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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−4 始祖の魔女の誕生

 マサカズたちとイザベリアが出会ってから一年が経過した。

 既にイザベリアの魔法能力は師であるマサカズに及ぶほど高まっており、基礎体能力こそ特別高くないものの、魔力で強化すればそこら辺の大人くらい軽く投げ飛ばせる。


「師匠、イリシル、遂にできた!」


 夜。イザベリアはリビングで寛いでいた二人に一枚の紙を見せつける。それには魔法陣が描かれていた。


「⋯⋯これは?」


 遂にできた、と言われても何ができたのかを知らないマサカズは話についていけない。最近大型犬サイズから鰐サイズにまで成長したイリシルも同様であるらしく、首を傾げている。

 見たところそれは何かしらの構築魔法かのように思われるのだが、要素はどれもこれもオリジナルであり、詳細は不明だ。


「言ってなかったけ?」


『ああ。我も主も、何もお前からは聞かされていないぞ』


 確かに、近頃イザベリアは自室に篭りっぱなしだった。マサカズは「もう年頃の女の子だしな。夜は特に物音は立てないでおこう」と思って要らぬ心配をしていることは違っていた。彼女はずっと、その独自魔法(オリジナルマジック)を作っていたのだ。


「これはね、人体を別物へと作り替える魔法なの!」


 サラッととんでもないことを言ってくれたため、口の中に注いでいたお茶をマサカズは吹き出す。それはイリシルの顔面にぶち撒けた。


「何!?」


『おい、我が主よ』


「まじかよ。人体改変の魔法なんて、俺でも作るのに手間取るぞ」


『聞いているのか、主よ』


「すげぇな、イザベリア。今行使してみて──」


『貴様っ! 我に謝罪もなしか!』


 イリシルのテールが炸裂し、マサカズは部屋の隅に叩きつけられる。防護魔法が発動して家屋は崩れなかったが、代わりに防御壁にヒビが入った。ただの尻尾でこれだ。やはり最強種族、ドラゴンと言えよう。


「何するんだよ、イリシル」


 不満気にマサカズは立ち上がるが、イリシルはもっと不満気な顔を浮かべていた。流石にやり過ぎたとマサカズは思い、軽く「メンゴメンゴ」と言ったのだが、直後魔法が飛んできた。風属性の第十階級魔法であった。


「危な。⋯⋯というか、今の直撃してたら俺の体粉微塵になってたんだけど。お前、主もとい飼い主殺す気か?」


『死にはせんだろうに、細切れになったって』


「痛いのは変わらないし、生き返るけど死ぬからな?」


 マサカズは体内に蘇生魔法の魔法陣を刻んでおり、死ぬと自動的に発動する仕組みだ。しかし常に魔法陣を活性化状態にする必要があり、マサカズはイザベリア、イリシルより魔力回復速度が速いはずなのだが、それによって打ち消されている。それでも尚二人と同等くらいであるから、普段の生活に支障はないが。


「⋯⋯ねえ、今から行使するけど、静かにしといてくれない?」


「はい。分かりました」『ああ。すまなかったな』


 どうして女の子はこうも怒ると怖いのだろうか。


「じゃ⋯⋯〈魔女化モディファイ・トゥー・ウィッチ〉」


 黒色の魔法陣がイザベリアの足元に展開され、そしてすぐに消失する。

 あまりにもあっけなかった。何が変わったのか、少なくとも一般人には分からないだろう。しかし、魔法を扱える者にはその変化が恐ろしく大きく見えた。


「⋯⋯ポテンシャルを最大限使ったってわけか」


 イザベリアの現在の魔法行使能力で可能な最大限の要素を詰めに詰め込んだ魔法であったのだ。故に、


「よし、成功した。失敗したら下手すれば死ぬ計算だったから、少し安心したよ」


 代償は命同然であった。


「今何気に危ない橋渡ったんだな」


 あの魔法を行使した瞬間、イザベリアの魔力は空になった。最悪の状況に至ったってマサカズが助けてくれただろうが、それでも死ぬかもしれないことを躊躇は殆どなく実行するのは、やはりイザベリアもどこか異常であるからなのだろう。

 しかし、優れた人材というのはどこかしらの螺子が緩んでいるかなくなっているものだ。


『にしても⋯⋯イザベリア、本当に人外になったのか?』


「うん。魔力は普通じゃ感じられないはずだけど、多分変化したことには感付けたよね?」


『ああ。⋯⋯人外化って、こんなあっさりなんだな』


 本来、体の構築を丸々変化させる場合、長い時間、苦しみを味わう必要があるのだが、イザベリアはそんなの味わいたくないため、それを何とかなくそうと努力していた。おかけで、一日で終わるはずの魔法創造が一ヶ月にも伸びたのだが、結果オーライだ。


「魔法行使能力は試してないから詳しくは分からないけど五倍以上。身体能力も当然上がっているし、何よりも魔力量は行使能力の上昇幅とは比較にもならない!」


 今ならば師匠であるマサカズも捻り潰せる気がするほど、イザベリアは自己強化できたと思っている。


「確かに、魔力量は俺を遥かに超える。だが⋯⋯行使能力はまだ俺の方が高いな」


 魔女と化したイザベリアの総魔力量は文字通り桁違いだ。


「弟子は師匠を超えられない。その体に叩き込んでやるよ。かかってこい。その自己強化魔法を真っ向から潰してやる」


 マサカズはイザベリアに、世界はそんなに甘くないということを教えてやるため、戦闘モードに入る。しかし、傍から見ていたイリシルからすれば、


『⋯⋯なんか嫉妬の感情が浮かんでいるように見えるな』


 そう言われたとき、マサカズはびくっとする。そして、


「そうだよ! 何だよ魔女化って。ふざっけるなよ! 滅茶苦茶格好良いじゃねぇか! 何だ、それ。俺できねぇよそれ。大体魔女って何なんだよ。ファンタジー過ぎだろ。いやここファンタジー世界か。何であれそんなもん分からねぇからそんな魔法作れねぇんだよ。羨ましいなぁ、もう。妬ましい⋯⋯。──だから、イザベリア。歯ァ食いしばれ。一発ぶん殴ってやる。魔法ぶち込んでやる!」


 その実、ただのマサカズの妬みだった。

 そして嫉妬に狂ったマサカズと『始祖の魔女』イザベリアとの戦闘が始まった。


 勝負としては、まずその辺り一帯が消し飛んだか、または砂漠化した。イリシルも遥か上空に逃げた。

 騒ぎを聞きつけた周辺国の国家憲兵が来たが、イリシルが守らなくては二人の戦いに巻き込まれて瞬殺されただろう。

 山は一つ潰れるし、平原は平原でなくなるし、環境破壊も良いところだ。

 何にせよ、決着がついたのは戦闘開始から一時間後。しかし環境の変化は数百年規模だった。


「⋯⋯勝った」


 勝者はマサカズだった。

 しかし、イザベリアの知らない魔法。卑怯ともいえる戦法の数々。魔法に頼らない肉体能力によるゴリ押し。世界のバクみたいな彼の全力を振り絞り、運命さえ味方につけて勝ち取った勝利の代償は、数十回にも及ぶ死亡と全身にある無数の傷跡だ。


「うう⋯⋯負けた」


 一方イザベリアは一度も死んでいないし、慣れない体による魔法行使は、イザベリアという天才でさえ困難であった。負けといえば負けであるが、仕方ない一面もある。


「⋯⋯よし、俺もサボってた鍛錬再開するか」


 弟子に超えられないためにも、マサカズは再び修行を開始する決意をした。


 ◆◆◆


 イザベリアが魔女の体に慣れてきた頃だった。

 朝食の用意をしていた時、唐突に、彼女の呼吸が乱れた。


「イザベリア!?


 彼女は四つん這いになり、心臓を抑え、過呼吸となっている。そして遂には部屋の床に倒れ伏せた。

 マサカズはすぐさま脈を確認する。


「生きてはいるな⋯⋯イリシル、ベットに運んどいてくれ。俺は水を用意しておく」


 高熱を出しているから、冷やさなくてはならないだろう。

 イリシルがイザベリアを背中に載せてベットに運ぶとき、彼女は口を開く。


「⋯⋯り、しる?」


『イザベリア、無理して喋るな』


「⋯⋯⋯⋯」


 イザベリアの体をベットに寝かせると、すぐに彼女の意識は暗黒の中に落ちた。

 そして彼女がまた目覚めたとき、外はすでに真っ暗であった。丸一日意識を失っていたのだ。

 額には濡れたタオルがあって、天井は見知ったものだ。状況は初めてマサカズとイリシルに出会った日によく似ている。


「起きたか。気分はどうだ? どこか痛いところはないか?」


 真横に座っていたマサカズはイザベリアの意識が回復したことに気づき、話しかけてくる。


「魔女化が原因なのか⋯⋯? でもあれから随分時間は経ったし、今更反応があるなんて考えづらいが⋯⋯」


 イザベリアの急な体調変化についてマサカズは考え、真っ先に魔女化の副反応に当たりを付けたが、薬や病気ならともかく、魔法による副反応は即時に発症するものだ。


「⋯⋯師匠⋯⋯なんで⋯⋯帰ってこなかったの?」


「⋯⋯え?」


 イザベリアの瞳には涙が浮かんでいた。


「何で、もっと早く⋯⋯うう」


 そして彼女は遂に泣き出す。少なくとも、マサカズが原因であるらしいのだが、当の本人にはまるで心当たりがない。


『主よ、何か騒がしいが、どうし──?』


 そこで、イリシルが騒ぎを聞きつけてイザベリアの寝室に入ってくる。マサカズはイリシルに事の状況を説明しようとしたが、それより早くイザベリアが反応した。


「──え」


 イザベリアは、イリシルの姿を見て驚愕した。何せ、その姿は、彼女が知るイリシルより遥かに──小さかったから。


 ◆◆◆


 イザベリアが泣きやんだ後、マサカズは彼女に話を聞いた。何故突然泣き出したか。何故イリシルを見て驚いたのか。

 そしてその答えは、マサカズたちには到底理解しきれないものであった。


「⋯⋯『戻った』、私は、過去に」


 イザベリア曰く、彼女は現在から一世紀も後の世界から()()()()()らしいのだ。彼女がイリシルを見て驚いたのも、そのせいだ。


「なんだ。つまり⋯⋯君はどういうわけか、過去に戻る力を手に入れたってことか?」


「⋯⋯うん。でも、これは死ぬことで発動するみたい」


 それじゃあまるで『死に戻り』の力である。死を発動条件とする過去への移動。そして遡る期間には制限がない。

 この力──おそらく、本来であれば先天的にしか得られないはずの『能力』──を、イザベリアは完全には制御できないようであった。もしかすれば遡る時間軸であればある程度操作できるかもしれないらしいのだが、発動自体は避けられないらしい。


「イザベリア、苦しかったら良い。⋯⋯死因は?」


 まず、イザベリアを殺せる存在は考えにくい。あるいは事故死なら、今度は死なないようにできる。

 しかし、イザベリアが言っていた「なんで帰ってこなかったの」という発言が、マサカズの心の中で引っかかっていた。何故、俺はイザベリアの元を離れ、あまつさえ帰らなかったのか、と。


「──自然死、だったと思う」


 回答は、最悪だった。

 ──イザベリアは魔女であるため、寿命は格段に伸びている。体の年齢も自由自在に変化させられるが、それでも寿命は有限であり、時間があれば死ぬ。

 しかし、


「⋯⋯多分、私失敗してる。だって、自然死なんてしないように、不老化の要素を入れたはずだもん」


 イザベリアは不老不死であるマサカズとイリシルと何時までも過ごせるように、〈魔女化〉には〈不老不死〉と似たような要素を入れた。しかし〈不老不死〉は第十一階級に分類され、〈魔女化〉は第十一階級に近いものの分類的には第十階級相当だ。つまり、完全な不老不死効果は発揮されなかった。


「⋯⋯〈不老不死(イモータリティ)〉」


 マサカズは自分を不老不死にした魔法を展開する。だが、対象が決められていないそれはすぐさま閉止された。

 彼の脳裏には、この魔法で殺してしまった動物が浮かんだためだ。イザベリアに二度目の『死に戻り』ができるという保証はない。

 自らの手でイザベリアは殺したくない。


「クソ⋯⋯」


 イザベリアの自然死によって、世界はループする。千年の猶予があるとは言え、何とかして止めねばイザベリアは何度もこの戻る苦しみを味わうことになる。


「⋯⋯師匠、私を殺して。この力が発揮されないように」


 たった一度の『死に戻り』でさえ、とんでもなく怖かった。抗えない『死に戻り』はとてつもない恐怖を感じる。何せそれは、永久的な繰り返しを意味するのだから。


「⋯⋯できるかよ。君を殺すなんてできない」


「っ⋯⋯なら、どうするの!?」


 イザベリアは叫ぶ。白い頬は赤く染まり、そして涙が伝っていた。


「どうにかして死なないようにする。君は死なせない、絶対に」


 ──マサカズは、どうして未来の自分がイザベリアの元から離れたのか分かった気がした。きっと、自分はイザベリアを救うための何らかの方法を見つけるためなのだろう。

 なら、今からその方法を探し始めれば、イザベリアが死ぬ前に見つけられるかもしれない。

 そんな一筋の光を見つけるため、マサカズはイリシルに言った。


「⋯⋯イザベリアを頼む。彼女を死なせないでくれ」


『──分かった』


 イリシルはマサカズの心情を察知し、これから何をするかを理解していた。

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