできたんだ。やるしかない)


 マサカズは飛びそうな意識に手を伸ばして無理矢理この世に固定する。

 火事場の馬鹿力というものだ。彼はアスリートで言うところの『ゾーン』に入った──否、強行的に自分を入らせた。

 

「ウオアアアアアアアアアッ!」


 マサカズはメーデアに特攻する。メーデアは影を展開する。

 マサカズの狙いは時間稼ぎだ。メーデアの狙いはマサカズから抵抗力を奪うことだ。


「〈一閃〉ッ!」


 ──閃光が走り、マサカズは一瞬でメーデアに肉薄する。そして光速を超えた斬撃が薙ぎ払われる。

 だがメーデアは右手を使ってそれを握り、受け止めて、回し蹴りでマサカズの体を打つ。

 しかしマサカズはそれを予測していたから剣から手を躊躇なく離し、姿勢を低くして──周りから見れば事後対応のようだったが──メーデアの回し蹴りを避けた。

 風圧が発生したほどの威力のキックは、まともに食らえば粉砕されない骨があるか分からないほどだった。

 カウンター代わりの拳をメーデアは影で受け止めた。マサカズの拳を握り潰し、そしてメーデアは彼を地面に顔面から叩きつけた──。

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