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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−6 ラスボスが現れた!

 タイトルがふざけてますね。でも間違っていないどころか大正解ですし、面白いのでこれに決めました。

 マサカズが世界を救う宣言をした直後だった。

 突如として、王城の天井が抜け落ちる。何かがそこを突き破ったのだ。そして、それは、マサカズとウェレール国王の間に着地する。


「⋯⋯はっ⋯⋯開幕これか」


 轟音と共に降ってきたのは漆黒の存在。あんな登場の仕方をしたというのに、その美貌や衣服には一切の汚れ、傷はなかった。

 レッドカーペットは衝撃によって引きちぎられており、歴史ある床は見窄らしい建物のそれとなる。


「どうも、私の目的はあなたによって阻止されるようなのですよ。転移者であるあなたに。だから、殺しに来ました」


 豪快な登場をしたのは誰でもない、黒の魔女、メーデアその人である。

 マサカズが真っ先に思ったことは、「一体なぜ」である。

 メーデアは本来、この時間には現れないはずだ。およそ六万回にも及ぶ世界のループでさえ、このようなことはなかった。

 即ち、これには何かしらの原因がある。特に何もせず、運命は変わらないのだから。


「死になさい」


 メーデアは魔法を展開する。しかし、マサカズは笑っていた。何せ、自分は最初の魔法使い。いくらイザベリアやエストを圧倒しようと、少なくとも逃げることくらいはできるはずなのだ。

 そう思ってマサカズも、彼が一番得意とする第十一階級黒系統即死魔法──〈哀れな死者たちの呻き〉を行使する。

 〈哀れな死者たちの呻き〉は、行使から効果発動までに十三秒という時間を必要とする代わりに、範囲内であればありとあらゆる存在に死を与える魔法である。消費魔力量は勿論、連発なんてできたものではないほど多いし、演算処理にも頭の回路が焼き切れんばかりの負荷がかかる。

 だが、メーデアを今ここで殺すなら、これ以上に適役な魔法はない。

 ──しかし、


「⋯⋯ありゃ?」


 魔法は行使されないどころか、魔法陣の展開さえされなかった。


「あっ⋯⋯」


 今現在のマサカズは、ただの転移者だ。転生者、つまりは最初の魔法使いとしてのマサカズの体ではない。

 確かに魔法能力というものは魂に深く関係しているものの、肉体()が弱ければ行使できたものではない。よって、マサカズは無意識的に己の魔法能力を抑制しているし、仮にその抑制を外して第十一階級魔法を行使しようものなら、魂ごと滅びる運命は確定する。そうなれば死者蘇生の魔法もまるで効果がなくなるだろう。


「⋯⋯魔法を使おうとしたようですが、その体ではいくら魂が強くとも、行使できませんでした⋯⋯ってところですかね?」


「え、なんで分かるんだ」


「読心術です」


「唇じゃなくて?」


「ええ」


 短い質疑も終了し、今度こそマサカズの死が迫る。皮肉にも、メーデアの展開した魔法陣は第十階級の即死系魔法のものだ。


「〈魂破滅(ルーインソウル)〉」


 丁寧なことに、魂にも損害を与え、例え即死効果が現れなくても全身の運動機能及び魔法能力を低下させ、内臓にダメージも与える魔法だ。しかもおまけに魔法抵抗力をある程度無視するという効果付き。

 効果だけ見ればとても優秀であるが、相手に与えた効果が丸々自分にも返ってくるという負の効果もある。しかし、メーデアにはその負の効果がまるで機能しない。

 わざわざ第十階級であるそれを、彼女が無詠唱ではなく有詠唱で行使したのは、メーデアでさえ少なからず無詠唱だと魔法の効果が薄まるからだろう。本当に微々たるものだが、そこまでしてでもマサカズを殺したいという意志の現れだ。


(最強の魔女に本気で殺しにかかられるとは、俺も凄くなったものだな。全然嬉しくないし、これで死んだら『死に戻り』が発動するかも分からねぇ。だが、)


 『死に戻り』の原理は、マサカズの魂のみを、体の役割をする異空間に保管し、世界の時間を逆行させるというもの。

 故に魂が破損、あるいは消滅してしまうと、そもそもマサカズは『死に戻り』する前に、肉体的な死ではなく魂的な死を迎えることになる可能性があった。魂を完全に殺す魔法は存在しないが、第十一階級魔法ならばあり得る。だから、今第十一階級魔法を使われないのは不幸中の幸いとも言える。あれだと本当にどうしようもない。

 流石のメーデアでも、第十一階級魔法はおいそれと使えない。何が起きるか分からない状況。そして目の前の男にはイザベリアと同じ、『死に戻り』の力があるということもあり、魔力は温存すべきだと判断した。

 そしてその判断は間違っていなかった。少なくとも、致命的にはなり得なかったが⋯⋯最善は、マサカズを殺さずに捕まえることだった。メーデアの「魂を破壊すれば『死に戻り』は発揮されない」という予想は間違っていないが、手段を間違えたのだ。

 何せ、メーデアとマサカズだけが、()()を知る者ではないからだ。あと二人、その人物は存在する。そして片方は、──今この場所に現れた。


「──エスト」


 マサカズは彼女に、合図を送る、今だ、と。


「〈無限遅延インフィニットディレイ〉」


 ゼロは無限と、無限は無限光と。即ち虚無はナニモノにも成れる概念である。

 創られた無限はマサカズを防御するため、膜のように張られた。干渉するあらゆるものを無限に遅延させるため、それを解除するまで、干渉はされない。故に、最強の防御魔法でもある。精々弱点を挙げるなら、魔力消費魔力量がとんでもなく高く、エストはそのための魔力を生産することに演算能力のリソースをかなり割く必要があることだが、問題なく戦闘は可能だ。

 

「エスト⋯⋯!?」


 メーデアは人間離れした知能を持つが、今回、驚異的なそれは力を発揮できなかった。

 偶然の産物でもある。もし彼女が少しでも焦っていなければ、もし彼女に少しでも時間があれば、あるいは変わっていたのかもしれない。白の魔女、エストは前回、『死に戻り』による時間逆行への耐性を──それもメーデアを超えるほどに得た、と、予測できたはずなのだから。


「そうですか⋯⋯あなたの、能力が!」


「その顔いいねぇ。キミが全く見せなかった、焦りの表情だよ!」


 エストは自分の体にかかる重力を操作し自身を加速させ、メーデアを首を左手で掴み、そのまま反対側の壁まで叩きつける。

 王様や臣下たちは既に逃げているし、メーデアにはそれを追いかける気が全くない。そのため、エストは自由に戦える。

 彼女はメーデアの首元に魔法陣を展開する。それは神聖属性の魔法であり、


「〈魔滅の力フォース・オブ・ホーリーゴッズ〉」


 メーデアに神々しい薄い黄色の光が纏う。それは魔族を滅するエネルギーであり、エストの狙いは彼女の『無限再生』を抑制することである。

 メーデアから再生力を奪ったところで、彼女が不死でなくなることはない。おそらく心臓を潰したって、彼女には息があるだろう。しかしそれでも、四肢があるのとないのとでは、戦闘力の低下や封印のしやすさを考慮すれば、十分に狙う価値はあった。

 

「────」


 直後、エストの体は吹き飛ばされる。『影の手』に押されたから──否、つまむようにして離された。それはつまり、エストは未だ影に囚われたままであるということであり、


「っ!」


 王城の壁を派手に崩壊させ、外へと投げ出される。

 あくまでメーデアの目的は、マサカズ・クロイの魂を破壊するなり、無力化することであり、ここでエストと必要以上に殺し合うことはない。

 メーデアは狙いをエストからマサカズにしようとするが、


「逃げましたか」


 既にマサカズはそこには居ない。メーデアの狙いを考えれば、エストを置き去りにしてでも逃げることが正解だ。しかし、彼女の追跡から逃れることは至難の業だ。


「──見つけましたよ」


 マサカズは気配を消していたが、一瞬で探知範囲を半径五キロメートルにするような魔力持ちであるメーデアの追跡からは逃れられない。

 転移魔法によりメーデアはマサカズの前に移動しようとするが、転移阻害の魔法によってそれは阻止される。

 ならば、走っていけば良いだけだ。メーデアの身体能力は魔法能力に勝るとも劣らないほど高い。およそ一キロメートルもあったマサカズとの差を、一秒でゼロにし、彼の背後に現れる。転移とさして変わらぬスピードであった。


「──っ」


 『影の手』がマサカズを包み込むように展開された。捕まれば魂を破壊されるか、精神を崩壊させられるかの二通りだ。あとは世界ごと滅ぼしてやれば、『死に戻り』は発動しない。

 

「〈虚化(ヴォイドアウト)〉!」


 虚無から無限、無限から有限にできるならば、その逆もできるはずだ。

 影という有限を無限に、そして虚無へと戻すことによって、『影の手』は収束していくようにして消滅する。

 その際に生じたエネルギーはメーデアのみを捉え、彼女の体をボロボロにし、内蔵ごと脇腹を抉る。普通なら致命傷だが、彼女にとってはそうでない。


「〈過剰(オーバー)──」


 まず治癒目的では行使しない緑魔法であるそれだが、メーデアの生命力であれば治癒効果として十分活用できる。

 〈上位治癒〉より遥かに速く抉れた肉は復活するだろう。『無限再生』がなくとも、彼女には常軌を逸した魔法能力がある。勿論緑魔法だって行使可能だ。

 だから、エストはそれを全力で阻止する。


「っらあ!」


 〈上位魔法武器創造〉と〈電磁砲〉を〈無量創造〉によって生産した魔力を以てして短時間の間にできる限りの強化をし、行使する。

 夥しい数の展開された魔法陣から、一斉に千差万別の魔法武器が、亜音速を超える速度で発射され、メーデアの全身を貫く。そこから更に両手両足を断ち切ろうとするが、


「──鬱陶しい、ですね」


 半透明な黒色の波動が、メーデアから発せられる。

 影を何重にも重ねたものを、発散したのだ。それによって魔法武器は皆等しく鉄の塊となり、原型を砕いた。

 

「痛いですねぇ⋯⋯痛い、痛い。本当に、邪魔です。この内側を焼くような痛みと、世界の時間を巻き戻すあなたたちは」


 決して激高はしていない。声を荒らげることは絶対にない。だが、メーデアは確実に、静かに激怒していた。


「何事も楽しまなければならないですが、こればかりは⋯⋯少しだけ、苛立たしいものです」


 ──その時、メーデアの雰囲気が変わった気がした。

 再生能力はエストの魔法によって抑制されており、全身には無数の傷がある。治癒魔法を行使しようものならエストが阻止するし、痛みのせいでメーデアは自分の体を動かしづらい。

 はっきり言って状況は芳しくない。諦めて引いた方が良いだろう。

 しかし、ここに居るのはそうすべき有象無象ではない。


「────あぁ?」


 エストは、気がつけば防御していた。両手には短剣が握られていて、そのうちの右のものがメーデアの手の平を突き刺し、食い止めていた。

 無意識の行動だった。エストは意識して、防御したのではない。熱いものを触ったとき、一瞬で手を離すようなもの──反射的に、防御したのだ。つまるところ、エストはそれに反応できていなかった。


「エストっ!」


 そしてまた気づけば、エストの腹をメーデアの拳が貫いていた。右手も肘から先が引き千切れていたし、腹にも風穴が空いている。エストは家屋に突っ込んだ。


「────」


 勿論、そこには民間人がいた。いつものように過ごしていたら突然、白髪の美少女が片腕と腹の一部を失ってリビングに突っ込んできたのだ。

 絶叫がエストの耳に入って来ると、それで朦朧としていた意識が覚醒する。


「ってて⋯⋯」


 腹をぶち抜かれて、片腕を失って、あまつさえ全身を打ちひしがれ、なのに彼女は平然と起き上がる。二度目の絶叫が響いた。


「おっと。ごめんね。後で弁償するよ」


 一応、念の為、エストは美少女営業スマイルを浮かべて、人間たちに謝った。父親らしき人物は頬を赤らめ、それを母親らしき人物は冷たい目で見ていた。


「あぁ⋯⋯ったく、頭痛い。あいつ、今は私を殺す気ないんじゃないの?」


 治癒魔法によって腕が生えて、腹の穴が塞がりつつあるとき、エストは愚痴を溢す。しかし、それは当たり前であるとは当然理解している。ただ言いたいだけだ。


「──おーけー」


 マサカズと共有していた思考から、救難要請が出された。だからエストは〈位置交換〉を行使し、マサカズとの位置を入れ替える。

 メーデアの魔法を無限と虚無の壁で相殺し、回し蹴りを叩き込む。突然相手が変わったというのにメーデアは驚きもせず、冷静にエストを対処した。

 

「キミの体はもうボロボロだ。そろそろ引いたほうが良いんじゃない? それ、解除するのに時間かかるだろうし」


 〈魔滅の力〉はかなり複雑に組んだ呪いに近い性質を持つ。だから、いくらメーデアと言えど無力化するには時間がかかるし、エストの相手をしながらのそれは不可能だ。


「それとも、私と持久戦でもする?」


 エストの長い足がメーデアの脇腹を捉え、肋骨を砕いた。それらは肺に突き刺さり、メーデアは吐血した。


「──ふふふ。初めて、ですね」


 流石に戦闘不能になることを予感したのか、メーデアはエストから距離を取る。


「私を負かしたのは、あなたが初めてですよ」


「そりゃ光栄だよ。キミに初めて勝つのが私だなんて」


 エストもエストで、これ以上の戦闘は可能だが、まだ自分の限界が分からない。いつ、演算能力に限界が来るのかを把握していないのだ。だから、メーデアを閉じ込める封印が可能か分からない。


「⋯⋯また近いうちに会いましょう」


 互いに、これ以上戦闘を継続する理由もないし、特にメーデアはそうだ。全力で彼女が逃げれば、エストは追うことができない。

 ──メーデアの姿が、そこから消え去った。


「転移魔法⋯⋯私やロアでもないのに、国家間規模での転移なんて、やっぱ規格外にも程があるよ」


 エストは転移探知魔法を行使していたが、その探知範囲外にメーデアは転移していた。だから、追跡は不可能となった。


「⋯⋯一先ずは、何とかなったかな」


 後ろに居たマサカズに、エストは言った。


「そうだな⋯⋯あとは俺の脇腹を直してくれたら、完璧だな」


 マサカズがエストの意識の回復までの数秒間、メーデア相手に戦った傷跡がそれだ。


「唾でもつけといたら治るよ」


「治らないわ。死ぬわ。滅茶苦茶痛いわ」


 そんなことを言いながらも、二人は座り込んだ。

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