7−11 不死身
「うーん⋯⋯中々ピンチにならないね」
アレオスとメーデアの戦闘を傍から眺めるのはエストだ。
元々の作戦では、アレオスがピンチになったときにエストが助けに入り、そこで殺せれば万々歳。できずとも策はある。そんな手筈であった。
しかしながら、アレオスは期待以上に粘っている。メーデアを殺すことは不可能そうだが。
「マサカズたちはもうそろそろ皇帝の所に着いたかな? そろそろ仕掛けないと、不自然だよねぇ⋯⋯」
アレオスがピンチになるのを待っていれば、あと数分は必要だろう。もしそこから助けに入るのであれば、後々この作戦が勘付かれるかもしれない。
リスクは避けるべきだろう。多少恩義が薄れたとしても。
「──今ね」
そんなことを考えていると、都合良くアレオスにピンチが訪れた。彼のスティレットが『影の手』に弾かれ、胴体がガラ空きになったのだ。メーデアならばそれを見逃したりはしない。きっと、アレオスの胸に水晶を突き刺したりするだろう。
「〈虚空障壁〉」
予想通りの行動をメーデアがしたところで、エストは魔法を唱える。アレオスの前に虚空が展開された、防護壁なしのそれは全てを吸い込む──尤も、吸い込むものもエストは設定してある。害ある紅い水晶は綺麗さっぱり消滅した。
「⋯⋯っ!」
「はろー⋯⋯魔族に守られる気分はどうかな、神父様?」
マサカズと記憶共有したとき、彼の記憶をエストは視た。そこで得た英語──この世界では魔法語と呼ばれていた──から挨拶の意味を持つ言葉を彼女は喋ったのだが、発音は正しくない。
「⋯⋯チッ」
アレオスは軽く舌打ちする。エストは敵でなく、使者であり味方であると理解したからだ。
「エスト⋯⋯ああ、そういうことですか」
「そういうこと。だから黙れ」
メーデアはエストの狙いに気づいたようだが、それを喋られては帝国との同盟が結べなくなるかもしれない。だから彼女はメーデアに喋らせないため、左腕を振った。するとメーデアの体は後方に吹き飛び、盛大に家屋を破壊した。
「お前っ⋯⋯民間人ごと殺す気ですか!?」
「もう避難させてる。あそこの城にね」
エストも流石に黙ってアレオスのピンチが来るのを待っていたわけではない。その間にも民間人を、転移魔法により避難させていたのだ。こうすることで、仕事はしていたと言い訳できるためだ。
「だから、存分に暴れても構わないね」
立ち上った煙埃から瓦礫が投げられた。エストは重力を操ることでそれを破壊し、アレオスは剣で一刀両断した。
これら一瞬の間にメーデアは二人の真後ろに移動し、炎の魔法陣を両手に展開すると、黒色の炎柱が立つ。
火傷と腐食の効果を持つ凶悪な炎系魔法の威力は凄まじく、一瞬炙られただけだと言うのに肉は焼き尽くされた、あるいは腐りきった。
剣も腐食効果を受けるようであり、十字架もスティレットも魔法が付与されているからそこまで影響はないが、いつまででも腐食を耐えられるわけではないだろう。
戦いは短時間で終わらせなくてはならない。
逆手に持ったスティレットをメーデアの胸に突き刺す。普通ならばそれで勝負がつくが、メーデアはそうではない。
「っ!?」
影から伸ばされた手はアレオスの左腕を掴み、しかし別の影は彼を突き飛ばした。
アレオスの左腕は引き千切れ、血を撒き散らす。飛ばされた先に紅い水晶の棘が生成された。
「よっ、と」
魔法が使えないアレオスには、エストの重力操作から逃れる術がない。そのため彼の体は物理法則には従っているが不自然に停止した。
重力操作する左手、右手では魔法を行使する。
「〈災害〉」
紫がかった白色の光がメーデアの眼前で収束し──次の瞬間、その灼熱の光はありとあらゆるものを飲み込む。
万物の区別なく、昇華したようにそれらは燃やし尽くされ、結果として莫大な熱のみがそこに発生した。
行使者であるエストと味方であるアレオスの二人は〈虚空支配〉によってその破壊エネルギーから逃れたが、その光景は、例え虚空世界から見たとしても怖気づく程、無情で残酷な崩壊であった。
全てが終わった後、災害の範囲内であったそこには存在しなかった──エスト、アレオスを除いて。
「⋯⋯今ので、」
しかしながら、存在とは消えても再び現れるものだ。
能力は能力者が死亡したとしても効果は持続される。
『無限再生』とは、そこにその存在の欠片がある限り、幾らでも肉体や魂さえも元通りになる能力である。
災害はあくまで肉体しか殺せない。肉体が滅びたとしても、魂は即崩壊するわけではない。子宮から手の平サイズの子供を外部に取り出してもすぐには死なないように、魂も少しは生き続ける。
そして能力は発動し、魂から肉体が形成される。魂は肉眼では観測不可能な微視的物体であるが、実在するのだ。
傍から見れば、虚無から肉体が生成されたようにしか見えないだろう。何もないところからメーデアは、その身を一瞬で再生させた。
「死ねばよかったんだけどね──っ!」
再生直後のメーデアにエストとアレオスが殴りにかかる。方や神聖属性の剣、方や神聖属性の魔法。メーデアの再生能力をもう一度弱体化させ、アレオスの剣撃で再起不能まで追い込む算段だ。
「そう易易と、二度は食らいませんよ」
紅い水晶が弾丸ではなく、棘としてメーデアの足元から生える。その勢いは人体ならば容易に貫通できるだろう。
エストとアレオスは棘を避けるが、更に物量は多くなる。メーデアは二人との距離を取るようにして、水晶を巨木の枝のように伸ばした。
二人は空中の水晶の上を走り、メーデアに近づこうとする。だが、彼女は転移魔法により眼前に近づいてきた。
直感が危険だと囁いた瞬間、メーデアは消えた。後ろに回ったのだ。もし、あそこで魔法を行使していればその僅かな隙を付かれたかもしれない。
即座に防御魔法を展開し、
「〈世界を断つ刃〉」
だが、その第十一階級魔法を防げるのは同じく第十一階級魔法のみだ。エストの貼った防御魔法は虚しく砕け散り、彼女の首は真っ二つに切断される。
しかし、彼女は常に自己蘇生魔法を発動させられるようにしている。それぐらいでは死なないが、そのことをメーデアは百も承知だ。
トドメの魔法、腐食属性の炎魔法を行使しようとしたところで、アレオスが助けに入る。
十字架の剣を薙ぎ払う。メーデアには掠りもしなかったが、退かせることには成功した。
「これで貸し借りはなしです。お前のような魔族に貸しを作るなどしたくないので」
「一言多いよ、神父様?」
白い服は血を被ったが、切断されたはずの首は綺麗に元通りだ。
相も変わらずの煽り合い、しかし目的は同じである。ならば協力すべきだろうし、元よりそのつもりであった。
アレオスは跳躍し、メーデアの頭上に剣を突き下ろす。彼女の頭蓋骨は砕け、頭に鋼を味合わせる。額から後頭部を貫通するも、彼女は痛みさえ感じていないようにアレオスの足を掴み、その細い腕からは想像もできない膂力によって彼を水晶に叩きつけ、更に魔法を行使するところで、エストがメーデアの頭部を狙って回し蹴りを繰り出す。メーデアは水晶の枝から空中に投げ出された。
落下中のメーデアを対象に、エストは魔法を唱える。
「お返しだよ。〈世界を断つ刃〉」
実質無限の魔力に物を言わせて、エストは十の魔法陣を展開した。それら全ては第十一階級である。
一つ一つが即死クラスの魔法であるというのに、同時に十も行使されれば、流石のメーデアも驚いた。一時的でも体をバラバラにされることは、あの神聖魔法を行使される隙となる。
だからメーデアは転移魔法を行使した、が、
「私の力を見くびった?」
対転移魔法が発動し、転移完了までの時間が増えて、位置まで特定されると、そこにアレオスが斬りかかってきた。
地上、そして近距離。その状況においては、アレオスの力は最大限発揮される。
メーデアは彼を離すため、水晶を飛ばす。だがスティレットの投擲によって相殺され、接近を許してしまった。
「っ」
空を斬りながら刀身が迫ってくる。メーデアが速いと思ったのは本当に久しかった。
嵐のような連撃を躱し、躱し、躱して瞳を光らせる。
「〈極夜〉」
領域のように無数の影を展開し、アレオスを影の中に引きずり込む。文字通り手の平の上、というものだ。このまま押し潰してしまえば良い。しかし、
「〈虚空歩行〉」
手の平から彼女は抜け出してきた。
〈位置交換〉によってエストはアレオスと位置を交代したのだ。そうすることで、予想外を生み出すために。
「──っ!」
エストの容貌には狂おしいような笑顔が浮かんでおり、左手を差し伸べてきた。そこには赤色の魔法陣が展開されていた。
「〈魔滅の力〉」
メーデアの体を白い光が包み込み──そして彼女は痛みを感じた。
しかし、予測できなかったわけではない。こうなってしまうことも覚悟していたから、メーデアはそこまで焦らなかった。しかし、状況が悪くなったのは事実だ。
「────」
エストの首を幾本もの『影の手』が掴み取り、半円の軌道を描き地面に叩きつけられる。そしてそのまま地面を滑らせた──が、エストは摩り下ろされる前に離脱。傷を治す暇さえない。肺に溜まった血を吐けば、すぐにメーデアに、武器を創造し肉薄した。
同時、アレオスが攻撃を仕掛けた。エストとの挟撃だったが、メーデアは影を巧みに扱い二人の連撃を悉くいなしていく。
アレオスの刺突をいなさずに躱し、エストに当てようとするが叶わない。だが両者の体制を崩すことには成功し、メーデアは二人の片足を陰でそれぞれ掴み、横に振り回して勢いをつけ、アレオスを放り投げ、エストを地面に頭から突っ込ませる。
空中に飛ばしたアレオスに、メーデアは赤い水晶の弾幕を浴びせるが、彼は自分に命中するだろうそれらの全てを弾いた。
メーデアは跳躍しアレオスに追いついてから、彼の頭を踏んづけ、地面に『影の手』を用いて叩き付けるのが狙いであったが、
「私から興味がなくなったのかなァ?」
エストの重力操作によって、メーデアは空中から一瞬で地面に落とされた。だが彼女は三点着地をしていて、更に重力は重くなっているというのに平然と動いた。
エストの大鎌を片手で受け止め、回転しエストを投げつつ鎌を奪い、それを得物にメーデアはエストの胸を突き刺そうとしたが、しかし、
「キミ、使う武器は選んだ方が良いよ?」
エストは後ろに跳躍し、直後、メーデアが持っていた鎌が赤く変色し──爆発した。
以前にも似たようなことがあったから、なんとかメーデアはそれで死ぬことは避けられたが、左腕が吹き飛んだ。断面は荒々しい。治癒魔法を行使して治そうとしたとき、
「URAAAAAAAA!」
メーデアはスティレットによる刺突を影で受け止めたが、アレオスはそれを手放し、代わりに十字架の剣を両手で持ち、斬りかかる。
彼女は何とかそれも受け止めたが、首の付け根あたりに深い切込みが入った。
「十分!」
エストは走って、飛び回し蹴りでメーデアの頭を狙う。
彼女の力であれば、深い切込みがある女性の首を蹴って根本から千切ることは十分可能だろう。メーデアは『影の手』で防御しようとするが、
「〈虚空歩行〉」
エストの実体は虚無となり、影を透けて通った。しかしメーデアの頭部を蹴る直前には再び実体化し、衝撃が発生する。
一瞬だけエストの足は引っかかったが、メーデアの頭を蹴り飛ばすことには問題なかった。
メーデアの首の断面から影が伸ばされ、飛ばされた頭部を掴む前に、エストは頭部を完全に破壊した。
それでも尚彼女は生きている。『無限再生』によって傷は再生しないが、『不死身』という能力が彼女を生かしているのだ。
『影の手』を首から伸ばして体が倒れないようにした。
肉体を動かす脳は破壊されたため彼女の体は動かせないが、
「魔法とか能力は頭がなくても使えるってわけね」
しかし、彼女の肉体運動能力は著しく低下している。
魂は器がないと直に消滅する。先程は『無限再生』によって再生されたが、今度は再生を阻害しているため、そのまま殺せる。
「────」
メーデアは魔法を行使し、自分は影で守りながら辺り一帯を腐食性の炎で燃やす。
彼女は治癒魔法を行使しようと、魔法陣を展開。しかしエストは炎を、影を突破してメーデアの治癒された頭部を再度破壊。直後に彼女の脇腹を影が抉った。
連続してアレオスが攻撃を仕掛ける。十字架の剣を地面と水平に構えて、地面を砕きながら刺突する。
心臓を貫いたが、影がそれに纏わりつき、また別の影がアレオスの腕を掴んだ。
「〈世界を断つ刃〉!」
メーデアを無数の斬撃が襲う。しかし彼女は影を上手く扱ってそれらを全て回避した。
アレオスの剣は奪われ、そして壊された。
「⋯⋯本当に殺せないね」
メーデアは積極的に攻撃を仕掛けてこないが、その分防御に徹しているのだ。彼女が一人でここに来たのであれば、捨て身になったとしても攻撃に移るべきだというのに。
──エストたちは、それに違和感を覚えるべきだった。