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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−8 ターニングポイント

 レネの屋敷へ、龍系魔獣が引く魔獣車によって行く。かなり飛ばしたため、すぐに到着した。

 屋敷はコの字型で、やはりそれは大きい。当主であるレネとメイド三姉妹しか住んでいないとは思えないほどだ。

 エストはその屋敷の玄関の扉を叩くこともせず、無神経に開く。だがそれは彼女からすれば必要ないことであった。言うなれば実家に帰るようなものなのだ。

 屋敷内部に入ると、緑髪のメイドが出迎えて来た。あんな入り方をしたというのに、だ。まるで事前に連絡を入れていたようである。

 緑髪は横で纏められている。丈の長いスカート、体のラインがくっきり現れる長袖のメイド服を着て、身長はおよそ百六十センチメートル後半くらいだ。機械的とも言える美しさを彼女は放っている。名は、ミント。レネによって造られた人造人間(ホムンクルス)である。

 ミントはエストたちに頭を下げて、


「お帰りなさいませ、エスト様。その方々は一体?」


「色々あってね。殺す相手ではないよ。客間にレネを呼んできてくれるかな?」


「承知致しました。そこへの案内は⋯⋯」


「大丈夫。覚えてるから」


「はい。では、少々お待ちください」


 ミントと分かれ、エストたちは客間に向かった。

 客間は前回通された場所と同じだったことを、マサカズは知った。

 部屋には長机と、それを中央に二対のソファがあった。天井にはシャンデリアが吊り下げられており、そしてそれとカーテンが開かれているがために窓から差す日光によって部屋は照らされていた。壁には美術品らしきものがいくつか飾られているが、どれも小さく自己主張が激しくない。しかし、一目で価値は分かる。よくもまあこんな所に置けるな、というのが感想だ。泥棒でも入ったら──限りなく無理に近いが──どうするつもりなのか、と。

 エストはくつろぐかのように、マサカズは普通に、ナオトは礼儀正しく、ユナは美麗に、ジュンは椅子が足りなかったので部屋に置かれていた単体のものを持ってきて、マサカズの横に座る。

 それほど長くない時間が経過して、屋敷の主、レネが客間に入ってきた。


「エスト、来るなら事前に言っておいてください。⋯⋯っと、そちらの方々は初めましてですね。この屋敷の主人、レネです。青の魔女、と言ったほうが分かりやすいですかね?」


 そこに立っていたのは、全身に傷を負ったレネではなく、無傷で美しいままの彼女だった。エストは微かに笑みを浮かべた。

 エスト以外の面々は、レネの入室と共に席から立ち上がり、礼をする。


「ごめん。急用だったからさ」


「⋯⋯全く」


 レネは何だかんだでエストに甘いのだろう。それ以上は何も言わず、エストたちが座った方の向こう側のソファに座った。


「それで、一体何をしに来たのですか?」


「世界ループしてるからそれについて話に来た」


「そうですか」


 少し間が空き、


「──いや待て待て待て! レネさん!? なんでそんなすぐに納得できたんですか!?」


 エストの瞳は光っていないから能力を使ったわけでもなければ、何か二人にしかわからないような暗号を使ったわけでもない。これは理解能力が高いなんていうことじゃ説明できない。

 納得させるように色々と考えていたマサカズだったが、その全ては空回りした。


「エストが私に嘘を吐くことはありませんからね。あったとしたらすぐ分かるものか、あるいは私のためのものです。正直な話、信じ難いですが」


「あー、そういう⋯⋯」


 とは言っても説明しなければならないことには変わりない。だからナオトらと同じようなことを話した。


「なるほど。つまり、黒の魔女を殺すこと以外ではループは止められない、と」


「うん。で、こいつらは転移者と転生者。ちなみにマサカズは世界の創造主の一人」


 魔獣車内で、マサカズは自分が『世界を創りし三人』のうちの一人であると言った。勿論この世界の住人でないナオトとユナはさっぱりという反応だったが、エストは驚いていた。第十一階級魔法について詳しく語ると、すぐに信じてくれたが。


「⋯⋯で、マサカズ。これからどうするつもりなんだ?」


 口を開いたのはジュンだった。

 そうだ。ここに来たのはこれからの方針について話し合うためである。だからこそ、


「あっ、ちょっと待ってね。もう一人呼び出すから」


 まだここに居ない一人を、今呼び出す。


「〈魔人召喚(サモン・ジーニー)〉」


 部屋の床に黒色の魔法陣が展開されると、いつの間にかそこには人形が形成されていた。

 二メートルを超える高身長には似つかわしくないほどやせ細っており、黒い髪は手入れをしていないのかボサホザだ。白と黒が反転した瞳には種族としての上位種の気配を感じさせる。病的なまでに白い肌はぼろぼろなローブで隠されていた。

 右手には身長ほどの骨でできた鎌が握られていた。それをエストたちに振るう気は一切ないものの、恐怖を感じる。


「私ノ召喚主、貴女ハ私ニ何ヲ望ミマスカ?」


 魔人──『冷笑』の二つ名を持つ彼は、その名に違わぬ冷笑を浮かべ、命令を待つ。


「魔人くん。発狂しないでね?」


 だが、彼は次の瞬間には取り乱していた。


「イマ、ノハ⋯⋯エスト、様⋯⋯?」


「状況は分かる? キミにユナが付けた名前は?」


 割と不親切な対応だ。しかし、手っ取り早いことには変わりない。彼には悪いが、もう少し辛抱してもらおう。


「ユナ⋯⋯サン。名前⋯⋯レイ。私ハ、レイ、ト」


「よろしい。お帰り、レイ」


 魔人は体を人間に酷似したものへと、瞳以外を作り変えていく。服は魔法で編んだもので、簡素なローブだ。


「只今戻りました、エスト様。そして、皆様」


 そして、レイが帰ってきた。


「⋯⋯ああね。そういうことか」


 マサカズは、レイに対して違和感を覚えていた。

 他の皆が『未来の記憶を見せつけられただけの過去の彼ら』だとすれば、レイは『記憶を受け継ぎ、全てを思い出した彼』となっていたのだ。

 しかし、その理由は何となく分かった気がした。エストはレイの主人であり、そこには魂的な繋がりがある。エストが見た光景はそのままレイが見た光景でもあり、レイの思ったことはそのままエストの記憶にも保管される。当然、そこに保管される記憶でレイの全てを形成することはできないだろうが、殆ど以前の彼だ。


「──さて、役者はもう揃ったし、そろそろ始めようか」


 ナオト、ユナ、ジュン、レネ、レイ、そしてエストとマサカズ。今すぐに集められる仲間は集められた。現状、これ以上の協力者は集められないだろう。

 

 ◆◆◆


 まず、話し合ったのはこれからの方針──特に、仲間集めだ。戦力は大いに越したことはないのだから。


「魔王は大罪魔人召喚のための魔導書をそこらに置いとけば勝手に現れるだろうし、そのときにとっ捕まえて記憶見せ付ければ良いかな」


 強引ではあるが、それくらいしかできないものだ。


「あとは⋯⋯色んな国に行って、協力を申し出るか?」


 ナオトの提案は非常に魅力的だ。一つの大国には一人くらい人外じみた戦闘力を有する人間が居る。エストやレネも名前くらいは聞いたことがあるほどだ。


「⋯⋯あ、それで一つ俺からも提案があるんだが⋯⋯」


 そこで、マサカズは皆にあることを──賭けでもあるそれを提案する。


「レネさんはそのうち、ガールム帝国の神父に誘拐される」


 王国でのなんやかんやがあった後に、レネはアレオスによって誘拐され、時間が経てば殺される。


「だね。だから、今度はあの場で殺してやるつも──」


「──俺は、聖教会(アイツら)を仲間に引き込む」


 ──衝撃の発言に、皆は──特にエストは絶句した。

 聖教会、神父アレオスは魔族を敵視している。レネを攫うのだって、エストを纏めて殺すためだ。

 だから、本来であれば第三勢力となり得る敵。アレオス単体のみで魔女を何人も相手にできるのだ。今のエストでさえ、油断ならない男であるのだ。危険因子にも程がある。


「は? ⋯⋯私は反対だね。あんなの、殺したほうが良い。マサカズも見たんでしょ? あれに殺されるレネや⋯⋯おそらく、私も。それでも?」


「なら俺はお前らを殺したこともある。無実な人間もな。王国を火の海にしたことも、この大陸で大戦争を起こしたことも、非人道的なことは色々とやらかしてきた。神父をどうこう言うなら、俺もその対象になると思うが?」


 六万回の『死に戻り』では、彼らを鏖にしたルートの方が多い。アレオスが許されないのであれば、マサカズだって許されないはずなのだ。


「でも、それは⋯⋯」


「エスト。その辺にしておきなさい」


 尚も反対するエストを、レネが静止する。


「私は構いません。⋯⋯そこまで言うということは、何か策があるのではないですか?」


「ああ」


 それから、マサカズはアレオスたち聖教会を仲間にする作戦を話し始めた。

 アレオスたちの目的は魔族淘汰である。しかしそれならば、当然黒の魔女、メーデアのことも敵対視しているはずだ。

 そこで、考えついたのがこの、『敵の敵は味方作戦』だ。

 勿論のこと、アレオスにそのまま協力を申し出たって殺し合いが始まるだけだ。ならば、黒の魔女の脅威を帝国にも見せつけてやれば良い。

 その方法こそが、


「黒の魔女は、近いうちに俺を殺しに来るはずだ。エスト、あの魔法を解除するにはどれくらい時間がかかる?」


「⋯⋯あいつなら、三日だと思うよ。かなり面倒な組み方したから」


 それを組んだ当の本人であるエストでさえ、あの魔法を完全に解除するには一週間はかかる。仮に動けるレベルにまで弱体化させる程度で、かつメーデアの規格外の能力を考えると、それくらいの日数が妥当だ。


「そうか。なら四日後に俺を殺しに来る可能性が高いな」


 メーデアは、おそらく今度は本気でマサカズを殺しに来る。ならば、単体で攻めては来ないだろう。黒の教団の幹部クラスを集めて、マサカズを確実に殺すつもりになるはずだ。しかしそれならば、少しばかり時間が必要となる。


「⋯⋯え、まさか、マサカズさん」


「今回はユナか。察しが良いな。⋯⋯ああ、そうだ。黒の魔女を、アレオスにぶつける」


 マサカズは今から帝国に向かう。そしてそこでメーデアが殺しに来るのを待てば良いだけ。

 メーデアたちが帝国に侵入したとなれば、アレオスは彼らを無視できない。必ず戦闘が始まるはずだ。

 しかし、聖教会ははっきり言ってアレオス・サンデリス以外の面々は取るに足らない弱者だ。強いて言うのであればシスター・リムがその強者に当たるかもしれないが、それでもアレオスとは比較にもならない。

 ならば、黒の教団が優勢になるのは間違い無しだ。そこを、エストたちが助けに入る。


「⋯⋯なるほどな。でも、それだとマサカズが黒の魔女を連れてきたとバレる心配がある。その辺はどうなんだ?」


「レネさんは王国に顔が利くだろ? その辺のコネを利用して、俺たちは正式な形で帝国に入国する。そうすれば流石のアレオスでも俺たちを殺すことはできないし、黒の魔女の件についてはシラを切れば良いだけだ」


「入国理由はどうするんだ? 王国と帝国は仲が悪いが」


 前回、マサカズたちが帝国に密入国したのは、二国が互いに入国規制をかけていたからだ。ジュンのその指摘も、当然だ。


「確かに、大した理由もなしに帝国に入国することはできないだろうな。でも、今はその大した理由があるじゃないか」


「⋯⋯はっ。黒の魔女様々ってワケか」


 マサカズのモットーは、利用できるものは何でも利用する、だ。アレオスを仲間に引き込むためには、メーデアをどこまでも利用してやるのだ。


「分かりました。今からウェレール国王にその話をしてきます」


「頼む、レネさん」


 本来であれば、急遽アポ無しで国王に話をしに行くなど有り得ない。だが、ここには王国の女神、レネが居る。彼女であればそのくらいは許されるだろうし、理由も尤もだ。少なくとも、門前払いされることはない。

 ただ、一つ憂慮点としてあるのが、アポイトメントを取るのに必要となる時間だ。王国と帝国間を往復するなら二日は掛かる。仮に帝国での滞在期間を一日とするなら、計三日。そこから帝国に向かう場合、到着する前にメーデアに襲撃される可能性がある。エストの魔法の解除に三日がかかるというのは、あくまでエストの予想だ。より短い期間で解除して来てもおかしくないから、少しでも余裕が欲しい。


「その辺りは私がなんとかするよ。⋯⋯残念だけど、アレオスを殺すのは全て終わってからにする」


「え? 何とかって⋯⋯何するんだ?」


 計画に反対していたエストだが、頭も冷えてやるべきことを見つけた。


「転移魔法を込めた二回限りの魔具を作る」


 国家間の転移魔法は魔女でさえほぼ不可能と言える所業だ。できるのはメーデア、イザベリア、そして実質無限の魔力を持つエストのみである。


「時間は?」


「三時間⋯⋯いや、二時間で終わらせるよ」


「分かった。ありがとう」


「⋯⋯なんてことないよ」


 やることも決まった。後はもう、ただその時まで待つだけだ、全てが上手く行くことを願って。

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